No.49:side・mako「錬金研究室にて」
魔法による明かりはあるとはいえ、地下にあるせいで薄暗い錬金研究室の中。
そこであたしは無言で無数の紙にペンを走らせる。
そこに書かれているのは、魔術言語による兵器開発案だ。
図は一切廃し、とにかくアイデアだけを紙に書きとめる。
この間の戦いで、やっぱりあたしは直接対決には向きそうにないのが分かった。
天星は構成を組むまで時間がかかるけど、それなりに強力だという自負はあった。初めての発動で、敵兵の一団を丸ごと相手取って勝利できたというのも大きい。
でも、ソフィアはそれをあっさり打ち破った。しかも一瞬で、全部打ち砕いてくれた。
誰もが同じことができるわけじゃないって、頭ではわかってる。それでも、天星自体を破壊されたら何もできなくなるのは同じだ。
補充するための魔法も作ってはあるけれど、魔力の消耗が激しい。ただでさえ、天星を一回呼び出すのに魔力がかかるのに、そう何度も魔力を使ってはいられない。
必要なのは、質か数か。ここに帰ってくるまでに考えたけれど、結局答えは出てこない。
なら、とにかく作るしかない。質でもいい。数でもいい。とにかく、物を作らないことには答えが出ないと思った。
だからこうして紙に向き合って、とにかく思いついたことを片っ端から紙面に写す。
実際に作れるかどうかじゃない。頭の中を全部引きずり出すつもりで、ひたすら紙に文字を綴り続ける。
「嬢ちゃん、そろそろ一息入れないか?」
と、この部屋の本来の主であるギルベルトさんが声をかけてきた。
その両手には、お茶の入ったコップを持っている。たぶん、メイド長さんが入れてくれたんだろう。
「パス」
あたしは短くそう言って、ペンを動かし続ける。
「そういうなって。お嬢も心配してるんだぞ?」
「マコ、その、一緒に茶菓子でもつままぬか?」
そういって、フィーネがあたしの目の前にクッキーの盛られた皿を置いた。
小麦色の小さな茶菓子が、星や花の形になって目の前に現れ、あたしの鼻腔を甘い匂いで満たす。
「……」
あたしはフィーネの顔を見る。
遠慮がちではあったが、その顔には強い不安が現れていた。
「……わかった」
あたしはそういって、目の前のクッキーを一枚つまんだ。
この子を悲しませないって、この間決めたものね。
クッキーを手に取ったあたしを見て、フィーネがパッと顔を明るくした。
「そ、そうか! ほれ、ギル! マコにお茶を渡さぬか!」
「へーへー、わかりました」
明るく命令されたギルベルトさんが、あたしが書き留めた計画書をまとめて机の片隅に置き、あたしとフィーネの前にコップを置いた。
「レーテ! 俺の分もついでに頼む!」
「わかりました」
そして部屋に備えられた簡易キッチンでお湯を沸かしていたメイド長に自分の分のお茶を頼み、あたしの対面に腰を落ち着けた。
「こんなことはいちいち言わんでもわかるだろうが、あまり根を詰め過ぎるなよ? お嬢が涙声になってかなわん」
「ど、どういう意味じゃ!」
ギルベルトさんの言葉に、フィーネが顔を赤くして吠える。
やっぱり、まだこの間の一件が尾を引いているのかしら……。
「大丈夫よ。今はとにかく頭の中にあるアイデアをまとめたいだけなの。こういうの、思いついた端から書き留めていかないと、思い出せなくなっちゃうでしょ?」
「……確かにな」
あたしが淡く微笑んでそういうと、ギルベルトさんは頷いて、メイド長さんが用意してくれたお茶を口に含む。
「すごい数じゃのぅ……。これ、全部マコが?」
そういって、フィーネが机の片隅に積み上げられた企画書を見る。
ちょっとした小山くらい重ね上げられているそれを見て、あたしは頷いた。
「一応ね。ラフどころか、妄想の域も出ないものがほとんどだけど」
「がとりんぐがんとか、ぐれねーどとか、難しい言葉で書いてあるのぅ……」
一枚一枚手に取って確認するフィーネが難しい顔をした。
その辺は特に適当に書いてる節があるから、あまり見てもらいたくないんだけど……。
「しかし鉄で作るって書いてあるが、無理じゃないのかのぅ。なあ、ギル?」
「戦時中というのもあるが、それを差し引いてもこの国じゃ鉄がほとんど取れないからな。そこは別のもので代用してもらうしかないだろう」
「そうは言うんだけどね……」
ギルベルトさんの言葉にうなずきながらも、あたしはいつも腰につけていたマシンガンを取り出した。
今回の遠征に行く前に試作した物のうちの一丁だが、銃身が見る影もなくぼろぼろに崩れていた。
「そいつは確か、光矢弾が連射できるように作っておいたマシンガンとやらだったか?」
「ずいぶんボロボロじゃのぅ。よほど激しい戦闘じゃったのか?」
「それが……一回連射しただけなのよ、それ」
「え?」
あたしの言葉に、フィーネが信じられないという顔になった。
