No.4:side・mako「覚醒の儀式」
で、無事食事も終わり、宛がわれた部屋でぐっすり休んだあたしたちは、翌日宮廷魔導師だというフィーネとやらのところまで来ていた。
王子の先導でやってきたのは、王国宮殿の中でも奥まった場所だ。
「ここに、宮廷魔導師のフィーネがいます」
「フィーネさんは、どんな方なんでしょうか、アルト様?」
小首をかしげた礼美の質問に、王子は少し考えるようなそぶりを見せてから。
「……たぶん、ご覧になられた方が分かりやすいかと」
そういって、目の前の扉に手をかけた。
……見た目にインパクトのあるやつってこと?
そして王子が開けた扉をくぐると、その向こうには。
「うわぁ……!」
なぜか夜空が広がっていた。
かなり広い。まるで満天の星空だ。見上げれば見渡す限りすべてが漆黒の闇で、その中すべてに星が瞬いている。
あっれー? 今は朝だし、ここは室内のはずじゃ……。
「驚いてもらえたようで、何よりじゃ」
礼美が感嘆の声を上げると、広い部屋の中央から少女の声がした。
そちらの方に目を向けると、部屋の真ん中に小さな少女がいた。
見た目だけならアンナと同い年くらいかしら。長い長い髪の毛を一度折り返してまとめている。
ただ、見た目通りの歳かはわからなかった。小さく微笑むその姿は、純真でもあり老獪にも見える。
「この部屋の名前は夜天宮。見ての通り夜空を再現したものじゃ」
「あの、あなたが……?」
「うむ。私がこのアメリア王国の宮廷魔導師、フィーネじゃ」
少女――フィーネの見た目に驚く光太の様子を、おかしそうに見つめるフィーネ。
見た目で驚かれているのに慣れているのだろう。まあ普通、宮廷魔導師といえば魔法使いのトップエリートだ。年若い少女がそのトップなんて言うのはなかなかありえないんだろう。
ただまあ。
「……フィクションとしてはありがちよねぇ……」
誰にも聞こえないようにポソリとつぶやく。
よくある話よねぇ。見た目こそ若いけれど、中身が老獪なばあさんっていうのは。
目の前の少女もきっとその類なんだろう。なめてかかると、確実に痛い目に合うわね。
こっそり警戒しつつ、あたしは礼美の後ろからフィーネの様子を見る。
フィーネは素直に驚く礼美と光太の前で、机の上に置いてあった本を手に取った。
水晶球とかじゃないの、こういう場合?
「さて、本日の用向きは勇者たちの力の覚醒であったな? 準備万端、整っておるよアルト王子」
「ああ、ええ。それもあるのですが……」
王子はフィーネの言葉を聞いて、迷うようにあたしたちとフィーネの間で視線を右往左往させた。
そういや昨日、魔王軍との戦争は平和的手段で解決しようって決めたところだっけ。
まあそれも重要だけど、今は力の覚醒とやらが先ね。話なら後でもできるし。
あたしは王子の顔を見て、うなずいてみせた。
「昨日のことは後でいいわ。それより、力の覚醒って?」
「そのままの意味じゃよ」
あたしの問いの答えたのは、王子ではなくフィーネだった。
フィーネは手に取った本の背表紙をほっそりとした指でゆっくりとなぞる。
木枠で強化されたその本には、どこを見ても名前のようなものは記されていない。
「おぬしらの中に秘められた力を、この本によって覚醒させる」
「え? あたしら、そんな大層な存在なの?」
フィーネの言葉に驚くあたし。
いや、展開としては読めるわ。でも、さすがにただの高校生にそんなものが宿ってるとは思えなかった。
それにあたしが驚いたのはそこだけではなく。
「……フィーネ。まるであたしらの中に力があるって、確信してるみたいだけど……それはどうして?」
「単純に、おぬしらの運命を見たからじゃ。この夜天宮は先読みのための占星術を行う場でもある。おぬしらがこちらへ招かれるより前からずっと、私はこの夜天宮でおぬしらの運命を読んでおった」
……つまり、この夜天宮とやらであたしらがどういう風になるか占ったってこと?
じゃあ、魔王軍とやらとどうなるかとかそういうこともわかるのかしら?
あたしの表情から言いたいことを察したのか、フィーネは小さく首を振った。
「……残念ながら、夜天宮での占星術は不完全なものでの。漠然とした未来しかわからぬ。やはり本物の夜天に比べると、精度が落ちるでな」
ふーん、そうなのか。やっぱり作り物じゃうまくはいかないってこと……いや、作り物でも未来が見えるって地味にすごいんじゃ……。
うんうん唸るあたしの前で、礼美が一歩前に出た。
「じゃあ、フィーネ様。私たちにはみんな、何かしらの力があるということでしょうか?」
「そのようじゃな。漠然としておるが、皆一様に力を宿しておる。その力は、この世界を救うであろうという未来も見えたしの」
フィーネの言葉に礼美と光太の表情が明るくなった。
フィーネの予言は、あたしたちが間違いなくこの世界を救える可能性があるというものだからだろう。
だが、漠然としているということはいくらでも変わる可能性があるということだ。
その辺はきちんとわかってるんでしょーねー?
