No.35:side・remi「宮廷魔導師への想い」
「だから、魔法の詠唱ってのはその魔法がどういうもので、こういう効果だっていうものを宣言してから、その魔法の名前を宣言して発動するんだよ」
「うん。じゃあ、真子ちゃんとかがやってる詠唱破棄ってどうやるの?」
「人間、立って歩いたりするときは特別意識しないだろ? 詠唱破棄はそれに似てるんだよ。普通、詠唱破棄は熟達した魔法でしかできねーのに、なんであのねーちゃんはできんのかな……」
魔法を教えてくれていたジョージ君が、めんどくさそうにポリポリ頭を掻きました。
今日、私はジョージ君に魔法のいろんなことを教えてもらっています。
祈りのバリエーションを増やすのも大事だけれど、こういう地道なこともきっと大切だと思ったからです。
ジョージ君も初めはいやいやという感じでしたが、講義に熱が入ってくるとそれも忘れて一生懸命教えてくれます。
私はジョージ君の言葉を一言一句聞き逃さないように、集中しました。
「詠唱破棄は、本来口で行う詠唱部分を頭の中で終わらせなきゃならねぇから、十分その魔法の内容を理解してなきゃ詠唱破棄なんてそもそも無理なんだよ」
「つまり……暗算みたいなものなのかな?」
「難易度は相当開きあるけど、そんなもんだよ。だから、いきなりやろうとしてもできるもんじゃねぇはずなのに……」
やっぱり、真子ちゃんはすごいみたいです。普通の魔法使いはそう簡単にできない詠唱破棄を、いきなり使えるようになってるわけですし。
「でも、ジョージ君も詠唱破棄できるよね?」
「そりゃそうだよ。俺はばあさんに拾われてから、ずっと魔法漬けの生活だったんだ。お前とは年季が違うっつーの」
ジョージ君が誇らしげに胸を張ります。
ジョージ君も、やっぱり苦労してきてるんだね……。
「ともかく、今のお前には詠唱破棄は無理だよ。っていうか、お前の祈りも十分詠唱破棄に入るじゃねぇか」
「うん、そうなんだけど……自衛のための祈りが、防御できる盾を呼び出すのしかないから……」
そういって私は一枚透明の盾を呼び出しました。
ここ最近の訓練で、これくらいなら特別意識しないでも出せるようになってきました。
でも、これはリラックスできてる今だから出せるわけで、本当に危ないときに出せる自信はまだありません。
ジョージ君は私が呼び出した盾を見て、ため息をつきました。
「名称宣言もなしに盾呼んどいて……」
「身を守るには、これで十分かもしれないけど、いつもみんなが周りにいてくれるとは限らないもの。私も、一人でなんとかできるくらいの力をつけておかないと……」
今の私の目標は、私一人だけでも十分戦えるだけの力をつけることです。
将軍さんとの戦いのときは、真子ちゃんと。この間の戦いのときは光太君と行動していました。
足手まといには、たぶん、ならなかったと思うけれど、やっぱり私がいないほうが気兼ねしないで力が振るえると思うんです。
「だったら、盾で殴るなりなんなりすれば簡単じゃねーの?」
「うぅん、隆司君にも同じこと言われたんだけど……」
ジョージ君の言葉に、私は盾に手を当てて動かそうとします。
でも、空中に浮いた盾はピクリとも動きませんでした。
「こんな感じで、私が呼ぶ盾は空中に固定されちゃうみたいで……。隆司君でも動かなかったから、たぶん動かないんじゃないかなぁ?」
「めんどくせー……」
ジョージ君は私が盾を消した辺りをじっとりとした眼差しで見つめてから、傍らに積んであった本を一冊手に取りました。
「とりあえず、詠唱が短くて簡単な魔法からやってみるか……」
「それって、火球とか鎌鼬みたいな奴かな? できれば、あまり危なくないのがいいんだけど……」
「はい? 危なくない?」
「うん。使っても、相手が傷つかないくらいの……」
私の言葉に、ジョージ君がひときわ大きなため息をつきました。
な、何かおかしなこと言ったかな?
