No.243:side・Another「救われた世界で ―アルト編―」
すべてが終わった……。
偽神は世界の穴へと落ち、世界は崩壊の危機から救われた……。
しかし……。
その一方で失われたものは、あまりにも大きかったのです……。
「リュウジ……リュウジィ……」
「おいあんた魔導師だろ!? 何とかあいつら引き上げられないのかい!?」
「やってるよ!! けど、世界に穴をあけたのは、真子のオリジナルの魔法だから……!」
私の視界の片隅で、カレンさんがラミレスさんに掴みかかっている。そばでは、ソフィアさんがボロボロと涙をこぼしていました。
結界が剥げ、偽神がいなくなった後、私たちが見たのは呆然とするヴァルト将軍とラミレスさんの姿でした。
二人は沸き立つ我々に対し、こう言った。
……勇者たちが、偽神に引きずられて世界の穴から落ちてしまったと。
「何故……何故レミ様とコウタ様が偽神に引きずられたのです!?」
「それを見ていて~、何もしなかったんですか~!?」
「偽神が落ちた……いや、穴の中に触れた瞬間、すべてが一瞬にして消え失せたのだ……。穴も、偽神も……勇者たちも……!」
詰め寄るヨハンさんとアルルさんに対し、失意に項垂れたヴァルト将軍はただそう語りました。
……彼らは、元々この世界の人間ではありません。
あるいは、いつの日にか来る別れが、今日、この瞬間だっただけなのかもしれません……。
それが、偽神につれられるという形でなければ。
「マコ様……どうか、無事で……」
私の傍では、地に膝をつき、一心に祈りをささげるサンシターさんの姿もあります。
多くのものが不安を抱いて各々の持ちうる手段で勇者の皆さんを思っています。
ただ悲嘆にくれるもの。ヴァルト将軍に怒りと悲しみをぶつけるもの。ラミレスさんを手伝おうと、マコさんたちを探すもの。サンシターさんのように、その無事を祈るもの。
そのすべての感情が、今この場にいない勇者の皆さんに向けられていました。
多くのものたちが彼らを慕い、敬い、そして憧れていた……それを、強く感じさせます。
叶うことであれば、彼らとの別れは穏やかであってほしかった……。それは、決して欲深い願いではなかったはずです……。
だというのに、何故、彼らは偽神に連れられてこの世界との別れを告げねばならなかったのか……。
「何故です、女神様……」
私は小さくつぶやき、いまだ目を覚ますことのない妹の体を抱きしめました。
体は暖かく、その胸からは鼓動の音も聞こえてくる。
だがしかし、意識だけは戻らない。
普通であれば、起きていてもおかしくない状況にあって、アンナは目を覚ましませんでした。
それは、何故か。その答えをくれるものは、ここにはいませんでした。
……きっと、彼らなら……。
……ああ、私は、やはりダメな男だ……。
今、彼らが危険な目に遭っているかもしれないというのに、また彼らに頼ろうとしている……。
(――い様……)
誰も、口にはしません。しかし、誰もが同じことを持っているでしょう。
……彼らの立てた計画では、偽神は生きている。
ならば、彼らが偽神に連れ去られた彼らは、その先で戦っているはずなのです。
(――兄様……)
確かに、彼らの力は強い……。
しかし、残された伝承において、勇者の勝利のために、多くの命が犠牲になったとありました。
それが、偽神との戦いでの戦禍を示すのであれば……。
(――お兄様ってば……)
彼らだけで、本当に偽神に勝てるのか……。
あるいは、彼らだけd。
「おぉ兄様ってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
瞬間、意識がブラックアウト。
……気が付いた時には、何故かケモナー小隊の三騎士が、立ち上がったアンナにひたすら頭を下げている光景が目の前にありました。
「っていうかなんで誰も気が付かなかったんですの!? わたくし、必死に皆様に語りかけていましたのにぃ!!」
「スンマセン、スンマセン!」
「鈍感ですいません! 鈍くてすいません!!」
「ぐわぁー!! アルト王子に気が付いてもらえなくて若干涙目なアンナ王女の破壊力まじぱねぇー!!」
「おだまりゃぁ!!」
「……あの、誰か解説を」
「なんと説明したらいいのかニャー……」
アンナが見事なローリングソバットをCさんの顔面に決めているのをぼんやりとした眼差しで見つめていると、同じような眼差しをしたミミルさんが私の隣で頭を掻いていました。
「まあ、端的に説明するとだニャ? アンナ王女のアパカが王子の顎にクリーンヒット。その光景に粟食った三騎士が駈け寄ってきて、涙目の王女様の八つ当たりの標的にされてるニャ」
「はあ」
私はミミルさんの説明に頷くしかありませんでした。
っていうか、ホントさっきまで何しても目を覚まさなかったのになぜ……?