「それなら、魔王軍とも……!?」
「かもしれんし、そうでないかもしれん。結局はおぬしら次第ということじゃな」
意気込む光太に水を差すようにそう言って、では誰から行う?とフィーネはあたしたちを品定めするように順に見ていった。
うーむ。順番なんて正直どうでもいいけど、やっぱり可能性の高い順よねこういう時は。
「じゃあ、光太か礼美からで」
「え!? 僕ら!?」
「真子ちゃんが先に行ってよ!」
「いや正直俺たちが行ってもなぁ」
驚く二人に、あたしと隆司は肩をすくめてみせた。
いやだってあたしと隆司、向こうの世界じゃ凡人ですからね? あんたたちみたいな完璧超人と一緒にされてもね?
「ではコータからでよいかの」
「えぇ!? なんで!?」
「いかにも勇者って面してるからだろ」
フィーネの推薦と隆司の無情な背中押しもあって、一番初めの覚醒を行わされる光太。
まあ、こういうときの生贄役でもあったしねぇ。なんかあっても大丈夫でしょう。
「ううぅ……大丈夫かなぁ……?」
「大丈夫じゃから、ホレ。この本の表紙に掌を置いてみよ」
なんか涙目になりながらも、光太はおとなしく掌を無銘の本の表紙に置いた。
すると、目の前にいるはずの光太の気配が急に薄くなり……。
――カッ!!!!――
その背中から急に光が溢れ出した。まるで光太の中に眠っていた大きな力が、本に触れることによって引き出さ
って、痛い! この光、目に痛い! 具体的には目の慣れた暗闇の中でいきなり目の前でライトをつけられたときくらい痛い! しかも目に直接!
礼美は「キャァァァァ!?」って悲鳴上げてるし、王子は王子で目を両手で覆ってるし、隆司なんかはしっかりサングラスってオイイィィィィィ!? そのグラサンどっから出したぁぁぁぁぁぁぁ!?
「いや、いつも持ってるじゃん俺」
そういやそうね! 目つき悪いからって、芸人みたいな真ん丸サングラス礼美に贈られて、いつも持ち歩くようにしてんのよね、受けも狙えるから!
思わずド突き漫才はじめようとするあたしらを置いて、光太の覚醒は続く。
光太の背中から溢れ出していた光はやがてゆっくりと光太の体の中へと収束していく。
光はやがて完全に光太の体を覆うものだけとなり、それも幾度かの明滅ののちに消えていった。
「……終わりじゃよ、コータ。もう手を離しても良いぞ」
「……あ、ああ。はい……」
覚醒をしっかりと見届けたフィーネの声を聞いて、呆けていた光太が我を取り戻してうなずいた。
そのまま頼りない足取りながらも、あたしたちのところへと戻ってきた。
なんだか夢見心地な表情ね。覚醒の中で何かあったのかしら。
「どうだったよ、覚醒は?」
「よく……わからなかったよ。なんだか、体の中から何かを引き出されたって感じだった」
隆司の質問の答えも、なんだかあいまいだった。
なんだか無理やりって感じなのねぇ。意識が朦朧としてんのも、その影響かしら。
「じゃあ、次は礼美ね」
「うう……緊張するよ……」
あたしがそう促すと、おっかなびっくりといった感じで礼美はフィーネの方へと近づいて行った。
「では、掌を」
「はい……」
フィーネの言葉のままに、礼美は本の表紙に掌を置いた。
すると今度は礼美の気配が逆に濃くなっていき、ゆっくりと礼美の体が光を放ち始めた。
光太のときと違い目も痛くない、穏やかな光だ。光太の光をライトに例えたが、礼美の光は陽光のような感じがする。
「へえ、こんな風に僕も覚醒したんだ……」
「いや、お前の覚醒は痛かった」
「痛かったの!?」
「いや、あんたは痛くなかったでしょうが」
自分の覚醒に驚愕している光太をいじりつつ、礼美の覚醒の終りを待つ。
初めが穏やかなら、終わりもまた穏やかだった。
礼美の体から溢れ出した光は、ゆっくりと礼美の体の中へと納まっていく。
光は小さく小さく礼美の体の中へと納まり、やがて消えていった。
「レミよ、これで終わりぞ」
「はい……ありがとうございます……」
礼美はフィーネにそう礼を言って、こちらへと戻ってくる。
足取りはなんだかふわふわしているが、顔はうれしそうだ。
「なんだか気持ちよかったよ~」
どうやら機嫌がいいのは覚醒が思いのほか気持ちよかったかららしい。
それを聞いて、光太がさらにへこんでいる。
まあ、痛い覚醒って言われたら誰だってへこむわよね。
「じゃあ次は俺だな」
「うむ」
へこんだ光太はそのままに、隆司がフィーネの前まで歩いてゆき、フィーネの言葉を待たずに手を本に乗せた。
………………………………………。
「……なあ」
「……なんじゃ?」
「なんで変化ないの俺……?」
「私にいわれてものー……」
