No.47:side・Sophia「その頃の魔竜姫 Part2」
「おかえり、姫様」
「うむ、今戻ったぞラミレス」
レストと呼ばれる領土からの遠征から戻った私を出迎えてくれたのは、エールか何かを仰いでいたラミレスと、なぜか頭から毛布をかぶって尻と尻尾だけ出しているマナの姿だった。
「ッー! ッー!」
「ねー、ラミレス様? マナっちどうしたにゃ?」
「ああ、これかい?」
私の後ろから顔を出したミミルの質問に、ラミレスは苦笑する。
「もうそこそこ日数が経つってのに、まだガオウの顔が見れないんだとさ」
「ガオちんの?」
ラミレスの回答の意味が解らず、首を傾げるミミル。
かくいう私も意味が解らなかった。
ガオウとは先ほど顔を合わせたが、特に変わった様子はなかったのだが。
「踏込が軽い! 重心を押し込むように、全身でぶつかってこい!」
「はい!!」
今、聞こえてきた元気のいい掛け声からもいつも通りであることがうかがえる。
ラミレスはエールを一杯仰ぐと、触手の一本でツンツンとマナが被った毛布を突っついた。
「まあ、なんてことないんだけどねぇ。単に、マナがガオウのことを好いてるってことを知ったタツノミヤにいろいろ弄られただけさね」
「……あー」
ラミレスの言葉に何かを悟ったらしいミミルが深く何度か頷いた。
だが私はますます訳が分からなくなった。
弄るって……なにを?
「そもそも、マナがガオウのことを好いているなど、別段秘密でもなんでもないだろう?」
常日頃から、ガオウの気を引こうといろいろ努力するマナの姿は見ていて微笑ましいほどだ。
ただ、ガオウはそういう感情に疎いのか、だいたいはマナの空回りで終わっているわけだが。
だが私がそういうと、マナのしっぽが一瞬ビクン!と跳ねてからしおしおとしおれた。
「ソフィア様? そういうことは、わかってても言わないのがやさしさにゃ?」
「む? そうなのか?」
ミミルが同情するような顔でマナの尻尾を見てから、私の肩を叩いた。
まあ、ミミルがそういうのであれば、今後は気安く口にするのはやめよう。
「だが、あの男、私ばかりでなく、マナにまでその毒牙にかけようとしたのか?」
私は自分で言いながら、怖気を振り払うように頭を振った。
あやつ、人に向かって浮気はしないとかいいながら……。
だが、私の様子を見てカラカラとラミレスは笑い声をあげた。
「いやいや、そんなこたぁないよ。むしろ毒牙にかけようとしたのはガオウの方さね」
「なに? どういうことだ?」
ガオウが? だが、ガオウにそんな甲斐性があるなら、とっくに進展してそうなものだが。
「タツノミヤの奴、ガオウを口車に乗せて、マナの尻尾を枕にさせようとしたのさね」
「尻尾を枕にぃ?」
ラミレスの言葉に、私は思わず素っ頓狂な声を上げた。
いやなんなのだそれは。確かにたまにミミルがマナの尻尾を枕にしたがっていたが……。
と、枕の言葉に反応したミミルがマナの尻尾をムギュッと抱きしめた。
「ひどいにゃ、マナっち! 私より先にガオちんに尻尾枕を堪能させようなどとはー!」
「ひゃぁぁぁぁぁ!?」
敏感な尻尾を突然全身で抱きしめられて、あられもない悲鳴を上げるマナ。
「どうしたマナァァァァァァァ!!??」
「きゃぁぁぁぁぁ!?」
その声を聞いたのか、ガオウが訓練もそっちのけでテントの中に突っ込んできた。
その姿を見て、マナの顏がまた一段と赤くなる。
「って、ミミル! いつも言っているだろう! マナはお前と違って繊細なのだから……」
「だ、だいじょうぶ! だいじょうぶだよ!?」
ガオウがミミルの体を引っぺがそうとすると、マナは尻尾に抱き付いたミミルごとがたがたと後ろに後退する。
そんなマナの姿を見て、ガオウがペタンと耳を伏せてしまう。
「だが、マナ……」
「ひ、久しぶりだから、ミミルちゃんも興奮してるんだよ!? だから、ね!?」
「そうか……」
マナにそう言われ、ガオウはおとなしく引き下がった。
ただし尻尾はしょんぼりと垂れ下がっており、背筋こそ伸びているもの全身からさびしそうなオーラが漂っていた。
まさかとは思うが……。
「マナの奴、ここ数日ガオウのことを避けているのか?」
「恥ずかしくって、顔を合わせられないらしくてねぇ」
ラミレスがやれやれと肩をすくめるが、私としては看過できない事態だ。
私に理解できない羞恥ではあるが、だからといって避けるような行動を取ってもらっては困る。
それが原因で軍団の士気が下がることは避けねば。
私はマナからミミルを引きはがすついでに、一言声をかけようと、ガオウを追い出してしまい自己嫌悪に陥っているミミルに近づく。
