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No.42:side・mako「交易の町、レスト」

 あの後、現住生物のデカい動物を撃退したり、サンシターの意外なほどの料理の腕前に女として涙流したりしながら、目的の貴族領に到着したあたしたち。

 サンシターが大通りのど真ん中で馬車を止めたので、あたしたちは道に降りる。

 こんな大通りに馬車なんて止めていいのかしら、と思わなくはないけれど道に並んでいる店はほとんど開いていない。

 どうしたのかしら一体。


「そう言えば、この町って名前とかあるんですか?」

「おや、言ってませんでしたかなー?」

「ええ」

「レストと申します。以前言いましたように、交易が盛んな町だったのですよー」

「へえ……」


 カウルさんの言葉に、あたしは馬車を乗り入れた大通りを眺める。

 確かに交易が盛んな町だけあって、大通りを中心に町が発展しているようだ。というよりは、大通りの途中に町が生まれたというべきだろうか。

 カウルさん曰く、初めは水源近くの中継地点だったものが、必要に迫られて宿泊施設や周辺から物資を補充するための組織などを備えていった結果、このレストという町が生まれたんだとか。


「しかし、過去形で語るだけあって今じゃ閑散としてますね」

「いやー、お恥ずかしい限りです」


 ちっとも恥ずかしがっていない様子のカウルさんであるが、その顔は深刻そのものだ。

 そりゃ、交易を盛んに行う町が敵軍の手に落ちてるんじゃ閑散とするのも致し方なしって感じだけど……。


「どこにも人がいないのかな……?」

「いえ、そんなはずは……」


 不安そうな光太に答えたアスカが、手近な店に近づいて声をかける。


「もし! 誰かいませんか! 我々はアメリア王国騎士団より派遣されたものなのですが!」

「あー、はいはい! ちょっと待っておくれよー!」


 アスカの大声に反応したのか、店の奥の方からダカダカと音を立てながら大柄なおばさんが顔を出した。


「いやー、ごめんなさいねー! ここの所荷馬車も通らないもんだから、店の倉庫もからっぽでねー! 交易の街なのに、店がみんな閉じててびっくりしただろ?」

「あ、いえ、はい……」


 おばさんは人柄のよさそうな笑みを浮かべながら、勢いよく捲し立てた。

 その勢いに押されるように、アスカはあいまいにうなずくばかりだ。

 まあ、この手のおばさんの勢いって恐ろしいものがあるもんね。

 とはいえ、押されっぱなしじゃ話も進まないし、状況もわかんないわね。


「それで? 必要なのはなんだい? 空っぽではあるけど、何とか融通できるものがあったら――」

「あー、すいません。実はあたしたち、物を買いに来たんじゃないんですよ」

「ん? どういうことだい?」


 アスカの横から顔を出して、無理やり話題を遮るあたしの顔をおばさんは不思議そうな顔で見つめた。

 アスカはあたしの横やりにほっとしたようにため息をつき、改めて襟首を正した。


「我々はアメリア王国騎士団より派遣され、この貴族領を魔王軍より解放する任務を帯びているのです」

「まあ!? あんたたちが!?」

「はい、なので――」

「それならそうと、早く御言いよ! うちらも、結構待ったんだから!」

「も、申し訳ありません!」


 おばさんの怒ってるような言葉に、生真面目に頭を下げるアスカ。

 ああ、もう、また話が進まないし……。


「それで、いつあいつらを追っ払ってくれるんだい!? 早いとこ交易再開してもらわないと、うちらみんな干上がっちまうよ!」

「あ、それはすぐにでも――」

「すぐっていつさ!? いますぐ!?」

「そ、それは――」

「まーまー、落ち着いてください」


 何やら言いがかりめいてきたおばさんに一々応対を始めるアスカを遮るようにカウルさんが前に出る。

 その姿を見て、おばさんが目を見開いた。


「カウルさん!? 一緒に戻ってきてたのかい!?」

