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No.40:side・kota「異世界の車窓から」

 ゴトゴトと、木の車輪と石とが立てる大きな音を聞きながら、僕は窓の外に見える光景をぼんやり眺めていた。

 今日で王都を出てから二日。順調にいけばあと四日ほどで占領されたという貴族領に到着する。

 結局貴族領奪還のためのメンバーは、僕に礼美ちゃん、真子ちゃんの三人に、アスカさんとサンシターさんの騎士団メンバー。アルルさんにジョージ君の魔導師団メンバー。最後に神官のヨハンさんと今回奪還に向かう領地の領主様であるカウルさんの計九人となった。

 今使っている馬車は八人乗りのかなり大きなものだけど、御者としてサンシターさん、見張りとしてアスカさんが外に出ている。

 僕らが貴族領を奪還に向かうといって王都を出るとき、王都の人だかりは思っていたほど大したことはなかった。

 みんな興味本位でこちらを見ていた感じだ。僕たちは外を見て目が合えば笑って手を振るくらいだった。

 ああやって僕たちを見送ってくれた人たちは、不安に思うときがあったんだろうかと考えるときがある。

 なんというか面白いもの見たさという雰囲気がありありと伝わってきたのだ。

 あんなふうな王都の人たちの様子を見ると、やっぱり魔王軍の人たちが悪い人には思えなくなってくる。

 今回送り出してくれた神官の人の中には「ぜひ貴族領の魔族たちを滅ぼしてやってください!」なんて過激なことを言う人がいたけれど……

 僕はそんなこと、できればしたくない。

 話し合いで、済めばいいんだけどなぁ。


「……………………」


 ゴトゴトと、また馬車が小さな音を立てて揺れ、しばらくするとぴたりと停止した。

 またかぁ、と僕が思ういとまがあればこそ、真子ちゃんが勢いよく馬車を飛び出した。


「馬車を止めんなっつってんでしょーがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「あああ、申し訳ないであります真子様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 真子ちゃんの怒号とサンシターさんの悲鳴が響き渡った。


「草を食わす暇があるなら、さっさと走らせろ! っていうか馬車というからそれなりのスピードかと思ったら、歩いたほうが早いってどういうことよ!?」

「すいませんすいません! 元々この遅馬(スロゥホース)は農耕作業用の馬でありますから、パワーはあるでありますが、いかんせんスピードは――」

「またやってるよ。あの姉ちゃんもいい加減あきらめたらいいのに」


 魔導書を読んでいたジョージ君が呆れたようにつぶやいた。

 確かに馬車がなんとなく停止して真子ちゃんが飛び出すのは、今日だけで三回目だけど、止まりすぎじゃないかなぁ?


「まーまー。さすがにこの人数ともなりますと普通の馬では馬車を引けませんからなー。早馬も貴重。となると後は遅馬(スロゥホース)くらいしかおらんわけで」


 そんな僕の疑問に答えてくれたのはカウルさんだ。

 貴族というよりは商人といった方が似合いそうな風貌で、実際王都と辺境貴族領との交易を専門に行ってる人なんだとか。


「それに遅馬(スロゥホース)にも利点はあるのです。ほぼ丸一日一切の休息無しに歩けるのは遅馬(スロゥホース)だけですからなー」

「はぁ」


 確かにそれはすごいけど、こうちょくちょく停止してるんじゃ説得力ないなぁ。


「じゃあ、なんでこんなに良く止まるんですか?」

遅馬(スロゥホース)は食欲旺盛ですから。道端に食欲をそそる草が生えているとそちらに気が言ってしまうのですよ」


 礼美ちゃんの疑問に答えてくれたのはヨハンさん。なるほど、気になるものに目が行っちゃうのか……。


「そのあたりを制御するのが~、御者の腕前になるのですよ~?」

「だからあの兄ちゃんの腕が悪いんじゃねぇの?」

「そうなのかなぁ……?」


 ジョージ君の言葉に思わず首を傾げる。

 外から見える光景は、幅の広い街道だ。

 土が露出し申し訳程度に整えられた道の周りは、一面青々とした草地になってる。遅馬(スロゥホース)が食欲旺盛なら、この草地に一目散に進んじゃうんじゃないかなぁ?