そんな私の背中に、ラミレスが声をかけた。
「そういう姫様はどうなんだい?」
「む、何がだ?」
私が振り返ると、なんてことはないというようにラミレスはコップにエールを注ぎなおしながら私の顔を見た。
「今回、タツノミヤとは会えなかったわけじゃないかい。今回の遠征は満足できたのかと思ってさ」
「なんだ、そんなことか」
ラミレスの言葉に、私はため息をついて腕を組んだ。
「ラミレス、私は何者だ? 言ってみろ」
「魔王軍、指揮官、魔竜姫ソフィアその人だね」
「そうだ。私は魔王軍の指揮官、そして魔竜姫の名を持つものだ。その私が、勇者の一人と戦えなかった程度で不平を漏らす、そんな狭量な戦士だと貴様は思うのか?」
はっきりと言ってやると、ラミレスは何も言わずに肩をすくめた。
まったく……。私は魔竜姫だぞ。
確かに全力を振るうにはいささか足らない戦ではあったが、奴らの力は決して侮れぬものであると再確認できた。それで十分すぎるほどだ。
だが、マナの尻尾を存分に堪能したらしいミミルが立ち上がって私の方をいやらしい笑みで見つめた。
「強がっちゃってぇー。リュー君がいないのに「嫁というなと言っているだろう!?」なんてドヤ顔で言っちゃうほど意識してるくせにぃ」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
私の尾撃をさらっと回避して、手の届かない位置でニャホホホなどとわけのわからない笑い声を上げるミミル。
くぅ、相変わらずテントの中では分が悪い……!
「そもそもー、あの戦いが終わった後、リュー君と戦えなかったせいか、元気なく尻尾を引きずっちゃうくらい気落ちしてたくせにぃ」
「うそつけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
何が元気なく尻尾を引きずっただ! そんな記憶は……!
「いや、これ嘘じゃにゃいし。なんならだれか呼んで聞いてみる?」
だがミミルはまじめな顔になるとそんな提案をしてきた。
思わずグッと言葉を詰まらせる。
いや、そんな記憶は存在しないのだが、だがしかし万が一ということも……?
「い、いや……やめておく」
思わず拒否すると、ミミルはにやりと笑った。
く、完全に奴のペースだ……!
「まあ、その辺はおいおい追求するとして、そっちはどうだったんだい?」
そんな私たちのやり取りをエールを舐めつつ眺めていたラミレスが、ぱんぱんと掌を叩いて軌道修正を試みた。
う、うむ。そんな追求より報告の方が先だな、うん。
「コホン。……結果から言えば、我々はレスト方面からは撤退することとなった」
「ふぅん? そんなにあっさり負けたのかい?」
「まあな。大半は勇者コウタの一撃によるものだ。奴は意志力をコントロールするすべに長けているようだな。これは、前々回の会戦ですでに分かっていたことだが、本来の形は奴が持つ魔力剣に光の刃を組み合わせるもののようだ」
私は腕を組みながら、その時の情景を思い出す。
天を突くような巨大な風の渦の中に乱舞する光の刃。それらを私へと飛ばすだけではなく、周囲に群がっていた兵士たちへ飛ばすのも忘れていなかった。
意志力を中心に形成された魔力の刃は、物質を傷つけることなく、精神だけを疲弊させる。鎧を透過して、心を斬り裂く刃といったところか。
「ラミレス。意志力によって生み出された刃を防ぐ方法はあるか?」
ラミレスは私の質問に、少し考えるようなそぶりを見せた。
「……一番簡単なのは、同じ意志力で形成された盾で防ぐ方法だね。それ以外だと、絶対の効果とは言い難いよ」
「むう」
ラミレスの言葉に、私は唸り声を上げざるを得なかった。
意志力の力は、女神によって人間たちに授けられた技術と聞く。そちらの方面において、我々魔王軍は後塵を拝しているといっても良い。
そうなると、コウタの刃は回避する以外に手段はないということか……。
「それで、そっちはどうだったんですニャ?」
「ああ、こっちかい?」
悩む私をよそに、ミミルがラミレスへと問いかける。
時期的には、ほぼ同時にこちらと向こうで戦闘を行ってみたわけだが……。おそらくあやつや騎士団長が矢面に立ったのではないか?
という私の予想は、大きく外れることになった。
「タツノミヤとやらが、新しい部隊を立ち上げてね。それに追い返されちまったよ」
「新しい部隊だと!?」
どういうことだ!? は!? もしや奴は人を束ねて育て上げる才能が……!?
