No.28:side・ryuzi「第二会戦、開始!」
光太のフラグ数が思いのほか多すぎることに驚愕した次の日、魔王軍の襲撃予告の狼煙が上がった。
その日は前回の時と違い、本当に予告だったらしく襲撃はなかった。残念。
「で、今日は間違いなく総力戦よね?」
そして前回の会戦からちょうど一週間。いよいよ第二次魔王軍侵略戦が開始されようとしていた。
今回は真子の提案で、相手よりも先に前線に到着している。作戦タイムが欲しかったらしい。
「なのに、肝心の騎士団長さんがいない。これについての釈明は?」
「申し訳ありません……」
真っ黒のオーラさえ見える真子に必死に頭を下げるのはアスカさん。
今日の会戦に当たり、なぜか団長さんは不参加となっている。非番らしい。
一応副団長さんは来てくれているが、本人曰く団長さんほどの力はないらしい。
「非番だからって引っ込む騎士団とかありなの? ねぇ?」
「本当に申し訳ありません……!」
真子のいっそ清々しい笑顔だけど、禍々しさなら魔王並みだな。
「ええっと、真子ちゃん? もうそんなもんで……」
「あんた、もしヴァルトが今回も出てきたらどうすんのよ?」
何とか光太が取り成そうとするけど、真子はヤバげな角度で眉毛を吊り上げて振り返った。コエー。
「いえ、それはおそらく大丈夫かと」
「大丈夫? 何が?」
副団長さんの言葉に、真子が怪訝そうに顔をしかめた。
「団長が非番の日の会戦は今回だけではありませんでしたが、団長の不在の時のヴァルト将軍は後方で指揮に徹していましたから」
真子の顏がまた一段と歪んだ。
バカじゃないのか?って顔つきだな。
「それはマジで? 冗談じゃなく?」
「はい。そもそも、ヴァルト将軍が顔を出すこと自体、最近は稀ですので」
「まあ、ここまで押し込めてりゃ、あのチート将軍なんて必要ないでしょうけど……」
真子は何かを考えるような顔つきになった。
もしヴァルトが出てきたら、俺たちが対処しないといけないんだろうけど、そうなると残った連中を騎士団の面々で相手しなけりゃならないわけか。
また少し前線が押し込まれるかなー。
「もし前線が王都に近づいたらどうするー?」
「負ける前提で話さない。こうなったらしょうがない、相手側に負傷者を増やして速攻で撤退させる方向で行きましょう」
「大丈夫かな……」
真子の作戦に、光太が不安そうな声を出す。
ただその不安そうな声には、作戦が成功するかどうかよりも相手への安否の方が透けて見える。
「大丈夫よ。最悪、騎士団が囮になって、あんたと隆司で潰して回ればいいんだから」
「お、囮ですか……」
余りといえば余りな真子の言い草に、アスカさんが冷や汗を流す。
まあ、使えない宣言されれば仕方ないか。
とはいえ、今まで負け続けの騎士団としては、反論もできないようで、真子の言い草に対してうつむいたりそっぽを向いたりするものがほとんどだった。
「まあ、囮作戦は最悪だろ? とりあえずまじめにやってみて、適宜俺たちでどうにかする感じでいいんじゃねぇの?」
「そうね。じゃあ……」
「マコ様! 魔王軍がこちらに近づいてきています!」
物見役からの報告に、マコの顏が緊張する。
うっすらと地平線の向こうにこちらへと駆けてくる魔王軍の姿が見える。
「構成は? ヴァルト将軍の姿は!?」
「現在確認されていません! 人数は二十名!」
ヴァルトがいないと聞いて、マコの顏が少し安心したように緩んだ。
とはいえ二十人かー。こっちの今日の人数は、俺たち四人を除いて二十六名ほど。ちょっとヤバいかなー。
「人数差がちょっと縮まってんな」
「そうね。騎士団一同! 無理しなくていいわ。光太と隆司が遊撃に回るから、怪我しないように踏ん張りなさい!」
真子の言葉に、騎士団の面々が雄叫びとともに手に持った槍を空に向かって突き上げた。
それと同時に、魔王軍の姿が視認可能なほどに
「キタ! 嫁キタ! これで勝つる!!」
「嫁言うなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺の言葉に反応して、ソフィアが怒鳴り声をあげる。
今回の魔王軍の構成は、物見役の報告通り二十名ほど。
四天王の姿はそこになく、代わりにソフィアの周りに彼女を守るように三人の魔族が立っていた。
うち一人に見覚えはあるな。一番最初の会戦の時に殿を務めた猫娘だ。
残りの二人は……。
「狐に、狼?」
「なにぃ!?」
礼美のつぶやきに反応して、狼獣人が大声を上げる。
声を上げた狼獣人は腰に三本ずつの刃がくっついた凶悪な剣を二振り、腰に吊り下げた軽装鎧姿。機敏な動きで、相手を一撃で倒すのが得意そうだな。今は怒りか何かで、しっぽが分わっと広がっている。ちょっと面白れぇな。
