No.36:side・mako「必要は発明の母?」
パーン!
騎士団修練場に、乾いた音が響き渡った。
あたしは長い棒状のものを構えて十メルトほど先に並べた的を狙うサンシターの姿を難しい顔で眺めていた。
サンシターはそんなあたしの視線を気にしてか、こめかみから冷や汗を流しつつ棒状のものを操作する。
パーン!
また乾いた音が響き渡る。
「おー。何それ、ライフル銃?」
響いた音を聞きつけたのか、隆司の奴が顔を出す。
昨日はデカい依頼を成功させたとかで、アスカやアルルがぶっ魂消る報酬を持ち帰ってきた。それと、気になる情報も。
馬に乗った騎士は聞いてたけど、胡坐をかいたジジイね……。噂話によれば、森の中へ進もうとする人間を追い掛け回したって話だけど、アイティスとやらの移動に伴ってその姿を見なくなったとか。
つまり、森の中にいた魔王軍は最低でも三人。少人数で行動している以上、四天王とその直下ってところかしら……。
行方が知れないっていう点じゃ、魔王軍の侵攻部隊よりずっと厄介ね。森に作った拠点が潰された次の行動……さて、どう動くのかしらね。
「……うん、まあそんなとこ」
あたしは内心の疑問を押し殺し、さしあたっては目の前の問題に対処することにする。
隆司のいうとおり、サンシターが今構えているのはライフル銃……といっても、あたしの記憶の中にある猟銃を、ギルベルトさんの協力のもと何とか形にしたっていうものだけど。
そのため、見た目はかなり粗削りだ。子供に火縄銃を描かせたようなフォルムになっており、弾丸を込める位置には光輝石を組み込んでいる。
今回の光輝石には簡単な魔力弾を撃ちだす魔法を組み込んであり、持ち手の魔力を吸収し、トリガーを引くことでその魔力を弾として撃ちだす、という機構を採用している。
この銃の話をしたとき、ギルベルトさんは効果のほどをずいぶん危惧していたけれど……なるほどね。その理由も納得だわ。
「俺も撃てる? 撃てるなら撃たせてくれよ」
「残念ながら、身体から出る魔力を吸収して撃つタイプよ。あんたじゃ使えないわ」
「なんだつまらねぇ」
「……まあ、それを抜きにしても、普通に使えないんだけどね」
「んん? どうしてだよ?」
試射の様子を見ていなかった隆司にはわからない話よね……。
「サンシター、どう?」
「ダメでありますね……。どうしても狙った位置に飛んでいかないであります……」
サンシターが首を振って、あたしの方に銃を差し出す。
そう。今の銃では弾道が安定せず、まっすぐに弾が飛んでくれないのだ。
まさか魔法の弾がまっすぐ飛んで行かないとは思わなかったから、結構適当な作りにしちゃったんだけど……。ちゃんと考えないと駄目ね、やっぱり……。
あたしは銃を受け取る。と、隆司が横から手を出してあたしから銃を奪い取った。
そして、銃口から銃身の中を覗き込む。
「んー。ライフリングとかはねぇのか?」
「うん。まさか魔力弾がまっすぐ飛ばないなんて思わなかったから……。そもそも刻んだところで弾道が安定するとは思えないし」
「確かになぁ。BB弾をはじくみたいな感じでまっすぐとばねぇもんかね」
「あんた、そういうのに詳しい方?」
「んにゃ」
首を振って、銃を放ってよこす隆司。
もしこいつがそういうのに長じてるなら、この手の武器の開発に一役買ってもらうつもりだったのになぁ……。
「ところで、マコ様」
「んー? なにー?」
銃をいじって光輝石を取り出そうとするあたしに、サンシターが声をかけてきた。
「その武器は、いったい何のために開発されたものでありますか?」
「一応使ってたんだから、用途はわかるでしょう……?」
余りといえば余りな質問に、思わず半目になってサンシターを睨むあたし。
サンシターはごまかすように笑顔を浮かべた。
「いえ、使いはしたでありますが、もし想像と違ったらと思ったでありますので……」
「はぁ……。これは、騎士団に使わせるための武器よ。用途は遠距離用の武器。光輝石を組み込んで、誰でも発動できる光矢弾を発動できるようにしたんだけど……」
「いまいち弾道が安定しないと」
「そういうことよ……はぁ……」
もしこれが量産できれば、遠くから敵を撃つだけでよくなるんだけどなぁ……。
あ、いや、まてよ?
「ちょっと隆司、そこに立っててもらえる」
「あん?」
隆司に一言断ってから、あたしは五メルトくらい隆司から離れる。
そして怪訝な顔してこっちを見つめる隆司の顔を狙って銃を構えて素早く引き金を引いた。
パーン!
「うぉおおおお!!??」
隆司は慌てて回避行動を取る。
スウェーバックって奴かしら? 上半身をそらすように左に傾けた。ってことは、あたしから見て左の方に弾丸は逸れたのかしら?