「えー、まー。救援を呼びに戻ったものの、魔王軍が王都の目前まで迫ってまして、今日までかかってしまいましたが」

「まあ、そうなのかい!?」


 カウルさんの言葉に、アスカが恐縮したのか縮こまって首を垂れる。

 でも、おばさんも状況を理解したのか、すまなさそうに柳眉を下げてアスカに謝罪の声をかける。


「そうとも知らずにごめんねぇ。そりゃ、あなたも王都防衛の方が大事だものねぇ」

「あ、はい、申し訳ないです……」

「謝るんじゃないよ! 国王様あっての、レストだもの!」


 カラカラと快活に笑うおばさん。

 ……ひょっとして、国王様が没してるのを知らないのかしら?

 まあ、今は重要じゃないわね。

 あたしはおばさんが落ち着いたのを確認してから、また口を開いた。


「まあ、今は王都もある程度防衛力が上がりましたんで、こうして領地奪還に動いてるんです。なので、現地の方に魔王軍の動向を伺いたかったんですけど」

「ああ、はいはい! うちなんかでよけりゃ、いくらでも話すよ!」


 そういって笑顔を見せるおばさん。


「じゃあ、基本的に魔王軍が何をしてるか教えてもらってもいいですか?」

「なにを……かい? たとえば?」

「いや、それが知りたいから聞いてるんですけど……」


 あたしの言葉を聞いて、おばさんは困ったように首を傾げた。


「といってもねぇ。あたしらもここに来た連中のことはよくわからないからねぇ」

「わからない……ってことは、町そのものにはそんなに手出ししてないってことですか?」

「いやぁ、前にえらいさんが一度見回りに来て、この町がどういう町なのか聞いて回ったことはあるけど、それだけだねぇ」


 それだけって……。侵略価値はないわけないと思うんだけど……。

 確かにこの町は交易の町だから、固有の資源があるわけじゃないけど、さまざまな物資が集まる町でもあるはず。

 戦略的に見れば、王都への物資の遮断もできるしかなり重要だと思うんだけど……。実際、この町からの物資の供給は完全に遮断されてたわけだし。


「ああ! そういえば、侵略されてからはほかの町から荷馬車は来なくなったねぇ」


 付け足すようなおばさんの言葉に、あたしは顔をしかめる。

 そりゃそうでしょ。侵略された町に物資を運ぶアホはさすがにいない。


「だからなのか、週一くらいのペースで魔王軍の下っ端が食料を届けに来るようになってねぇ」

「は? 食料?」

「ああ、そうだよ。なんでも、町の周辺で狩れる動物の肉だとかでね。ここ最近はそんなものばっかり食べてたよ」


 困ったような笑顔を浮かべるおばさんを、あたしはさらに顔をしかめつつ見つめた。

 まさかの魔王軍からの食糧供給とか……。確かに前にそういう話は聞いていたけれど、実際に現地の人から聞かされると戸惑うっていうか……。

 何のための侵略なのよ?


「……じゃあ、それ以外で魔王軍の連中が目立った行動を取ったことは?」

「特別はないねぇ。ここを占領されてから初めの一週間くらいは、いろんな店をもの珍しそうに下っ端の子たちが見て回って、たまに物々交換できないかって交渉はしてたけどね」


 観光までしてるし。わけがわからない。

 得られる情報もこれ以上なさそうだったので、あたしはおばさんにお礼を言って会話を切り上げる。

 アスカとカウルさんは、そのまままわりの様子を見に行った光太について行った。下手に魔王軍に接触しやしないか気になったが、おばさんの言葉を信じるなら、週一くらいのペースでしか顔を見せないし、そもそもあたしらのメンツで一番強い二人が連れ立ってるんだ。心配いらないだろう。


「真子ちゃん、どう?」

「どうって言われてもねー……」


 いつの間にか馬車から降りてた礼美の言葉に、あたしは首を傾げる。

 おばさんから聞いた話を総合すると、魔王軍はこの町を占拠こそすれ特別手出しはせず、物資の供給を遮断した後はこの町が植えたりしないように気を付けてることが分かったくらいかしら。

