No.23:side・mako「勇者のファッションショー」
極めて不愉快で冒涜的な小生物の話が終わってからしばらくして、ようやく目的の服屋へと到着。
掲げられている看板は……まだちょっと読めないわね。知らない単語だわ。ただ服屋にしては妙に大きい気がするわね。小さめのスーパーくらいありそうだわ。
「到着したであります。ここが自分が愛用しております古着屋“テイクオフ”であります」
「離陸してどうすんのよ」
思わぬサンシターからのボケに、反射的に突っ込む。ちくしょう、こいつはツッコミじゃないの!?
だが、サンシターは意味が解らず首を傾げるのみ。ドツボかコンチクショー!
悔しさに地団太踏んでると、ポン、と隆司が肩を叩いた。
「おちつけよ、ここはいせかいなんだぜ(笑)」
おまえは笑ってんじゃねー!
「と、ところでサンシターさん。この古着屋は、どういうお店なんです?」
隆司にチョークスリーパーを極めるあたしに気を使ってか、急いで話題変換を図ろうとする光太。
でもチョークは止めないわよ。
「お前にチョーク極められてもたいしたことないっていうか、むしろ背中がいたグギュ」
いらんことぬかすアホの首をしっかり捻る。
「ええっと、このテイクオフは王都で唯一古着を買い取るお店なのであります」
そのまま崩れ落ちるアホを真っ青な顔で見ながらサンシターが説明を始める。
「この王都は、この国で一番服が多く産出される関係で、結構な量の古着が出るであります。それをそのまま処分するのはもったいないと考えたテイカーさんが始めた商売で、買い取った古着を補修してまた着れるくらいに仕立て直して、通常定価より安く販売しているであります」
「どっかで聞いたことあるシステムね……」
というか買い取りをやってる店なんて大体そんなもんかしら。でも服の買い取りっていうのはあまり聞かないわねぇ。他人が着ていた服なんて、あまり着たいとも思わないし。
というようなことを正直に言うと、案外そうでもないというような回答が聞こえてきた。
「確かに抵抗がある、という方も多いでありますが、いくら製布技術が発達している王都とはいえ、衣服は職人による手縫いがほとんどなのであります。そのせいで、一般的な服は庶民にとっては一年に一回買うか買わないかくらいに高価なのでありますよ」
「ありゃ、そうなんだ……。まあ、あたしらの世界とは違うからねぇ……」
でも製布技術はあっても、服を作るのは手縫いなのか……。変なところでアナクロね。
「それに、服職人を目指す若者などは、自分の手縫いの服を古着といってこの店に売りにきて、誰かが買ってくれるかどうかをこっそり見守る、なんて話もあるであります」
「あー、職人にとっての登竜門的な?」
「トーリューモンというのがどういうものかは知らないでありますが、ニュアンス的にそんなもんかと思うであります」
なるほどねぇ。こういうお店なら店員さんの目利きもしっかりしてるだろうし、変なブランド背負うよりははるかに顧客の目も肥えてるから、キッチリ売れるかどうかわかるかもね。
「それじゃあ、種類も豊富なんですか?」
「はい、レミ様。王都中の古着が集まるでありますので、その分種類も豊富なのであります」
それならこの広さも納得ねぇ。そんだけ種類があるなら、結構な面積が必要になるだろうしね。
「じゃあ、さっさと中に入ってみましょうか」
「その前に、リュウ様の気付けが先でありませんか……?」
商品のラインナップに期待を寄せつつ店に近寄るあたしにそういうサンシター。
ん?と足元を見下ろしてみれば、首を変な方向に曲げたままビクンビクン体を揺らしてる隆司の姿が映ったのであった。
つつがなく隆司の蘇生を終え、あたしたちはテイクオフの中へと入っていく。
「いらっしゃいませー」
元気な店員さんの声に迎えられて中に入ったあたしたちがまず目にしたのは、服、服、服と大量の衣服。
半袖から長袖、ワンピースからセパレート、ちょっと渋い革ジャンやゴシックロリータ御用達のフリフリな洋服までたくさん揃えてあった。
「うわぁ……!」
おしゃれ大好きな礼美がさっそく目をキラキラさせて店の中を見回している。
女の子としては、結構魅力的な光景よねー。基本的に専門店的な趣が大きい向こうの服屋だと、似たような種類な服しかないけど、この店には雑多ともいえる種類の多さの服がある。
特に男物の洋服なんて、なかなか見る機会もないものね。ちょっとけしかけてみようかしら。
「せっかくだし、お互いの服をコーディネイトしてみよっか?」
「え? 私と真子ちゃん? いつもやってるよね?」
「いや、あたし相手じゃなくて男どもの。この機会だし」
「うーん……それも面白そうだね!」
あたしの提案に少し悩んで見せるけど、すぐに明るく笑ってくれた。
今の悩みはうまくできるかな?って考えたってとこね。
じゃあ、さっそく礼美に光太を宛がって、あたしは隆司の……。
「……って、隆司どこ行ったのよ?」
「リュウ様なら」
いつの間にか姿が消えた隆司の姿をジト目で探すあたしに、サンシターがひきつったような苦笑で答えてくれた。
「先ほどズイズイ店の奥へといかれたであります……」
「………」
あんのボケがぁぁぁぁぁぁぁ!!!???
