No.32:side・remi「翁の祈り」
「うぅ~……?」
なんだか気だるい気分を感じながら、私は目を覚ましました。
朝日が窓から差して、それが顔にかかったから目を覚ましたみたいです。
にしても、なんだか頭が重いよ~……。
「「う~……」」
うめき声を上げながら、布団を肌蹴て体を起こします。
隣に眠っていた、光太君も一緒に。
「「………」」
しばらく、その状況がのみこみ切れなくて、ぼんやりとお互いの顔を見つめていました。
光太君も、なんだか気分がよくないのか、藪睨みで私の顔を見つめています。
「「……おはようございます」」
とりあえず、朝の挨拶です。
何事も挨拶が重要ですよね……。
「起きて互いの姿を見ての第一声がそれでありますか……」
なんだか呆れたような声が聞こえてきたので、そちらの方を向きました。
そこには、唸り声を上げて眠る真子ちゃんの額の汗をぬれタオルで拭いてあげているサンシターさんの姿がありました。
「さんしたーさん……? おはようございます……」
「おはようございます。よく眠れたでありますか?」
「あまりです……。ふぁ……」
サンシターさんの言葉に、小さく欠伸。
ええっと、昨日は何があったんだっけ……?
「さんしたーさん……」
「はい、なんでありますか?」
「昨日は何があったんでしたっけ……?」
「…………ああ、忘れてるでありますか」
サンシターさんは何かを納得したようにうなずいてから、昨日あったことを説明してくれました。
二回目の魔族との戦い。それに勝ったので祝勝会。それが終わった後に、二次会に参加。
サンシターさんの説明を聞きながら、だんだん思い出してきました。
そういえば、真子ちゃんががんばってくれたから勝てたんだよね……。
そのあと、きれいなドレスを着ていろんな人とお話しして……。
祝勝会が終わった後、せっかくだから騎士さんたちの打ち上げにも参加したんだよね。
祝勝会で食べられなかったお料理をたくさん食べて……それで……。
あれ? それから先のことが思い出せません。
「サンシターさん。そのあと、何がありました?」
「そのあととは、なんでありますか?」
「私たちが、騎士さんたちの打ち上げに参加した後です。そこからの記憶がないんですけど……」
「あ、礼美ちゃんも? 僕も何があったのか思い出せなくて……」
「光太君も?」
隣で静かにサンシターさんの説明を聞いていた光太君が、私と同じことを言いました。
光太君も覚えてないなんて……。
サンシターさんは、記憶がなくてちょっと困っている私たちの顔をなんだか微笑ましいものを見る目で見つめてから、ゆっくり口を開きました。
「特別何もなかったでありますよ?」
「あ、そうなんですか?」
「はい。ただ、あの宴会にはお酒がたくさん出ていたでありますから、それを飲んですぐにレミ様たちは眠ってしまわれたのであります」
「ええ!? お酒があったんですか!?」
光太君がびっくりしたような声を上げましたが、私もびっくりしました。
お酒なんて飲んだことがなかったので、全然気が付かなかったです……。
「はいであります。あ、心配しなくてもいいでありますよ。この国には飲酒制限というものはないでありますから」
「え、そうなんですか?」
「はいであります」
サンシターさんの説明にまたびっくり。
なんでも、お酒というのは女神様からの知識で作られたものなので、すべての国民に平等にふるまわれるべきなんだとか。
でも、子供にアルコールはダメなんじゃなかったかなぁ?
「そこはご安心ください。制限がないだけで、暗黙の了解として十五を数えるまでは飲酒を避けるべきだとされているであります」
「あ、そうなんですか」
「ただ、そういったものを踏み破る方はどこにでもいるでありますが……」
ム、それは聞き捨てならないなぁ。
嫌がる子に無理やり飲ませたりとかしているのでしょうか。
「ところで、具合はどうでありますか? リュウ様からお聞きしましたが、レミ様もコウタ様も初めてお酒を飲まれたとかで」
「あ、大丈夫です。ちょっと、頭が重いけど、痛いとかはありませんから」
「僕もです。体も少しだるいかな……?」
「あれだけ飲んで、たったそれだけでありますか……」
サンシターさんが何か小さくつぶやいていましたけど、よく聞こえませんでした。
サンシターさんは苦しそうな真子ちゃんを見下ろして小さくため息をつくと、部屋の外につながるドアの方を見ました。
「ちょうど今、オーゼ様が宴会跡地で倒れている人たちを介抱なさっているところです。もしご気分がすぐれないようでありますれば、見てもらうといいであります」
「あ、はい。わかりました」
オーゼ様、そんなこともできるんだ。
私も、教えてもらうかなぁ。
モソモソとベッドの上から降りる私に続いて、光太君も起きました。
隣に並ぶと、やっぱり光太君の方が大きいです。
と、光太君が何かに気が付いたようにサンシターさんの方を向きました。
「サンシターさんは? 昨日の宴会にも、参加してましたよね?」
「ご心配なく。あまり飲んでないでありますし、自分、アルコールには慣れているでありますから」
そう微笑んで返しながら、サンシターさんは真子ちゃんの額に濡れタオルを置きました。
冷たいタオルで頭を冷やされて、一瞬呻いた真子ちゃんの顔が、少し和らぎました。
「それに、マコ様も若干深酒をなさったようですので、もう少しここにいるであります」
「はい、わかりました」
「真子ちゃんのこと、よろしくお願いします」
私と光太君は、サンシターさんに頭を下げて部屋を出ていきました。
詰め所の少し狭い廊下を抜けて、作戦会議を行う広い部屋に出ると、たくさんの人が毛布にくるまって呻き声を上げていました。
あわやどこかの避難所のような光景です……。あ、ジョージ君もいる。呻いてるけど、お酒飲んだのかな……?
