No.41:side・ryuzi「謎の肉体」
「やっぱり、女性の愛らしさというのは何らかのパーツが付加されることによって相乗効果で上昇するわけですよ」
「そこに猫耳に尻尾にモフ手でしょう? これに心を揺り動かされない人間はいませんね!」
「もちろんかわいい男の娘でも可! 可愛いというのはそれだけで正義なのですよ!」
通りすがりにちょいと質問した三人組に、熱く語られた俺は軽い既視感を覚えていた。
こいつら、顔は一人ひとり微妙に違うけど……。
「お前ら、実は兄弟?」
「何をおっしゃいますか」
「我々、全員バラバラの出身なのですけど」
「まあ、行動似てるせいでいつもセット扱いなのは否定しませんが」
ああ、やっぱりセット扱いなのか。
なんか身振り手振り見る限り、トリオとして行動すること前提みたいなキャラしてるからなぁ。
覆面とかに合いそうだ。目の部分だけ開いてる忍者タイプの奴。
「お前ら、そんなのでよく我慢できたな、いままで」
「それこそ何をおっしゃいますやら」
「我々、リュウジさんのおかげで真の道に目覚めることができたのですよ?」
「一心に嫁に対して愛を叫ぶ……それこそ我々のあるべき姿だと!」
「ああ、そうなの……」
キラキラと輝く瞳でそう語られ、俺は一瞬自分を省みそうになった。
まさかこっちで俺と似たような属性を開花する要因を生み出しちまうとは……。しかも俺以上に全般的に濃い感じだ。
「じゃあ、聞くけどメイド長さんは?」
「天使です」
「制服着た女性神官は?」
「女神です」
「最後にアンナ王女は?」
「聖域です」
もうだめかもしれんなこいつらー。
「……んー、ありがと。なんかあったら呼ぶかもしれんのでよろしく」
「もちろんですとも!」
「我々、リュウジさんのために身命賭して働くつもりです!」
「むしろ兄貴と呼ばせてください」
「やめて」
俺を兄貴と崇めそうになる三人組に制止を呼びかけつつ、俺は手に持った騎士団名簿に印をしようとして……。
そういえばこいつら名前なんだっけ?
「わり、名前なんだっけお前ら?」
「アルベルトです」
「ベルモンドです」
「チャーリーです」
ABCかよ。
俺は目的の名前に丸印をつけた。
「じゃあ、ありがとうな」
「いえいえ、とんでもない!」
「こちらこそありがとうございます!」
「それでは、我々はこれで!」
シュタッと敬礼してくれた騎士団三人組に敬礼返しつつ、俺は手に持った名簿を見下ろした。
さて、騎士団はもう主だった連中はだいたい会ったな……。あとは半分ずつくらい残ってる魔導師団と神官連中か。
「おやフィーネ様! こんにちは!」
「今日も愛らしいですね!」
「明日もきっと可愛らしいんですね!」
「う、うむ……? ありが、とう?」
さてどうやって会うか、などと考えるといましがた三人組が曲がった角の方から戸惑ったような声が聞こえてきた。
というか、あの三人組、何ぼ何でもド直球過ぎやしないか……?
