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No.33:side・mako「小さな小さな、女の子」

 最悪の気分でおはようございます。

 窓から覗く太陽はもうだいぶ高いけれど、そんなのあたしに関係ない。

 頭は割れるように痛むし、その痛みは頭蓋骨の中で反響するように響いている。

 視点もまるで度の強い眼鏡をかけたように、ひどく歪んで見える。

 血管の中の血がみんな鉛か何かに変わってしまったように、ひどく全身が重い。

 しかし、何よりも最悪なのは。


「ああ、マコ様。起きられたでありますか」


 ベッドで仰向けのまま天井を睨んでいたあたしの横から声がかけられる。

 声の主はサンシターっぽかった。


「気分はどうでありますか?」

「……最悪」

「起きられるでありますか? お薬があるでありますよ?」


 サンシターは言いながら、吸い飲みか何かに粉薬を溶かしてくれたらしい。

 あたしの視界に透明なポットを差し出してくれた。

 あたしが何も言わず小さく口を開けると、サンシターはゆっくりとポットをあたしの口に当てて傾ける。

 口の中に苦みの強い透明な液体が流し込まれるが、今の気分に比べればとってもましな味だ。

 むしろ意識がはっきりしてくる。おかげで余計に最悪になったけど。


「ではしばらくしたら、また見に来るであります。ゆっくりしていってほしいであります」


 サンシターは耳心地のいい優しい声をあたしにかけてから、背中を向けて部屋を出ようとした。

 あたしは倦怠感と痛みをなんとか我慢して、今にも部屋を出ていきそうなその背中に声をかけた。


「……サンシター」

「なんでありますか?」


 サンシターはすぐに振り向いて、あたしに顔を向けた。

 とても優しい笑顔だ。何を聞いてもきっと答えてくれる。


「――うぅん、なんでもない。ありがとう」


 あたしはそれだけ言って、布団をかぶる。

 サンシターは何も言わずに、そのまま部屋を出ていってくれた……。


「……………………がっでむ」


 何が「おうちかえゆ」!? なにが「わんわんこわい」だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???

 あたしはサンシターの忠告を完全無視で、ベッドの上をごろごろ転がりまわった。

 あたしの最悪の気分の原因で、さっき思わずサンシターに確認しそうになったこと。

 昨晩のあたしの醜態。酒の酔いとともに抜けてくれればよいものを、ばっちり残っていやがったマイ脳みそに……!!

 ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?? 隆司とかしっかり覚えてんだろうなぁ、あいつ酔って無いっぽかったしぃ!?