「まーまー。街道も整備がされなくなって期間が開いておりますからなー。道の真ん中に草が生えていたら、さすがに遅馬(スロゥホース)も草を食べるでしょー」


 カウルさんの言葉に、それもそうかと頷いた。

 カウルさんが領地を奪われたのはだいたい二ヶ月くらい前。その間、人の行き来は全くなかったというから、その間に草の一本や二本は生えちゃうよね。


「つまりあれね!? 六日ってのはこの微停止も含めての時間だったってわけね!? 早馬なら何日か言ってみろサンシタァァァァァァァ!!」

「調子が良ければ~。四日位で往復できるかもですね~」


 外から聞こえてきた真子ちゃんの声に、アルルさんが大して気にした風でもないように答えた。

 四日かぁ……。でも仮にも貴族領を取り戻そうって一団が移動してるわけだから、普通よりも時間がかかるのは当たり前じゃ……。


「マコ様も、さすがにゆっくりと移動する風景をご覧になられては、ストレスもたまるのではないでしょうか?」

「やっぱりそうですかね?」


 ヨハンさんの言葉に、僕は何となく納得して頷いた。

 ゆっくりとした遅馬(スロゥホース)の移動スピード自体は嫌いじゃないけれど、馬車の外から見える光景が本当にゆっくり移動するもんだからすごい退屈するんだよね……。

 ちょっと外に出ようかな。

 僕はそう決めると、扉を開けて外に出た。


「すいませんすいません!」

「マコ様、もうそのくらいで……」

「わかってるわよ! わかってるけど、暇でしょうがないのよぉ……」


 すると、ひたすら謝ってるサンシターさんに向かって、自己嫌悪してるらしい真子ちゃんが頭を垂れていた。

 ああ、八つ当たりしてる自覚はあるんだ……。

 御者席の前には、二頭の大柄な馬がつながって、片方の馬がムシャムシャと草を食んでいる。

 僕たちの世界での馬に比べると、本当に体が大きい。足も太くて、一目見た時には牛と見間違えたくらいだ。

 真子ちゃんを諌めていたアスカさんが、僕に気づいて慌てて振り返った。


「あ、コウタ様。申し訳ありません、すぐに歩かせますので」

「いや、無理強いしてこの子が暴れだす方が怖いですよ」


 そういって、僕は草を食んでいる遅馬(スロゥホース)の首筋を撫でた。


「急がなきゃいけないのは確かだけど、行程的には遅れがないんでしょう? なら、僕としては文句はないかな」

「いくらか休憩は削っていますが……そういっていただけると、ありがたいです」


 アスカさんが申し訳なさそうな顔で頭を下げた。

 悪いことをしてるわけじゃないんだから、もっと胸を張ってもいいと思うんだけどなぁ。

 と、遅馬(スロゥホース)が草を食べ終わったのか、顔を上げて一声ぼえーと鳴いた。


「あ。マコ様、コウタ様! 馬車を動かしますので中へ戻ってほしいのであります!」

「あ、僕このまま一緒に歩いていいですか?」


 遅馬(スロゥホース)の様子に気づいたサンシターさんに、僕はそう聞いてみた。

 せっかくの異世界だし、もう少しいろんなものを見てみたいんだよね。


「コウタ様? 確かに遅馬(スロゥホース)のスピードはさほど早くないでありますから、並んで歩けるでありますが……」

「何を言う、サンシター! いけません、コウタ様。あまり早くないとはいえ、六日の行軍です。疲れを残されては……」