げんなりと曲がり角を見つめていると、少し赤くなりながらも怪訝そうな顔をしたフィーネが顔を出した。
「な、なんなのじゃ一体……?」
「よう、フィーネ」
「あ、リュージ!」
俺が軽く片手を上げてあいさつすると、フィーネがようやく目的の人を見つけたという風にパタパタこちらに駆けてきた。
うーむ。真子の奴から見た目相応の歳だと聞かされた時はびっくりしたもんだが、こうしてみると確かに見た目相応の仕草をするよな、こいつ。
「どこにおったのじゃ! おぬしを探して、城の中を歩き回る羽目になったぞ!」
「いや、悪い悪い。しかし、フィーネが俺を探すなんてなぁ。真子も礼美もいなくてさびしいんかい?」
「そ、そんなことは! ………少しはあるが」
あるのかよ。
「いや、そんなことは些末なことじゃ。リュージ! この機会に、おぬしの体質を解明したいと思うのじゃが、どうじゃろう?」
「俺の体質? っていうと?」
俺の質問に、フィーネはこう答えた。
「おぬしの魔力が体に出とらん理由を解明するのじゃ!」
「一応解決策として、団長さんが俺の魔力は全部強化に回ってるんじゃ?って話をしてるけど?」
俺の言葉に、フィーネは難しい顔をして首を横に振った。
「いや、それはないじゃろ。魔力とはいうなれば法則の力。何の法則も打ち立てんと、魔力が消費されることはありえん」
「ふーん」
ほうそくのちから、とやらがよくわからんけど、フィーネにとって団長さんの導き出した回答は納得のいくものじゃないってことか。
「それはともかくとして、魔導師団詰め所へ行くぞ! そこにオーゼも待っとる!」
「オーゼさんも? なして?」
「いや、おぬし、前にヴァルト将軍と遣り合った時、全身メタメタにやられたんじゃろ? 一回、診てもらった方がよいじゃろ」
ああ、言われてみれば……。
あの時、死ぬほど痛いってのは気絶もできねぇんだなぁ、って学んだんだよな……。
遠い目でなんかもう懐かしいってことにしたい思い出を思い返しつつ、フィーネに着物の裾を引っ張られながら俺は魔導師団詰め所へと向かった。
そこにはフィーネの言葉通りオーゼさんと何人かの魔導師が待っていた。
「お待ちしておりましたよ、リュウジ様」
「チッス、オーゼさん」
オーゼさんに軽く頭を下げつつ、俺は用意された椅子に座った。
「……で、具体的には何すんの?」
「うむ。まあ、さしあたってはオーゼの検査魔法からかの」
「では、参りますよ」
神官が魔法使うのかよ、という疑問を挟む間もなくオーゼさんの掌が俺の額に当てられる。
オーゼさんの口元がもごもごと動くと、俺の体が謎の発光現象を起こす。
たぶん、検査魔法とやらが使われたのだろう。
しばらく俺の体が何度か明滅を繰り返し、そのあと光がオーゼさんの掌に集まってゆく。
オーゼさんはその光が水のようにこぼれださないように慎重に俺の額から掌を離し、机の上にあらかじめ用意されていた水晶球のようなものの上に置いた。
光はゆっくり水晶球の中へと吸い込まれていくと、今度は水晶球が淡く輝きだした。
……今ので終わりなのか?
「……でー。俺の身体の具合はどうなんですか?」
「私が見た限りでは、特別異常は見られませんな。健康そのものです」
オーゼさんがやさしく微笑んでくれるけれど、それはそれで困る。
いや異常が出て欲しいわけじゃなくて、ヴァルトにメタメタにやられたのに異常がないのが異常って意味で。
実際、骨やら内臓やら神経やらが確かに両断された感覚はあるのに、今はすっかり治っているのだ。今更思い出して身震いするぜ。普通なら明らかにあそこで死んでるっつーの。
「うーん。オーゼのいうとおり、目立ってどこか悪いというわけではないようじゃのぅ……」
水晶球を覗き込んでいたフィーネも首を傾げつつ不思議そうに俺と水晶球を見比べる。
俺も水晶球を覗き込んでみるが、無数の魔術言語が乱れ飛ぶばかりで、素人には一切何のことだかわからない。真子辺りが見たら読み取れるんだろうなぁ。