その隣で、狼獣人の声にびっくりしたのはキツネ娘。今俺が羽織っているトウキの民族衣装によく似た着物姿で、俺のと比べるとやはり女性的なデザインだ。さすがに俺と違って黒いアンダーを着ている。レオタードかなんかだろうな。しかし尻尾がフルモッフで、枕にしたら気持ちよさそうだなぁ。
「この未熟千万なガオウを! ヴァルト将軍と同じ、気高き狼と同列に扱うなど! ヴァルト将軍への愚弄も同然! 訂正しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「え、そこは怒るところでありますか!?」
今回は一緒についてきているサンシターが思わず突っ込むが、それに一切構わずガオウが大きく口を開けて宣言した。
「私は犬だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
……………………。
「ああ……いぬでありますかぁ……」
サンシターが困ったような声を上げる。
あのツッコミ師サンシターですら、すべてを放棄してしまうほどのいっそ堂々とした宣言……! こいつ、できる……! いやまあ、俺の思ってる意味とは違うんだろうけど、種族的な方向で。
立派なドヤ顔で尻尾を得意げに振るガオウ。ああ、あの表情はどことなく犬っぽいなぁ。
その背後では猫娘がやれやれといった風に首を振り、狐娘は顔を赤くしうつむき、ソフィアは掌で顔を覆っている。
きっと、向こうの一団の天然及び残念担当なんだろう。
「前回は事情により不戦であったが、今回は違う! このガオウがいる限り、ソフィア様に指一本触れさせん!!」
ガオウはそう宣言し、腰にさげている爪のような剣を引き抜いた。
あ、名乗り上げ口上入りそう。
「我が名はガオウ!」
さすがに付き合いきれんし、もう我慢も限界ですたい。
そっとガオウの視界から隠れるように動き、光太の背後に回ってちょっと屈伸運動。
「我はソフィア様親衛隊の「ひょー!」斬り込み隊長! 我が爪の一撃を恐れぬ者からかかってこいぃ!」
「あ、ごめん。うちのフリーダム担当が今まさにあんたの頭上を飛び越えていった」
「なにぃ!?」
慌てて振り返るガオウの姿を眼下におさめつつ、俺は一直線にソフィアのもとへと跳んで行った。
「ひゃっはー!」
「くっ!?」
石剣を下に向け、ソフィアの眼前に勢いよく着地する。
ドオォォォォォォンンン!!!
地面に叩きつけた石剣が想像以上の轟音を立てて、土煙が上がる。残念ながらソフィアのスカート状の鎧が捲れ上がるのは拝めなかった。
ソフィアが土煙に隠れるのと同時に、鞘から刃が抜かれる音がする。
「はっ!」
「ハッハァ!」
風を貫く音と同時に現れたレイピアを勢い良くはじく。
衝撃とともに風が巻き起こり、土煙が晴れる。
凛々しい顔をしたソフィアが、二度三度と剣を引き、また勢いよく突きこんでくる。
それもまた石剣で弾き返し。
「セェイァッ!」
一歩踏み込んで斬り込む。
ガギィィィィン!!
「くっ!?」
ソフィアの体が少し後方へ押し込まれる。
「く……ハァァァァァ!!」
だが、裂帛の気合とともに全身の筋肉を躍動してソフィアが俺の体を押し返した。
「おっと」
俺は弾かれるままに後ろへ飛ぶ。
「クフフ、一週間ぶりだなぁソフィア!」
「気安く私の名を呼ぶな! 私は魔竜姫! 誇り高き、魔族の戦士!」
「じゃあ嫁って呼ぶわ。嫁ー」
「嫁言うなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
顔を真っ赤にして突撃してきたソフィアの刃を真っ向から受け止める。
「誰が貴様の嫁だ! 私の婿を自称したくば誇りを持って行動しろ!」
「失礼な。私は紳士ですよ?」
「出会いがしらに相手の太ももを堪能したがる紳士がいるかぁぁぁぁぁぁ!!」
もっともな言葉とともに、一歩下がったソフィアの無数の突きが俺の眼前に迫る。
スウェーで回避。耳元を鋭い刃の音が過ぎていく。
さらに一歩踏み込んど横薙ぎの一撃は、滑るように後ろに下がって回避した。
「く!? ヴァルトから聞いていた動きと違うぞ、貴様!?」
「クフフのフ。一週間ですぞ? 何もしなかったわけがなかろう!」
そう。この一週間で俺は、団長さんから効率的な体の動かし方を学んでいた。
むやみに力を込めて体を振り回すばかりでなく、軽く脱力をすることを覚え、そこから瞬発的に力を込める方法を学んだ。
団長さん曰く、武術に関して完全に素人の俺は型やらなんかを覚えるよりは、力の使い方そのものを覚えたほうがいいんだとか。その方が応用が利きやすいとか。
「そう、もはや一週間前の俺はいない……! 男子、三日会わざれば、括目して見よ! 前のままだと思ったら、やけどするぜ!?」
「フン! 学習し、修練を重ねるその姿勢やよし! だが、一週間を鍛錬に費やしたのが貴様だけだと思うな!」
「なに!?」
なんだって!? ソフィアも何か鍛錬を積んでいたのか……! 当たり前だけど!