そんな中をゆっくりと歩き回り、適宜眠っている人たちの顔色を診て回っている白髪の老人の姿もありました。
オーゼ様です。
オーゼ様は、ちょっと顔色が悪い人のそばによると小さく呪文を唱えます。
オーゼ様が騎士らしいその人の額にかざした手がかすかに輝くと、騎士さんの顔色が少し良くなりました。
「オーゼ様」
「ん? おお、レミ様にコウタ様。おはようございます」
周りの人を起こさないようにゆっくりと近づいて声をかけると、オーゼ様が皺だらけの顔を、もっと皺だらけにして微笑んでくれました。
「お加減はいかがですかな? もしすぐれませんようなら、解酒の魔法をおかけしますが」
「私たちは大丈夫です。ね、光太君」
「うん、大丈夫。それにしても、解酒の魔法なんてあるんですね」
「ええ、まあ……」
驚きの中に尊敬を込めたような光太君の言葉に、オーゼ様は少し複雑そうなお顔をなされました。
どうしたのかな?
「元々は酒好きの旧友にせかされて開発したものですので、あまり褒められたものではないのですが……」
懺悔するような響きのオーゼ様の言葉。
友達のために開発したなんて、素敵なことだと思うんだけど、何か悪いことがあるんでしょうか?
「ああ、いえ、なんでもないのですよ?」
オーゼ様は、何かをごまかすように手を振ってこの話題を打ち切りました。
むぅ。少し気になりますけど、あまり根掘り葉掘りも失礼ですよね。
「ところで、何か私たちに手伝えることはありますか?」
「昨日はすぐ寝ちゃったみたいですから、後片付けもまだですよね? 手伝いますよ」
気を取り直して、私たちはオーゼ様のお手伝いをしようと声をかけました。
すぐ寝ちゃったから何もできなかったけど、今日はお手伝いしますよ!
するとオーゼ様は少し驚かれたような顔になりましたけど、すぐに柔らかく微笑んで私たちの申し出を断りました。
「いいえ、大丈夫です。レミ様もコウタ様も、昨日の戦いの疲れが抜けてはおりませんでしょう。この爺の手伝いよりも、お体をおやすめください」
「でも……」
私がそれでも食い下がると、思ったより大きな手で私の頭をそっと撫でてくれました。
「よいのですよ、レミ様。レミ様たちは、我々にたくさんのものをくださりました。これ以上頂いては、爺の行く先がなくなってしまいます」
「オーゼ様……」
オーゼ様の言葉に、私は言う言葉を見失ってしまいました。
私だってオーゼ様にたくさんのものを頂いているのに……。
「オーゼ様。僕たちは勇者ですが、やはりそれだけではいけないと思うんです」
そんな風に思い悩んでいると、光太君が一歩前に出てそう言いました。
「魔王軍と戦って勝つのは、勇者の仕事です。でも、それだけじゃいけない気がするんです」
「コウタ様……」
「勇者に求められるのは、戦って勝つことばかりじゃなくて、この国に平和をもたらすことですよね? なら、どんな小さなことだって行うべきだと思うんです」
光太君は力強くそう言い切りました。
そう、だよね。私たち、勇者なんだもんね。
戦って勝つだけじゃない、もっとたくさんのことを、するべきなんだよね。
そんな光太君の言葉に、オーゼ様は小さく微笑みを作りました。
「コウタ様は、本当に思慮深きお方ですな……」
「そんな、僕なんて……」
光太君が照れたように謙遜します。
「ですが、やはり体をおやすめください。この場は、爺に任せて」
「何故です?」
オーゼ様の言葉に、光太君が少し語気を荒げました。
焦れているようにも見えます。どうしたんだろう……?
