No.3:side・ryuzi「魔王軍、その所業」
さて。
とりあえず勇者召喚の儀式とやらも終わったので、食事でもどうですかと王子が言うので、俺たちは王子の先導に従って飯を食う運びになった。
途中歩く廊下から外を見てみると、ゆっくりと月が上がるところだ。
そういや、こっちに来る前の世界は夕方だったなぁ。どのくらい時間が経過したのかはわかんねぇけど、体感時間を頼りにするならそろそろ日が暮れてもおかしくないくらいか。
……ひょっとして、こっちの時間の流れと向こうの時間の流れ、全く同じ?
もしそうなら、全部終わった夏休みが終わってたり、周りの連中が進級してたりするんかね……?
俺はファンタジー的お約束の「元の世界に戻ってみれば、意外と時間は経過していない」に期待しつつ、王子の背中を追いかけた。
しばらく歩くと食堂らしい場所につき、中に入ると真っ白なテーブルクロスを乗せた長机の上には菜食主義万歳といわんばかりのメニューが並び、そのそばには十歳くらいの女の子……いや、王女様かな? 煌びやかなドレスを身にまとった王女らしい女の子がこちらの方を向くと、パッと顔を明るくした。
「お兄様! そちらの方々が勇者様ですか?」
「うん、そうだよ」
王子は女の子の言葉に、少しだけ申し訳なさそうな顔で答える。どうやら兄妹らしい。
……しかし王子様、なんか俺たちに引っかかることでもあるんかね?
王子は女の子の肩を抱いてこちらの方に体を向かせる。
こうして並ぶと確かに兄妹だな。よく似てる。
「では改めまして……私の名前はアルト・アメリア。このアメリア王国の第一王位継承者です」
「初めまして、勇者様! 私の名前はアンナ・アメリア、第二王位継承者です!」
アルトは静かに、アンナは元気よく自己紹介を終えた。
なんつーか、対照的な兄弟だな。アルトの顔色は悪いけど、アンナは血色いいし。
とりあえず、その自己紹介に応えるように俺たちも自己紹介することにする。
「僕の名前は、櫻野光太です」
「春日礼美といいます」
「辰之宮隆司だ」
「琴場真子。よろしくね」
「ええっと……サクラノ様にカスガ様、タツノミヤ様にコトバ様ですわね」
名前を覚えるように復唱し、アンナがよろしくお願いしますと笑いかけてくれた。
「「ウッ……」」
そんな純真な彼女の言葉に、俺と真子は思わず涙ぐみかけた。
「え、ちょ!? ど、どうされました!?」
「わ、私何か粗相を!?」
「いや、ちがくて……」
「あたしと隆司の名前、元の世界だといろいろ突っ込みどころが多い名前でね……」
あわてる兄妹に、俺と真子はそう答える。
俺なんかは名前は隆司なのに「竜の字がダブってるねー」って笑われるし、真子に至っちゃ「言葉真子」って間違えられるし。
まあ、そんなの漢字がなさそうなこの世界には関係ないか。
「まあ、そういうことだから、気にしないでね?」
「はあ……」
「あと、俺たちの世界……いや国だな。俺たちの国じゃ、名前は後ろの方の奴になるんだ」
「そうでしたかー」
アンナにそう説明すると素直にうなずいて、コウタ様レミ様リュウジ様マコ様ですわね、と改めて復唱してくれた。素直ないい子だよ……。
「それでは皆様、席についてください。この国の食事がお口に合えばよいのですが……」
アルトの言葉に俺たちは、俺・光太・礼美・真子の順番で座る。
そしてその対面、光太の前にアルトが、礼美の前にアンナが座る。
俺たちの目の前にあるのは、野菜のスープにパンとサラダ。それからなぜか米か何かを固めて焼いた、餅もどきのソース掛けだった。
……なぜに主食に主食を併せるの? いやそれ以上に。
「なあ、肉はないの?」
「すみません、リュウジ様。肉の類は、ギルドが狩りをおこなわなければ手に入れられないので、不定期にしか入手できないのです」
「……じゃあ、せめて魚とか」
「魚には季節がございまして、今は季節が外れてしまいますの」
「さいか……」
「隆司、お肉大好きだもんね」
申し訳なさそうに答えてくれた兄妹に、俺はがっくり肩を落とす。俺の肩を、光太が苦笑しながら慰めるように叩いてくれた。
別に野菜が嫌いってわけじゃねぇんだけど、光太のいうように俺は肉をよく食う。
肉食わないと、飯食った気がしねぇんだよなぁ……。
次にギルドが肉を卸したときには、真っ先に作るようにすると約束してくれた兄妹に礼を言いつつ、俺は目の前のナイフとフォークに手を。
「ところで……国王様やお妃様はどちらに?」
かけようとしたところで、礼美の質問に手を止めた。
そういえばそれらしい人がいねぇな。上座にも特に用意されてないし。
礼美の質問に、アルトは顔を堅くしうつむいた。
この様子だとまさか……。
「国王……父は、昨年に亡くなりました……」
「あ……」
アルトの言葉に、礼美は気まずそうに頭を下げた。
「す、すいません……」
「いえ、いいんです」
そして場のフォローをするように光太が口を開いた。
「やはり、国王様は魔王軍の侵攻で……?」
って、フォローじゃねぇ、さらに突っ込んだ!
