No.237:side・mako「偽神との戦い」
「瞬け閃光……現世に輝く鋭き滅光!!」
あたしが呪文を唱えると同時に、偽神の体の周りにいくつもの光が瞬き、一斉に偽神へと集中していく。
この光、一つ一つが元始之一撃をある程度劣化させた光球だ。それが、数にして一千、目標に対して殺到する。
普通なら大型の混沌の獣にぶつけて一撃必殺を狙う魔法だけど。
―むぅぅぅぅだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!―
ガルガンドの声が響き渡るのと同時に偽神に殺到していた光球が残らず砕け散る。
目を凝らせば、偽神の体を覆うように、薄い透明な膜ができていた。
あの一瞬で、全身に防御膜を張り巡らしたらしい。
―今更混沌玉の生み出す魔法ごときで、この肉体を傷つけることは!!―
「ハァッ!!」
ガルガンドの言葉を最後まで聞かず、光太が巨大に輝く揺ぎ無き双光の刃を振り上げて躍り掛かる。
背中には、四本の魔剣が輝いている。……今更ながら、とんでもない使用法よね。四本の魔剣、それぞれ別の属性の剣で、空中に浮くための力場の形成、空を飛ぶための推進力や姿勢制御に、飛行する際の風圧を守るための防護壁なんかを展開してる。決して不可能ではないけれど、燃費を考えれば誰も実行しようとしないでしょう。
普通の人間なら、一ミリ浮くだけで魔力使い果たすわよ、あんな使い方。仮にも魔剣。その威力は折り紙つきだ。正直、普通に剣として使った方が、効率がいいはずだ。
……どうしても、飛びたかったのねぇ。
―カァァァァァァ!!!!―
光太が振りかざした一撃は、腐りトカゲの咆哮と同時に、腕の一本に弾かれた。
腐りトカゲはそのまま光太を殴ろうとするけれど、光太は弾かれた反動を利用して反転し、そのまま一気に離脱する。
「礼美!!」
「うん、わかった!!」
あたしが素早く礼美に指示すると、礼美は素早く光太の前方に障壁を展開。
光太はそれを蹴り、方向転換。また別の足場を使って、偽神の背後へと回っていく。
あたしの傍に立つ礼美の役目は、こうして光太のための足場を用意することだ。さすがにあの巨体に礼美が殴りかかったり、ピコハン用意したところでダメージになるとも思えないしね。光太の消耗を抑えるためにもなるし、何より光太をサポートするという立場のおかげで礼美のモチベもうなぎ上りだ。
「光太君……! がんばって……!」
飛び回る光太の姿を見る礼美の眼差しは真剣そのものだけれど、上気した頬と輝く瞳が彼女の高揚具合を現している。今の彼女は仲間を援護するために目を凝らすというより、光太の姿に見入ってると言った方が正しいし。
ああ、礼美のこんな姿が見られるなんて……。
異世界くんだりまで来たかいがあったわね……。
「超!! ひ・ざ・かっ・く・ん!!!!」
―グオォォォォォォォ!!??―
なんかバカな技名と同時に骨が砕け散る轟音が響き渡り、偽神の肉体がわずかに後方に揺れる。
どうやら隆司の奴が偽神の下半身を後ろからぶっ叩いたらしい。隙を突いたとはいえ、あの巨体の骨を砕くとかどういう……いや、そもそも骨とかあんの? この生き物。
―キサマァァァァァァァァァァァ!!!!―
「ひゃははははは!!! いまだに嫁の笑顔を見られない悲しい男の一撃を思いしれぃ!!」
「それまったくこの場に関係ないよね隆司!?」
「うるせぇ黙れリア充が!! ちゃんとキスはしたのかテメェ!!」
「したよ! したさ!!」
―下らん話をするな餓鬼どもぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!―
……何とも緊張感に欠ける会話が繰り広げられる中で、あたしたちから目に見えない速度で偽神の腕がすべて振るわれる。
それなりに距離を取っているあたしたちの耳元にも空気を裂くとんでもない音が響き渡って聞こえるというのに、隆司も光太もそれらを掻い潜って見せる。隆司に至っては、光太の事をカバーしてやる余裕さえ見受けられる。