「お前、やっぱりバカだろ? 戦いで相手のことを気遣って戦うやつが普通いるかよ?」
「だ、だって、私は魔王軍の人たちを傷つけたいわけじゃなくて……」
ジョージ君の言葉に、私はしどろもどろになりながら反論しました。
もちろん、オーゼさんをはじめとする神官の人たちや、騎士団の人たちが魔王軍の人たちをあまりよく思ってないのは知っています。騎士団の人なんかは、傷ついてる人もいますし。
でも、だからといってやり返すのはダメだと思うんです。
理想論かも知れないけれど……、お互いに言葉だけで解決できればそれが一番いいと思うから。
「それに、私は魔王軍と和平を結びたくて、こうして力を身に付けようとしてるんだもの。だから、そういうのじゃない魔法を覚えたいんだ」
「さすがです、レミ様。例え敵対している関係にあるものに対しても、慈悲のお心を忘れない……」
横から、入れたての紅茶が差し入れられました。
驚いてそちらの方を見るとヨハンさんがやさしく微笑んでこちらを見つめていました。
「そしてその慈悲のお心を貫かれるために、自らの力を磨くその御姿……。我々神官一同、励みとし、そして指針といたしております」
「ヨハンさん……ありがとうございます」
私は紅茶のお礼と、私の意見に賛成してくれたお礼、二つ分の感謝をこめて頭を下げました。
私が紅茶を頂くと、ヨハンさんはジョージ君が積み上げていた本のうちの一冊を手に取りました。
「そういうことでしたら、こちらの方がよろしいかと思われます」
「おいおい、そっちは捕縛系の魔法が載ってるやつじゃねぇか」
「ええ。これでしたら、レミ様の御希望に添えるはずです」
「魔法習って一ヶ月もしねぇ素人が覚えられる魔法じゃねぇぞ……」
「いいえ、大丈夫です。レミ様でしたらきっと覚えられますとも!」
「あ、ありがとうございます」
力強く、そう断言してくれるヨハンさんの言葉に照れながら、私はその魔導書を手に取りました。
中を開いてみると、まだ私には読めない魔術言語がたくさん書かれていました。
うう、私まだ基本のルーンしか覚えてないから……。
でも、これを覚えられれば、私が複数の魔族の人を足止めできるようになるかもしれない……。
「ジョージ君。この本が読めるように、教えてもらっていいかな?」
「……別にいいけどさ」
ジョージ君はやっぱり少しいやそうではありましたけど、頷いてくれました。
うう。やっぱり、普通じゃないよねこういう学習方法……。
それでも、自分の意志を貫きたいなら、回り道でも進んでいかなきゃいけません。
だって、自分には、絶対に嘘をつけないんですから。
「それにしても、フィーネ様ではなくジョージ君が教えているとは、意外ですね」
「なんだよ。悪いのかよ?」
ヨハンさんが、ジョージ君の分の紅茶も入れながら、そんなことを言いました。
ジョージ君はなんだか苛立たしそうに眉根を吊り上げましたけど、私がすぐに説明しました。
「あ、今日はフィーネ様の姿が見えなかったので、私がお願いしたんです」
「ああ、そうでしたか。確かに今日はまだお姿を見ていませんでしたね」
「なんか、召喚魔法陣の部屋でうんうん唸ってたぜ。あいつ、何やってんだか」
フィーネ様は、あの宴会の日から召喚魔法陣の部屋に訪れて、いろいろと考え事をすることが多くなったようです。
真子ちゃんに聞いたら、今は放っておいてあげて欲しいって。
なんだかすごくつらそうに悩んでいるから、声をかけてあげたいんですけど……。
「それにしても」
昨日見た、憔悴した様子のフィーネ様を思い出して陰鬱な気分で息を吐き出すと、ジョージ君がこちらの方を不機嫌に見つめているのに気が付きました。
? なんだろう?
「お前も、フィーネのことは様付なんだな」
「え?」
私は質問の意味が解らずに首を傾げます。
どういう意味だろう?
「フィーネの奴、俺と同い年で、お前より確実に年下だぜ?」
「え、そうなの?」
「ええ、そうらしいですね。記憶する限り、私が王城仕えになった年に御先代が二人の赤子を拾ってきたとうわさを聞きましたので……。今年で十を数えるほどでしょうか」
「そうなんですか!?」
私はびっくりして大声を上げてしまいました。
十歳……。そんな若さで宮廷魔導師なんだ!
あのしゃべり方だし、てっきりもっと年上なのかと思ってただけに、ちょっとショックです。
「知らなくても、あの見た目じゃねぇか。あのねーちゃんは呼び捨てなのに、なんでお前は様付なんだよ」
「えーっと」
ジョージ君の再度の質問に、ようやく私はその意味を理解しました。
見た目相応なら、確かに様付するのは違和感があるかもです。
でも、私の場合フィーネ様は年上だって思っていましたし、それに……。
「宮廷魔導師なら、やっぱり様付するべきだと思うよ?」
「なんで」
詰め寄るようなジョージ君の言葉に、私は紅茶を一口すすってから答えます。
「フィーネ様が魔導師団の長の、宮廷魔導師だったら、様付はとても大切なことだよ。たとえば、王様の名前を国民の人みんなが呼び捨てにしちゃったら、ほかの国から王様扱いしてもらえないかもしれないんだよ?」
「そうか? そいつが王様だったら、そんなこと思わねぇと思うけど……」
「ううん、違うよ。王様を王様としてるのは王冠や玉座じゃなくて、周りの人の態度なんだよ」
