No.239:side・Another「偽神放り出し作戦 ―アルト編―」
「っし! 最後の〆よあんたたち! 配置につきなさい!」
「アラホラサッサー!」
「光太君! 私たちは向こうに!
「うん!」
駆けだす皆さんの背中を見ながら、私はリュウジさんが提唱した作戦の内容を思い出していました。
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「……気楽に行こう、って言った以上、なんか策はあるんでしょうね?」
「お? ああ、一応な」
「どんな策だ? それは、今から準備が可能なのか?」
ヴァルト将軍の言葉に、リュウジさんはしっかりと頷きました。
「ああ。で、その前にだ。俺はこれを機会に、この世界にはびこるすべての害悪を一掃したいと考えてる」
「うん……できれば、全部にケリをつけたいよね」
「そのために消すべきは、偽神の遺骸とガルガンド……この二つだ」
リュウジさんが指を立てて示したその二つに対し、ラミレスさんが首をかしげました。
「単なるアンデットのガルガンドはともかく、偽神の遺骸って確か、何しても消せなかったんだよね?」
「おう。腐りトカゲの覇気最大攻撃でも、当時の魔王が使った極限消滅魔法でも消えなかった。まあ、偽神が新たな世界の土台なら、世界に内包される存在に世界を消せるはずもねぇ。これは当然の話だ」
「ならば、とりあえずガルガンドだけ倒せればよいのではないか? 無理に偽神の遺骸を消さんでも」
ガオウさんのもっともな言葉に、リュウジさんは首を横に振りました。
「いや、偽神の遺骸の消滅は必務だ。なぜなら、ガルガンドは偽神の遺骸の中に自分の魂を切り分けて保存する術を持ってる」
「え……どういうこと!? 隆司君!?」
予想だにしない言葉に、皆に緊張と驚愕が走りました。
リュウジさんは、真剣な表情のまま、私がマルコの研究室で見つけた黒い本を取り出しました。
「ああ。例の、マルコの日記帳を読み進めてみたんだが、ガルガンドを作る際のベースにした素材の一つに、最果ての地で見つけた不可思議物質を使ったと書いてあった。文脈的に、最果てってのは偽神の遺骸のある方向の事だろうから、使ったのは偽神の遺骸の欠片だろう」
リュウジさんの言葉に、ヴァルト将軍が首を横に振ります。
「だが、それだけで、ガルガンドがそのような技術を持っているとは……」
「マコ。確かガルガンドは、貴族領反乱鎮圧の時に確かに倒したんだよな?」
ヴァルト将軍の言葉を無視して、リュウジさんがマコさんに問いかけました。
マコさんは肩を竦めながら答えます。
「一応、ね。結果はみんな知っての通りだけど」
「だが、ほぼ同時刻に、ガルガンドはアメリア王国の王都に出現してる。普通なら、これは矛盾してるだろう?」
「……そうか、そういうことね」
マコさんが、天啓を得たように何かを閃いたようです。
「え、真子ちゃん何が分かったの?」
「ほら、思い出しなさいって。元々ガルガンドはアメリア王国の偵察をやってたけど、その時、何を使って偵察してたっけ?」
「……え? 名前を言ってはいけない例の生き物だよね?」
「かふぅ」
コウタさんの言った名前を聞いた途端、マコさんが突然倒れました。
って、どうしたんですかマコさん!?
「ああ、ごめん真子ちゃん!?」
「……マコはどうしたんだい?」
「気にしないでやって。それはともかく、ガルガンドは名前を言ってはいけない例の生き物に意識を乗り移らせて、アメリア王国を視察してたわけだが、その具体的な方法について知ってるやついるか?」
その質問を聞き、ヴァルト将軍とラミレスさんが顔を見合わせました。
「……そういえば」
「あたしたちも知らないねぇ……まさか?」
「そう。ガルガンドは自身の魂を切り離して、それぞれの器に乗り移らせることで、複数の場所で同時に行動するのさ。いちいち複雑な式を組むより、こうした方が情報の鮮度を保てるしな」
「そのような方法があるのか!?」
「あ、あるわ……。魂の存在を確立された……前世界で、か、混沌言語をつかったたたたた………」
何とか立ち上がってこたえようとするマコさんを、レミさんが慌てて支えました。
「真子ちゃん駄目! 無理しちゃいけないよ!!」
「誰かこいつにサンシターのブロマイドでも持たせとけ……。まあともかくだ。この方法を使えば、無機物に魂を宿らせることでほぼ不死の存在になれる。その代り、覇気と意志力に極端に弱くなるんだが。この世界で言われてる不死者の元でもあるな」
「それが事実であるとするのであれば、偽神の遺骸を消さぬ限り、ガルガンドもまた……」
「そう言うことだ。自意識を保てる魂は一つだけだが、だからと言って別のものに宿った魂が消えるわけじゃねぇ。偽神の体が消滅させられない以上、偽神の中のガルガンドの魂を消す方法はないに等しい」
リュウジさんの言葉は、我々にとっては絶望の囁きに等しい言葉でした。
つまり我々がこの場で偽神を倒して勝利したとしても、ガルガンドが死滅するわけではない、ということ。
最悪、何千年も後に、また同じことを繰り返す可能性がある……。偽神に近づくなと言葉を残しても、それが完全に伝わるという保証もない以上、ガルガンドが二度と蘇らないという保証はないのです。
私は絶望を感じつつ、リュウジさんに問いかけました。
「そんな……! それじゃあ、どうしたら……!?」
「そこで、一言。私にいい考えがある」
「それは失敗フラグだよ隆司……」
なぜかそのセリフを聞いたコウタさんが、呆れたような顔になりました。
それ大してリュウジさんが、心外だというように首を振りました。
「馬鹿いえ。これ以上の良案はねぇぞ?」
「具体的には?」
「偽神の肉体を消すことはできねぇ。だが、偽神自身に移動してもらうことはできるはずだ」
リュウジさんの言葉に、理解が及びません。え、えーっと……?