「疲れたら、すぐに戻りますから」

「……あたしも一緒に歩こうかしら……」


 アスカさんに反論する僕の言葉を聞いて、真子ちゃんもそんなことを言い出した。

 やっぱり馬車に詰めっぱなしじゃ気が滅入るよね。


「マコ様まで? ……もし疲れたなら、すぐに言ってほしいでありますよ?」

「サンシター!」


 アスカさんが厳しい表情でサンシターさんを咎めるけれど、サンシターさんはさして気にした風でもなく、手綱を操って遅馬(スロゥホース)を歩かせ始める。

 サンシターさんって時々すごい強かになるんだよね。聞けば、アスカさんより年上で、僕たちと比べると一回りか二回り位上らしいんだけど、だからかなぁ。

 ともあれ、ゆっくり動き出した馬車の隣を僕も一緒になって歩きはじめる。

 なんて言うか、気を付けないと僕の方がずんずん先に進んじゃいそうなスピードだ。平安時代くらいの牛車ってこんな感じだったのかなぁ、ってスピード。

 サンシターさんはまっすぐ前を見据えて軽く手綱を握っている。そしてたびたび進路からすれそうになる遅馬(スロゥホース)の頭を進路に向けて戻している。やっぱり、サンシターさんの腕が悪いわけじゃないんだね。

 アスカさんは、やっぱり僕が外で歩いていることに不満があるみたいだ。むっつりした顔で僕のことを横目に見ていた。


「真子ちゃーん? 馬車に戻らないの?」

「あー。ちょっと気分転換に歩くわー」

「あ、じゃあ、私もー」「レミ様が歩かれるなら私も!」

「あんたは中にいなさい……。勢い余って全員外に出たら、さすがに馬車の意味がないから……」


 馬車が動いても僕たちが戻らないことに気が付いた礼美ちゃんが外に出たがるけど、それは真子ちゃんが押しとどめた。

 でも、礼美ちゃんにも気分転換はいるよね。あとで、交代する感じならいいんじゃないかな?

 そうやって、しばらく僕らは貴族領への道を歩いた。

 これが魔王軍から貴族領を奪還するって目的がなければ、とてものんびりとして気持ちがいいピクニックだっただろうなぁ。

 空は青く広がって、その中を白い雲がゆっくり流れてる。

 平和だなぁ……。


「あ、湖」


 しばらく歩いていると、目の前に大きめの湖が現れた。

 深い蒼に染まった湖面の中に魚が泳いでいるのが見える。

 真子ちゃんが駆け足でその湖に駆け寄った。

 喉が渇いたのかな?

 そんな真子ちゃんの姿を見て、サンシターさんが慌てたように声を上げた。


「あ、マコ様、何を!?」

「ちょっとのどが渇いたのー」


 あ、やっぱり。

 そういって真子ちゃんは両手で湖の水を掬い取ったんだけど。


「いけません、マコ様! 水なら、こちらの水筒から――!」


 なぜかアスカさんまで、大慌てで御者席に備え付けておいた水筒を手に取った。

 ? なんでそんなに慌てて。


「ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!???」


 と、いきなり真子ちゃんが口の中の水を吹き出した。

 え、なに、どうしたの!?


「ななな、なにこれ!? めっちゃ辛い! っていうか塩水!」

「え、湖なのに!?」

「それはそうでありますよ……。そちらは海湖(ソルト・レイク)でありますから」

「「ソルトレイクゥ!?」」


 なにそれ!?


