No.30:side・kota「初めての祝勝会」
二回目の、魔王軍との戦闘が無事勝利に終わって、僕たちは王城へと戻った。
騎士団の勝利の報告を、アルト王子もアンナちゃんもとても喜んでくれた。
「さすが勇者様ですわ! ねぇ、お兄様!」
「ああ……。本当に、ありがとうございます……!」
アルト王子なんかは、目に涙をためて今にも溢れ出しそうになっていた。
聞けば、騎士団の人々がほとんど無傷かつ、堂々と戻ってくることは今までほとんどなかったみたいだ。
真子ちゃんは今回、騎士団が思った以上に役に立たないから早めに決着をつけたって帰り際にこっそり言ってたけれど、おかげで騎士団の人たちは無傷だったんだ。やっぱり真子ちゃんもすごいな……。
そのあとは、アンナちゃんの提案で祝勝会を開くことになった。
日も高いうちに戻ってこれたから、その日のうちにってことになって、メイド長さんをはじめとする従者の皆様がすごく忙しそうだった。
お手伝いしようかと思ったけれど、メイド長にはやんわり断られて、隆司に首根っこ引っ掴まれて連れ戻された。
「お前、今回の主役の一人が準備に回るのはいろいろおかしいだろ?」
とか隆司は言っていたけれど、僕はほとんど何もしてないんだけどなぁ……。
祝勝会は、王城の中の大広間で行われることになって、月が顔を見せるころには大広間中所狭しとたくさんの料理が並んでいた。
そして祝勝会の始まり。
「では……勇者の皆様の初勝利を祝って……」
アンナちゃんがグラスを掲げ、僕たちや参加者である貴族の皆さんもそれにならってグラスを高く掲げる。
「「「「「「「乾杯っ!!」」」」」」」
乾杯の音頭とともに、祝勝会会場は歓声に包まれていった。
そこからはもうてんやわんや。
何しろ次から次へと人が僕のところにあいさつに来るものだから、その対応に追われてしまった。
とてもじゃないけど料理を楽しむような暇もなくて、そもそも手に持った飲み物すら、乾杯の時の一杯だけになってしまった。
「勇者様! 此度の会戦、勝利おめでとうございます!」
「あ、いえ――」
「やはり勇者様が、此度の勝利に貢献したのですよね?」
「いえ、真子ちゃ――」
「しかし勇者様は物が違いますなぁ! 騎士団が一年も戦って、ほとんど勝利できなかった魔王軍をたった半月の修業で打倒せしめるとは!」
「いや、それは――」
「どうですかな、勇者様!? ぜひ我が娘を嫁にもらってくれませんか!? 父親の私が言うのもなんですが、なかなかの器量良しで……」
「い、いえ! そういう――」
「まあ! 笑わせますわ! あなたのところの不器用な娘より、私のところの娘の方が勇者様にふさわしいですわ!」
「いえ、ですから――」
「何を言う! 私のところの――!」「いいえ、私の――!」「それを言うなら吾輩のところの――!」
ずっとこんな調子で、僕の周りには人が集まりっぱなしだった……。
メイド長さんが用意してくれたタキシードのせいかなぁ……? 別に派手じゃないんだけど、いい生地使ってるおかげか、少し輝いて見えるんだよね。
礼美ちゃんも何だか似たような目にあってるみたい。たくさんの人たちが押しかけて、いろいろ声をかけられてる。
でも、僕と違ってすぐそばにヨハンさんがいていろいろフォローしてくれてるみたいだから、少し安心かな。
隆司と、今回の本当の主役であるはずの真子ちゃんは……。
あ、よく見たら普通に料理楽しんでる! ずるいよ!?
隆司も真子ちゃんもほとんどいつもの格好と変わらないけど、一応ドレスアップしてるのに!
で、よく見てたら、声をかけられたらなんか僕たちの方指差してる。
みんな隆司の誘導なの!? 僕も料理食べたいよ!?
