No.244:side・remi「万事休す……?」
……あれから、どれほどの時間が経ったでしょう。
私たちは、偽神からの数多くの攻撃を受け、凌ぎ、耐えてきました。
そのたびに、私は盾を、真子ちゃんは魔法を、隆司君はその身を。
各々の力を使い、怪我をして動けなくなってしまった光太君を守り続けていました。
けど、それも。
「ヒュー……ヒュー……」
限界が、近づいてきていました……。
私たちを守るように、前に立つ隆司君。
その全身、いたるところに傷が残り、ぽたぽたと紅い雫を零し続けています。
口から洩れると息が、洞窟の隙間風のように弱々しい音を立てていました。
そんな痛ましい彼の姿を、私は癒してあげることができません……。
いつ、また偽神の攻撃が始まるかわからないから……。
「隆司君、傷が……」
「……いよいよ、覚悟を決める時なのかもね……」
ほぼ無尽蔵だと豪語していた隆司君の体力の限界……。
それが、彼の体に残り続ける傷が表わす意味。
真古竜となった今の彼であれば、この程度の傷は自力で治癒できます。それこそ、一瞬で。
……けれど、それも体力が、覇気が残っていればの話。
真古竜の強さを支えるそれが失われた今……彼の体の傷を塞ぐ方法は……!
「隆司……! クソ……!」
「光太君、だめ! 動いちゃ……!」
隆司君のボロボロな姿を見て、光太君が無理に体を動かそうとします。
私は何とか彼の体を押し止めます。光太君までボロボロになったら、私……!
「……で、隆司? なんか策を思いつきそう?」
「……そういうのはお前の仕事だろ……悪いが、俺には何も思いつかねぇぞ……」
真子ちゃんの言葉に隆司君が偽神を見上げながら、弱々しくつぶやきます。
天高く飛び上がったままの偽神は、ずっと冷静に私たちを観察していました。
私たちを追い詰める時も、終始冷静なままで……。恐ろしいほどに、正確に私たちを攻撃してきました。
「……偽神が、前のままならな……経験も、なくはないし……けど、今回は、違う……」
「具体的には、どう違うの?」
「……前の偽神に、自意識のようなもんは見られなかった……源理の力の割合の……問題なのかどうかは、わからねぇけどな……けど、今回は……マルコを、核に、動いてやがる……」
「……暴走するだけだったはずの力に、厄介なブレインが付いたってわけね」
真子ちゃんは小さく舌打ちしました。
そう、だからこそ……私たちは一撃も偽神に攻撃を加えることができないでいました。
攻撃できれば、あるいは逆転できるかもしれないのに……!
「……真子ちゃん! やっぱり、転移術式じゃ……!」
「……無理よ。だってここ、見た目通りの世界じゃないもの」
私の提案に、真子ちゃんは小さく頭を振りました。
「めまぐるしく、空間配置が変わってる……下手に飛ぼうとしたら、私たちバラバラになる可能性だってあるわ……。しかも、立ち位置がじゃなくて、肉体が……」
「そんな……!」
私は悔しさに歯を食いしばります。
何とかしないと、何とかしないと……!
そう思い、焦るほどに、思考が欠落していきました。
何とかしないといけない。そう思えば思うほどに、頭の中を覆い尽くすのはその文字ばかりになっていってしまいます。
……私には、隆司君のような力も、真子ちゃんのような魔法も、光太君のような攻撃できる意志力もない……。
でも、どうにかしないと……! 隆司君や真子ちゃん……それに、光太君が……!
―そろそろ、頃合いですね―
「!?」
いつ以来ぶりか。偽神の姿が私たちの傍まで下りてきました。偽神の大きな体が、私たちの視界、いっぱいに広がります。
パァンッ!!
幾度となく聞いてきた、乾いた音。
再び聞こえたそれに、思わず目を瞑ってしまいました。
だ、だめ……! 目を閉じたら、皆を守れなく……!