ソフィアはその大きな胸を張り、堂々とこう言った。
「私はこの一週間、ラミレスの指導の下……貴様のような変態と相対しても動揺しない心の強さを学んだ!」
「な、なんだとぉ!!」
ば、バカな! そんな鍛錬を積んでいたなんて……!
俺はひとしきり驚いてから、小さく首を傾げて問いかけた。
「でもそれってつまり、武術的には何もしてないってこと?」
「うん……」
小さくつぶやいて、ソフィアはがっくり肩を落とした。
ああ、そんなにうつむかなくても……。
「ちょっとー。そこの親衛隊ー。早くこの子慰めてあげてー」
「落ち込ませた奴が言うなぁぁぁぁぁぁぁ!! ソフィア様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は後ろに振り返ってこっちを見ている親衛隊の連中に声をかけると、ガオウが声を張り上げながらこちらへと駆けてきた。
あとを任せて、俺は真子たちのところへ戻る。
「ただいまー」
「いや、ただいまじゃないわよ」
「どこから聞くべきなのでありますか……?」
ひきつったようなサンシターの顏に、俺は悩む。
やはりここは嫁がいかに可愛いかから語るべきか?
「あ、いえ。やっぱりよいであります。マコ様がすごいお顏になってるでありますので……」
サンシターの声に顔を上げると、怒ってるんだか呆れてるんだかわからない真子の顏と目が合った。
俺は静かにサムズアップしておいた。わかってるさ。嫁は可愛い。
真子はため息をつき、必死にソフィアを慰めている魔王軍をジト目で見つめた。
「なんなのよこれ。あんたがフリーダムになると周りまで感染すんの……?」
「人を病気みたいに言うなよ」
まあ、否定はしねぇけど。
ソフィアの周りでは、必死にソフィアの親衛隊たちがソフィアに慰めの声をかけていた。
「ソフィア様元気出すにゃー。大丈夫勝てる勝てる」
「そうです! ソフィア様が本気を出せば、あの程度の男一ひねりです!」
「だ、だから、元気出してください……!」
「うう……」
「いけますって魔竜姫様! 確かにあいつ強いですけど!」
「ヴァルト将軍が認めるだけはありますって! あれに勝てれば、きっと楽勝ですって!」
「あの人なら、きっと魔竜姫様の全力を受け止めてくださいますよ! だからファイト!」
親衛隊はもちろん、一緒についてきた魔族たちまでソフィアを励まし始めた。
慕われてるんだなぁ……。
ちなみにこっちの騎士団は、なんだか居心地悪そうに佇んでいた。
まあ、こんな展開になればなぁ。でも前回も似たような展開になってたべ?
「いや、前回とは少し違う気もしますが……」
「そう?」
アスカさんの言葉に首を傾げる。そこまで違うかなぁ。
なんて首をひねっていると、何やらそわそわしていた礼美が真子にこそこそと耳打ちを始めた。
「ねえ、真子ちゃん」
「なによ礼美?」
「今なら、この戦争をやめようって提案できないかなぁ……?」
ああ、そういえば元々はそういう方向性だっけ?
「あー、そうねぇ……。ねーちょっとー?」
真子が大声を上げてソフィアたちに呼びかける。
すると、少しだけ暗いままの表情でソフィアが顔を上げた。
「なんだ……?」
「もう戦いやめない? ほら、なんか馬鹿馬鹿しくなってきたし。平和的にいきましょうよ」
「……そうはいかん!」
真子の停戦の提案に、しかしソフィアはしばしの沈黙を挟んで気丈に答えた。
「これは戦争だ! 戦争とは、どちらかの負けを持って終わりとなるもの……。我々も、貴様たちも、負けを認めてはいないはずだ! ならばこの戦争はまだ終わらない!」
「だってさ、礼美。まずは相手の心を折らないとね」
「そんなぁ……」
残念そうな礼美の肩を、慰めるように真子が叩いた。
「ひょっとしたら、って思ったのになぁ……」
「残念だったな。戦いはまだまだつづくっぽいぜ?」
礼美と同じ思いだったらしい光太が、残念そうに溜息をついた。
まあ、嫁がやる気なんだ。こっちとしては、それに応えるのはやぶさかじゃないんだぜー?
そして両軍が睨み合い、緊張が高まっていく。
光太はゆっくり剣を抜き、俺は石剣を肩に担ぎなおす。
向こうではソフィアがレイピアを構え、ガオウが改めて両手に持った剣を握りしめる。
それぞれの軍勢が武器を握り、一瞬空白が生まれたように無言となる。
「「――全軍、突撃ぃっ!!」
真子とソフィア。二人の号令と同時に、戦いの火蓋が切って落とされた。
そんなわけで、第二回戦となります。
今回も隆司がフリーダム。こいつのこの系統のネタは割と浮かぶんだけどなー。
次回は真子ちゃんが一週間の成果を見せます。