No.247:side・kota「別離の選択」
何とか無事に謎の空間から脱出できた僕たちは、他の皆さんが無事かどうか確認するために、一目散にアルト王子の姿を探した。
「アルト王子!!」
「! みなさん!!」
そして見つけたアルト王子のすぐそばに、僕たちは。
「あ、皆さま! ご無事だったのですね!」
「「………」」
……頭の上に天子の輪のようなものを浮かべたアンナ王女の姿を見つけた。
……え、あれ。僕、目が悪くなったのかな。
そう思い、目を擦りもう一度アンナ王女の頭の上を見る。
「どうしましたの? お二人とも」
コテンと不思議そうに首をかしげるアンナ王女の頭上五センチくらいの位置には、やっぱり光り輝く天子の輪が。
……幻覚?
「えいっ」
「あ、ちょっと!?」
そう首をかしげる僕の隣で、無謀にも……いや、勇敢にも? とにかく意を決した様子の礼美ちゃんが、その輪に向かって手を伸ばす。
礼美ちゃんの手はまっすぐ輪に向かって伸び、むんずとそれを掴んだ。
「……あ、掴めた」
「ちょ、やめ!? やめてくださいまし!? なんだか頭が引っ張られて変ですのよ!?」
「あ、ごめんなさい……」
礼美ちゃんに輪を掴まれ、くいっと引っ張られてしまったアンナ王女に謝りつつ、礼美ちゃんは輪から手を離した。
「あうぅ……。なんだかくらくらしますの……」
「大丈夫ですか? ご、ごめんなさい……」
頭を押さえて涙目になるアンナ王女に頭を下げる礼美ちゃん。
二人が落ち着いたのを見計らってから、僕はアンナ王女に問いかけた。
「…それで、その。アンナ王女、その頭の輪はなんですか……?」
「あ、これですの?」
アンナ王女は頭の輪を撫でながら、嬉しそうに微笑んだ。
「えへへ。いいでしょ~。これ、女神になった証ですのよ!」
「女神の……ですか?」
「ええ。女神の憑代へと選ばれると、余剰分の意志力がこのような形で発現するそうなのです」
「ということは……」
「はい! 今代の女神は、私ですの!!」
そう言って胸を張るアンナ王女はとても誇らしげで。
先ほどまで、ガルガンドによってその野望に利用されていたなんて、思わせないほど明るかった。
「そうなんですか……。でも、どうして女神の力が?」
「なんでも、元々は魔王が手違いで手に入れてしまったらしくて……。まだ、詳しい経緯は窺っていないのですが……」
「そして、元々は貴様らに譲り渡す予定だった代物だ。正確には、どちらか一方にだが」
「あ、魔王様!」
アンナ王女の声に振り返ると、黒衣を纏った魔王と、付き従うように四天王の残ったお三方、そして真子ちゃんとサンシターさんがこちらに向かって歩いてくるところだった。
アンナ王女はパタパタと魔王に駆け寄ると、笑顔で彼の顔を見上げた。
「ご無事で何よりですわ!!」
「うむ。そちらこそ。似合っているぞ、アンナよ」
「えへへ」
魔王が鷹揚にそう言ってアンナ王女の頭を撫でると、アンナ王女がうれしそうに笑顔を浮かべる。
……なんていうか、以前より天真爛漫になってるような……?
「不安が抜けて、安心してんだろうよ」
「あ、団長さん」
「おう」
僕の後ろへやってきた団長さんが、周囲をきょろきょろと見まわす。
「……ここにもいねぇ。お前ら、アスカ見なかったか?」
「え? ……そういえば」
団長さんに言われて、僕はアスカさんの姿が見えないことに気が付く。
それだけじゃない。騎士団や魔王軍の人たちはいるけれど、死霊団の人たちの姿は見えなかった。
いったいどこに……?
