No.245:side・remi「望んだ結末」
「――マルコ」
魔王はマルコさんの名前を呼び、少しだけ間をおきました。
その間に、魔王の中でどんな思いが渦巻いていたのかは……わずかに握りしめられた彼の右手から、少しだけ伝わってきました。
「……我が不在の間、よく魔王国を盛り立ててきた。そなたがいなければ、魔王国はあそこまで発展することもなかったであろう」
―……―
マルコさんは、魔王の言葉を呆然とした表情のまま聞いています。
魔王の突然の登場。そして、その口から語られ始めた労いの言葉。
そのどれもが、彼が受け止めるには重すぎるものだったのでしょうか。今のマルコさんからは……そんな気配が感じられます。
「……そなたの行いは、すべて見ていた。そなたは多く犠牲にしてきた。だがそれ以上に多くを生かしてきた。そなたの働きは、輝ける黄金よりもはるかに重く、貴重なものであったであろう」
―……魔王、さま―
マルコさんの顔が、わずかに歪みます。
そんな言葉はもったいない。……いえ、聞きたかった言葉はそれではない。
マルコさんが、そう考えていると、私は思いました。
なぜなら、マルコさんの顔は。
―そのような、お言葉……―
とても、苦しそうだったから。
魔王が、マルコさんの行いを肯定すればするほど、その言葉という名の刃が彼の心を強く抉っていきます。
多くの命を犠牲にし、数多の同胞を裏切り、果てに私たちの命まで使って叶えようとした、想い。
それが叶い、彼の心の中は至福に満ちていてもおかしくはなかったはずなのに……。
―私は……私が……!―
その願いの形が、今まさに彼の心を傷つけていました。
それは、圧倒的な矛盾……。
自らの願いが叶ってなお、彼は満たされていませんでした。
いえ……期待を裏切られたとでもいうのでしょうか。
誰からも、共感を得られないであろう、彼の反応を見て。
「………」
けれど、私は、共感していました。
マルコさんと話をした回数は指で数える程度。
そしてそのほとんどで、彼の狂気を私は垣間見ています。
時には、それに恐怖さえしていました。
……だからこそ、私は分かりました。
狂気に犯されてなお、彼が求めたのは……肯定ではない。
きっと、彼は……。
わずかに逡巡し、私は声を上げました。
それを伝えたからとて何が変わるわけではない。それでも私は……。
魔王の隣で泣きそうな顔で彼を見つめるリアラさんと、魔王の言葉をつらそうに聞き入れるマルコさんの両方を知っているから……せめて、その顔から苦痛を取り除きたかったから……。
「魔王……さん!」
「だが」
かろうじて私が上げた声は、魔王の声に掻き消されました。
圧倒的な圧力を持って放たれたその言葉。その中に込められた感情は。
「ここ近年の動きはなんだ? 貴様は、何をしていたのだ?」
強い、憤怒。
「アンデットの量産はまだよい。ガルガンドが復活したのも不可抗力であろう。だが、その後はなんだ?」
迸る怒りのままに言葉を連ねる魔王。
その生の感情を叩きつけられたマルコさんの表情は、先ほどまでとは一変していました。
「我はすべて見ていた。……貴様らの前に行けなんだ我が落ち度であろうが、そのためにどれだけの時を浪費した」
―魔王様……!―
マルコさんの顔を覆うのは、強い狂喜。
涙すら浮かべて、魔王の言葉を一言一句聞き漏らすまいと、魔王の一挙手一投足に集中しているのが、ここからでも窺えます。
「我は貴様らを、魔王国のために生み出した。そして、己のために生きる自我も与えた。……その結果、生み出そうとした瞬間がこれとはどういう了見だ」
魔王がため息をつきます。
怒りのあまりに、言葉も出ない。背中から伝わるのはそんな気配です。
「貴様はもう少し、大人しい輩だと思っていたのだがな……参考にした記憶を間違えた」