あたしだって、信じたくないわよ。でも、本当に一回使っただけなのよ……。
「どうも、一発二発はともかく、連続で光矢弾を発射すると、その時の振動やら光矢弾そのものの攻撃力に木じゃ耐えられないみたいなのよ」
「なるほどねぇ」
ギルベルトさんが、マシンガンを手にとってまじまじと見つめる。
そんなギルベルトさんの顔を見て、あたしは真剣に聞いた。
「単発式のハンドガンなら、別に木でもいいと思うけど、連射式のものは別の素材が使いたいんだけど、何か良いのある?」
「そうだな……」
ギルベルトさんは少し考えるようなそぶりを見せる。
「鉄は石やら何やらに含まれてるってんで、適当な地面から鉄に似た性質の物質が作れないか、研究したことはあるんだが、あまり結果が芳しくないんだよな。やっぱりこの辺の土じゃだめなのかね?」
「いや、そりゃ駄目でしょう……」
いくらなんでも、人が住むような平地に鉄に準ずる鉱石が含まれてるわきゃないでしょうが……。真面目にやってよね……。
「鉄を採取する鉱山とか、どこになるの?」
「一番近いのはスカンジウムじゃな。この間、マコたちが行ったレストと同じくらいの距離じゃ」
「ただ、スカンジウムはほとんど鉄を採取しつくしちまって、今は炭焼き小屋の方が多く立ってるくらいだ」
「そう……」
その後もめぼしい鉱山はないかと聞いたが、ほとんど存在しない……というより山自体がアメリア王国の末端にしか存在しないとかで、そこに集落を作るという発想自体がないのだとか。
今から掘りに行くにしても、時間がかかりすぎるわよね……。さすがに十年も二十年もこの世界にいる気はないし……。
「そうなると、木に別の何かを混ぜ合わせて強度を上げるくらいかしら……。ギルベルトさん、錬金術にはそういう研究も含まれるの?」
「一応な。魔法薬の研究なんかも手掛けるぞ」
うなずくギルベルトさん。なら、その研究結果待ちってところかしら……。
「ああ、そうそう。研究結果待ちっていえば、例の鉱物な。さしあたって解析が終わったぞ」
「え、本当?」
ギルベルトさんの言葉に、あたしは目を丸くした。
例の鉱物っていうと、以前隆司たちが持ち帰ってきた亀メカの装甲よね。
ギルベルトさんは一度立ち上がり、装甲の欠片を持ってきた。
確か、前に聞いた段階だと……。
「それ、魔力を吸収する性質があるのよね? だから、ギルベルトさんの作った分析器じゃ分析できなかった」
「ああ、そうだ」
前回、この装甲の欠片が分析器で分析できなかった理由。
それはこの装甲が、どういう理由かはともあれ、魔力を吸収する性質を持っていたかららしい。
あの分析器は、光輝石を使う関係上、微弱な魔力の波動を照射する。
どうにもその微弱な魔力が装甲に吸収されてしまったから、分析が不可能だったということらしい、というのが前回の報告だった。
「で、だ。まずはどれだけの魔力を吸収できるかだが、量自体はさほど多くない。人間が意識して放出できる限界領程度だな」
「つまり、攻撃魔法を吸収する、みたいな使い方はできないと?」
「その通りだ」
つまり、魔力を吸収することで、敵の攻撃を防ぐようなものじゃないってことか……。
「それと、魔力を吸収すると、堅くなる性質があるな」
「堅くなる? どういうことじゃ?」
「見てろよ」
フィーネの言葉に、ギルベルトさんは意識して魔力を遮断する。
そして装甲の欠片を手に持って、曲げる。
すると、飴細工か何かのように装甲の欠片はグニャリと曲がった。
「なんと!」
「さて、これを踏まえたうえで……。お嬢、魔力を込めて曲げてみな」
「う、うむ」
ギルベルトさんに装甲を手渡され、フィーネは魔力を装甲に込めながら曲げようと試みる。
「ふっ!」
プクッとほっぺたが膨れるほどに力が込められるけど、装甲はわずかに湾曲したのみでそれ以上曲がろうとしない。
「~~~ッ! ダメじゃ、曲がらん!」
結局根負けして投げ出すフィーネ。装甲板はフィーネの手元から離れ、小さな音を立てて机の上に落ちた。
「っていうか、これは人選ミスじゃないの? フィーネの力で、鉄板が曲がるとも思えないけど?」
「そんなこたぁない。女神の加護は、フィーネにもきちんとある。魔力を込めりゃ、自然と力も上がるさ」
「ふーん」
ハーハーと荒い息を吐くフィーネを見ながら、あたしはつぶやいた。
忘れてたけど、この国の人間は女神の加護とやらで、自己の能力の強化ができるのよね。
まあ、それも数百年前に比べたら雀の涙なんだろうけど。
「しかし魔力を込めると固くなる装甲ね……。魔力さえ込めなければ柔らかいってことは、加工は容易。魔力を流す手段さえあれば一定以上の防御力は確保できる……。かなり便利なもの使ってるわね、魔族って」
「ああ、そうだな。この鉱物、とりあえず魔鉱石と仮に呼ぶことにした」
ギルベルトさんは装甲……魔鉱石を手に取った。
魔鉱石ね……。悪くないんじゃないの?