「っちゃー、そう来たか……」
けれど、来るであろう変化の予兆は現れず、聞こえてきたのは真子ちゃんの呆れたような声。
恐る恐る目を開けてみると、私たちの前に浮かぶ偽神の掌の間に、何か小さな光が点っているのが見えました。
その光は、まるで太陽のように周囲に光を撒き散らし、今にも破裂しそうな予感さえ感じさせました。
その光から受ける痛々しい印象に身震いしながら、私は呟きます。
「……あれ、何……?」
「英語で言えば、スーパーノヴァ」
「痛々しい……厨二用語喋ってねぇで……和訳しろ……」
「端的に言えば、超新星」
「ちょ……」
真子ちゃんの言葉に、私は絶句します。
超新星……それは、大きな質量をもつ恒星が一生を終えるときに起こす大きな爆発の事です。
星が爆発するのですから、当然周囲への影響もとても強く、半径五光年以内の惑星をすべて死の星へと変えてしまうほどです。
そんなものが、今、私たちの目の前で破裂したら……!
「……爆発すると出てくるガンマ線的なものは、あたしがなんとかできるけど、爆風の衝撃とか熱は、ちょっと厳しいわね」
―ええ。ですので、残りの力を振り絞って、真古竜殿には皆様を守っていただきたいわけです―
真子ちゃんのつぶやきを補足するように、偽神の声が聞こえてきます。
それは、つまり……。
「……ハッ……つまり、残り全部使いきって倒れろってわけか……?」
―あなたなら、力尽きても死ぬことはありませんでしょう―
その言葉を聞いて、隆司君は背中からでもわかるほど、不敵に笑って見せました。
「……もし、誰も守らず……諸共死ぬ道を……選んだらどうするんだ……?」
お前のいうことなど聞かない。
そう、宣言する隆司君を見ても、偽神は冷静な態度を崩しませんでした。
―それでももちろんかまいませんよ。選択肢は、あなただけではない―
「……チッ」
偽神の言葉に、隆司君が舌打ちをします。
隆司君だけが選択肢じゃない……ソフィアさんを利用することも、マルコさんは計算に入れている、ということでしょうか……?
―さて、どうします? あと少しで、皆さんを消し飛ばすのに十分な力が溜まりますが―
「チッ、しゃーねーな……テメェのいうこと聞いてるみてぇで……癪だが……真子」
「……わかった」
隆司君の言葉に、真子ちゃんはまた私たちと自分だけを結界で覆いました。
そして、目の前の隆司君の傷が、急速に治っていっています。
けど、自然と治ったんじゃない……残った力を振り絞る余力で、勝手に治ったように見えました。
―ルォオオオアァァァァァァァァァァ………!!!―
か細い吠え声が隆司君の口元からこぼれ、その体が淡い発光を始めました。
淡い淡いその発光は、まるで燃え尽きる寸前の蝋燭のように見えて、言いようもなく不安を掻きたてられてしまいました。
「真子ちゃん、隆司君は何を……!?」
「……一番最初の竜になるんでしょう。物理的な盾としちゃ、間違いなく世界最高峰でしょうし」
真子ちゃんの淡々とした説明に、私は悟ります。
隆司君は、残った力を私たちを守るために使おうとしているということを……。
「真子ちゃん、何とかならないの……!?」
「無理よ……あの超新星をなんとかできるだけの魔力を、誰も用意できない……」
「真子ちゃんの……真子ちゃんの混沌言語は、世界の法則を捻じ曲げるんでしょう……!? なんとか、何とかならないの……!?」
「なんとか、したいわよ……でも、無理なもんは無理なのよ……!」
駄々をこねるように叫ぶ私に、真子ちゃんは絞り出すようにそう吐き出しました。
「残った魔力を全部攻撃に回せば、あれを相殺するくらいはできるんでしょうけど、その余波を防ぐまではできない……! 結局、余波を防ぐには隆司の力に頼らなけりゃならない……! でも、超新星を防いだだけじゃ、事態は好転しない……! 手詰まりよ、完全に……!」
「そんな……!」
縋る私を突き放す真子ちゃん。
もう、本当にどうしようもないの……!?
隆司君が、倒れるまで、ただ見ているしか……!?