冷静に観察してるあたしに、隆司がとんでもないものを見る目でこっちを見た。
「どうしたんだ真子!? ついにストレスが頂点に達して俺を亡き者に!?」
「自覚があるなら直せバカ野郎。……あんた、今の弾見えた?」
隆司の戯言を軽くスルーしつつ、目的の質問を行う。
隆司はあたしからの二撃目を恐れてか徐々にサンシターの方に近寄りながら答えてくれた。
「ああ、一応。かなり速かったけど、避けられないほどじゃなかったぜ? 魔力ケチったか?」
「まさか。全力で込めたわよ」
「ヲイ」
「まあともかく、これではっきりしたわね。この銃、このままじゃ魔族には通用しないわ」
ジト目でこっちを見つめてくる隆司を無視しつつ、あたしは手に持ったライフル銃を見下ろした。
隆司に見切れる、ということはおそらく魔族にはこの銃の弾道が見えるのだろう。
かなりアバウトな診断方法かもしれないが、隆司の身体能力がすべて魔族並みなのは騎士団長さんも認めるところだ。この男が見えるなら、おそらくソフィアは当然として、その親衛隊も見切ることができるはずだ。
下位魔族に関してはさすがにわからないけど、たぶん遠くから撃ったら余裕で避けられるわね……。
コンセプトに対して能力が完全に追いついてないわけだ……。これじゃ、量産しても使えないわね……。
「はぁ、また一から練り直しかぁ……」
あたしは陰鬱にため息をついた。
あの日、できる限りのことをすると誓ったあの瞬間に、真っ先に思い浮かんだのが騎士団の全体的な強化で、そのために使用する兵器が銃だったのだ。
元々、こういう形でこの世界に干渉するつもりはあまりなかった。特に銃器のような武器は、戦場の様相を一変させたことからわかるように、対人戦闘において強力すぎる。これが量産されて、どの家にも置かれるような有様になってしまえば、この国がどんなふうに変わってしまうか想像もつかない。
でも、騎士団の強化はあたしたちにとっては急務といえた。ヴァルト将軍のようなチートはともかく、現在の侵攻軍において要となっているのはソフィアとその親衛隊、そして一般兵卒魔族たちだ。
確かに隆司はソフィアと互角だし、光太や礼美、あたしだって親衛隊と互角かそれ以上の力を持っていると思う。でもそれは逆に言うと、そいつらの相手を必然的にあたしたちがするということになるのだ。
それ以外の一般兵卒魔族たちの相手は、騎士団の人たちにやってもらうわけだが、一部の人以外は完全に戦力外だ。平和ボケにもほどがある。
いや、この騎士団の基本任務が、強力な動物退治らしいから、仕方ないといえば仕方ないのだ。一頭の獣を倒すのと、一人の人間を倒すのでは基本的な戦術が異なる。
とはいえ、対人戦闘が弱すぎるのは大きすぎるウィークポイントには違いない。急いで補強する必要があった。あたしだって、前の戦いのように毎回無双できるわけじゃないしね。
で、その足掛かりとして銃を配備しようと思ったわけだが……。
「弾はまっすぐ飛ばない、そもそも魔族には通用しそうにない……。こんなに使えない武器だとは思わなかったわ……」
「火薬で飛ばすなら結果も違ったろうになぁ」
隆司の言葉に余計へこむあたし。
まあ、確かに光矢弾の弾速は、人間にも飛んでいく軌跡が見える程度の速度しか出ない。そもそも光矢弾が魔族に当たるなら、前線に魔導師を大量配備すればいいだけだしね……。
しかしこうなると、次に作る兵器はどうしたものか……。
なるべくなら全般的に均等に強化できるものがいいんだけど……。
「サンシター、ちょっといい?」
「はい? なんでありますか?」
的を片付けていたサンシターに声をかける。
やっぱりこういうときは、使用する予定のある人に聞くのが一番よね。
まあ、サンシターの実力を考えると、装備するだけ無駄かもだけど……。
「サンシターならさ。装備するとしたらどんな武器がいい?」
「武器、でありますか?」
「そう。騎士団全体を強化するための武器の原案考えてるんだけどさ、サンシターはどんな武器があったらいいと思う?」
サンシターはしばらくあたしの言葉に悩んでから、顔を上げた。
「それでしたら、自分盾が欲しいであります」
「盾? なんで?」
「自分、剣の腕も体術の技術も槍術にも自信がないであります。でも、盾で身が護れれば少しでもみんなの役に立てるかと思うでありますから」
「……考えとく」
何とも涙ぐましい話に、あたしは思わずうなずいていた。
この間の戦闘見てるとねぇ……。何度やられても立ち上がる姿に涙が禁じえなかったわ……。まあ、最後辺りは相手も泣いてたみたいだけど。
しかし盾かぁ……。騎士団標準装備の武器にするなら、どんな効果を持つ盾がいいのかしら……。
魔力を込めると大きく魔力シールドを張るみたいな奴? それとも手から飛んで行って、敵を斬り裂いて戻ってくるような奴?