―はい、はい……!―
「泣いて喜ぶことか阿呆が」
処置なし、というように魔王は全てを切り捨てるようにマルコさんに背を向け、握っていた右手の親指を立て、それをそのまま下に向けて言い放ちました。
「罪には罰だ。今後、我がよいというまで、遠き異邦の地で反省するがよいわ」
―はい……! 申し訳、ありませんでした……!―
大粒の涙をこぼしながら、マルコさんは魔王の罰を受け入れました。
世界のすべてを壊してでも、彼が得たかった瞬間は……親に叱ってもらうこと。
生まれてすぐに国を背負うという重責を負わされた大きな子供は、どんな形でもいいから親とのつながりを求めて、その果てに叱責を受けるという願いを抱いてしまった。
それが……この騒動のすべて。
誰よりもくだらない願いを抱いた男に背を向けた魔王が、リアラさんの頭を一撫でしました。
「リアラ。別れの一言を許す」
「はい、魔王様……」
喜びの涙を流すマルコさんとは反対に、リアラさんは悲しみの涙を流していました。
彼女は、彼のために、全てを投げ打って、働き続けてきました。
けれど、それは……彼女の願いではないのです。
「マルコ……」
リアラさんは涙を流しながら顔を上げ、精一杯の笑顔を浮かべながら、大きな声で彼に向かって叫びました。
「マルコ……大好きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
―………―
その声を聞き、マルコさんはわずかに身じろぎし、顔を上げました。
その顔に浮かんでいたのは、魔王から叱責を受けた狂喜の余韻ではなく。
―……リアラ―
とても穏やかで、温かく、そして何よりも申し訳なさそうな、青年の顔。
マルコさんは小さく彼女の名を呼んで、次の言葉を紡ぐために息を吸い込み。
―……ンンンングァァァァァァァァァァァァ!!??―
「えっ!? マルコォ!?」
次の瞬間、下から盛り上がってきた、しわがれた翁の顔に飲み込まれて消えてしまいました。
突然の出来事に、我を忘れて駆け出そうとしたリアラさんの小さな体を、魔王は抱き止めました。
「マルコ! マルコォ!!」
「行くな、リアラ。……まだ、意志力を残していたか、ガルガンド」
―ワ、ワタジハァァァァァ……!! セカイノ、ガミニイィィィィ!!!―
―オオオオォォォォガァァァァァァッァァ!!!!―
さらに、前代の真古竜まで、出てきました。
それに合わせて、生き物をこねくり合わせたような肉体をしていた偽神の体が黒ずみひび割れ、少しずつ肥大化していきます。
いったい、何が……!?
「ちょ!? あたしがサンシター成分を補充している間にいったい何が!?」
「仔細ない。往生際の悪い異物が出てきただけだ」
我に返った真子ちゃんの言葉に魔王は素早く返し、リアラさんを引きずってこちらへと駆けてきました。
「ど、どうするんですか!? 魔王……さん!!」
「呼びづらければ呼び捨てで構わん。やることは一つ、源理の力を合わせて、彼奴らをこの世界より弾き飛ばす」
魔王は光太君の傍まで駆けていき、そして腕を振ります。
「起きよ、勇者。貴様にも、手伝ってもらうぞ」
「う、ぐ! ……え!?」
次の瞬間には、もう光太君の傷は癒えていました。
光太君は驚いたように手のひらを握ったり開いたりしています。
どうやら動くのに支障はないみたいです……。す、すごい。
「あ、ありがとうございます……」
「礼はいらぬ。この程度雑事だ。ソフィア!! リュウジ!! 手を貸せ!! 貴様らを砲台代わりに使う!!」
―あ、はい! お父様!!―
魔王の一言に、ソフィアさんが我に返ったように、肩を預けていた白銀の竜から顔を上げ……。
……あれ、いつの間に隆司君、竜化してたの……?
