No.43:side・mako「魔竜姫ソフィア、その実力」
お店の人に何か話を聞いていたらしい光太と無事合流し、相手が指定した場所に向かうあたしたち。
そこで待ち構えていたのは、想像通りの猫耳と予想外のドラゴン娘だった。
黒い翼と背をこちらに向けたドラゴン娘は、高らかに声を張り上げる。
「よく来たな貴様ら! 領地を少数精鋭で奪い返しに来た、その心意気は認めるがそれをたやすく許す我々じゃ――」
そこで黒い鱗を持つドラゴンはいったん言葉を切り、振り向いて見事なドヤ顔で一言。
「だから嫁というなと言っているだろう!?」
決まった!と言わんばかりの顏だが、こっちとしては反応に困る。だいたいそのセリフをのたまうやつがいないのだから。
そのことに気が付いたらしいソフィアが、右と左と顔を向けて呆然とした顔であたしの方を向いた。
「……なあ、魔導師。あの男はどこだ?」
「隆司なら、今回は王都で留守番よ?」
あたしの一言にがっくり膝を落として両手に大地をつくソフィア。
ああ、こうしてみるとorzって確かにうなだれた人間に見えるのね。よくわかるわ。
ソフィアの隣で、アチャーというように額に手を当てていた猫娘……ミミルがその背中を慰めるように叩いた。
「まあまあ、しかたないにゃー。確認もせずしてやったり顔であんなこっぱずかしいセリフを放っちゃったソフィア様の自爆にゃー」
「貴様、慰める気がないだろう!?」
ミミルのあまりの言い草に、ソフィアがガオーと顔を上げて吠える。
なんというか、変な主従ね。ミミルが主を立てる気がなさそうなのは猫だから良しとして、ソフィアの方もそれを当然みたいな感じで受け入れてるっぽいし。
ミミルは楽しそうなニヤケ面ではあるものの、それでも一応主を慰める気はあったのか光太を指差した。
「そんなことよりも、今回はガオちんもリュー君もいないんだから、コッたんと遊んでみるいい機会じゃにゃーかねー?」
「は! そ、そうだ! 勇者は何もあの男だけではないのだ!」
何やらよくわからない愛称を口にするミミルに、いいように操られるソフィア。
リュー君は隆司のことだとして……コッたんって光太のこと? どこをどういじったらそんな愛称が飛び出すのよ……。
だが、そんな奇抜な愛称などどうでもいいのか、あっという間に立ち直ったソフィアは腰のレイピアを引き抜いて光太に突き付けた。
「フフフ、今まではあの男とばかり戦っていたが、貴様の剣の腕も見事と見た! 一手相手を願おうじゃないか!」
「御指名よ、光太」
「うん」
光太は緊張したような顔をして、腰の長剣を引き抜いた。
今の隆司とほぼ互角の奴が相手か……。光太がどこまで通用するか、見物ね。
「お気を付けください、コウタ様……」
「コウタ様、ファイト~!」
「ありがとう、アスカさん、アルルさん」
二人の声援に笑って答えながら、光太は剣を青眼に構える。
対するソフィアは不敵に笑いながらも型を取らない。無形の位、って奴かしら……?
対峙する両者は、しばらく言葉もなく互いに睨み合う。
光太がすり足で少し前進する。
「――ハァァァァァァァ!!」
「ヤァァァァァァァ!!」
それを合図に、互いに勢いよく飛び出す!
その両足で駆ける光太に対し、ソフィアは背中の翼で空を飛んでいる。
そして両者の武器が鍔迫り合いを起こし、一瞬拮抗し。
ソフィアが両の足で地面に踏ん張ったと見えた瞬間、勢いよく光太の体がすっ飛ばされた。
「「は?」」
間の抜けた声が上がる。あとで気づいたんだけど、これ一つはあたしの声でもう一つはソフィアの声だったのよね。
呆然とするあたしの視界からすっ飛んで後方に消えた光太は二度三度とバウンドを繰り返したような音を立てる。
「ご!? が、がはっ!」
慌てて振り返ると、豆粒みたいに小さくなった光太が、激しく咳き込みながら立ち上がるところだった。
幸い吐血の類はしてないし、怪我もないみたいだけど。
「光太君!?」
「コウタ様~!」
礼美とアルルが慌てたように駆けだした。そのまま光太のそばに近寄ると、お互いにその体を治療し始める。
一方、あっさり光太に勝利したソフィアはびっくりしたような表情のまま自分の剣を見つめ、そのまま青眼の構えで何度か素振り。
そして横を向いて誰もいないのを確認してから、地面に向けて勢い良く刃を振るった。
ズバンッ!