「……つまり、どういうことなの?」
「つまり、復活した偽神にこの世界の外へ出て行ってもらおうってわけさ」
……やっぱり、何を言ってるんだかわかりません。偽神を復活させるという前提もそうですし、さらに世界の外に出て行ってもらうって。
よろよろと立ちあがった真子さんが、蒼い顔をしながら、私たちの心情を代弁してくださいました。
「それ、マジで言ってんのあんた……?」
「お帰り真子。ちなみに大マジだぜ。少なくとも、俺たちの世界とこの世界がある以上、世界と世界の間に空間……というか隙間はあるはずだ。そこに放り出す」
ああ、そういえば皆様は別世界の人たちでした……。すっかり忘れていましたが……。
それを考えれば、確かにリュウジさんのいうことにも一理あるかもしれませんが……。
「いや、確かに理屈としてはそうかもしれないけど……ど、どうやって!?」
「偽神が出現すると、世界の源理法則自体が緩む。その隙を狙って、“世界”の壁に穴をあけて、そこに偽神を叩き込む」
リュウジさんの大雑把な説明に頭痛がするというように、ラミレスさんが首を振ります。
「もうなんか抽象的すぎてよくわかんなくなってきたよ……。穴って、どうやって開けるのさ?」
「俺たちを召喚するときに使った、召喚式。あれを使う。真子、覚えてるか?」
「一応、混沌玉に転写してはあるけど……使えるの?」
いえ、確かにあの式で皆様を召喚しましたけど……。けど、世界に穴をあけるなんて……。
思いはすれども口にはできず、私は事の推移を見守ることしかできません。
「仮にも人間を四人、普通であれば繋がるはずもない場所から引き込むだけの力はその術式にあるはずだ。燃料には、俺と光太と礼美の源理の力を使う。いけるか?」
マコさんはしばらく腕を組んで考えるようなそぶりを見せ、それから難しい表情で顔を上げました。
「……いや、まあ、応用次第では行けると思うけど……場合によっちゃそのまま世界の境界線が消えるわよ?」
きょ、境界線が消えるって……いったいどうなってしまうのでしょうか……?
「じゃあ、不安定な場を包む感じで安定した場を作る。この城に、力場を作るっていうか、安定させる系の魔法道具とかないか?」
皆が抱く不安をよそに、リュウジさんは意見を変える気がないのかヴァルト将軍とラミレスさんに問いかけました。
お二人は顔を見合わせて首をひねります。
「いや、そういうのは……」
「……まあ、リアラの研究室をさらえば、それっぽいのはあるかもだけど……」
その言葉を聞いて、リュウジさんが力強く頷きました。
「OK。なら、それを使って、フィーネをはじめとする魔導師諸君に頑張ってもらって穴と偽神とを包む感じで結界を作ろう。最悪俺たちまで世界の隙間におっこちるが……まあ、そこはあれだ。祈れ!!」
「肝心な部分が駄目じゃないか!? ホント大丈夫なの!?」
「だーいじょうぶ、いけるいける!!」
コウタさんの言葉にもめげず、リュウジさんは何度も頷きました。
ほ、ホントにそれでいいんですか、リュウジさん……!?
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その後、それ以上の案が見つかることもなく、結局リュウジさん発案の“偽神放り出し作戦”を決行することとなったわけです。
今でも不安の方が強いですが……もう、ここまで来てしまったのです。
やるしか、ない……!
「フォーメーショントライアングル!!」
「真子ちゃん! 立ち位置に付いたよ!!」
「OK! それじゃあ……! 出でよ紅き霊王!!」
マコさんは気合を入れるように呪文を唱え、紅い宝玉を四方へと配置します。
同時に始まる高速詠唱。私の耳にはただの音の羅列としか聞こえないそれが、やがて空間を軋ませ、罅を入れ、辺りに不穏をまき散らしていきます。
「……!」
背筋が凍る……いや、背骨を掴まれているような、嫌な感覚が走ります。
本来であれば、経験するはずもない悪寒。それは、世界が壊れてしまうかもしれないという予感を感じさせました。
それを感じ、私は素早くフィーネに指示を飛ばします。
「フィーネ! 今です!!」
「うん! ラミレスさん!!」
フィーネが通信用の水晶に激を飛ばすと同時に、勇者の皆さんと偽神を覆い隠すように不透明な結界が現れます。
次の瞬間、リュウジさんたちが囲む真子さんの頭上に黒い落雷のような罅が出現し、ガラスが砕けるような音を立てて割れ、そこに“穴”が出現しました。
「さあ、偽神! この向こうが、あんたの望む新世界よ!!!」
―ぎ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??―
偽神の悲鳴が響き渡りました。
“世界”に“穴”が開く……。
我々にとっての切り札のはずのそれを前に、私はどうしても悪寒を押さえずにはいられませんでした……。
最後の切り札、偽神放り出し作戦。
果たして、作戦はうまく行くのか?
以下、次回。