「他に、何か分かったことは?」
「使われてる元の材質は、どうやらこの国でも普遍的に使われている鉄だな。どうやら向こうじゃ、鉄は豊富に存在するらしい」
「羨ましいことこの上ないわね」
「まったくだ」
あたしの言葉に同意するように、ギルベルトさんが頷いた。
よく考えれば、ソフィアの鎧もヴァルトの斧もガオウの双剣も、みんなふんだんに鉄が使われた製品よね。
隆司が言っていた通り、リアラとやらがドワーフなら、ただの鉄をこんな変な性質を持つ物質へ変化させるのもたやすいか……。
「何らかの魔導公式が加工の過程で使われた結果だろうな。そこが分かれば、こっちでも量産できるかもしれん」
「魔導公式が使われた結果、ねぇ」
あたしは首を傾げながら、ギルベルトさんから魔鉱石を受け取る。
両の目でその表面をじっくり眺めるが、特別魔術言語が込められているようには見受けられない。
つまりこの物質自体が魔力を込められるように作られてるということだ。
顕微鏡みたいなものがあれば、あるいはもっと解析が進むのかもしれないけど、ないものねだりはしょうがない。
「じゃあ、引き続き解析よろしくね」
「ああ」
あたしはギルベルトさんの返事を聞いて、クッキーを手に取ろうとするが、気が付けば皿の中に盛られていたお菓子はなくなっていた。
あらやだ、いつの間に。ほとんど無意識につまんでたからなぁ。
「えーっと、メイド長さん。クッキーのお代わりある?」
「残念ながら、ございません。フィーネ様が作られたクッキーはそれで終わりですから」
「え」
思わずフィーネの方を向く。
するとフィーネは、メイド長さんにクッキーを作ったことをばらされたのが恥ずかしいのか、顔を赤くしながらワタワタと手を振った。
「い、いや、その……レーテ! そんなこと、言わずとも良いじゃろうが!?」
「フィーネ様は、こちらに帰還してから何も語らずに研究室にこもられるマコ様をひどく心配なさっていたのです」
「だからレーテェ!」
恥ずかしさのあまり拳を握ってポカポカとメイド長を叩き始めるフィーネだけど、メイド長は涼しい顔でその拳を受けている。
あたしは目を丸くし、そして苦笑した。
まったく……。
立ち上がって、フィーネを背後から抱きしめてあげる。
「ひゃ! マ、マコ?」
「フィーネ、ありがとね。心配してくれて」
「う、うむ……」
耳元でそう言ってあげると、恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに頷いてくれた。
ホント、この子は優しい子ね……。
異世界からいきなりやってきた、ただの女子高生をこんなに気遣ってくれるなんて……。
あたしはフィーネの頭を撫でてあげながら、上を見上げる。
あたしの体内時計が狂っていなければ、そろそろ次の奪還領地が決定される頃合いだろう。
「マコ様! 次に奪還する領地が決まったであります! 至急、会議室まで来てほしいのであります!」
そう思っていると、ちょうど良いタイミングでサンシターが報告に来てくれた。
「わかった。すぐ行くわ」
サンシターにそう答え、フィーネの頭を一撫で。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわね」
「うむ……」
フィーネに微笑んで、あたしは錬金研究室を後にするのだった。
発明ガール真子ちゃん! 一昔前、似たようなタイトルのアニメありましたよね。カニパンだっけ。
さしあたって連射系武器に木は向かないということが判明。まあ、火縄銃だって中身はしっかり鉄の筒だったんです。全部木で作るということ自体がいろいろ間違っていたのでしょう。
さて、次に行く領地に関して決めておかねぇと……。