避けろよお前、そういう話題! 気になったから聞いたんだろうけど!
俺も聞くけどさ! むしろ助かったけど!
「いえ。医者によると心臓の病らしく」
「違うのかよ!」
さらっと明かされる事実に思わず口に出してツッコミを入れてしまった。
このタイミングなら、王は魔族と勇敢に戦って死んだとかじゃないの!?
「ちなみに、どんな人だったの?」
「あちらに肖像がございますわ」
真子の質問にアンナが答える。
彼女が指差した先にあった肖像には、でっぷり肥え太ったチョビ髭のおっさんが描かれていた。
あー……あれですね。生活習慣病ってやつですね! 王様って、動きそうにないしね!
一気に脱力した俺をスルーして、王子は訥々と語り始める。
「そして、魔王軍の侵攻が始まったのが、その一ヶ月ほど後だったのです……」
ああ、そこにつながるのね。
王子の語りによると、王が死亡してから一ヶ月ほど経った後、竜の谷と呼ばれるアメリア王国と魔王の領域に存在する渓谷を監視していた砦からの早馬が王国へ駈け込んできたらしい。
魔王軍が突然侵攻を開始した、と。
「竜の谷って?」
「かつて古竜が存在していたとされる、霧に覆われた渓谷です。向こう岸が見えないほどの幅があるのですが、魔王軍は巨大な翼竜に乗って超えてきたらしいのです」
その後、魔王軍はきわめてゆっくりと侵攻を開始したらしい。
まるでこちらの領土すべてを覆い尽くさんと、アメリア王国直下の貴族領土ばかりではなく、大陸の端っこにある小さな農村までその魔の手を伸ばしていったとか。
「魔王軍の侵攻を食い止めることはできず、ついに前線はこの王都のすぐそばにまで押し込まれてしまったのです……」
悲痛に耐えるアルトの背中を、アンナがそっと支えるように撫でた。
なるほど、王様が死んですぐに魔王軍の侵攻が始まったのか。
アルトが第一王位継承者なら、王としての重責が全部のしかかってくる形になる。やたら顔色が悪いのもそのせいだな。
まだ王位を継承していないのも、戦時中だからか? 略式でいいから、即位しといたほうがいいんじゃねぇかなぁ。
「にしても改めて聞くとやばいわねぇ……」
「だよなぁ。今すぐにも攻めてくるんじゃねぇの?」
すぐそこに前線があるってことは、魔王軍はすぐにでも王都を攻め入れるってことだ。
俺たちとしちゃ、少しでも鍛える時間が欲しいんだけどなぁ。だってただの高校生だし。
「ご安心ください。それはありません」
「ん? そうなのか?」
だがそんな俺たちの心配に、アルトは力強く答えた。
なんか秘策でもあるのか? 神様結界みたいな。
「魔王軍が攻めてくるのは、魔王軍がのろしを上げてから三日後になります」
「それに、ここ最近の魔王軍は一度攻め込むと最低でも二週間は時間を空けますの。前に攻めてきたのは三日前ですので、まだ時間はございますわ!」
「「………………んん??」」
アルトとアンナの言葉に、俺と真子は首をかしげた。
なんだろう。今の違和感。
なんか目の前で雨にぬれる子犬を不良が拾ったような、そんな違和感が。
そんな俺の横で、光太が驚いたように声をあげていた。
「三日前……大丈夫だったんですか!?」
「はい。ですが、負傷者が出てしまいまして。前線も少し押し込まれてしまったのです……」
「大丈夫ですわよ、お兄様! 魔王軍との戦いで、死者が出たことは一度もないじゃありませんか!」
「それはそうだけど……」
「「すとっぷ」」
俺と真子が声をあげて兄妹の会話を遮った。
今のは聞き逃せねぇし。
なに? 死者が出てない?
目頭を押さえながら、低く唸るように真子が質問した。
「あのさ……確認するわよ?」
「はい、なんでしょう?」
「魔王軍相手に死者が出てない?」
「ええ」
「……あたしらいらなくない? そんなに強いんなら」
真子の反対側で椅子にぐったり座り込んでる俺も同じ意見だった。
仮にも魔王軍の侵攻に、死亡者ゼロならきちんと準備さえできれば勝てるじゃねぇかよ。
だが、アルトは慌てたようにその質問に答える。
「ま、待ってください! 確かに死者は出ておりませんが、負傷者は出ているのです!」
「いや、戦争してる相手に負けて死者ゼロの時点で、負傷くらい大したことないでしょう」
「いえ、それ以上に! 魔王軍がこちらに死者が出ないようにしているのです!」
「「はい?」」
アルトの言葉に、今度は目が点になる俺と真子。
あの……魔王軍ですよね?