そんな音を立てて、地面には深い斬撃跡が現れた。
「………私が、特別強くなってるわけじゃないんだよな?」
「いや、ソフィア様の突進を真正面から受け止められる人間なんかいるわけにゃいでしょうがよ」
「いや、しかしあの男はしっかり受け止めたぞ?」
「それも謎よにゃー? リュー君、どんな体してるにゃよ」
「ちょ、ちょ、ちょいまち」
腑に落ちない顔で臣下に問いかけるソフィアに待ったをかけるあたし。
いやほんと待ってほしい。なんで鍔迫り合いしただけで光太が吹っ飛ぶのよ!?
「む? なんだ?」
存外あっさり振り返ってくれるソフィアに、あたしは慎重に質問した。
「あんた……今の体重はいくつ?」
「む? 今の体重か?」
ソフィアはしばらく考えてから、こう答えた。
「確か500カロンは超えてないと思うが……いくつくらいだったか?」
「だいたい450カロンくらいじゃにゃかったかにゃ?」
「な……!?」
相手が使用した単位はアメリア王国の重量単位だったのだが今はそんなことはどうでもいい。
カロンとは、だいたいあたしたちの世界でキロに相当する単位だ。
すなわち450カロンとは、あたしたちの世界での450キロに相当するということだ。
あたしは慌てて礼美に支えられながら戻ってきた光太に聞く。
「こ、光太! 光太!」
「ごほ……! な、何、真子ちゃん?」
「あんた、今の体重は!?」
「え? 今は……70キロくらいだったと思うけど」
つまり体重差六倍超!? そんなのにぶちかまし喰らったら吹っ飛んで当然じゃない!
つまり光太はたった今、同じだけのスピードで走るバイクに真正面からぶつかっていったようなものなのだ。正直、腕やら足やらの骨が折れてもおかしくはない。
っていうか、そんなのと真正面からぶつかれる隆司って、今どんな体してんのよ!?
「は!? まさか、魔族って平均的に体重が重いの!?」
「しつれーにゃ! 私は50キロくらいだし、体重400カロン越えなんてメガトン級はソフィア様だけにゃ!」
「失礼ってどういう意味だ貴様」
ミミルの言葉に、ほっと溜息をつく。
よかった……。魔族がみんな超体重とかだったら、もう遠くから魔法で殲滅するくらいしか手段が選べなくなるところだった……。
「ところで参考までに聞いてみたいんだけど、あのヴァルト将軍って、何カロンくらいなの?」
「だいたい350カロンくらいかにゃー」
「何者よあんた……」
「魔竜姫だが、なにか?」
明らかに高身長の筋肉ダルマ狼将軍よりはるかに重い、目の前のドラゴン娘を半目で睨んでやると妙に自信満々な答えが返ってきた。
その仕草が、今は王都で悔しがっていそうなあのバカの姿を思い起こさせてなんか腹が立つ。
「もう隆司と結婚しちゃえば? お似合いよあんたたち」
「断る! 似合う似合わない以前に、何かに負ける気がする!」
あたしの言葉に、毅然と返すソフィア。
っていうか、何かに負ける気がするって何よ。何に負けるっていうのよまったく……。
「そういうこと言ってると、婚期逃すんじゃない? 何年生きてるか知らないけどさ」
「まだ十六年ちょっとくらいしか生きとらんわい! 竜族の婚期はこれからよ!」
そんな無駄に胸張られても困るし腹立たしいだけなんだけど。体重のほとんどはその胸じゃねぇのかよ。
「まあ、そんなのあたしの知ったこっちゃないんだけどね集え天星!」
「ぬお!?」
あたしは会話を紡いで稼いだ時間で練り上げた天星の魔法を解き放つ。
続けざま、息も吐かせぬように天星に命令を送る。
「討て天ぼ……」
「にゃぁーん!」
だが、それより早くミミルがあたしの間合いまで接近してくる。
って、ちょ!? ソフィアの隣にいたはずなのにいつの間に!?
「「光矢弾!」」
だが、ミミルが両手に携えたナイフをあたしの体に叩きつける寸前、後ろから礼美とジョージが魔法を唱える声がする。
ミミルが声もなく後退すると、今までミミルがいた場所に光の矢が通り過ぎていく。
「くっ!?」
「にゃん?」
その隙を逃さず、あたしは腰の後ろに差し込んでいた魔導式銃を取り出して引き金を引く。
照準を合わせる間もないし、引いてくれれば御の字!
パパパパパパパパン!!!
「にゃぉぉぉ!!??」
乾いた音が連続で鳴り響き、ミミルがいたあたりを連続で光矢弾が貫いていく。
今回持ってきたのは、引き金を引き続ける限り連続で光矢弾を放てる、マシンガンタイプだ。
光矢弾が発射される衝撃で照準がひどくぶれるが、牽制には十分!