「気が付いたらどこかにいなくなってたんだよな……。このごたごたで見失っちまった。まあ、どっかにはいるだろ……」
団長さんはため息をつきながら、またアスカさんを探すためか、どこかへと歩き始めた。
……アスカさん、無事、ですよね……。
僕は言い知れない不安を抱きながらも、頭を振ってそのヴィジョンを追い出す。
……うん、きっと無事だよ。きっと……。
「……ところで、魔王さん。女神の力を僕たちに渡すって……?」
「貴様らに植え付けた意志力の力は、女神の力を受け渡すための土台なのだ。……まあ、まさか二人が抱き合ってこっちに来るとは思わんかったので、本来渡す力が半々に分かれてしまったのだが」
「ってことは、この二人の力を合わせると、本来の意志力の力になるってわけ?」
「そう言うことだ」
「そうだったんだ……」
ということは、本来は僕か礼美ちゃんが意志力の力を操る戦士に……。
「……結果論だけど、この形でよかったんじゃないかな……。僕が受け取るにしろ、礼美ちゃんが受け取るにしろ……僕は、我慢できなかったと思うし……」
僕は拳を握りながらそう呟く。
……確かに、僕か礼美ちゃんの一人の方に力が集中した方が、効率は良かったかもしれない。
けど、四人だったからこそ……完全に僕のわがままだけど、四人だったからこそ頑張れたんだと思う……。
僕にも礼美ちゃんにも力があったからこそ、二人とも無事でいられたしね。
僕がそう考えていると、僕の腕を礼美ちゃんが握ってくれる。
「うん……私も、この形でよかった……。真子ちゃんや隆司君……そして、光太君と一緒に戦えたし」
「礼美ちゃん……」
礼美ちゃんも、同じ気持ちだったのだとわかり、僕は胸の中が温かくなるのを感じた。
僕たち……同じこと考えてるんだね……。
「……ふむ。やっぱり二人に力を与えたのは、正解だったでしょ?」
「その通りだな。この二人のどちらかに戻れというのは、さすがに忍びないところだった」
「え? どういうことですか?」
僕の言葉に、魔王は静かな表情でこう言った。
「うむ。この世界は、偽神の脅威から、そして源理の担い手がいないという危機から解放された。故に、お前たちが帰る時が来たというわけだ」
「そっか……ついに、この世界ともお別れなんだね」
僕は魔王の言葉に、しみじみとつぶやいた。
結構長いことこちらにいたけれど、向こうはいったいどうなっているのかな……。姉さんたち、心配してるだろうな……。
僕は振り返り、アルト王子へと頭を下げる。
「アルト王子、本当にお世話になりました」
「これからの事、お手伝いできないのが残念ですけれど……どうかお元気で……」
「そんな! 皆さまがおられたからこそ、アメリア王国は……そしてこの世界は救われたんです!」
「皆様も、元の世界にお戻りになられてもお元気で……」
感極まった様子で、アルト王子が僕の手を握りしめてくれる。アンナ王女も、涙目になりながら礼美ちゃんの手を握りしめる。
異世界に来て、こんな素敵な友達ができる……。これだけで、この世界に来た甲斐があったってものだよ……。
「それじゃあ、真子ちゃん! 隆司くんも一緒に……」
礼美ちゃんがそう言って振り返ると、真子ちゃんはいわく言い難い顔をした。
なんていうか、こいつやっぱり気が付いてないのか?みたいな……。
「あー、ちょいと。何か勘違いしてない?」
「え?」
「あたしと隆司は残るわよ?」
「……え?」
その言葉に、礼美ちゃんと僕は一瞬呆然となり……。
そして僕は気が付く。
「……あ!? そう言えば、二人とも、もう……!」
そうだ、二人の体はもう人間じゃないんだ……!