 くぉぉぉぉぉ!!と全身を覆う激痛も無視して転がっていると、部屋の扉がまた開かれた。


「……なにやってんだ、嬢ちゃん?」


 入ってきたのは、相変わらず常時前髪覆面のギルベルトさんだった。


「……ギルベルトさん。記憶を消す魔法ってないのかなぁ……?」

「……なにがあったか聞かんが、あまりお勧めはせんぞ」


 何しろ生まれたままの記憶に戻る魔法だからな、と豪快に笑い声をあげるギルベルトさん。

 チクショウ、笑うな。その声すら頭に響く。


「で、何の用よ……?」


 あたしが布団から顔だけ出してギロリと睨んでやると、たいして堪えた様子もないギルベルトさんが何かに気づいたように頭に手をやった。


「ああ、そうだそうだ。この間、お前さんに解析依頼された例の鉱物。ある程度結果が出たんだよ」

「……もう? いくらなんでも早すぎない?」

「ある程度、さ。なんであの分析機で分析できなかったのか、その理由がわかったんだ。その結果報告に来たんだが……」


 そこまで言って、ギルベルトさんが肩をすくめた。


「嬢ちゃんがこんな様子じゃ、また今度かね? 宴会に参加してたって聞いてたお嬢もどっか行ったらしいし」

「聞くわよ。聞くに決まってるじゃない……」


 あたしはそういって、何とかベッドの中から這い出す。

 この間の鉄板。あれをもとにして何か作れれば、そしてあわよくば量産できれば騎士団のパワーアップもできるかもしれないし……。


「おいおい、無理するなよ? お前さん、今の顔色まるでゾンビだぞ?」

「大丈夫じゃないけど、何とかするわよ……」


 ふらふらと歩くあたしの肩を支えてくれるギルベルトさん。

 ありがたいんだけど、それすらもなんか鈍い痛みに変わるんですけど。


「もう、金輪際お酒は飲まないわ……」

「こんな調子じゃ、そうした方がいいな」


 同意してくれたギルベルトさんに連れられ、あたしはフィーネを探すために外へ出た。

 途中、死屍累々の惨状となっていた騎士団詰め所の中で、酔っぱらいどもを介抱していたオーゼさんに解酒の魔法とやらをかけてもらった。

 なんでも酒が大好きだけど酔いやすかった友人が、いくらでも酒を飲むためにオーゼさんに開発させた魔法らしく、あたしの気分もだいぶ良くなった。

 っていうか、そこまでして酒を飲みたいって……。聞くところによると、先代の宮廷魔導師らしいんだけど、大丈夫なのそれは……?

 あたしは、宮廷魔導師の質をいろいろ懸念しつつ、フィーネの姿を探した。

 いつもの魔導師団詰め所にはいない。こっそりつまみ食いしているらしい厨房にも姿がない。当然、城を一望できる見張り台にもいないし、そこから見られる城一の花壇にもいなかった。


「どこにもいないわね……。ギルベルトさん、フィーネってどこに住んでるの?」

「ああ。城の中だ。基本的に魔導師はみんな城住まいだからな。フィーネはこの展望台から見えるあの塔の頂上に住んでる」


 ギルベルトさんが指差したのは、城を四角く覆う城壁、その四隅に立っている塔のうちの一つ。

 仮にも魔導師団の長である宮廷魔導師が住む場所には似つかわしくない気がするんだけど……?


「元々先生……先代の宮廷魔導師があそこに住んでいてな。フィーネもあそこで暮らしてた関係で、そのまま暮らしてるんだ」

「ふーん。ジョージは? ジョージもあそこで暮らしてるの?」

「前はそうだったみたいだが、今は騎士団の寮の一室を借りてるらしい。難しい年頃なんだろ」


 ギルベルトさんのどこかおっさんくさい感想を聞き流しつつ、あたしたちはフィーネが暮らしている塔へと向かう。

 螺旋階段を上って一番上、それなりの採光窓やろうそくもたっているので暗くはない塔のてっぺんへと到達。

 このろうそくは誰がつけて回ってんのかしら……?


「お嬢! お嬢! 中にいるのか!? それとも眠ってるのか!?」


 ギルベルトさんがドンドンと木の扉を壊す勢いで容赦なく叩く。

 フィーネも二日酔いになってたら、怒鳴り声を上げそうだ。っていうかあたしなら上げる。

 けど、中から響いたのは。


「ギル……?」


 何とも弱弱しい、ともすれば聞き逃してしまいそうなフィーネの声だった。


「「……?」」


 いぶかしげな顔をするギルベルトさんと顔を見合わせる。

 きっと今の私も似たような顔をしてるんだろう。

 だってそうでしょ? 騎士団が勝利して宴会までして、フィーネもそれに参加して。

 だっていうのに、今にも消え入りそうな声を上げてるんだもの。


「……お嬢! 入るぞ!?」


 ギルベルトさんはそういって、返事も聞かずに扉を開けた。

 もし鍵がかかってたら、蹴破ってそうね。

 あたしはそんなギルベルトさんの陰に隠れるようにフィーネの部屋に入った。

 なんとなく、そうした方がいい気がしたのだ。ホントに、なんとなく。

 でも、隠れる必要はなかったかもしれない。

 何しろ部屋の窓という窓にはカーテンが引かれていて、その隙間から漏れる光が唯一の光源だ。

 ちょっと動くと何かにつまずきそうになる。そんな中で、ギルベルトさんが来ている白衣が妙に浮いて見えた。


「ギル……」


 外から見るよりずっと大きな部屋の中、その中央に堂々と鎮座する天涯付ベッド。

 その上にペタンと力なく座っていたフィーネが、今にも泣きそうな声でギルベルトさんの名を呼んだ。珍しく、ローブは脱いでいるようだ。シャツとズボンという新鮮なスタイルだ。