人の考えアッサリ水泡に帰しやがってぇぇぇぇぇぇ!!!
フリーダムにもほどがあんでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
チィッ、ならば!!
「じゃあサンシター! あんた、あたしの相方やりなさい!」
「え!? ええ!? 自分、役不足であります! 辞退させて……」
「文句ぬかすなぁ! 礼美、勝負よ! 光太とサンシター、どっちにより似合う格好させられるか!」
「真子ちゃん、なんだかやる気だね! 負けないよ、私! いこっか、光太君!」
「え、あ、う、うん」
あたしのテンションの上がり具合に触発されたらしい礼美が、鼻息も荒く返事を返してくれる。
そんな礼美の様子に若干引き気味の光太だけど、この際構うこたぁない。
このあたしのストレス解消に付き合ってもらうわよ、サンシター!
―数分後―
「どうよ!」
「どうかな!?」
ずい!っとお互いに着換え終わらせたパートナーを差し出す。
「え、えーっと……」
さんざん礼美に振り回されたのか、ちょっと疲れたような表情で頬を掻いている光太の姿は、今時の若者風、とでもいうべきかしら?
上は白い袖なしのジャケット、その下に黒いアンダーシャツを着こみ、したにはカーゴパンツとでもいうのかしら? ポッケとベルトがあしらわれた茶色のズボンだ。やるな異世界。
適当にそのあたりに合った服を着せただけなのかもしれないけど、元々は優男風な顔つきでスタイルもいいから、結構何着ても似合うのよねこいつ……。
「…………」
一方あいまいに微笑んで、何かをあきらめたような悟りきった笑顔を見せるサンシターは……なんていうのかしら、これ?
普通にアロハシャツみたいなもの着せて、それに合いそうな色のズボンをはかせてるんだけど……なんて言うか、似合う似合わない以前の問題のような……。
顔が印象に残らないせいか、なに着せてもぼんやりとした印象しか残らないのよね……。これならまだ、さっきまで着ていた騎士団の制服の方が印象はっきり残るわ……。
あたしは自分の敗北を悟ると、フッとニヒルに微笑んで見せた。
「……あたしの、負けね……」
「真子ちゃん……」
「でも、忘れないで……。今回の敗因は素材よ! サンシターでなければ、あるいはあなたが光太じゃなかったら、あたしが勝っていたかもしれないってことを……!」
「うん……! うん……!」
感極まって涙ぐむ礼美が抱き着いてきたので、あたしもぎゅっと抱きしめ返す。
「……僕、とりあえずこれ買おうかなー」
「自分はこれを返してくるであります……」
勝利の後の友情の抱擁を行っているあたしたちの脇で、素材どもがなんか言ってるけど無視。
ああ、強敵よ……!
「なにしてんのお前ら……」
横合いから、どこかに行っていたボケの声が聞こえてくる。
「なにって、戦いの後に友情を確かめ合ってんのよ」
「いつ軍師からお笑い芸人に転職したんだよ、お前」
「誰が芸人じゃコラァ!?」
ボケの余計なツッコミに吠えてそちらの方を振り返ってみると。
何ともアジアンテイストなお侍がそこにいた。
「わぁ、隆司君! 似合ってるよ!」
呆然とするあたしの横で、礼美が歓声を上げる。
今の隆司の姿は、細部は異なるが江戸時代辺りに暮らしていた武士のような姿になっていた。
上は着物に下半身は足首あたりで窄まってるけど袴状ね。折り目のない山袴って感じかしら?。ただし、上の着物はだいぶ着崩してあって、何も着てない裸の上半身が見えている。
っていうかズボンを履いて、その上に着物羽織って、適当に帯びしめただけよねこれ? 余った裾が腰から後ろにコートみたいに伸びてるし。着物なら中に入れるべきよね?
とはいえ、荒っぽい雰囲気がなんとなく隆司によく似合ってはいる。悔しいけど。
隆司は袖から抜いた片手を腹の部分の余った布に引っ掻けながら、にやりと嬉しそうに笑って見せた。
「おう、あんがとな。礼美にそう言ってもらえれば、選んだかいがあったな」
「どこにあったのよその一式」
「どこって、店の奥?」
そういって親指で背後を指差してみせる。
ちょっと背伸びしてみてみると、店の奥の方には確かに普通の洋服とは違う形の衣服が纏まっているコーナーがあるように見えた。
「あ、隆司いいなぁ! 僕もそういうの着てみようかなぁ」
大きめのコートを手に取りながら、光太が羨ましそうに隆司の姿を見つめている。まあ、うらやましく思うのは自由だけど、手に持ったコートは若干でかいと思うわよ?