「理由はそれだけじゃないけど、そうね。今更こんな体じゃ、あたしもあのバカも戻れないわよ」
そう言って蓮っ葉に笑って見せる真子ちゃん。
礼美ちゃんは愕然となり、すぐに魔王に向かって叫んだ。
「じゃ、じゃあ、私たちもこの世界に残って……!」
「それは無理だ。貴様らと、元の世界とのつながりを断ち切る手段がない」
魔王の言葉に、僕は眉根をひそめる。
元の世界……この場合は、僕たちの世界の事だよね? それとのつながりって……。
「元の世界との……?」
「うむ。元の世界と、貴様らの縁。それはまだつながり、貴様らの世界の時間を止めている。今はまだよいが、貴様らがこちらで子供を作るほどに時間が経ってしまうと、最悪向こうの世界の時間が狂ってしまう」
そう、なのか。
つまり、向こうの世界に戻れば、僕たちはこの世界に来てすぐの時間に戻れるけれど、それは僕たちと向こうの世界の縁が途切れていないからで……。
今の状態は、本来は良くない状態だから、それが続くと向こうの世界がおかしくなっちゃうのか……。
「貴様らのどちらかに源理の力……行ってしまえば女神の意志力を渡せれば、そちらは残れる。だが結局、片方は戻らねばならん。そういう意味では、貴様ら両方に力が宿ったのは正解だったか……」
「………」
「………」
僕と礼美ちゃんは、思わず黙り込んでしまった。
……魔王の言葉に根拠はないのかもしれない、というのは簡単だ。
けれど、それを否定するだけの理由もない。
僕たちは、元々異邦人なんだ。仕事が終われば、元いるべき場所に代えるのが道理……。
迷う必要はない、けれど。
「……真子ちゃん」
「なんでそんな顔してんのよ。家に帰れるのよ」
「うん、そうだけど……だけど……!」
礼美ちゃんが、真子ちゃんにすがりつく。
真子ちゃんは拒絶することなく、それを受け止める。
けれど、その顔にはわずかに寂寥の念が見て取れる。
これが、永遠の別れになってしまう。なんとなく、そんな気がする。
……僕はどうすれば……。
「……隆司」
顔を上げて遠くを見ると、相変わらずソフィアさんとイチャイチャしている隆司の姿が目に入る。
そんな隆司の様子に、ちょっと頭がくる。
こっちが真剣に悩んでるっていうのに、隆司は……!
「……はぁ」
けれど、そんな隆司の姿を見て、悩むのがバカバカしくなった。
……あいつは、あいつなりに、自分の幸せを見つけて、それを堪能してる。
なら、僕は僕なりに、自分の幸せを堪能すべきだろう。
なら、僕は……。
「礼美ちゃん……」
僕が後ろから肩を叩くと、涙で瞳が揺れる礼美ちゃんの顔が瞳に映った。
「光太君、私……!」
一番の親友との別離に耐えられない。そう訴えるような彼女に僕ははっきりとこう言った。
「礼美ちゃん、帰ろう。僕たちの世界に」
「………!」
礼美ちゃんの目が大きく見開かれて、涙が零れそうになる。
なんで、どうして。そう叫ぶ彼女の目を覗き込み、僕ははっきりと言った。
「ここは、僕たちの世界じゃない。僕たちの帰る場所は、ここじゃない」
「でも……!」
「それに、僕たちが帰らないと、姉さんたちや、礼美ちゃんの御家族……それに、隆司や真子ちゃんの、そして大勢の家族が、死んでしまうかもしれない」
「!」
礼美ちゃんがはっとその可能性に気が付く。
そう、時間が狂う……それがどういう現象かはわからない。けれど、向こうにいる人たちが、無事でいられるという保証がある現象じゃないのは確かだ。
大勢の他人と、たった一人の親友。本来、天秤にかけるべきじゃないものをかけ、僕は彼女に選択を強いる。
……僕は、ひどい男だな。けれど……。
「……僕は……。僕は、礼美ちゃんと、一緒に帰りたい」
「光太君……」
「そして、向こうで喫茶店を開きたいよ。それが……夢なんでしょう……?」
「………」
礼美ちゃんは俯き、真子ちゃんの方を見る。
真子ちゃんは、無言で肩を竦める。
「いい夢じゃない? ……時間ができたら、行ってあげる」
「!」
そう言って、真子ちゃんは満面の笑みを浮かべた。
「その代り、まずいコーヒー出したら、容赦しないわよ?」
「真子ちゃん……」
また会おう。
言葉にしない、その言葉が、礼美ちゃんの背中を押した。
「……私……」
僕の服を握りしめながら顔を上げ、魔王をまっすぐ見つめて、礼美ちゃんははっきりとこう言った。
「……私、帰ります。元の、世界に」
「……よかろう」
魔王は満足そうにうなずいて、穏やかに笑った。
僕は、礼美ちゃんの体をぎゅっと抱きしめる。
……帰ろう、礼美ちゃん。一緒に、帰ろう……。
別離を定め、勇者は帰る。
二人の親友を、異世界に残し。
以下、次回。