「この国……といいますか、この世界は大きな楕円状の大陸で形成されているのですが、海へ向かうには険しい山岳を超えないといけないのです」


 びっくりして思わず動きが止まる僕たちに、アスカさんが説明を始めてくれた。


「そのため、通常であれば海産物の類はほとんど入手する手段がない……と思われていたのですが」

「この海湖(ソルト・レイク)が発見されたであります。マコ様、海湖(ソルト・レイク)の底をご覧ください」

「底……?」


 真子ちゃんと一緒に、僕も湖の底を覗いてみる。

 普通なら水草や水苔の生えた石が見えそうなものだけど、海湖(ソルト・レイク)の底は見えず暗い暗い穴がぽっかり広がっているばかりだった。


「……なにこれ」

海湖(ソルト・レイク)は外洋とつながっているといわれており、底の方から海洋生物がやってくるとされているのであります」

「なるほど……」


 言われてみれば、海湖(ソルト・レイク)の大きさは普通の湖よりもはるかに大きな規模だった。

 この海湖(ソルト・レイク)一か所で、小さな生態系ができてるのかもしれないなぁ。


「こうした海湖(ソルト・レイク)はいくつか存在していまして、いずれ奪還に向かうであろう貴族領の中にも海湖(ソルト・レイク)を中心とした街もあります」

「さすが異世界……。わけのわからない構造してるわね……」

「ホント……」


 戦慄したような真子ちゃんに、僕も同意するように頷いた。

 僕たちの世界にもこうした塩分濃度が高い湖はあるし、実際それが名前の由来となった街も存在するけれど、こんな風に外洋とつながっているのはないからなぁ……。

 この世界の大陸はどうなってるんだろう? まさか、海の上にぽっかり浮いた島なのかなぁ。


「にしても、こんなのが存在するんじゃうかつに飲み水補給もできゃしないわね……」


 真子ちゃんがそんなことを言いながら、サンシターさんの隣に並んだ。

 ああ、言われてみればそうだなぁ。喉が渇いて、何も知らないままうかつに湖に顔を突っ込んだら海水でした、なんてシャレにもならない。


「おっしゃるとおりでありますが、さすがに街道周辺は調べつくされて地図も作られているでありますから、誤って海湖(ソルト・レイク)の水を口に含むことはないでありますよ?」

「ついでに言えば、水を補給する手段は水源ばかりではありませんから」

「? どういうことですか?」


 アスカさんの言葉に僕が首を傾げるのと同時に、街道のそばの草むらからガサリと何かが飛び出した。


「っ!」


 僕は素早く腰の剣を抜く。

 抜いたんだけど……。


「………スライム………?」


 思わず、という感じで真子ちゃんが首を傾げた。

 うん。なんとなくわかるよその気持ち。

 目の前に現れたのは、たぶんスライム系のモンスターだと思うんだけど……。

 半透明のビニール袋みたいな感触の、半軟体生物って感じだった。

 なんだろう。言っててよくわからないけど、そんな表現しかできない。


「ああ、ちょうどいいところに」


 呆然とする僕らをよそに、アスカさんが素早く御者席から飛び降りて、プルプルしてるその生き物を引っ掴んだ。

 そして後ろの荷台から木でできた壺を持ち出して、その上でスライム?を。


 ぎゅーっ!


 と上からしごくように絞った。

 途端、スライム?の身体から大量の水がジャバー!っと出てきた。


「この生き物は、ボトルスライムと言うであります。体内に真水を蓄える性質を持つ生き物なのでありますよ」


 びっくりして固まる真子ちゃんをよそに、サンシターさんは若干減っていたらしい水筒に、ボトルスライムから絞り出した液体を汲み始めた。


「あの……飲んで平気なんですか……?」

「ええ、平気でありますよ?」

「うそぉ!? スライムの体液でしょー!?」


 おっかなびっくり問いかけると、何を当たり前というように答えが返ってきた。

 アスカさんが絞り切ったスライムをそっと地面においてやると、しばらく動かなかったスライムが尺取虫みたいな動きでしわくちゃの体を草むらの中へと隠していった。


「むしろ平原の生き物にとっては数少ない給水生物になりますので、全体の生態系として見ても保護されているという研究結果もあります」

「この水も、人が飲んでも平気という研究結果が出ているであります。なので、安心してほしいのであります」

「でもなんか気分的にいやー!?」


 真子ちゃんの魂の叫びに、僕は無言でうなずいて同意した。

 なんていうか、良くも悪くも異世界なんだなぁ………。




 この小説は、サイモンの提供で、お送りしました。(例のナレーション風味)

 こういう点が自由に書けるのは異世界の特権ですねぇ。まあ、ここまで現実と乖離しているのは一応理由がありますが。物語の最後辺りで解説入れますね。忘れてなかったら。

 次回の中継は王都へとつないでおりますー。


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