と、その時でした。
「……な、んだ……?」
光太君が、上を見上げて身じろぎしました。
「何か……来る……?」
「……え? 光太君?」
「なにか、来る。なんだ……?」
うわ言のように呟く光太君につられて、私も上を見上げました。
色彩を七色に変える、不可思議な空。
その向こうに何もないはずのそこから、何か強い力を感じました。
とても強く、そして暖かくて……何より、私たちを引っ張るような、そんな力を。
「真子ちゃん……何か、何か来るよ!」
「はぁ? 何かって、何よ……?」
「わかんない……でも、何か来る!」
「もうサプライズイベントは勘弁よ……?」
私の言葉に、真子ちゃんも空を見上げ。
「……え?」
信じられない、という表情をしました。
「う、そ……どういうこと!?」
「ど、どうしたの真子ちゃん!?」
「なんで、こんなところまで!? え、どうやって!?」
驚いたような不安なような悲しいような……何より、嬉しいような。
そんな感情を表情と声に乗せ、真子ちゃんは頭を抱えるように、髪の毛をかき回しました。
「ああぁぁぁぁ、もぅ! もー!!」
「ま、真子ちゃん!? どうしたの!?」
「一人じゃないのは残念、っていうか無理言い過ぎだけどぉ! けど、すごいタイミング!!」
真子ちゃんはそう叫び、結界を解き、隆司君を後ろから蹴り飛ばしました。
「隆司ストップ!!」
「真子ちゃん!?」
「ゴアッ!? ま、真子……!?」
―何を……? 死ぬつもりですか?―
突然の出来事に唖然となってしまう私。
真子ちゃん、気でも触れちゃったの……!?
真子ちゃんはキッと偽神を睨みつけると、はっきりと言いました。
「死ぬわけない……! 死んでたまるもんですか!!」
―矛盾していますね。私には、かかわりのない―
「いいえ、大いに関わりあるわ!! 何故なら!!!」
真子ちゃんが真上を指差します。
気が付けば、迫る気配が強く濃くなり、その存在がはっきりと感じ取れるほど。
あれ? この気配、まさか……?
「私たちに、助けが来たからよっ!!」
―助け……? そんなものが、ここに来るわけが―
―リュゥゥゥゥゥゥゥジィィィィィィィィィィ!!!!―
大きな音を立てて、私たちの目の前に、大きな竜が着地しました。
黒曜石のように綺麗な黒い鱗に全身をおおわれた、流線型の鋭い体躯を持った竜です。
その竜の口から聞こえてくるのは……。
「そ、ソフィア……?」
―リュウジ! 大丈夫!? 怪我してない!?―
ソフィアさんのものでした。
大きな鼻面を隆司君に押し付けて、ひたすら彼の身を案じるソフィアさんの声を上げる竜。
その竜の背から、ワラワラと人が飛び降りてきました。
「マコ様! ご無事ですか!」
「サンシター! 無事じゃないけど、来てくれたんだー!」
真子ちゃんは飛び降りてきたサンシターさんに飛びつき、抱き着きました。
そして、私たちの元にも、駈け寄ってくれる人たちがいました。
「あ~ん、コウタ様~、ご無事ですか~!?」
「レミ様ぁぁぁぁぁ!! お怪我は!?」
「落ち着けって、ヨハン……さん。こいつらが無事じゃなかったことなんてほとんどねぇじゃん」
「そう言うことじゃないでしょ、ジョージ……」
「みなさん……来てくれたんですか!?」
「もちろんです! このヨハン、レミ様のためであれば、どのような場にでも現れます!!」
「っ……!」
ヨハンさんの言葉に、私は少しだけ涙ぐんでしまいます。
ヨハンさん……みんな……!
「コウタ様~、しっかりしてください~!」
「すいません、アルルさん……でも、どうやってここまで?」
アルルさんに抱き上げられながら、光太君が周りの人たちに問いかけました。
それに答えたのは、フィーネ様でした。
「それは……あの人のおかげなんです」
「あの人?」
そういってフィーネ様が指差した人物は、隆司君をペロペロ舐めるソフィアさんの背中から、リアラさんと一緒に飛び降りて、偽神と相対しました。
その人物を前にし、偽神は目を見開いて、その名を呟きました。
―魔王、さま……?―
「……え?」
かつて女神を誘拐し、魔王国に四天王の皆さんを生み出し、そして今まで姿を見せなかった魔王。
それが、今、私たちの目の前に……?
「――マルコ」
魔王が、ゆっくりとその口を開き始めました……。
偽神の前に現れた魔王。
その口から、目の前の家臣への想いが語られる。
以下、次回。