 その目の前においてあるのは……魔導書に、燃え尽きたろうそく? 目の前のものにある以外にも、結構な量の魔導書がベッドの上に読み散らかされていた。


「どうしたんだお嬢。こんないい日に、窓閉めきって……。子供は外で遊ぶ時間だぞ?」


 何やら爺くさいことを言いながら、ギルベルトさんが大股でフィーネに近づく。あたしもそれに合わせてこっそり近寄った。

 幸い、足元に何かが散乱していることはなく、追いかけるのは容易だった。

 フィーネの様子がおかしいのも、一役買ってるっぽいわね……。

 ギルベルトさんがベッドのふちまで近づくと、フィーネはうつむいたままギルベルトさんに名をまた呼んだ。


「ギル……」

「ん、なんだ?」

「どうしよう……」


 どうしよう?


「あん? なにが?」

「マコ……マコが……」


 あたしが?


「かえり、ったいってっ……」


 ………………。


「どうし、わたし、が、みたからっ……!」


 フィーネはえづくように声を途切れさせ、ぽたぽたとベッドのシーツを湿らせる。

 ギルベルトさんは無言でそんなフィーネを見下ろしていた。


「マコ、かえりたがって、でもわたし、かえせないっ……」

「そりゃ、そうだろ。あれは召喚の陣であって、送還は門外漢だって、先生も言ってたろう?」

「わたし、みたから、マコ、よんで……! でも、かえせっ、ない……!」


 ギルベルトさんが言っていることを耳にも入れず、ひたすら壊れたラジオのように同じような言葉を繰り返す。

 フィーネ、昨日のあたしの言葉を覚えてたのね……。

 いや、あたしの発言を聞いた後、すぐに部屋に戻ってあたしたちを元の世界に戻す方法を探し始めたって考えたほうがいいのかしら。

 読み散らかされた本に書かれた魔術言語(カオシック・ルーン)を見るに、召喚や転移に関する魔導書のようだ。


「……確かにお前さんが未来を見た。だから、あいつらを呼んだ」


 ギルベルトさんは、あたしに対する説明なのか、断片的なフィーネの言葉を拾い上げてそう口にした。

 そうか、フィーネの占いの結果であたしたちは呼ばれたんだ……。


「だが、還せないのはお前のせいじゃないだろう?」

「でも、わたし、きゅ、てい、まどーし、だから……」

「だから?」


 ギルベルトさんの後ろから聞こえたあたしの声に、フィーネは体を跳ねて萎縮した。


「マ、マコ……?」

「あんたは、確かに宮廷魔導師よ。でも、だからなんなのよ?」


 あたしはそういいながらギルベルトさんの背中から姿を現し、ベッドの上に乗りあがって、フィーネの頭をぎゅっと抱きしめた。

 そしてフィーネをなだめるように、その長い髪をゆっくりと撫でる。


「あんたは確かに未来を見て、あたしたちを呼んだ。でも、それは弱い騎士団のせいであって、あんたのせいじゃないでしょう」

「マ、コォ……」


 あたしの服をぎゅっと握りしめて、静かに声を上げずに泣き始めるフィーネのつむじを見下ろす。

 我ながら、らしくないと思う。

 いつものあたしなら、原因となりそうな存在があったら、それに怒りをぶつけるくらいはすると思う。基本的に短気だしね。

 でも、さすがにフィーネにそんな気は起きなかった。

 こうして、責任感じてわざわざあたしたちが帰れる方法を探してくれてるからかしらね?

