No.235:side・Another「偽神の復活 ―サンシター編―」
全身を駆動させる偽神の姿は、我々がいる本陣からもよく見えたであります。
「偽神が……動き出しましたね……」
「はいであります」
自分の隣に立ち、同じく偽神を見つめるメイド長さんが、大きくため息をつきました。
「ここまでは……予定通りですね」
「はい、であります……」
メイド長の言葉に同意するように、自分は頷いたであります。
まったく……肝が冷えるであります。
すべての災厄にケリをつけると仰ったリュウ様と、それに同意したマコ様……。
後押ししたコウタ様とレミ様もでありますけれど……。
皆さま、度胸がありすぎるでありますよ……。
「サンシター! 準備の方はどうだい!?」
「ああ、ラミレス様」
もう一つため息をつくと、ラミレス様ががんじがらめに縛られた小さな女の子を引きずってやってきたであります。
引きずられている女の子は、よく見れば背丈に似合わぬ聡明さというか、年齢の重みを感じさせる表情をしていたであります。
すべてを悟って、あきらめたような……。
それに女の子にしてはがっしりした肉体であります。ひょっとして……。
「この方が、四天王のお一人であるリアラ様でありますか?」
「……今更どうするのさ、ラミレス」
リアラ様は自分の言葉に答えず、鬱々とした眼差しでラミレス様を睨みあげたであります。
対するラミレス様も、リアラ様の事をまるで養豚場の豚を見るような目で見返したであります。
「どうする? 愚問じゃないか、リアラ。最後まで、抗うのさ」
「無駄だよ。貴方だって、知ってるでしょう。あの偽神が出てきた以上、抵抗は無駄よ。みんな、死ぬしかないのよ。抗うだけ無駄」
リアラ様の言葉を唾棄するように、ラミレス様は重苦しく言葉を重ねるであります。
……リアラ様は、どこまで知っておられるのでありましょうか。
その口ぶりは、まるで絶望しか知らないかのようであります。
「無駄、ねぇ。そういう薄っぺらい反論は、最低限の根拠を示してもらわないとねぇ」
「薄っぺらいって何よ……何も……何も知らないくせに!!」
ラミレス様の言葉に激高するリアラ様。
感情に任せてそのまま言葉を吐き出したようで、目じりには涙が浮かんでいるであります。
そんなリアラ様を見て、ラミレス様は鼻を鳴らします。小馬鹿にするように。
「ハン。何も知らない? そうさね、確かにそうさ。なら、知らないあたしに、絶望する根拠を教えてもらうじゃないかい」
「根拠も何も、あんなものに本気で勝てると思ってるの!?」
そういって、リアラ様が偽神の方を示すのと同時に、その力を誇示するように偽神が腕を振るったであります。
瞬間消し飛ぶ、岩山の一部。遠目に見ても、偽神の頭よりもはるかに大きい範囲が抉られてしまったであります。
抉られた岩石が砕けて散る様子はなく、その一撃で微塵に砕かれてしまったと想像に難くなかったであります。
……今、あそこでは、リュウ様にコウタ様たち……そして、マコ様が……。
「もしそうなら、頭がおかしいよ! 訳が分からない! 世界に絶望して、狂っちゃったわけ?」
「狂ったわけでも頭がおかしいわけでもないよ」
今の光景を見て半狂乱になりかけているリアラ様に冷や水をかけるように、極めて冷静な声色でラミレス様は口を開いたであります。
「きちんと算段はつけてるよ。……こいつは、勝つためのものじゃないけどね」
「はぁ!? ラミレス、あなた何を言って……!」
「おお、蛇目の姐さんか! 首尾はどうだ!?」
本陣の奥より顔を出されたのはギルベルト様でありました。
その拍子に天幕がずれ、さらに何かの拍子に吹き付けた風にあおられ大きく捲れ、その中にあるものを見て、暗い目をしていたリアラ様の表情が一気に豹変したであります。
「あ……? ……ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!??? わ、私の作った源理の力増幅装置ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!???? ちょ、誰よまだ未完成だったこれ引っ張ってきたのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「んお? 誰だこのチビ助」
「その機械を作った輩さ。必要素材のひと――」
「あんたかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 乙女の繊細な機械製品持ち出したのわぁァァァァァァァァァァ!!!!」
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?????」
一気呵成に飛び出していったリアラ様のロケット頭突きがギルベルト様の腹部へと見事に決まり、ギルベルト様の体がそのまま後ろへと吹っ飛んで行ってしまったであります。
リアラ様は縛られたまま機械へと這い寄り、涙ながらに頬ずりをし始めたであります。
「ぁぁぁぁ、私の源理の力増幅装置ちゃん……!! あんなわけのわからない白衣の男にあんなことやこんなことされてぇ………!」
「ご、ごほっ! い、いったい何事だというのだ……」
「死ねぇ、変態白衣がぁ!!」
「ぬぉ!? 二度も食らわん!!」
震えながら立ち上がるギルベルト様に飛び掛かるリアラ様。
ギルベルト様はそれを華麗に回避すると、素早く機械装置を背後にとります。
「フフフフ! 伊達に小さなころのお嬢のタックルを回避し続けたわけではないわ……!」
「ぐぬぬぬぬぬ!! 私の源理の力増幅装置ちゃんから離れろぉ!!」