「勇者様!? いかがですか!?」
「あ、はい!? なにがです!?」
「ですから――!」
なんて恨み言を言う暇もなく、時間は無情に過ぎていって……。
さすがに疲れたので、無理を言って人の輪を抜け出す。
いくらなんでも二十人を一度には相手できないよ……。
一人でふらふらとバルコニーまで逃げると、後ろから隆司がニヤケ面で追いついてきた。
「お疲れー。飯食う?」
「ああ、うん……」
隆司が持ってきてくれた料理を、やっと食べられた。
ああ、うん……。冷えてもおいしいよ……。
「大変だったなー。まさかあんなに人が集まるとは思わんかった」
「いや、うそでしょ? 一部、隆司が誘導してたじゃない」
白々しい隆司の物言いに、料理を食べつつ恨みがましい視線を送ってみる。
でも、隆司はそんな僕の視線を受けても涼しい顔だ。
「いやいや、あそこまで集まるのはほんと予想外だったんだぜ? 「勇者様ですか?」って聞かれたら「あっちがそうですよ」って答えたけど」
「隆司だって勇者じゃない! なんで僕だけ……」
「俺は飯食うのに忙しいし、嘘だって言ってねぇよ! 勇者かどうか聞かれたら、あっちだって答えただけだよ!」
「なにそれ」
隆司の言葉に、思わず苦笑する。
らしいなぁ。パーティーとかだといつもこれだよ。
学校行事の打ち上げとかやると、だいたい僕に人が集まってきて、隆司はご飯食べるのに集中してたなぁ。なんだか懐かしいや。
「そういえばさ」
「ん?」
「もう、二週間経っちゃったんだよね」
僕はバルコニーの手すりに手をかけて、うつむきながらそんなことを言ってみる。
隆司も手すりに腰を掛けながら、頷いてくれたみたいだった。
「ああ。そのくらいになるな」
「向こうはどうなってるかな?」
「時間が同じように流れてたら、大騒ぎしてるんじゃねぇか? お前んとこの姉貴は過保護だから、捜索願くらい出てるかもな」
「だよねぇ。特に下の姉さんは……隆司のところは?」
「自分探しの旅に出たとか勝手に納得してるに違いねぇよ」
「何それ」
半目でそんなことを言い放つ隆司に笑い声をあげてしまう。
自分探しの旅なんてないだろうし、きっと心配してくれてるに違いないよ?
「おーい、野郎ども二名ー」
そういって上げようとすると、真子ちゃんの声が聞こえてきた。
僕は振り返る。
「おう。やっと巫女様引っ張り出せたか」
「まったくよ。ヨハンさんがいなかったらどうなってたやら……」
隆司と真子ちゃんがなんだかため息ついてるけれど、みんなが離したがらないのも納得かなぁ。
「ど、どうかな? 光太君」
少し疲れているのか、顔がこわばっている礼美ちゃんの姿は巫女姫様、なんて言葉がよく似合う、神官さんたちの着ている服装をそのまま華麗に仕上げたような意匠だった。
神官装束の意匠を失わないようにしながらも、華美になりすぎず、さりとて凡庸にも貶めず。
なんて言うんだろう。とにかく礼美ちゃんによく似合ってる衣装だった。
「あ、ああ、うん。似合ってるよ、礼美ちゃん」
「ホント? 隆司君、どうかな?」
「んー? 似合う似合う」
「そう? えへへ……」
はにかんで礼美ちゃんが笑った。
なんだかほっとするなぁ。遠目で見ても、たくさんの人に囲まれてた礼美ちゃんは緊張してる様子だったから。
「隆司君も、それに光太君も! 二人とも、かっこいいよ!」
「え、あ、うん! ありがとう、礼美ちゃん」
「俺の場合、柄変わってるだけだけどな、一応」
隆司はともかく、僕はかっこいいかなぁ? 普通のタキシードだと思うんだけど。
そんなことを思いつつ、自分の格好を見下ろしていると、隆司と真子ちゃんが連れ立って歩き始めた。
「あれ? 真子ちゃん、どうしたの?」
「そろそろ勇者様探して、貴族連中がウロウロしだすかと思ってねー」
「今度は俺たちが相手してやんよ。ちょっとゆっくりしてなー」
「あ、うん。ごめんね隆司」
思わず謝ると、隆司は何も言わず、振り返ることもなく、片手だけ挙げて答えてくれる。
いつもこうだよね。パーティーとかで僕が疲れてくると、何も言わずにさっきまでご飯食べてたはずの隆司が周りを巻き込んでゲーム始めて、僕がゆっくりできるようにしてくれるんだ。
感謝しても、し足りないよね。
僕は隆司に感謝しつつ、礼美ちゃんの方に向き直った。
「礼美ちゃんは、ご飯食べた?」
「あ、うん。少しだけ。こっちに来る途中、真子ちゃんがとっておいてくれた分を食べたよ」
「ならよかった」
あんなにたくさんあるのに、食べられないなんてかわいそうだもんね。
「………」
「………」
なんとなく、沈黙が舞い降りる。
でも気まずさとか、そういうのはない。
話題がないわけじゃないけど、何を話せばいいのか……。
「……こっちに来て、二週間くらいだね」