 普通なら、用意してから呼べとツッコミくらい入れるかなぁ……。

 でも、こうしてフィーネの様子を見るに、あたしたちが帰る方法は見つからなかったってことかしら……。


「マコ……ごめん、なさ………」


 ゆっくりと、フィーネの頭を撫でてやっていると、やがてあたしの服を握りしめていた手がゆっくりと力をなくし、あたしの方へ体重がかかる。

 小さく寝息が聞こえてくるのを確認して、あたしは小さく息を吐いてからフィーネの体をそっとベッドの上に横たえた。

 しかし、落ちる寸前の一言が「ごめんなさい」か……。


「ねえ、ギルベルトさん」

「なんだ?」


 あたしはフィーネの頭を撫でてやりながら、ギルベルトさんの顔を見ないようにして質問した。


「フィーネが宮廷魔導師になったのって、なんで?」

「………先代の指名だよ」


 ギルベルトさんは、感情を抑えたような声であたしの質問に答えてくれた。


「先代は、半年くらい前に病で亡くなったんだが、その今際の言葉がフィーネを宮廷魔導師にするように、だったんだ」

「で、魔導師たちは納得したんだ? こんな小さな、ただの女の子が、自分たちのトップになるのを」


 一つ一つ区切るように、責めるように言葉を紡ぐあたしに、ギルベルトさんは声の調子を変えないまま返答した。


「もちろん、反対意見は出た。だが、魔王軍と戦争中だったし、オーゼ爺の後押しもあって、フィーネが宮廷魔導師になるのはすぐに決まっちまったんだ」

「半年……ギルベルトさんがこもる前ってことよね?」

「ああ。その後のことは、よく知らん。レーテは、あまりそういうことを聞かせてくれんかった」


 あたしはそこでギルベルトさんをやっと見た。

 今のあたしは、怒りのせいで相当顔が歪んでいる。目尻が凶悪に吊り上っているのが自分でもわかる。


「なんで、地下にこもった? あんたがいれば、もう少しましだったんじゃないの?」


 低く、フィーネを起こさないように声を抑え、だが響く声は自分でも驚くほど嚇怒を込められたもの。

 対するギルベルトさんは、前髪のせいで見えない視線であたしをまっすぐに見つめ返した。


「レーテにも、同じことを聞かれたな」

「………」

「だが、先生の言いだしたことだ。意味があるんだろうよ。俺には俺で、やることがあったしな」


 ギルベルトさんの言葉は到底納得のできるようなものではなかった。

 だが、有無を言わさぬ力強さも込められていた。

 先生……先代宮廷魔導師に対する崇拝だけではない、絶対の信頼。

 先代の宮廷魔導師……何者なの? オーゼさんもその言葉を後押ししたってことは、彼も信頼してたってことよね。


「……フィーネ……」


 改めて、フィーネの体を見下ろす。

 普段はぶかぶかのローブに包まれているその体は、今にも折れてしまいそうなほどに細い。

 杖を持つには小さすぎるその手には、タコのようなものも見え隠れする。きっと普段から魔法の練習を欠かしていないんだろう。

 昨日からほとんど眠らずに考えていてくれたのか、目の下にはクマのようなものも見える。

 ほんの、小さな女の子が。十歳くらいの、小さな女の子が。


「…………ギルベルトさん」

「なんだ?」

「鉱物が解析出来たって言ったわよね?」

「ああ」

「その結果、ここで聞かせて頂戴」


 あたしはそういって、ギルベルトさんを見つめる。

 さっきまでの怒りに満ちた瞳ではなく、強い意志を称えた瞳で。


「了解だ。……頼むぜ、嬢ちゃん」


 ギルベルトさんの、願うような言葉にあたしは無言でうなずいた。

 涙を枯らしてしまいそうな、小さな女の子を守るために。

 あたしは、あたしにできることをやろう。

 今、そう決めた。




 そんなわけで、真子ちゃんの酒乱のツケ。結構重い形でやってきてしまいました。

 そして深まる先代に対する疑念。何がしたかったんでしょうね、先代。

 次回以降、平常運転に戻りますー。


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