「しかし、量産とは言うけどお前、そんな簡単にいくのか?」
「ああ、それは大丈夫」
あたしの考えを途中で寸断して、懸念を口に出す隆司。
物を作るうえでは当然の懸念だけど、隆司。あたしが何も考えずに量産とか言いだすと思った?
「光輝石に魔法を込めるのは、あたしの能力でなんとでもなるみたいだから、あとは出来合いの盾やら剣やらにその光輝石をはめるだけで、簡単にできちゃうのよ」
「なんというチート……」
「あんたに言われたくないわ」
いやあたしも若干そう思うけどさ。まさか光輝石に魔法を込めるのがこんなに簡単にうまくいくとは思わなかったのよ。
実際、今回の銃に魔法込めるのにも十秒かからなかったしね。一日で相当数魔法入り光輝石が作れるんじゃないかしら。
あとは……ギルベルトさんに頼んでるあの謎の鉄片の解析結果待ちかしら。
「しかしこの銃はもったいないよなぁ……。どうにかして使えるようにならねぇもんかね」
「そんなに欲しいなら上げるわよ?」
隆司が何やらあたしの手の銃を見て唸っていたので、渡してやる。
そもそも見た目は銃だが、ほとんどハリボテなのだ。壊そうが折ろうが好きにしたらいいだろう。
隆司はあたしから銃を受け取ってしばらくあれやこれやいじくっていたが、いきなり何を思ったのか銃を真ん中あたりからへし折った。
いや、折ろうと好きにしろとは思ったけど! ホントに折るとは思わんかったわ!
そして半分くらいの長さになってしまった銃を見て満足そうにうなずくと、サンシターに手渡した。
「ちょっとサンシター、これ使ってみ?」
「はぁ……」
サンシターは隆司から銃を受け取ると、まだ片付け終わっていない的に向けて銃を向ける。
そして響く銃声。
パーン!
今度の弾は、的の中心からかなり外れていたが、しっかり的へと命中していた。
「ってなんで!? なんで当たった今!?」
「す、すごいであります! リュウ様、これはいったい!?」
「いや、単に銃身短くしただけだけど……変わるもんだなぁ」
「だから何でよ!?」
あたしがガーッと吠えて詰め寄ると、隆司はポリポリと頬を掻いて答えた。
「いや、よく考えたらエアガンにしろガスガンにしろ、猟銃みたいに銃身長くないだろ。だから短くしたら案外うまくいくかなーって」
「そんなばかな!?」
そんな適当理論で弾道が安定するもんなの!?
サンシターはうまく当たるようになって嬉しくなったのか、さらに二、三発銃を撃っていた。
いずれも的の中心こそ射抜くことはなかったけど、しっかり的には当たるようになっていた。
「でもこれはすごい進歩でありますよ! ひどいときには三つ隣の的に当たったこともあるでありますから、狙ったらまともに飛ぶというのは十分使えるであります!」
「弾速的には、魔族に当たらんらしいがなぁ。まあ、至近距離で撃てばさすがに当たると思うけど」
素直に喜ぶサンシターに、隆司が首を傾けながら応じる。
いやしかしこれは僥倖かもしれない。銃身を短くすれば、ある程度弾道が安定する効果があるのは確かなのだ。ひょっとしたら銃の根元に光輝石を設置したせいで、銃身の中で弾が暴れて弾道自体が捻じ曲がっていたのかもしれない。
つまり、短い銃身の銃……拳銃位の代物なら武器として作る価値があるということだ。
隆司のいうとおり、さすがに至近距離なら当たるだろう。剣や槍と違って構える動作さえこなせれば、引き金を引くだけでまっすぐ飛ぶ拳銃は接近戦でも十分な脅威となれる。銃につきものの反動も、魔力を飛ばすから関係ないし。
弾切れに関しても、使用者の魔力を吸収するタイプにすれば、気にする必要はないし。
よしよしよし、ダメかと思った銃武装案が、一気に現実味を帯びてきたじゃない!
「よし、ならこれから図案を詰めていこう! いくつか作って、騎士団の人に持たせて……!」
こうしちゃいらんないわ、さっそくギルベルトさんに頼んで図案設計に協力してもらわないと……!
あたしは男二人で何やら盛り上がり始めている隆司とサンシターを置いて、ギルベルトさんがこもっている錬金研究室へと駆け出すのであった。
こっちでの真子ちゃんのポジションに「発明家」が加わりました。ネタ帳にいろんなネタを詰めて、魔法の道具を作るのがお仕事。今はハリボテに光輝石を組み込むので精いっぱいですけど、将来的には……?
なんていろいろ引っ張りつつも、使えすぎる設定にしないように苦労するのが見え見えですよね拳銃。これが通用するなら、苦労しないという。
さて、今度は光太君のお話といきましょうか。ラブコメラブコメー。