「……そうだね」
しばらくして、口火を切ったのは礼美ちゃんだった。
内容は僕が隆司に問いかけたのと同じもの。
「光太君は、こっちの生活にはもう慣れた?」
「うーん、どうかな? 言葉は、簡単なものなら覚えたけれど」
「私は……まだちょっとかな。ヨハンさんたちが、私のことを女神様の再臨って呼んでて、ちょっと気疲れしちゃう」
そういって、礼美ちゃんは仕方ないなぁって言う風に微笑んだ。
そっか、礼美ちゃんはそんな風に言われてるんだ。
「真子ちゃんは? 今日の魔法とか、すごかったけど」
「あ、すごかったよね! じつはね、この間真子ちゃんと一緒に、錬金術師さんに会いに行ってたんだけどね」
「うん」
「その時に見せてもらった、光輝石っていうものを参考にしたんだって!」
「まなくりすたる?」
「うん! 光輝石っていうのはね――」
礼美ちゃんの説明を聞きながら、僕は考える。
やっぱり真子ちゃんも、どんどん強くなっていってるな。
隆司は言わずもがなだ。昨日の訓練なんかだと、複数人の騎士を相手取って善戦してた。手加減もうまくできるようになってきてるみたいだ。
それに引き替え……。
「――そうなんだ、すごいね」
「うん! 私も、少しだけど今までと違うお祈りとかできるように――」
僕は、ダメだな。
剣の腕前には自信があったけど、アスカさんに比べれば大したことない。
魔法方面の才能も、魔力の燃費はいいみたいだけど魔術言語をきっちり覚える暇がない。
何か特殊能力があるかといえば、それらしいものはない。
身体だって、普通だ。隆司みたいな、超人体質じゃない。
「―――強く、なりたいな」
「……え?」
あ、まずい。
「光太君?」
礼美ちゃんが心配そうに、僕の方を覗き込んできた。
隣に礼美ちゃんがいるのに、何言ってるんだ僕は……!
「ああ、いや、その」
僕は何とかごまかそうと言葉を必死に探した。
けど、じっと顔もそらさず見つめてくる礼美ちゃんに負けてしまう。
「……僕だけ、今のところあまり役に立ってない気がして……」
「そうかな? 今日だって、ガオウ君を立派に引き留めてたよ!」
「うん。だけど、僕よりアスカさんの方が強いから……」
言って僕は少し自嘲するように笑う。
そう。あの役割は、アスカさんでも問題はなかったんだ。
「それに、礼美ちゃんが守ってくれなかったらやられてたよ」
「そ、そうだけど……」
礼美ちゃんが一生懸命言葉を探すように、視線をあちこちに向け始める。
でも、見つからないのかだんだん表情が暗くなっていく。
ああ、くそ。礼美ちゃんを悲しませたくないから黙るべきだったのに、僕ってやつは……!
「こ、光太君が一番がんばってるよ!!!!」
一瞬。
何を言われたのか理解しきれなかった。
その小さな体に似合わない大きな声で、大広間中に響き渡るように声を張り上げた礼美ちゃん。
ギュッと目を瞑り、大声を出して恥ずかしいのか顔は真っ赤にして。
それでも必死に僕を慰めようとしてくれている。
「こっちの言葉だって、自分で覚えたし、いろんな人と仲良くなってるし、隆司君と一緒にハンターにだってなってるし! そんな光太君が役に立たないなんてない!」
礼美ちゃんは立て続けにそう捲し立てた。
言い切って、ぜいぜいと息を荒げて、最後に僕の方を悲しそうに見つめて。
「だから……! まるで、自分がいらないみたいな言い方、しないでよ……!」
泣きそうな声色でそういう礼美ちゃんの姿が、いつもより小さく見えた。
「礼美ちゃん……」
僕はそんな彼女を見つめて、拳を握って心配させないように力強く言う。
「ごめんね。ちょっとホームシックにかかっちゃったのか、ナーバスになってたみたい」
「光太君……」
「ありがとう礼美ちゃん。もう、大丈夫だから、顔を上げて」
「うん……」
まだ心配そうな顔をする彼女に、僕は柔らかく微笑む。
そして、決意する。
目の前にいる、この小さな女の子に心配をかけないために。
何も言わずに、ただ貪欲に。強くなろうと。
「――まあ、ご覧になられたように、当方の騎士と巫女はあんな感じの仲でして」
「嫁やら婿やら、そういう申し出は全部断る方向性なんスよ。申し訳ねぇッスけど」
「そ、そうなのか……」
「確かに、あれだけの仲を見せつけられてはのぅ……」
((何があったかは知らんけど。光太GJッ!!!!))
心配するな光太! お前には、とびっきりのチート能力を用意する(予定)だから! 礼美にも同じような能力付くけど!
そんなわけでラブコメ回、今回は光太と礼美に焦点を……。
当ててみたはいいけど、こいつらが付き合ってないとか嘘じゃね? 書いてて自分の正気を疑う事態に。どうしてこうなる。
次回は二次会に移動。そして隆司は地獄を見る……。