「どゆこと?」
「はい。明らかに止めが差せる状況にかかわらず、見逃すのは当然。相手が負傷すればそれ以上追い打ちをかけず、行軍からはぐれた新米兵士を送り届けてくれたこと数回……」
「聞くところによると、占領した領地では、ご老人方のお手伝いをして厚く迎えられてるんだとか」
「「なにそれこわい」」
苦悩するアルトの隣で、俺たちと同じ疑問は持っているらしいアンナが変な顔で続けた。
まおう……ぐん?
死傷者が出ないっていうのは舐められてる、で説明つくけど……。ご老人のお手伝いは何故? メリットゼロじゃん魔王軍。なにしてんの?
ただ、老人のお手伝いをしているというくだりを聞いて光太が目を輝かせた。
あ、なんかいらんこと思いついたなこいつ。
「それって……ひょっとして、話が通じるんですか!?」
「ええ、そのようですわね。前線兵士によると、何度かお話したこともあるとか」
「そもそも魔王軍の構成要因の見た目は、私たち人間とほとんど変わりません。ただ、明らかに人間にはついていない耳や尻尾、あるいは鱗なんかも」
「なん……だと……!?」
アルトの言葉に、今度は俺の全身に衝撃が走る。
その特徴は……もしや……!?
まさか、俺が望んでやまなかった世界がここに……!?
「……隆司?」
「……ハッ!?」
一瞬トリップしかけた俺の意識を、光太が目の前で手を振って戻してくれた。
い、いかんいかん。まだそうだと決まったわけではないのだ……。
「そ、それで……光太。話が通じるならどうしたんだよ?」
「もし話が通じるなら、説得できるかもしれないと思って!」
ああ、やっぱそういうこと考えたか。
まあ、基本的に平和志向な奴だしな。
隣の礼美も光太の言葉を聞いて目を輝かせている。その向こうでは真子が呆れている。
まあ……相手が相手だもんなぁ。
「相手は魔王軍よ?」
「それでも、やらないよりはましだよ、真子ちゃん!」
「私たちといたしましては、魔王軍の侵攻を食い止めてくだされば問題はございませんけど」
「ほら!」
アンナの後押しに、礼美はさらに勢いづいた。
まあ、言葉で解決できるなら、今の俺たちにもどうにかできるかも知れないけど。
ただまあ、今は無理だよなぁ。
「その意見自体は賛成だけどよ、それは強くなってからだな」
「え?」
「あのねぇ……明らかに武力だけでどうにかできる相手の話を、相手が聞いてくれると思う? しかも戦争中の」
「それは……」
俺たちの言葉に、光太と礼美の顏が陰る。
理屈としてはわかるけど、って顏してんな。
でも、真子が言ってることは正論だ。武力でどうにかできると思ってるから戦争を仕掛けるんだからな。まあ、魔王軍の行動を見るにそれが理由っぽくはないんだがなぁ……。
一足飛びにどうにかしたがんのは、こいつらの悪い癖だな。なまじ能力があるだけに。
まあ、それを冷静にさせんのが俺たちの仕事だけどな。
俺は目の前で不安そうな顔をしているアルトと、若干呆れ顔のアンナに顔を向ける。
「まあ、筆頭勇者がこう言ってるんで、魔王軍とは何とか言葉による平和的な関係を築いてもらうことになりそうだわ。問題ありそうか?」
「いえ、特には……。ないはずだよね?」
「と思いましたけれど。詳しくは宮廷魔導師のフィーネに聞いてみませんと」
ああ、やっぱり魔導師もいるんだなー。俺も魔法使えるかな?
「じゃあ、当面は訓練、ってことでいいわよね?」
「うん、しょうがないね」
「私も、それでいいよ」
真子が光太と礼美に確認を取って、二人がうなずいたのを見て俺もうなずいた。
とりあえずの目的は決まりかな。
「では今日はもう遅いですし、明日になったら宮廷魔導師のフィーネをご紹介いたします」
「きっと皆様の力になってくれますわ」
「そいつは楽しみだねぇ」
俺はにやりと笑って、ようやく目の前の料理を食べるためにナイフとフォークを手に取った。
どうでもいいけど、どっちも木でできてんな。ちゃんと切れんのか?
「そういやお妃様はどうしたの?」
「いえ、母は人見知りが激しくて……」
「“見ず知らずの方とお食事なんてできません……!”と」
「引きこもりかなんかか」
そんなわけで現状の説明回になりますー。
この世界は普通の異世界とは明らかに違うという説明。まおうぐんはやさしいよ!
まあ、ラブコメするのに陰惨な戦争はないだろうってことでこうなったんですけどね。
次回は力の覚醒回になりますー。
*7月21日誤字修正。申し訳ないです。