No.238:side・Another「王女、救出 ―アルト編―」
―きぃさぁまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!―
「ッチ。うっせーな」
「うぐっ……!?」
リュウジさんの不在に気が付いた偽神が、怒りに吼え猛り、その身を震わせます。
その凄まじいまでの爆音を受け、私は思わず膝をついてしまいますが、リュウジさんは煩わしそうそうな表情のまま平然と立っていました。
コウタさんも当然、そしてレミさんとマコさんもしっかりと自分の足で立っていました。
これが、勇者……!
「みなさん、すごいですね……」
「え? ああ、俺は体重重いし」
「あたしらまでいっしょくたに重いみたいなこと言うんじゃねぇわよ!!」
リュウジさんの言葉を聞いて、マコさんが怒りを吐き出しながら膝を頭に叩き付けました。
そんな光景を呆然と見つめる私の肩を、コウタさんが軽く叩いてくださいました。
「ええっと、リュウジのは極論ですよ。なんていうか、こう、慣れなんですよね」
「慣れ、ですか……」
「ええ。戦ってるうちに、なんか慣れちゃうんですよ」
そう言って笑うコウタさん。その顔にはわずかな緊張が見受けられましたが、嘘を言っているようには見えませんでした。
……慣れ、ですか……。
信じ難い話ではありますが、偽神との戦闘経験は間違いなく、皆様の方が高いはず……。
私も、皆さまを見習いませんと。
「さてと」
そう決意し、拳を握る私のズボンのベルトを、リュウジ様ががっしりと握りました。
なんというか、その、投擲物を握るような感じで。
「……あの、リュウジさん。これから何をなさるんでしょうか?」
「あの偽神の中からアンナを引きずり出す」
リュウジさんから告げられた言葉に、私は硬直しました。
……それは、つまり。
「アンナを助けられる算段が付いた、ということですか?」
「おおむねな」
頷くリュウジさん。
……今回の作戦において、アンナが偽神の中へととりこまれたままになるであろうことは、あらかじめ告げられていました。
しかし、実際にその事実に直面してしまうと、助けられるはずだったリュウジさんへの怒りが沸々と湧いてきました。
……私は瞳を閉じ、大きく深呼吸します。
いけない、心を乱しては……。
リュウジさんは、すべてにケリをつけると仰った……。そして、それに賛同したのは私だ。こうなる可能性も、教えていただいたうえでだ……。
この上で、リュウジさんを恨むのは筋違いだ……。彼は、こうなった場合は自分が全力を尽くすとも仰った……。
なら、私は私がやるべきことをやらねばならない。リュウジさんが、そうするように。
私は目を見開いて、偽神を睨みつけます。
―ケェアァァァァァァァァァァァ!!!!―
けたたましい叫び声が響き渡り、その声が私の体を揺さぶります。
私は、もう膝をつきませんでした。
「……ならば、行きましょうリュウジさん。アンナを、救うために」
「ああ……掴まれ!!」
「はいっ!!」
リュウジさんの言葉に従い、私はリュウジさんの服を掴みます。
―死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!―
偽神の咆哮と共にその胴体部分から飛び出した何かを、リュウジさんは背中の翼を羽ばたかせて回避。私はその強引ともいえる跳躍に引きずられるように地面を飛び上がりました。
「うぐっ……!」
圧倒的な風圧から逃げるように逸らした視線の先では、私たちが先ほどまでたっていた地面から黒い炎が立ち上っているところでした。
見るからに異様なその炎は、形こそ炎であるというのに、まるで熱を感じません。……あんなものを叩きつけられていたら。
「ぼんやりとしてる時間はねぇぞ!! すぐにぶつかる!」
「っ! は、はい!!」
リュウジさんの怒鳴り声に我に返り、私は何とか前を見据えます。
偽神の体が一気に近くまで迫り、その体表を滑るようにリュウジさんが上昇していきます。
―ああ、魔王様ぁ!! 魔王様ぁぁぁぁぁ!!―
聞き覚えのない若い男の声と共に、私たちを取り囲むように黒い手が生えてきました。
「! リュウジさん! 偽神から距離を……!」
「駄目だ! お前を抱えたまま、偽神の腕を掻い潜るのは厳しい!!」
リュウジさんはそう言いながら、何とか黒い腕から逃れようとします。
しかし、数が多すぎます。このままでは……!