そのまましばらく掌を乗せていた隆司だったが一向に変化がない。
あたしらからだけではなく、隆司本人も変化が分からないらしくフィーネも首をかしげて。
「あ」
いたが、何やら素っ頓狂な声を上げた。
「なんだよ?」
「おぬし、魔力が出とらん」
「……はい?」
「じゃからおぬし、魔力が外に出て来とらんのじゃ」
「それがどうかしたのか?」
「この本、正確には人間の体から出て来とる微力な魔力を引き出すものなんじゃが、おぬしにはそれがないんで力が引き出せんのじゃ。すまんな」
「おおおぉぉぉぉい!!!! それじゃあ俺、完全生身で魔王軍に挑めと!?」
「魔法武器もあるしそれで……いや、あれも体から出とる魔力つこうとったな」
「どうしようもねぇじゃねぇか!?」
あらら。わかってたけど、やっぱり特殊な力があるのは光太と礼美だけなのね。
おかしいのぅ、とつぶやくフィーネを置いて、がっくり肩を落とした隆司が戻ってきた。
「残念ねー、秘められた力がなくて」
「ちくしょう。魔法、使ってみたかったんだけどなぁ……」
よほど魔力が出てないのがショックなのねぇ。まあ、魔法の武器も使えないなんて言われたらへこむわよね。
「では最後は……」
「あたしね」
あたしは一つうなずいて、ゆっくりフィーネの方に近づいて行った。
「真子ちゃん、頑張ってね!」
「はいはい」
礼美の声援に思わず苦笑。
本に掌載せて魔力を引き出すだけなのに、頑張るも何もないでしょうに。
それにどうせ隆司みたいに何もないだろうし、ちゃっちゃと終らせようかしら。
「それじゃ、触るわね」
「うむ」
あたしはフィーネに一言断りを入れ、掌を本の上に乗せる。
すると、あたしの目の前の景色が一変した。
目の前にいたフィーネの姿が掻き消え、後ろにいたはずの礼美たちの姿も見えなくなり、夜天宮の星々も消滅した。
そしてその場に、あたしと目の前の本だけが残された。
「………え?」
あまりにも唐突で、いきなりな展開についていけず、あたしは呆然と周囲を見回すしかできなかった。
そんなあたしの目の前で、今度は本が浮かび上がる。
ゆっくりと浮かび上がった本は、突然その表紙が開くと凄まじい勢いでページがめくられていく。
バララララ!という轟音が、何もない空間に不気味に響き渡った。
「ひっ……!?」
凶悪にページをめくられていた本は、やがて最後のページまで進み、大きな音を立てて表紙を閉じた。
その音に、あたしは思わず目を閉じたがそれがまずかった。
目を閉じた次の瞬間。
ズヌッ。
と気持ちの悪い音を立てて、あたしの胸元にさっきの本が飛び込んできた。
「カ…ハッ……!?」
異物が体の中に無理やりねじ込まれる感触が、ひどく気味が悪い。
喉から漏れようとする嗚咽を抑え込むように、本は強引にあたしの中に潜り込んだ。
「ゴエッ……」
喉に引っ掛かった何かを吐き出そうと、あたしはえづくが異物感は消えない。
だが異物感は一所にとどまらず、まるであたしの中を浸食するように、体中に広がっていく。
なに……これ……!
そのまま意識が遠のいて――。
「―――子ちゃん! 真子ちゃん!」
気が付くと、あたしは夜天宮に戻ってきていた。
あたしの肩を礼美がゆすっている。
そちらの方に顔を向けると、心配そうな礼美の顏が見えた。
「……礼美?」
「真子ちゃん、大丈夫?」
礼美の問いかけに、あたしはあいまいにうなずいた。
「だから言ったろう、大丈夫だと」
「でも、真子ちゃん何にも変化ないのにぼーっとして」
呆れたようなフィーネに礼美が抗議するが、あたしはそれよりさっき見えたヴィジョンが気になっていた。
何よ今の……。わけがわからない。だいたいなんで本があたしの中に入ってきて……。
「時にマコよ。もう、手を離しても良いぞ?」
フィーネにそう言われて、あたしはまだ例の本の上に手を乗せていたのに気が付いて、あわてて手を離した。
「………ッ」
「真子ちゃん?」
「……大丈夫」
まだ心配してくれる礼美にそう笑顔で答えて、あたしは自分の身に起こった変化について考える。
覚醒っていうからには、何か変わってるはず……よね。
「力の覚醒の儀は終わった。あとは、各自ゆっくりとその力になれていけばよいじゃろう」
「俺の力は覚醒してないんですけどー」
隆司のとぼけた抗議の声も、今のあたしにはどうでもよかった……。
そんなわけで各人の力の覚醒編ー。といっても一名、覚醒してないみたいな描写ですが。仲間外れはいませんよ?
しかし回を重ねるごとに、文章量増えていってるな……。この調子で増えていったら、偉いことになるんじゃ……。
次回からしばらく男組と女組に分かれますー。