アロハシャツ一式を返してきたらしいサンシターが、隆司の姿を見てちょっと驚いたように目を見開いた。
「おや、それはトウキに伝わる伝統衣装でありますね」
「知っているのか、サンシター!?」
「はい。王都から南の方に離れた地方にある村落で、日差しが強く気温が高めなため、そういった風通しの良く面積が広い衣服が進化していったという話であります」
なるほどねぇ。言われてみれば、着物って結構風通しがいいものね。似たような形になるのも納得かしら。
でも隆司? なんであんたそんな残念そうな顔してるわけ?
「……まあ、いいや。俺これにするわ。っていうか、もうこれ一式を七着くらい包んでもらっちゃったし」
「はや!? もうちょっと悩んでみなさいよ!?」
「いいよこれで。これなら」
そういって隆司は残った片袖からも手を抜いて。
「キャストオフっ!」
なんて叫びながらいきなり上半身を脱ぐ。
「とこう、戦いのときにすぐ脱げるだろ? もう血に濡れるのも、ぼろ屑にするのもごめんだし」
「いいから着ろ! 周りから奇異の視線が向けられてるでしょうがっ!」
「さすがにここでの瞬間脱衣はまずいでありますよ!」
いきなり半裸族になったアホの体をサンシターと協力して隠しながら、急いで上を羽織らせる。
礼美なんかは若干顔を赤くしつつ「うわー……」なんて言ってる。あんた三日前にも見てるでしょうが。
「なんだよ、いい案だろ?」
「悪くないけど、時と場所を考えなさいって言ってんのよ!」
「今後の展開を考えて服を選ぶのはよいと思うでありますが……」
一々フォローしてやらなくていいのよサンシター? バカがつけ上がるだけだから。
「そういうけど真子。お前らはもう何買うのか決めたのか?」
「あ、私はこのあたりのお洋服にしようかなって思ってるよ」
そういう礼美が手に取ったのはワンピースというか……法衣? なんというか宗教的な匂いがするんだけど……。
「神官のみんなと見た目が似てるから、こういうのがいいかなぁって」
「それは女神感謝祭などで作成される服でありますね。神官の皆様の制服を模して造られるお祭り用の服で、一年ごとに作られるでありますから、結構年代物の時もあるでありますが」
「そうなんだー」
ああ、神官たちの制服に似てるんだ……。どうりで。
「僕はこのあたりの服にしようかなぁ」
そういって光太が選んでいる衣服は、質素だけど頑丈そうな服だ。なんだろう、RPGにありがちな皮の服とかその辺に近い気がするわ。
「それはいいけど、なんで?」
「胴着代わりになるかなっていうのと、いかにも冒険者って感じがするから……」
ちょっと照れたようにそう言う光太。ああ、あんたまだ冒険をあきらめてはいないわけなのね……。
「で、真子? お前は?」
「あたし? あたしは……」
あたしは適当に周りを見回して、目的のものを見つける。
それを手に取って、くるりと振り返って見せる。
「とりあえずこういうの?」
「ズボンじゃねぇかそれ」
あたしが手に取って見せたものを見て、隆司が呆れたような声を上げる。
せめてパンツといいなさいパンツと。
「いいのよ。あたし、私服には基本的にスカートをはかないの。こういう動きやすいのが、あたしのデフォルトなのよ!」
拳を握って力説して見せる。
確かにスパッツや見せパンなんてものがたくさん出てきてはいるけど、何が悲しくて隠してる部分を野郎どもに見せてやらなけりゃいけないのよ!
「まあ、体系的にもそれが当たりだよな」
「黙れ変態」
うんうん何を納得しているのか、くだらないことつぶやくアホの顔面に飛び膝蹴りを叩きこんでおいてやった。
翌日。
「よくお似合いです、レミ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「そ、そうですか? エヘヘ」
さっそく神官風味な礼美が魔術師団に顔を出すと、ヨハンさんを筆頭とした礼美派の皆さんが膝をついて礼拝を開始し始めた。
やだ、なにこれ……。
ちなみに山袴というのは山の中とかで動きやすいよう、足首あたりで窄まってる袴のことで、忍者装束の下半身あたりを想像してもらうとわかりやすいかと。
基本的に適当に書いてるけど、何も考えてないと隆司がフリーダム過ぎる。いきなり上半身脱ぎ始めるとかホントに主人公チームかこいつ。いやみんな、好き勝手に動くんですけどね。
次回は光太君ハンターになるの巻です。