 侵略者としてみたらはなはだ疑問よね。やる気があるのかないのか……。

 でも、本隊がやってくる方向からだいぶずれてることを考えるに、この町を占拠したのは別働隊のはず。

 それを考えれば、占拠以上のことはできなかったって考えることも……。

 ……いや、物資の供給場所と考えれば、ここから本隊に物資を送れるように手筈してもおかしくないわよね。

 肝心の魔王軍もこの町の中にいるんだかいないんだか。


「マコ様ー!?」

「んー?」


 何やら慌てたように駆けてくるサンシター。

 どうしたのかしら。というよりはどこに行ってたのかしら?


「サンシター、あんたどこ行ってたのよ?」

「あ、はい。馬車を宿屋に預けていたであります」


 ああ、馬車移動させてたのね。まあ、目的地にはついたし、あんな馬鹿でかい馬車、邪魔にしかならないわよね。


「で、なんかあったの?」

「あ、そうでありました!」


 サンシターは懐に手を突っ込んで、その中から一通の封筒を取り出した。


「こ、これを!」

「なにこれ」

「先ほど、魔王軍の使者を名乗るものに出会いまして、渡されたであります!」

「え!?」


 礼美が驚いたような声を上げる。

 驚きもするだろう。まさか魔王軍の方から接触してくるとは……。

 でもあたしは別の意味でも驚いた。


「サンシター。あんた、よく無事だったわね……」

「自分も捕まるかと思ったでありますが“タイプじゃないにゃ”と言われまして……」


 なんか腑に落ちない顔をするサンシター。

 にしても語尾に“にゃ”って……。まさかとは思うけど……。


「あ、それから、マコ様に伝言が……」

「なに?」

「“今回は負けないにゃ♪ ばーい、キャットシスター♪”とのことであります」


 わざわざ語尾まで再現しなくてよろしい、気持ち悪い。

 肝心の封筒の中身は一枚の紙で、こっちにもわかるようにか魔術言語(カオシックルーン)で書かれており、この町の外側……私たちが入ってきた側とは逆の大通りにやって来いという指定がされていた。