踊るように、慌てて体をひねるミミルから飛びのきあたしは新しい構成を練る。
「隔て天星! 光太! アスカ! ヨハンさん!」
「わかった!」
「参ります!」
「心得ました!」
自らの身を守ってくれる防壁を張り、今回の前衛組に声をかける。
光太がまっすぐに敵の一軍に突撃し、その両脇をアスカとヨハンさんが固める。
「む! 者ども、かかれ!」
「「「「おおー!!」」」」
その姿を見てソフィアが後退し、代わりに結構な人数の獣耳軍団が襲い掛かってくる。
あたしは素早く後ろに下がって後方支援組に並んで光太たちの援護を始める。
「みんな適当にぶっ放せ! 撃ちゃ当たるわよ強風撃!」
「光太君たちに当たったらどうするの!?」
「そんときゃ、そん時だろ! 光槍撃!」
「コウタ様ならきっと大丈夫です~! 土隆撃~!」
鋭い強風が魔王軍兵士の足を止め、そこに光の槍と地面の杭が襲い掛かる。
どちらも一応、殺さない程度の手加減はしてあるけれど痛そうねぇ。
そしてひるんだ兵士たちを、光太たちが当身などの手段を持って気絶させていく。
光太は渦巻く風の剣を棒のようにして殴り、アスカは柄尻を使っている。
ヨハンさんは素手だ。ここに来る途中の、戦力確認の時に聞いたときは半信半疑だったけど、手際よく魔族たちを気絶させてる姿を見ると頼れるわねー。
今回の作戦は大将首一つを一気に狙い撃つもの。
普通の人間と体重六倍以上の差があるのは予想外にもほどがあったけど、さすがに数人がかりで掛れば……。
「複数でかかるか……!」
「大将首を狙う……。戦の常套ではあるけど、ソフィア様を舐めすぎにゃー……?」
前方で盾になっている兵士たちが次々と気絶させられるのを見せられ、しかしなおあたしたちにちょっかいかけるミミルは余裕の表情を崩さない。
あたしは天星の一つを手掌で操りながら、声を張り上げる。
「どういう、意味よ!?」
「すぐわかるにゃーん?」
ひらりと避けて、一番小さなジョージに襲い掛かるが、礼美の盾に阻まれる。
「ジョージ君はやらせません!」
「ナイス、レミ! 光波掌!」
「にゃーん。私ってばちょっと変態チックー?」
ジョージの掌から放たれた衝撃波を猫のような動きで回避するミミル。
ロリコンは死滅しろ!というツッコミとともに天星をその体に叩きつけようとあたしは手を振りかぶる。
「―――やはり今回の戦の要は貴様だな、魔導師」
「ッ!?」
すぐそばから聞こえてきた声に、目を剥いた。
慌ててそちらを向くと、いつの間にかこちらにソフィアが接近していた。
「天星ッ!」
思わず魔術言語による命令も忘れ、生み出していた天星達をソフィアに向けて飛ばす。
だが、眉一つ動かす、それどころか腕の軌跡すら見切らせず、ソフィアはそのすべてをたった一瞬で斬り裂いた。
「な……!?」
「真子ちゃん!」
「ソフィア様は、魔王軍で最も速いお方にゃーん? 鈍な魔導師で対抗できるかにゃーん?」
礼美たちがあたしの方に援護に来ようとするが、ミミルがその間に立って動きを遮る。
前に突出した光太たちも、今度は周囲の魔族たちが壁となってこちらまで来ることができない。
まずった、今回の向こうはイの一番にあたしをつぶしに来た……! てっきりミミルがその役だと思って油断した……!
っていうか重いくせに一番速いとか、チートにもほどがあんでしょうが……!
「せめて痛みなく、しばし眠るがいい。魔導師」
「ぐっ……!?」
ソフィアは剣を握らぬ方の手を握りしめ、あたしに向かって振りかぶる。
一瞬天星で防御することを考えるけど、生み出す瞬間と防御までの間のラグが……!
そんなあたしの迷いをぶち壊すように、ソフィアの拳は無情に振り下ろされ。
「マコ様あぶなぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃ!!」
あたしの体をサンシターが突き飛ばした。
って、あんた逃げてろって言っておいたでしょうが!?
文句を言ういとまもあればこそ、ソフィアの拳がサンシターの頭を捕らえ、エライ痛そうな音ともにサンシターの体が大地に沈む。
「む。邪魔が入ったか」
ソフィアはサンシター撃破に大した感慨も見せずつぶやいて、あたしに向き直る。
その間に魔法の構成は練れたけど、ソフィアの動きが止まらなきゃ当てられない……!