―シャァァァァァァァ!!!!―
「おっと」
「――っ!」
光太を狙った一撃を、隆司が軽い動作で弾く。
そうしてできたわずかな隙を、光太がぎりぎり掻い潜っていく。
それに焦れて、偽神がより荒々しく腕を振るう。けれど、彼らにはかすりもしない。
もう完全に人を超えてる隆司はともかく、光太も化け物よねぇ……。
「……で、したの?」
「……………………」
あたしの質問に、礼美は答えない。ただ、煙を上げそうなほどに朱くなった顔が、何よりも雄弁に真実を語ってくれる。
それでも光太の足場となる障壁の展開を緩めることをしないのは、あっぱれって言ってあげるべきかしら。
あたしが礼美を慰めるようにその頭を撫でてやる頃、状況が動き始める。
「必殺の光太シュートぉ!!」
「はぁぁっ!!」
―ギャォオォォ!!??―
隆司の蹴りを足場代わりに、加速した光太が勢いよく偽神の体を斬り裂く。
即席合体攻撃って奴かしら? 飛んできた光太の背中の魔剣が風を受けるように広がり、あたしたちの目の前に着地した。
「っと! ……よし!」
「…………光太君のバカぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「え、ちょ、礼美ちゃん!?」
再び飛び上がろうとした光太に、不意打ちで蹴りを入れる礼美。
まあ、あんな馬鹿でかい声で暴露話されりゃ、蹴りの一発も入れたくなるわよね。
「なんで、なんであんなこと大声で言うのぉ!!??」
「え? あ、いや! その場の勢いっていうか、隆司の援護に行かないと!!」
「ごまかさないでぇ!!」
涙目になりながら光太をポカポカと叩く礼美。
光太も今更自分の発言の迂闊さに気が付き、宥める方策も思いつかなかったのか、ごまかそうとしてる。
……けど、その理由にされてる隆司に援護がいるのかしら?
―シィヤァァァァァァァァァ!!!―
「ヒャァッハァァァァァァァァァァ!!!」
隆司は背中から翼を生やし、偽神の周囲をぐるぐる旋回している。
その速度は、たぶん、ソフィアと比べても遜色ないだろう。
あえて違いを探すなら、隆司の方が、動きが重い。そんな気がする。
あたしだって、そういうことに詳しいわけじゃないから、何とも言えないんだけど。
……一応、援護しとこうかしら。
「出でよ紅き霊王」
あたしの呼び声に応え、紅い宝玉があたしの元に集結する。
口の中で呪文を唱え、うち一つを偽神の方へと飛ばす。
血のように紅い宝珠はその色を変え、日の光のような朱い宝玉へと変わる。
「炎王結界!!」
そしてあたしの呪文に応え、その身を巨大な炎の塊へと変じた。
あたしの意思を受け、炎がうねり、一頭の巨大な蛇へと変わる。
―なにっ!?―
「う、わ!」
「真子ちゃん……!?」
その大きさたるや、偽神と比べても遜色がなく、偽神程度であれば人の身にしてしまいそうであった。
―馬鹿な……!? たとえ混沌玉と一体化しているとはいえ、一人の人間が……!?―
「いきなさい!!」
あたしは鋭く叫ぶ。
その声に応えるように炎蛇は鎌首を上げ、口を開き、偽神を頭から飲み込んだ。
そしてそのまま炎が渦を巻き、偽神の体を焼き尽くそうとその温度を上げていく。
―ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ!?―
ガルガンドの悲鳴が上がるけれど、数瞬後にはすぐに炎が弾け、偽神が中から無傷で現れた。
―ぬあぁっ!! 無駄だというのが、わからんのかぁ!!―
苛立ったようにガルガンドが声を上げる。
まあ、効かないわよね今更。いくらでかいって言っても所詮はただの炎だもの。劣化してるとはいえ、元始之一撃を一千発叩き込む現世に輝く鋭き滅光に耐え切ったんだ。時間をかけて温度を上げていけば効くかもだけど、今はそんな時間はない。