「大体、あなたたち……あ! お兄様!!」
「アンナ……とりあえず無事でよかったよ……」
「大事な妹が無事助かったというリアクションとテンションではありませんわよ!?」
おおむね、君のせいだよ。
という言葉を飲み込み、私は立ち上がります。
ゆっくりとアンナに近づき、そっとその体を抱きしめます。
「……でも、本当に無事でよかったよ」
「……はい、お兄様……!」
アンナが、こみ上げる何かを堪えるようにしゃくりあげ、私の体を抱きしめ返しました。
アンナ……本当にすまなかった……。
お前は、ずっと一人で戦っていたんだよね……。
「……それで、アンナ。どうしてすぐに起き上がってくれなかったんだい?」
「あ、それはですね……」
「な、なにをする貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「「!?」」
アンナが私の疑問に答えようと瞬間、ガオウ君の悲鳴じみた叫び声が聞こえてきました。
慌ててそちらの方に顔を向けると、いつの間にか現れた黒衣の偉丈夫の足元に倒れている、ソフィアさんの姿が目に入りました。
ガオウ君が剣を構え、ヴァルト将軍とラミレスさんがその男を見て硬直している以上、下手人は……!
「あ、あの方は……」
「ミミルさん! アンナを!!」
「わかったニャ!!」
「お、お兄様!? 待って!」
ミミルさんに後を任せ、私は黒衣の男に駆け寄ります。
素早く剣を引き抜き、斬りかかる前にその男に誰何しました。
「何者だ!! 魔竜姫殿に何をした!!」
「―――」
男がゆっくりと振り返ります。
不揃いなざんばらの髪に、刃のような鋭い眼差し。
端正な顔立ちですが、それはまるで作り物であるかのようで、奇妙な違和感を抱かせます。
来ている黒衣はまるで襤褸のようで、とても長い時間風雨にさらされたような様相でした。
立ち振る舞いからして、何らかの戦いを生業としている人物でしょう。当然、こんな方に見覚えはありません。
ですが、私が剣を抜いたのは、それだけが理由ではありません。
「っ……!」
男の傍に立ち、私は確信します。
この男が発する気配は、偽神の持つそれに近い……!
この世界にあってはならない、強烈な違和感。それが、この男からにじみ出ている……!
偽神ほど強くはなく、しかしてはっきりと感じ取れるその気配を前に、私は己を奮い立たせます。
この男が何者であったとしても……勇者様たちがいない今は、私が……!!
「――ヴァレス・アメリアの子孫か。いい顔つきだ」
「……え?」
その男の口からこぼれたのは、郷愁の想い。
そして、その名は初代アメリア国王の名。
見上げれば、男の顔は笑みの形に歪んでいました。
不慣れではありましたが、温かみのある、そんな笑みでした。
「ど、どうしてその名を……」
「う、ぅん……」
「ソフィア様!!」
「ソフィア様ぁ!!」
突然の出来事にひるむ私の耳に、小さなうめき声が聞こえてきました。
見れば、ソフィアさんがゆっくりと体を起こし、軽く頭を振っています。
駆け寄るマナさんとガオウさんがそばに屈みこんで、彼女の容体を窺いました。
「ソフィア様、お怪我は!?」
「あの男に、いったい何を!?」
「え、あ……だい、じょう……ぶ……?」
大丈夫と言いながら、ソフィアさんは頭を振ります。
何か、頭の中に突然植えつけられた何かに戸惑っているようにも見えました。
そんなソフィアさんに、黒衣の男が近づいていきます。
「仔細ないか、ソフィア」
「え、あっ。はい……」
傍に立った男の問いに、ソフィアさんは小さく頷き、そして立ち上がりました。
「あの、お父様……これは、いったい……?」
「なに。渡し忘れていた、最後の一欠けを今、手渡した。これで、お前も竜種であり、真古竜だ」
「え!? つまり、リュウジと一緒!?」
「うむ」
「リュ、リュウジと、一緒……! エヘ、エヘヘ……」
リュウジさんと一緒、と聞いたソフィアさんの顔がだらしなく笑み崩れます。
その顔はとても幸せそうで、今にも蕩けそうで、見ているこちらが恥ずかしくなるような笑みでした。
……しかしその一方で、聞き逃せない一言も出てきました。
「えっと……お父様……?」
「貴様の父ではないぞ」
「いえ、そういうことでは」
私の一言を聞き咎めたらしい黒衣の男の言葉に思わず手を振って否定していると、男の傍にヴァルト将軍とラミレスさん、そして遅れてリアラさんが片膝をつきました。
そんな彼らの様子を見て、黒衣の男はゆっくりとこう言いました。
「……我がおらぬ間の国の守護、大儀であった」
「ハッ、もったいなきお言葉です。魔王様」
ヴァルト将軍の言葉が、彼の正体を決定づけました。
彼が……この世界を救い、そしてかつてアメリア王国から女神様をさらった魔王……!