「確かケモナー小隊とか言ってたね。尻尾やら耳やら手やら足やらモフられて、ほとんどの連中が腰砕けさ」
「…………」
思わずどろんとした眼差しでラミレスを睨んでしまう。
なんなのだそれは……。しかもモフられて腰砕けって……。
モフる、という言葉にミミルが体を震わせる。
「にゃんて楽しそうな部隊……! やっぱりあの男、見所があるにゃ!」
「どこだそれは」
思わず平手でミミルの肩をペシッと叩いてしまう。
どうもこやつあの男のことを高く買っているようだが、どこがいいんだあんな奴。
「さっきの尻尾枕はその流れで出てきた話でね。そもそも撤退する要因になったのはマナが逃げ出したからなんだよ」
「それはいわないでください~……」
また毛布をかぶったマナが、くぐもった声で抗議する。若干涙ぐんでいるように聞こえるのは、きっと気のせいではあるまい。
「あの男、本当にまじめにやる気はないのだな……」
「まあまあ」
ぐったり肩を落とすと、ミミルが慰めるように私の肩を叩いた。
「確かに部隊の実態はなんていうか愉快すぎるにゃ。でも、そんな部隊を一週間かそこらで立ち上げてみせる手腕自体は褒めるべきじゃにゃーかね?」
「む……」
ミミルの言葉に、思わずうなずきかける。
いや、確かにミミルのいうとおり……。常識で考えるならば一週間程度で立ち上げたような部隊が、我々魔王軍の精鋭部隊を追い返すなどと考えられない状況だ。
だが。
「その、ケモナー小隊とやら……我々のその、特定部位を愛でる部隊なのだろう……?」
ラミレスに問うと、彼女は首肯した。
「そうだねぇ。今回出ていかれなかったラミア種や、ハーピー種なんかもその内寄越してくれとも言ってきたね」
「敵の種類を要求する部隊など聞いたことがないのだが……」
「常識にとらわれてばかりじゃいけにゃーよ!?」
奴の活躍は疑わしい、と考えた私に喝を入れるようにミミルが叫び声を上げた。
といってもお前……。
「お前は迫られたことないだろうからわからんのだろうが……。真っ正直に嫁などと呼ばれて平然としていられるのか……?」
私の言葉に、ミミルは少し考えてから。
「好みのタイプにゃらむしろウェルカム! 好みじゃにゃくても、素直にうれしーにゃーよ?」
「たまにお前が羨ましいよ……」
堂々と言ってのけるミミルに、私はため息を吐いた。
私はとてもじゃないがそんな風に割り切れんよ……。
と、ヴァルトとガオウが一緒になってテントに入ってきた。
「あたしは、ヴァルトにそう呼ばれる日が来るのを待ちわびてるんだけどねぇ」
「何の話だ」
それを待っていたといわんばかりに、ラミレスが流し目でヴァルトを誘うように見つめる。
その視線を受けて、ヴァルトは居心地が悪そうに顔をそらした。
「お疲れ様です、ソフィア様」
「うむ。ヴァルトも、ごくろう」
「それで、今後はいかがいたしましょう」
お互いに労い合ってから、ヴァルトが今後の予定を問う。
うーむ……。ここに戻って来る途中にも多少は考えたのだが……。
遠征から戻り、疲れているであろう勇者たちと戦うのも業腹だな。
「しばし間を開けて、勇者たちがどう動くかを見てから行動しよう」
「では、リアラからの連絡を待つと致しましょう」
「うむ」
私の言葉にうなずくヴァルト。
今度はラミレスの方に向いて、指示を出す。
「ラミレス。可能であれば、兵卒たちに意志力剣対策を施してもらえるか? 現状、勇者コウタの一撃を喰らって耐えられるものがおらん」
「わかったよ」
ラミレスは頷いて、テントに備えてあった魔導書を手に取った。
最後に私は、テントに集結した親衛隊のみんなの方を振り向いた。
「次の会戦まで間が開く。その間、鍛錬を欠かさぬようにしよう」
「ハッ!」
「了解にゃー」
「……マナは、次までにはガオウとちゃんと顔を合わせられるようにしておくこと」
「が、頑張ります……」
指示を出し終え、さあ解散というところになって私は一つのことを思いだした。
「ああ、そうだ。ラミレスよ」
「ん? なんだい?」
「リアラとの連絡役に伝えておいてくれ。今度は正確に向こうの動向を知らせてくれるようにと」
今回は「勇者が領地奪還に動く」と聞いたから出向いたが……結果としていらぬ恥をかくことになったのだ。
だが、きちんとした情報さえあれば、余計な恥をかく必要もあるまい。
「そんなに一人芝居が恥ずかしかったのかい?」
「やかましいわい」
ケラケラと笑い声を上げるラミレスを、やや赤い顔で睨みつけてやる。
相変わらず、人を喰ったような女だ……。
ラミレスはひとしきり笑うと、しっかりと頷いた。
「心配しなくとも、しっかり伝えておくよ。今度はちゃんとした情報をよこせってね」
「頼んだぞ?」
「はいはい」
私はラミレスに念押しし、テントを出ていく。
だが振り返る一瞬前、ラミレスは険しい表情で水晶球に向き合っていた。
さて、魔王軍軍営の様子でしたー。無駄に露骨な伏線張るの好きだよな俺。
まあ、こちらさんは裏方に相当するんで、ある意味やむないっちゃやむない。
次回は一回猶予ができたんで、多少なりラブコメいてまいりたいところです。おもに光太と礼美のイベントを……やれたらいいなぁ……。