そんな光太君の強い視線をまっすぐ受け止めながらも、やっぱり強い意志の光を灯したオーゼ様が言葉を紡ぎます。
「コウタ様。昨日の魔王軍との戦い、どう思われましたかな?」
「どう、ですか?」
光太君が突然の質問に戸惑いながらも、口を開きます。
「どう、と言われましても。ほとんどがむしゃらに剣を振っていただけですから……」
「なるほど。では前回の、四天王との戦いと比べられましたらいかがでしょう?」
「四天王との……」
四天王、ヴァルト将軍との戦い。
その時のことを思いだしたのか、光太君の顔が少し青くなります。
私も、少し顔から血の気が引くのを感じました。
「……比べることは叶いません。途方もない緊張を感じましたから……」
「その緊張は、昨日にもお持ちになられましたか?」
「い、いいえ」
オーゼさんの言葉に首を振る光太君。
「つまり、コウタ様は昨日の戦い、四天王との戦いほど真剣に取り組まれなかったと」
「そ、そんなことは! 昨日の戦いも、真剣に……!」
オーゼ様の言葉に声を荒げそうになる光太君。
そんな光太君の口を、オーゼ様は素早くふさぎました。
そして口元に人差し指を当てます。
そ、そうです。ここにはまだたくさんの人が寝ていたんです。
光太君もそれを思い出して、あわてて息をのみました。
「……失礼いたしました。どうも、年を取ると底意地が悪くなっていけませんな」
オーゼ様はすまなさそうにそう言って、しかし瞳の光を少しも弱くすることなく光太君を見据えました。
「確かに、コウタ様にとっては真剣勝負だったのでしょう。ですがそれは相手にとっても同じでしょうか?」
「相手……ですか?」
光太君はいぶかしげにそうつぶやきます。
相手……魔族の人たちのことだよね?
つまり、魔族の人たちは……?
「我々にとっては、奪われる寸前の戦いでも、魔王軍にとっては児戯に等しいのかもしれませんぞ?」
「そ、そんな……」
オーゼ様の言葉に、光太君がショックを受けたようによろめきます。
そ、そうなのかな? 昨日の、ガオウ君とかは真剣なように見えたけど……。
「ど、どうしてそんなことおっしゃるんですか?」
「どうして、ですか……」
私の言葉に、オーゼ様は少し考えるような顔になりました。
「……今のところは爺の勘、としか言いようがありません。ですが、当たらずとも遠からずと思っております」
「何故でしょう……?」
「魔王軍が、ルールを持って闘争に臨んでいるというのもあります。ですが、一番の理由はヴァルト将軍のような猛者がいながらも、王都侵攻よりも戦争継続を望んでいる節があるからでしょうか……」
オーゼ様の言葉に、私も考えます。
確かに、戦争というには少しおかしい気がしてきました。
時間を空けての襲撃もそうですし、ソフィアちゃんもヴァルト将軍も、どこか時代掛ったような、悪く言えばお芝居のような感覚でこちらに臨んでいる気が……。
……いや、違うかなぁ? 隆司君と戦ってるときはすごい真剣に見えるし……。
うーんと悩み始める私に、オーゼ様は言葉をつづけました。
「それだけではなく、命を奪える場面においてもそれを行わない。こちらの負傷兵が増えるとサッと撤退を始めるなど、明らかにこちらのことを軽視した行動も一因ですな」
「……確かに、そういうお話も伺っています」
光太君が頷きました。
そういえば、領地を奪っても無為に命を奪うどころか、畑仕事を手伝ってるなんて話もあるんだよね。
「おそらく、彼らにとっては暇つぶしに近いのでしょう。ですが、我々にとっては大きな問題なのです」
オーゼ様は、そういって私たちを見つめました。
「コウタ様、レミ様。お二人は魔族との和平を望まれています」
「はい……」
「ですが、今のままでは聞き入れてもらえますまい。こちらのことなどお構いなしに、彼らは攻めてくるでしょう」
オーゼ様が、真子ちゃんと同じことを言います。
交渉は、対等な関係を持っているからこそ行えることだって……。
「我々だけではなしえない勝利。彼らにとっても痛手と思いたいですが、たった一勝では響きますまい」
「そう、ですね」
光太君がつらそうな表情で、うつむきました。
そっか、私たち、まだ一回しか勝ててないんだよね……。
オーゼ様の表情が、また一段と辛そうに歪みます。
「酷なことを、身勝手なことをほざいているのは承知しております。それでも、爺は言葉にします。……どうか、強くなってください、勇者様。いずれ、魔王軍を退けるほどに。そのために、今日はお休みください。より強くなるための、明日へつなぐために」
「「………」」
オーゼ様の言葉に、私たちは沈黙します。
オーゼ様もつらいのか、最後には目を伏せて私たちから顔をそらしました。
私たちはいたたまれなくなって、オーゼ様に頭を下げて騎士団詰め所を出ていきました。
……自分よりずっと年下の子供に、頭を下げて強くなってほしいと願うオーゼ様は、どれほど心を痛めてらっしゃるんだろう……。
何も知らない人は、オーゼ様のことを尊厳がないと罵るかもしれません。でも、それ以外に選択肢がないのかもしれないんです。
そのことを思うと、胸が張り裂けそうになります。
昨日、光太君がつぶやいた言葉の意味が、少しだけ理解できました。
「……強く、なろうね」
「……うん」
私は、ギュッと手を握って誓いを新たにします。
きっと、この国の……オーゼ様をはじめとした人たちが、心の底から本当に笑えるように、強くなろうと。
ちなみに隆司は朝方まで団長さんと飲んで、今まさに寝こけてるところです。
もうちょっとラブコメした話にしたかったのですが……無念……!
次回は真子ちゃん。深酒した結果はどうなってることやら。