あたしの目的は、ダメージを与えることじゃない。
「シッ!!」
―ケァ!?―
隆司が移動し、攻撃するだけの隙を作ることだ。
偽神が炎で覆われた数瞬の間に、隆司は偽神の顔の辺りまで飛び上がり、蹴りを打ち込もうと大きく足を振るう。
しかし、その蹴りが命中しようとする瞬間、ガルガンドがニヤリと顔を歪ませた。
「っ!?」
瞬間、隆司の動きが空中で静止した。
偽神の顔面……ガルガンドの額部分を蹴ろうとしたままの姿勢で、器用に静止している。
その異様な光景に、光太が悲鳴を上げる。
「隆司!?」
―ケァァァァァァァァ!!!―
「っとぁ!?」
それに隆司が返事をする間もなく、偽神が蠅を払うような動作で隆司を打ち落とす。
支えもない空中では、さすがの隆司も堪えられない。一瞬で地面にたたきつけられてしまう。
偽神の下半身の一部が盛り上がり、そこから節くれだった足のようなものが生える。
―死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!―
―ガァァァァァァァァ!!!!―
―魔王様ぁぁぁぁアぁぁぁぁぁぁぁ!!!!―
奇声を上げ、隆司を踏みつぶす偽神。約一名は全く関係ない言葉を叫んでるけど。
地面と岩石が砕ける音が響き渡り、あたしたちの立っている地面がひどく揺れる。立っているのもつらくなってきそうだ。
けれど、それにもかまわず、光太は隆司が踏みつぶされている場所へと駈け寄ろうとした。
「隆司ィィィィィィィィ!!!!」
「ハイヨッ!」
光太の叫び声に答えるように、隆司が地面の中から現れた。
さながらシンクロナイズドスイミングで、水面に現れた競技者のようなポーズをとりながら。
「………………」
「ぬぉぉぉぉぉ!? 無言で剣を振るな、怖い怖い怖い!!??」
ズンズンと足を鳴らしながら戻ってきた光太が、無言で揺ぎ無き双光の刃を振り回す。わずかに意志力を纏わせてる辺り、かなり頭に来たらしい。
隆司は地面の中に引っ込み、少し離れた場所から勢いよく飛び出してきた。
「呼ばれたから答えたのに怒られた! 理不尽!!」
「地面の中を水みたいに進むあんたの方が理不尽よ」
ぽっかり空いた穴は綺麗なトンネル状になっていて、隆司と同じくらいの体系の人間なら楽に通れそうだった。
―死ね! 死ねぇいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! ケヒャハハハハハハハハハ!!!!―
偽神は、隆司がとっくに脱出していることにも気づかず、まだ隆司が落下した場所を踏み荒らしている。
聞くなら、今のうちかしら。
「隆司。さっきなんで蹴るのやめたのよ」
「ガルガンドの野郎が、アンナ王女を額に出しやがったからだよ。額に張り付いた豆みたいな感じで」
「アンナ王女を……!?」
憤慨する隆司の言葉に、礼美が驚きの声を上げる。
……やっぱり、とっ捕まったままか。
「隆司、助けられなかったのか……!?」
「……偽神復活が前提だったからな」
詰め寄るような光太の詰問に、隆司が瞑目して答え。
「……それに、まだ助けられないわけじゃねぇ」
「みなさん、ご無事ですか!?」
目を開くのと同時に、シュバルツに跨ったアルトがあたしたちの元へとやってくる。
「やったことへの責任は取る。そのために……ってのはおかしな話だが、協力してくれ。アルト」
「ええ、任せてください……!」
シュバルツから降りたアルト王子が、剣を引き抜く。
振り返らない隆司の横顔に浮かぶのは強い自責と、使命感。
アルト王子がここまで来た……。となれば、あとはフィーネか……。
「フィーネ。しくるんじゃないわよ……」
―ケヒャ!?―
祈るように囁きながら、あたしはアンナ王女を助けるための術式を唱え始める。
ようやく隆司の不在に気付いた偽神が、こちらへと振り返るのと、ほぼ同じだった。
王女を救うために、アルト王子が立つ。
彼は無事に、王女を救えるか!?
以下、次回。