 王都でやってるように、戦闘しようってことかしら? しかし……。


「まずいわね、こっちにソフィアの親衛隊が来てるわよ……?」

「うん……。ちょっと、厳しくなってきたかもだね……」


 確かに、こちらに親衛隊をはじめとする魔王軍主力上位陣がやってきているのも問題だけど、最大の問題は別のところにある。


「……アルル。ちょっと確認するわよ?」

「はい~?」

「今回の遠征、基本的に王城から城下町に、情報って開示されてるわよね?」

「はい~。そのはずですよ~? ね~、ヨハンさん~?」


 小首を傾げながらの質問に、ヨハンさんも小さくうなずいた。


「ええ。レミ様たちのご活躍を、いち早く伝えられるように通信係の魔導師も王都の方でスタンバイしているはずです」

「勝って帰って、出迎えられるまでが今回の遠征だろ?」


 何をいまさらという顔をするジョージの言葉に、あたしは頷いてみせた。

 うん、ここまではあたしも知ってる内容だ。作戦会議の時、自分で進言したんだから。


「その情報ってさ。王都以外の町にも伝聞されてる?」

「う~ん? そんな予定はありませんが~?」

「いえ! もっと多くの町に、レミ様の御威光を広めるべきです! そう、それはすべて民の安寧のために!」

「いい加減、レミ関係で興奮するのどうにかなんねーのかてめーは……」


 あたしとしてもその意見には賛成だわ、でも……。


「いや、それ自体はいいのよ。問題は、現時点での話なのよ」

「? 現時点~?」

「だからさ。王都から外にあたしたちが(・・・・・・)この町に来る(・・・・・・)って情報が洩れてるのかどうかなのよ」

「っ!」

「あん?」


 あたしの言葉に、ヨハンさんの顏が厳しく締まる。

 あたしの言いたいことの趣旨が伝わったみたいね。


「……現時点で、王都より外にレミ様たちをはじめとする御三方がこちらへやってくるという情報は、出ていないはずです」

「ああ、やっぱり?」


 なんとなく納得しつつ、あたしはうなずいた。

 これで確定かしらね。


「マコ様、これは……」

「まあ、前から怪しかったんだけどね」

「真子ちゃん……?」


 深刻な顔になるヨハンさんにため息をつき、あたしはいまいち理解していないらしい礼美の顔を見る。


「あたしが言いたいのはね、どうしてかこっちの情報が向こうに筒抜けになってるってことよ」

「え……!?」


 礼美の顏が驚愕に染まる。


「それ、どういう意味!?」

「落ち着きなさい、礼美」

「でも……!」


 あの礼美が焦るのも無理はない。何しろ、こちらの情報が筒抜けになってるってことは、イコールで裏切り者がいる可能性があるってことだ。


「あれか? 城の中に、裏切者がいるってことか?」

「ジョージ君!」


 そのものずばりを言ってしまうジョージを咎める礼美。

 まあ、不安になるのもわかる。でも、今回はその可能性は薄そうね。


「心配しなくていいわ。その可能性はたぶんないから」

「え?」

「だって、向こうにはこっちの魔法を無効化できる魔導師がいるのよ? その魔法の腕で直接覗いたほうが、よっぽど早いじゃない」

「あ、そっか……」

「は? お前、何言t」

「しー」

「むぐっ」


 あたしの言葉に安心したような言葉になる礼美。ジョージが怪訝そうに顔をしかめるけど、あたしは睨んでそれ以上しゃべらせない。それでもしゃべろうとするが、空気を読んだサンシターによってその口をふさがれる。ナイスフォロー、サンシター。

 もちろん、あたしの言葉はこの子を安心させるための気休めだ。いくらなんでも、敵本陣を覗き見れるほど高度な探察魔法が使えるとは思えないし、そもそも王城には先代宮廷魔導師が施したそういった魔法を妨害する結界が施されているのだ。何かが覗き見れば、それを管理している今代の宮廷魔導師……フィーネが気が付く。

 だが、裏切り者がいないという言葉自体は何の根拠もないわけではない。

 そもそも魔王軍は竜の谷と呼ばれる渓谷を超えてこちらにやってきた。

 普通裏切り者、というかスパイを仕込むのであれば、何年も時間をかけて信頼を勝ち取るものだ。それをするには、この国と魔族の国は遠すぎる。

 もちろん魔王軍が初めからこの国に侵略戦を仕掛けるつもりで、何年も前から準備していた可能性はあるだろうけど、ならさっさと王都を攻め落とせばいい。

 長い時間、仕込までしておいてわざわざ戦争を長引かせる理由はない。そもそもスパイを利用するということは、さっさと敵対国を滅ぼしたいという行動の表れ。自国の情報を持ったスパイを敵国に置くというのは、それだけでリスクなのだから。


「それで、どうするでありますか、マコ様?」

「そうね……」


 ジョージの口をふさぎつつ、あたしの顔色を伺うサンシター。

 相手からこんな形で誘われるとは思わなかった。とはいえ、こっちとしてもどう攻めるか迷っていたところだ。

 乗ってみるのもいいだろう。


「光太たちと合流してから、この手紙に書いてある場所に行ってみましょう」


 あたしの言葉に、ジョージを除く全員が頷く。

 うまくいけば、ここを占拠してる連中の居場所も割れるかもしれない……。

 人数が少ない以上、無理はできないけどね……。

 あたしはこの後起こるであろう激戦を予感して、乾いた唇をなめた。




 そんなわけで到着でございます。

 次回あたり、この地での魔王軍占拠部隊と戦闘になるわけですが……。

 珍しく連続で同一の人物視点になります。引き続き真子ちゃんよろー。


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