「まだまだぁ!」
「ぬ!?」
瞬間、サンシターがソフィアの体に後ろから飛びかかった。
腰にすがりつくような形だ。情けないといえば情けないが……。
今しかない!
「光槍連弾!!」
さっきジョージが撃った奴が、十数本もの密度でソフィアに襲い掛かる。
だが、ソフィアは尻尾でサンシターの体を巻き取るとそのまま槍の群れにその体を投げつけた。
「ぎにゃー!?」
サンシターは精神だけを疲弊させる光の槍に貫かれ、そのまま墜ちた。
えーっと、一応あの槍一本だけでも気絶するくらいの威力があるんだけど……。は、廃人になったりしないわよね?
「光武連弾!」
悠々あたしの一撃を回避しきったソフィアの頭上に、今度はジョージが呼び出した光の武器が降り注ぐ。
ソフィアは素早く宙に浮き、回避して見せた。
滑るようなその動きは、ホバークラフトを連想させた。その体からは湯水のように魔力が出ているのがわかる。
そうか、あの体重を魔力で支えてるのか……! そして魔力を浮力代わりにして空中を移動してる……!
「フフフ、なかなかだ! だが、あと一歩足りないぞ?」
わかってるわよそんなこたぁ!
あとは何!? 何があればソフィアを落とせる……!?
と、その時。
「光破……旋風刃!」
魔族たちの壁を突破しようとしていた光太が叫び、強風と光の刃が彼を中心に乱れ飛ぶ。
あれは……この間見た光の剣! 元々はこの形で発動するの!?
「む!?」
「いけぇぇぇぇぇぇ!!!」
周囲の魔族を吹き飛ばした光太は、刃を伴った旋風をソフィアに向かって叩きつけた。
ソフィアは慌ててそれを回避する。
「こんな隠し玉すらあるとは……! やはり侮れんなぁ!」
ソフィアは心の底から楽しそうな笑みを浮かべるが、その体を着地させた地点に駆け寄ったミミルがそれに水を差す。
「もう今日はこんなもんにゃー」
「む!? 何故だ!」
「いつも通り、周りがもう全滅したからにゃ。さすがにあたしら二人じゃ無理にゃー」
「ぬ……」
そういってソフィアが周りを睥睨する。
先ほどの光太の一撃、アスカとヨハンさんは都合よく避けたけれど、それ以外の魔族達にはクリティカルヒットしたらしい。もうほとんど立っていない。
その代わり、こっちのエースアタッカーは息も絶え絶えでソフィアを睨みつけているけど。
そんな光太の姿や、周りの臣下達を目に収めたソフィアは、ミミルの進言を受け入れた。
「確かにな……。魔導師よ! 今回は引こう!」
「今回も、でしょうが……!」
「お約束って奴にゃ。またねー♪」
ミミルがそういって何事かつぶやくと、その場に轟!と轟音を立てて竜巻が出現する。
「うわっ!?」
あたしたちが慌てて目をつむり、そして開けた時にはもうそこに魔王軍の姿はなかった。
「私たち……勝てたのかな……?」
「……さあね」
小さくつぶやく礼美に、あたしは答えるが、完全に見逃された形だろう。
ミミルはああいっていたが、ソフィアの体重とあのスピードで来れられては普通の人間では歯が立たない。
ドラゴンという以上、並みの魔法も通用しないだろう。あれに対抗するには、隆司の存在が必要になる。理屈はどうあれ、真正面からあれと堂々ぶつかりあえる隆司が。
「くそ……!」
サンシターを復活させるために彼に駆け寄る礼美の背中を見つめつつ、あたしは地面を蹴っ飛ばした。
今回隆司抜きで行動したのは、王都防衛の意味もあるけれどそれ以上にあたしたちだけでもなんとかできるように訓練するためだ。
現時点で、最も戦力になるのがあいつ。魔族と比べても高い身体能力を持ち、絶対ともいえる生命力を持つあいつが、だ。
だから、あいつ抜きでも多少何とかできるようにしておきたかったのに、ソフィアが出られるだけでこの様……!?
「なに……? 何が足りないっていうの……!?」
言いようのない焦りが、あたしの心の中に芽生える。
何が……何があればいいのよ……!?
そんなわけで、やや詰め込みすぎた感もあるけれど魔王軍との戦闘でおま。
びっくりの6000字オーバー! いや、あまり長引かせるのもあれだったんで……。しかも半分で分けるのも、切りどころが分からんという……。たまにあるスペシャルっぽい感じで、一つ……。
次回は少し時間を戻して王都の方に中継を飛ばしてみたいと思います。果たして隆司の思惑はうまくいくのか!?