これは民主主義の基本的な考え方。
つまり、周りの人がその人を王様と認めているからこそ、その人は王様なのであって、周りの人が認めていなければその人に王様としての実力や資格はないのと同じこと。
それでなくても、呼び捨てや親しいあだ名というのは、その人の品格や権威というものを柔らかくしてしまうけれど、大勢の人のトップとして立つ人間にそういう状態は決してふさわしいものじゃない。
「どこかの団体のトップに立つなら、敬意を払わなきゃいけない。私は、もともとこの国の人じゃないから余計にね。だから、たとえフィーネ様が私より年下だとしても、私はフィーネ“様”って呼ぶよ」
「………」
「権威を形作るのは称号ではなく、その人間がどう呼ばれるかということです」
ジョージ君が納得できないっていう顔でうつむくと、ヨハンさんが補足で説明してくれました。
「たとえジョージ君にとって、フィーネ様が幼馴染の“フィーネ”であったとしても、対外的にはこの国の筆頭魔導師なのです。レミ様は、その筆頭魔導師フィーネ様に敬意を払われているというわけですよ」
「……フン。そーいわれてもねぇ」
ヨハンさんの言葉に小さく鼻を鳴らしたジョージ君は両手を後ろ頭憎みました。
「ほんの一年前まで寝ションベン垂れてた泣き虫フィーネがこの国のトップ魔導師だなんて、誰が想像したんだよ?」
「さて? 少なくとも、私の目にはフィーネ様は優れた魔導師に見えましたが」
ヨハンさんの言葉に、ジョージ君が歯茎をむき出しにして唸りました。
「俺の力がまるで宮廷魔導師足りないっていいてぇみたいだな……」
「まさか。ジョージ君も、十分に宮廷魔導師の器だと思っていましたよ」
ヨハンさんが笑顔でそう答えましたけど、ジョージ君は納得がいっていないようです。
「ジョージ君もフィーネ様も、すごい魔導師なんですね」
「ええ、本当に。……それだけに、御先代の早逝が悔やまれましたよ」
ヨハンさんの顏が曇りました。
先代の宮廷魔導師様……。フィーネ様とジョージ君の育ての親だったそうですが、半年ほど前に亡くなったと聞きました。
病気が原因だったそうで、その時にフィーネ様を宮廷魔導師として指名したのだとか。
「戦時中というのもありましたが、フィーネ様もジョージ君もこれからというときでしたからね……」
「……ジョージ君」
「……なんだよ」
不機嫌さを隠そうともしないジョージ君に、私は聞いてみます。
不躾な質問だとは思いましたけど、聞かずにはいられませんでした。
「ジョージ君は……宮廷魔導師に選ばれなくて悔しかった?」
「―――当たり前じゃねぇか。俺の方が、フィーネよりずっとすげぇんだぜ!?」
そういって立ち上がるジョージ君の顏に浮かんでいるのは、悔しさではなく……。
私は一つ頷いて、ジョージ君の両肩に手を置きました。
「それじゃあ、頑張って証明しよう? フィーネ様が、宮廷魔導師でいられないくらい頑張って。みんなに認めてもらおう?」
私はジョージ君の目をまっすぐに見てそう言いました。ジョージ君の心の奥底にあるのは、フィーネ様……ううん、フィーネちゃんへの想いです。
彼がやさしさからこんな物言いになるのであれば、それを解決するために尽力するのはきっと悪いことじゃないはずです。
ジョージ君は私の言葉に、少し驚いたように目を見開きましたが、すぐに目をそらしてしまいます。
「……そんなこと言ったって、どうすればいいんだよ」
ジョージ君の言葉に、私は小さく頷きます。
普通はそうです。万言尽くしたところで、フィーネちゃんの宮廷魔導師の資格が消えるわけじゃないです。
何しろ先代様の指名な上、その先代様はもうこの世にいないんです。
でも、覆す方法はいくらでもあります。あるはずなんです。
たとえば……世界を救う勇者を育てるとか。
「さしあたっては、私に魔法を教えてくれること」
「は?」
「そして、私がこの国を、世界を救えば……それは魔法を教えてくれたジョージ君の功績になるよ。私がそういうよ」
私の言葉に、ヨハンさんが笑みを深めました。
「なるほど。レミ様の御威光を、ジョージ君が育てるわけですね。それならば、きっと誰からも文句は出ますまい」
「ヨハンさんも、そう思いますか?」
「はい、もちろんでございますとも!」
ヨハンさんが膝をついて、頭を垂れます。
うーん、最近はオーバーリアクションが減ってきたけど、こういう恭しい態度が板についてきたような……。
ヨハンさんの態度に苦笑する私のそばで、ジョージ君が少しだけ悩んで、顔を上げました。
「おい、レミ」
「うん? なに?」
私が首を傾げると、ジョージ君が真剣な表情で宣言しました。
「俺はフィーネみたいに甘くねぇぞ。ちゃんとついてこいよ」
「……うん、わかったよ」
ジョージ君の言葉に、私は強く頷きました。
ジョージ君にも、フィーネちゃんにも、ちゃんと笑顔を取り戻してほしいもんね。
そんなわけでイベント:師弟の契りが発生しました。真子がフィーネとのイベント:帰れないを消化していることが発生条件です(違
可能ならこっからジョージ君イベントをひねり込んでいきたいです。っていうか今想定している範囲内でも、結構複雑でめんどくさいなジョージ君。
結果として魔族が来ませんでしたねー。嫁の出番はもう少し先だよ、隆司君。