そんな魔王に、アンナが駈け寄り、ぺこりと頭を下げました。
「あの、えっと……助けてくださいまして、ありがとうございます! 魔王様!」
「うむ。気にするな。かつて過ちから奪ってしまったものを、返しただけだ」
「ま、待つんだアンナ! 助けてもらった? どういうことだ!?」
「キャ!? お、お兄様! 落ち着いてくださいまし!?」
私もあわてて駆け寄り、アンナに詰め寄ると、魔王が私を落ち着かせるように肩を叩きました。
「落ち着け、お兄様」
「あなたのお兄様じゃないですよ!?」
「うむ。わかっている」
人を食ったような態度で私を翻弄する魔王。
思わず激昂しかけますが、機先を制するような動作で魔王は私の目の前に手のひらをかざしました。
思わず息を呑む私を、魔王はまっすぐに見つめてきました。
身にまとった黒衣と同じ、光を吸い込むような黒曜の瞳を見つめていると、すっと心の中のざわめきが落ち着くのを感じました。
「――落ち着いたか」
「……はい、幾分かは」
「よいことだ」
私が頷くのを見て、魔王は満足そうに手のひらを下します。
「……疑問に答えよう。まず、貴様の妹。偽神の意志力を供給する役割の中で、意志力が枯渇していた。故に、預かり物を譲渡し、難を逃れたのだ」
「はい! その通りなのですよ、お兄様!」
「いや、待って。いろいろと説明をすっ飛ばしすぎてて、何が何だか……」
「そして、貴様らが勇者と呼ぶものたち」
次々に湧き出てくる疑問を口にしようとする私より早く、魔王が口にしたその言葉にその場にいた全員が息を呑みました。
魔王が黙り、私を見つめます。
それに伴い、皆の視線も私に集まり、私は皆を代表して口を開きました。
「……皆様は、勇者様たちは、今、どこに?」
「この世界に属しているが、この世界ではない場にいる。我も、先ほどまでそこにいた」
魔王はヴァルト将軍たちの方へと向き直りました。
「……ヴァルト、ラミレス。アンナ王女と協力し、道を開けよ」
「「ハッ」」
「……頼めるか? アンナ王女よ」
「もちろんですわ!」
魔王の指示を受け、動き始める三人。
私が視線で問うと、魔王は小さく頷きました。
「これより道を開ける。彼らの元へとたどり着くための道を」
「では、皆さまは……!」
「だが、道を開けるだけでは足りぬ……彼らのいる場は、極めて不安定だ。常に移ろい、正しくとらえる手段はほとんどない」
その場にいる皆が、魔王の次の言葉を待ちます。
「――そこへ確実に至るために、協力してほしい。人の子たちよ」
「――ええ、もちろんです。そのために、私たちはきっと、この場にいる」
私は頷きます。
きっと、彼らだけでもこの世界を救うことはできた。
我々がここにいるのは、きっと……。
彼らを、救うためだ……!
王子は決意と共に、魔王と力を合わせる。
果たして、勇者たちは救えるのか?
以下、次回。