「現世に輝く鋭き滅光!!」
私が諦めかけ瞬間、マコ様の呪文と共に無数の輝きが黒い手を打ち滅ぼしました。
「すごい……!」
「っぶねぇ!? マコのアホ、こっちにアルトがいるの忘れてんじゃねぇだろうな!?」
驚嘆する私に振りかかりかけた火の粉を払いながら、リュウジさんが偽神の体を登っていきます。
そして、次々と降り注ぐ、私たちへの援護。その形は、光る剣であったり、拳大のハンマーであったり、先ほどの星々だったり。
みなさん、感謝します……!
「もうすぐ顔面だ! 覚悟決めろ!!」
「はいっ!!」
リュウジさんはそう言いながら偽神の胸を、首を、顎を登っていき、顔に差し掛かった辺りで、一気に距離を取りました。
瞬間、私たちのいた場所に殺到する黒い腕。危ないところでした……!!
―ケェアァァァァァァァ!!!―
「いくぞ、アルトォ!!」
「はいっ!!」
近すぎるせいで全貌が掴めない偽神が叫ぶのを見ながら、リュウジさんが私を大きく振りかぶります。
それに負けないよう、私も全身を力ませました。
「おおおぉぉぉぉ!!!! 必殺のアルトシュートォォォォォォォォ!!!!」
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そして、勢いよく腕を振るい、私を投げつけました。
回転する視界の中で、リュウジさんが偽神の腕に捕まってしまったのが見えました。
「………ッ!!」
私は歯を食いしばり、体の回転を制御し、偽神へと向き直りました。
ここまで来て、泣き事はなしだ……!
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
手にした剣に意志力を込め、私は大きく構えます。偽神に見せつけるように。
―ヒィハァァ!! 無駄だぁぁぁぁぁぁ!!!―
私の手にした刃を見てか、偽神が額をぶつけるように動かしました。
そして私が接する部分……刃が突き立てられようとしている部分から、胸像のようにアンナの姿が現れました。
その両の瞳は閉じられ、まるで眠っているようにも見えます。しかし、顔に生気を感じることはできず、まるで彫刻のような印象さえ受けました。
「……ッ!! アンナァ!!!」
その姿を確認し、私は剣を捨てました。
そして、そのまま素手でアンナに取りつき、勢いよく意志力を流し込みます。
「目を覚ますんだぁ! アンナァ!!」
―ぐげぁヵぁあぁ!!??―
私の取った行動に、偽神が苦しみの声を上げました。
新たな源理となった偽神に対して、もっとも純粋な意志力が効果的である……リュウジさんの言葉通り……!
けれど、私の意志力だけではアンナを切り離すまでには至りません。
抑え込もうとしても、少しずつ偽神の体の中へ……!!
「ぐ……! アンナァ……!」
―無駄だと言っているぅぅぅぅぅぅぅ!!―
偽神の言葉を証明するように、少しずつアンナの体が奴の中へ……!
と、その時。
ゾンッッッ!!!!
「う、わぁ!?」
―ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???―
一瞬にして私の体の周りを何かが駆け抜け、偽神の体を斬り裂き、アンナと私を偽神の体から引き離しました。
一瞬振り返った私の目に、黒曜の翼をもつ竜姫の姿が写りました。
まだリュウジさんに会えないから、遠くから私を援護する機会を図ると言っていましたが……ありがとうございます、ソフィアさん……!
―ああ、あ、あげぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??―
「触んな変態!!」
アンナを求めるように伸ばされた偽神の腕がリュウジさんによって弾かれ、同時に転移術式によってマコさんが私の傍に現れました。
「隆司、タイミング!!」
「任せろ! アルト!!」
「はいっ!!」
お二人の声に合わせ、私は自身の意志力を高めていきます。
祈ること……想うことはただ一つ。
女神よ、どうか……私の妹を……!!
「混沌檻ッ!!」
―ルオオオオォォォォォォォォォォ!!!!―
私とアンナの体をマコさんの魔法の檻が覆い、そこに被せるようにリュウジさんの覇気が私たちを包み込みます。
その二つの源理の力に引きずられるように私の体の中から意志力が湧き上がってきます。
どうか、女神よ……!