「じゃあ、俺の体って人間なの? 正直そっちの方が怖いんだけど」
「ご安心ください。リュウジ様の御体は、まぎれもなく人間ですよ」
俺の質問に、オーゼさんが答えてくれた。
しかし納得がいかない。
そこで俺はてっとり早く試すことにした。
「えーっと、そこのしょぼくれた面の魔導師さん」
「ほっとかんかい! なんだよ!?」
「ちょっと一発、俺に殺傷力高めの魔法でもぶち込んでみてくれね?」
「え?」
「リュウジ様!?」
俺の発言にぽかんとしたフィーネと慌てるオーゼさん。
オーゼさんは魔導師を制止しようとするけど。
「おうよやらいでか! 裂風刃!!」
喧嘩っ早かったらしい魔導師が呪文を唱え終わる方が早かった。
俺は素早く肩肌を脱ぎ、着物が破れないように注意しながら素肌で鋭い風の刃を受け止める。
瞬間、鮮血が舞い、あたりに血が飛び散った。
肉が爆ぜ、骨まで刃が食い込む感触が俺の脳髄を駆け巡る。
「なっ!? フォルカ! 何をしておるか!?」
「……ハッ!? つい、売り言葉に買い言葉で!?」
「リュウジ様!」
事態を理解したフィーネの言葉に、フォルカと呼ばれた魔導師が顔を蒼くする。
たぶん、普通に放てば人間一人をたやすく両断する程度の威力があるんだろう。
だが。
「ああ、心配しなくていいよ。もう治ったから」
俺は真っ赤に染まった肩を軽く拭ってみる。
血の赤色が取り払われると、そこには傷一つない真っ白な肌が存在していた。
……魔法で形成された風の刃が消滅すると同時に、俺の体は即座に修復していた。
しかも魔法的な何かによって補充されるのではなく、傷口に新しい肉が盛り上がってくるという感じで。
何とも形容しがたい感覚だったけど、たぶん傷が治るのを早回しにしたらこんな感じになるんじゃないかと軽く思った。
「なんと……」
もう傷が治った俺の体を見て、オーゼさんが恐れ戦いた様な声を上げる。
オーゼさんが腰の袋から取り出した布切れで俺の血を残らず拭い取るが、そこにいましがた風の刃を叩きつけたような証拠は一切なかった。
「……オーゼさん。もう一度、同じ質問しますね?」
俺は少し笑いながら、オーゼさんに質問を繰り返した。
「俺の身体って、人間なんすか?」
「………」
オーゼさんは俺の質問に窮した。
そりゃそうだ。いましがた、人間ではありえないほどの回復力を目の前で見せられて、俺が人間だと即答できる方がおかしい。
「ぬう。これならヴァルト将軍の攻撃を受けて無事なのも納得か」
一方で、フィーネは目の前の出来事をそのまま受け入れていた。
この辺は子供だよな。見たままそのまま受け入れられるってのは。
「……女神様の御意志による、我々への加護にも限界があります」
しばらくして、オーゼさんは慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「その中には体を強くするもの、傷の治りを早くするものも当然あります。ですが、これほど劇的なものとなると……」
オーゼさんは首を横に振る。
そっか。やっぱり女神の力ではないわけだ。
「じゃあ、俺のこれは? 魔法の力か何か?」
「いや、魔力を感じることはできんかった。そもそも、魔術言語による肉体改造など聞いたこともない」
俺の疑問に、フィーネも首を横に振る。
聞けば、フィーネも真子ほどではないにしろ魔術言語の有る無しを視覚的に捉えることができるのだとか。
だが、俺の傷口にも俺の身体にも、それらしい跡は見られないという。
「まったくもって訳が分からぬ……。おぬし、いったいどんな生まれなんじゃ?」
「普通の人間家庭に生まれたはずなんだけどなぁ……」
呆れたようなフィーネの言葉に、俺は後ろ頭を掻きながら答えた。
間違いなく普通の家のはずなんだよなぁ。親父は変態でお袋がツンデレって点を除けば。
「じゃあ……意志力って奴は? あれ、相当便利って聞くけど」