「なんか気が付いたらああなってたぞ。直前に“嫁からのprprとかエリクサー過ぎるだろぉがぁ!!!!”とか叫んでた」
「あ、ああ……うん、そうなんだ……」
私の疑問を察してくれたジョージ君の言葉に、曖昧に頷きます。
なんていうか……やっぱり、常識外れだね、隆司君……。
「マコよ! 貴様はリュウジの背に乗れ! ソフィア側には我が乗る!!」
「ああ、はいはい! じゃあ、光太と礼美、そんでサンシターはこっちで、その他大勢はそっちでいい!?」
「かまわん!」
「ま、また雑多にまとめたね……」
バタバタと慌ただしく隆司君たちの背中に乗る真子ちゃんたちを見上げながら、光太君が苦笑しました。
そして、光太君は私に手を差し伸べてくれます。
「礼美ちゃん、手を」
「……うん!」
私は強く頷き、光太君の手を握り、彼に引っ張られながら空を飛びます。
一瞬の間に、私たちは隆司君の背中に飛び乗っていました。
―GUROOOOOOOO!!!!―
―もう何が何だか分からなくなってんな……―
その間にも、偽神の肉体は肥大し、こちらを飲み込もうとしているかのように体を広げていました。
あの偽神をどうにかするために、源理の力を使うと魔王は言いましたけど……。
「具体的にはどうするんですか!?」
「二体の真古竜に意志力を流し込み、混沌言語を練り込み、覇気を伴った一撃を偽神にぶち込ませる!! 理屈としては、貴様らが世界に穴をあけるのに使った方法と変わらん!!」
「あたしらのやった方法が落とし穴に落とすなら、こっちはRPGを直接ぶち込むようなもんだけどね!!」
……ろーるぷれいんぐげーむ?
「礼美のボケにはかまわず行くわよ!! 隆司、準備はいいわね!!」
―当たり前だろ、いつでもこいやぁ!!―
「行くぞソフィア!!」
―はい、お父様!!―
ボケたつもりはないんだけど……。
とつぶやく間もあればこそ、真子ちゃんと魔王が唱えた混沌言語が帯状になり、隆司君とソフィアさんの体の中へと潜りこんでいきます。
潜りこんだ混沌言語が、隆司君の体を駆け巡り、その全身に力を漲らせていきます。
「光太、礼美! あんたたちは意志力を隆司に!!」
「うん!」
「わかった! はぁぁぁぁ!!」
真子ちゃんのいうとおりに、私と光太君は隆司君に意志力を注ぎ込んでいきます。
私たちの注ぎ込んだ意志力が、隆司君の中へと満ちてゆき、強く成長していくのがわかりました。
本来であればお互いに干渉し、うまく働かないはずの源理の力が、隆司君の中で大きくうねり、強い力へと変換されていきます。
―オオオオォォォォォォ!!!!―
そして、隆司君が吠え、口の前に大きな光の球を形成していきます。
真子ちゃんの混沌言語、私たちの意志力、そして隆司君の覇気が一つになって、大きな力の奔流となっていきます……!
「どうせなら~、コウタ様の~いるほうで~!」
「喚くなアルル!!」
「っていうかいい加減諦めろって。往生際悪いぞ」
「私たちがまじめにやらないと、偽神に止めさせないんですよ!」
「ハッ! どんな意志でも構わん!! 意識を集中し、絞り出せぃ!!」
―ハァァァァァァァァァ!!!!―
そして、ソフィアさんの前にも同じ力の塊が生まれています。
あとはこの二つを叩き付ければ……!
―GYAAAAAAA!!!!―
「! 偽神が!!」
しかし自身を追いやるものの存在に気が付いた偽神が、その体を必死にこちらへと広げてきました。
まだ、完全に力が溜まり切っていません。今襲われたら……!
―GYA、GA……これ以上は、させませんよ……!―
しかし偽神の体は途中で止まり、その中から、マルコさんの声が響き渡りました。
「! マルコ!!」
―……リアラ―
聞こえてきた彼の声に、リアラさんが顔をあげます。
涙でぐしゃぐしゃな顔をした彼女に、マルコさんが優しく語りかけました。
―……すまない。いつの日か、許しが出たら……その時は……君ともう一度、最初から……―
「っ!!」
マルコさんのその言葉に、リアラさんが叫び声をあげます。
「マルコォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
―消し飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!―
二体の真古竜の雄たけびが重なり合い、力がぶつかり合い、そして忌まわしき偽神の体を因果地平の彼方へと吹き飛ばしました。
マルコさんと、共に………。
ついに、偽神との戦いにケリが付く。
そして、現れた魔王がすべてを話す。
以下、次回。