吹き出す意志力。包み込む覇気。結ばれていく混沌言語。
目も開けられないほどの光の奔流の中で、私は微かに、アンナが私の名を呼んだのを聞いた気がしました。
「――……子! アルト王子!!」
そして、気が付くと、私はアンナを抱きしめながら地面に体を横たえていました。
私を呼ばわる声に慌てて目を開くと、レミさんが私を覗き込んでいました。
「大丈夫ですか!?」
「は、はい……」
私は体を起こし、抱きしめていたアンナの顔を見下ろします。
ゆっくりと胸を上下させるアンナの顔は、ほのかに赤みが差し、彼女がしっかりと生きていることを私に教えてくれました。
「……アンナ……よかった……!」
「はい、アルト王子! 本当によか――」
ビタァァァァァァァンンン!!!!
涙ながらに喜んでくれたレミさんの言葉を遮るように、痛々しい音を響かせながら、リュウジさんが地面にたたきつけられました。
えっと……今の音から察するに、受け身取りませんでしたよね……?
「……あの、リュウジさん……?」
「……嫁がそっぽ向いて俺から遠ざかっていった…… 死 に た い ……」
「あ、あー、まあ……」
私を援護してくださったあと、一目散に遠ざかっていきましたよね……。
私が何と声をかけるか迷っていると、そんなリュウジさんの真上に“10t”と書かれた鉛色の分銅が落下し、押しつぶしました。
そしてその上にひらりと降り立ったマコさんが、足元にいるであろうリュウジさんに向かって吐き捨てるように言いました。
「死ね。氏ねじゃなくて死ね」
「お前いよいよ殺意を隠さなくなってきたね」
ズボォ!!と勢いよく分銅を持ち上げるリュウジさん。
重さ自体は大したことないのかと思っていましたが、リュウジさんが横に放り投げた分銅が半分ほど地面に音を立てて埋まるのを見て、顎が外れるかと思いました。どんだけ重いんですかこれ。
アンナを助けることができた安心感から、へたりと腰を落とした私に、偽神の悲鳴が聞こえてきました。
― ぐ げ あ がぁぁァァァァァァァァァァ!!??―
「!? な、なんです!?」
「……偽神を構成する源理の供給源の一つを取ったからか?」
私たちが見ている前で偽神は苦しみ、もがき、そして暴れはじめます。
その姿はまるで自身の体を引き裂かれる苦しみに耐えているようです。
私はリュウジさんを見上げました。
「源理の供給源……?」
「アンナさ。アンナは、偽神の意志力を供給していた。あの偽神の苦しみ方からすると、たった一人で」
リュウジさんはアンナの顔にかかった髪をかき上げながら、難しそうな顔をしました。
「元々お前さんの一族は、偽神に止めを刺した勇者の末裔。潜在的な意志力の発現力は当然この世界でトップクラスだろうさ。さすがに女神もついてないこの子一人で偽神の意志力を賄っていたとは思わんかったが……」
「じゃ、じゃあ、アンナちゃんが偽神から引きはがされた今……」
「最悪、このまま偽神が死ぬな」
「そんな!?」
リュウジさんの言葉に、レミさんが悲鳴を上げます。
声こそ上げませんでしたが、私も息を呑みました。
それでは、我々の作戦が……!
「な、なんとかなりませんか!? 今、偽神に死なれては……!」
「さすがに四、五分で死ぬことはねぇだろうが……てっきり、アンナ以外にも偽神に組み込まれてる連中がいると思ってたからな……」
弱り切った顔で頭を掻くリュウジさん。
そんな彼の様子に、私はもっと焦ってしまいます。
「何をそんなのんきな……! 急がないと、私たちのやってきたことの意味が……!」
「みなさん! お待たせしました!!」
焦るあまり、リュウジさんに掴みかかろうとした私の耳に、一人の少女の声が響きます。
その声は、今この場においては何よりも救いの声……。
「指定されたポイントに、マーカーを設置してきました! いつでも行けます!!」
我が国が誇る宮廷魔導師の、フィーネのものでした。
響き渡る少女の声。それが告げるもの……。
それは偽神の終焉。
以下、次回。