「便利は便利じゃが……おぬし、今攻撃を受けるとき意識したかの?」
「いや、特別」
「それでは意志力によるものかどうかはわからぬのぅ。意志力は意志の力。無意識も意識のうちじゃろうが……、おぬしのように強烈な効果を及ぼすとなるとのぅ」
フィーネは首を傾げた。
うーむ、やっぱり俺の体は謎のままか……。多少は期待したんだけどなぁ。
「……少なくとも、魔法による検査では人と出ました。ならば、人間でよろしいのではないでしょうか」
「相変わらず魔力は出とらんがの……」
しばらく考え事をしていたらしいオーゼさんが、なんというか、申し訳なさそうな顔で笑いながらそう締めくくった。
疑問が晴れたわけではない。でも、明確な結果が魔法によって出ているのだからそれで納得しておこう、ってわけか。
とはいえまわりがそれを納得するかどうかは別問題だよな。
俺が軽く周りの魔導師の姿を見まわすと、俺のことを恐怖の眼差しで見つめたり、興味津々の顏でこっちを見たりしている。
正常といえば正常かね。まあ、いいや。ちょうどここにいる連中には会ったことないし。
俺はフォルカと呼ばれた魔導師に向かい合って、残った袖の下から一枚の写真を取り出した。
元の世界から持ち込むことになった、真子の鞄から拝借したものだがちょっとした加工がしてある。
「な、なんだよ?」
「ところでこいつを見て欲しい。これをどう思う?」
「はい?」
フォルカが覗き込んだ写真は、何の変哲もないただの写真だ。写っているのは礼美。満面の笑みでこちらに手を振っているものだ。
ちょっと染料で、猫耳とモフ手と尻尾を描き加えてあるが。
フォルカは写真を見て、驚いたように仰け反る。
「な、なんだこれ!?」
「なにって、礼美の写真……いや絵だな。礼美の鮮明な絵ですが」
「鮮明過ぎるだろ!?」
「そんなことはどうでもいい。重要なことじゃないんだ。この写真、どう思う?」
「ど、どうって……」
フォルカは少し躊躇はしたが、俺に対する負い目もあるのかあるいは別の感情か写真を食い入るように見つめる。
しばらくしてから、俺の顔を見て首を振った。
「わ、わざわざこんな風に描くことないんじゃないか?」
「だな。というわけでこっちも見てくれ」
そして新しい写真を取り出す。こっちはポーズは違えどやっぱりレミの写真で、こちらには何の手も加えていない。
「これはどう見える」
「どうって……レミ様の絵だろ」
「だな」
一瞬ちらっと見てから即答するフォルカに満足して、俺は持ってきていた魔導師団名簿のフォルカの名前に丸を付けた。
そんな俺の様子を見て、フィーネが怪訝そうな顔になった。
「……気になっておったのじゃが、おぬし最近何をしとるのじゃ?」
「あれ? 言わなかったっけか?」
「聞いとらん」
そういうのは、名簿渡す時に聞いとけってツッコミを喉の奥にしまい込み、俺は次の標的に写真を見せながら答えた。
「実は今度の会戦の時のメンバー決め、俺に一任されることになってなー」
「なんでおぬしが?」
「いや、真子が騎士団の頼りなさに頭悩ませてたから、俺なりに協力しようかと思って」
二枚目の写真を食い入るように見る奴の名前を聞いてその欄にバツを加えつつ、次の少女魔導師には光太の写真を見せた。もちろん犬耳モフ手つきの。
「……それとおぬしの行動の関連性が分からぬのじゃが」
「フィーネにはまだ早い」
「なんじゃとー!」
俺がそう言い切ると、フィーネが顔を真っ赤にして突っ込んできた。
俺はそれを片手で制しながら、印をつけた名簿を見直す。
やっぱり全体でみると数がすくねぇなぁ……。神官連中にもそれなりに数がいたのは僥倖だったけど。
この案がうまくいくかは……会戦までの俺の腕次第かねぇ。
いまいち真面目になりきれない。それが隆司クオリティ……。
そしてガンガン怪しくなっていく隆司の正体。何より一番ヤバいのは、魔法で調べても人間、としか出ない点だと思われ。
次は真子ちゃん視点で進みますよー。