「なんだそれはネーミングセンスのない……。まあよい。それよりもチビ助。この辺りの魔力回路の安定化についてなんだが――」
「誰がチビ助かぁ!! ……ってなにそれ!? なんでそんな物質があるの!?」
「これは某が発見した光輝石だ! まあ、そんなことよりだな――」
「あ、それならこう――」
「おお! なかなかやるじゃないか!!」
「フフン! あなたもね! さらにさらに――」
「おぉ! それなら――」
……ギルベルト様が魔力回路というのについてリアラ様に言及した途端、二人が意気投合を始めたであります。
よくわからない専門用語や理論が展開され、もはや自分たちは蚊帳の外へと追いやられてしまったのであります。
「……相変わらず、自分の好きなことへと熱中しはじめると、周りが見えなくなるんですから」
何とも面白くなさそうにギルベルト様の背中を見つめるメイド長の肩を、かんらかんらと笑い声を上げながらラミレス様が叩いたであります。
「まあ、いいじゃないか。リアラの奴が変に鬱陶しかったところだよ。……しかし、ギルベルトの奴、リアラの話についていけるなんてねぇ」
ラミレス様が、実に楽しそうにギルベルト様と話し合うリアラ様の姿を見たであります。
その眼差しは、先ほどまでとは一転しとても暖かなものであったであります。
「リアラの奴、いっつも孤立してて、大抵マルコと次に何を作るか程度しか話してなかったからねぇ……。天才肌なせいか、次の代もうまく育てられなくて、悶々としてたみたいだし、ちょうどいいかもね……」
「あまりよくはありませんが」
「あっはっはっ! 別にとりゃぁしないよ。ちょっと貸してもらうだけさね」
「なんか騒がしいな」
「どうかしたのか」
と、今度は全身のそこかしこに傷を作った騎士団長とヴァルト様が本陣へとやってきたであります。
「あ、団長。まあ、見てもらったらわかると思うでありますが」
「ああ、ギルベルトの奴がなんか輝いてんのだけは分かる」
「ふむ。リアラと、作戦会議中か。であれば、我々は……」
ヴァルト様はちらりと本陣の影を睨みつけ、低く唸り声を上げたであります。
「……いつまでそうして隠れているつもりだ、クロエよ」
「え!?」
驚きのあまり体勢が崩れる自分の前で、影が一つ盛り上がったであります。
「相変わらず鼻が利きますね、ヴァルト将軍……」
盛り上がった影に色が生まれ、声が出て、そして一人の女性の姿へと変わっていったであります。
黒い、全身鎧を装着した女性騎士。
我々を睨みつけながら、その女性騎士……クロエはジリジリと間合いを測り始めたであります。
「ここまで進んだ我が悲願、これ以上邪魔させるわけには……!」
「そなたの悲願は達成されん」
強い焦燥と若干の喜びをにじませたクロエの言葉を、ヴァルト様は無情に踏みにじったであります。
そんなヴァルト様の言葉に、クロエは耳を貸さないというように唸り声を上げたであります。
「そのような言葉に惑わされると思っ――!」
「見ろ」
ヴァルト様はそう言って、偽神の方を指差したであります。
無数の閃光が瞬き、衝撃波が目に見え、さらに巨大な光る剣が偽神に向かって襲い掛かったであります。
激しい戦闘。それを見て、クロエは視線をヴァルト様へと戻したであります。
「……なんですか? アレを見て、何か感じないかと? むしろそれはそちらに問いたい――」
「偽神の真の能力は、法則の崩壊だ。元来、そこにいるだけで世界が崩れる。そういうものだ」
それは、リュウ様より告げられたかつての話。
偽神の存在は、そこにあるだけで世界を脅かしたであります。かつての偽神に意志らしいものはなく、ただ世界は蹂躙されるのを待つだけだったと。
「だが、今もこうして世界は形を保っている。この世界には……もうこの小さな島しか残っていないというのに」
「それがいったいなんだというんですか……!?」
「わからないかい?」
続いて、ラミレス様が腕を組みながらその可能性を指摘したであります。
「あの偽神、ガルガンドの意思で制御統合されてるってことさ」
「……それがどうかしたのですか。ガルガンド殿は、元より我が同志。新たな世界を作るために、偽神の力を制御するのは――」
「じゃあ、なんで今すぐそうしないんだい?」
「……? どういう意味だ」
「だからさ。いちいちあの子たちと戦ってないで、なんで速攻で世界を作り替えないのかって思わないのかい?」
ラミレス様の言葉に、クロエは不審げに眉根を寄せたであります。
「……それは奴らがガルガンド殿の邪魔を――」
「もう一度言う。偽神は、そこにいるだけで、世界が崩れる」
クロエの反論をヴァルト様は遮り、そしてはっきりと言ったであります。
「……偽神の世界崩壊を止める手立ては、元来存在しない」
「……なに?」
「誕生した瞬間から世界は、新たに作り替えられる。法則の書き換えを物理的、魔術的にとめうる手段が存在しない。唯一、偽神の動きを止めること以外では。多くの犠牲を払い、そうしてできたのが、今遺されたこの小さな世界だ」
そこまで言って、ヴァルト様は核心を突き付けたであります。
「そして、今も世界は姿と形を保っている。これは、ガルガンドが新たな世界を作ることを拒絶している可能性を示している」
「なっ……!? そんなわけが……!!」
「ではなぜ今すぐ世界を作り替えない? 法則の書き換えを止める方法はないはずだ。戦闘の有無に限らず、そうしようとした瞬間から世界は変わる。勇者たちとて、止める方法はない」
また、大きな音を立てて山がいくつか消えてなくなったであります。
それを見て、クロエが汗を一筋流したであります。
そもそも、あれだけの力量を持つのであれば、リュウ様たちとて一蹴できるはず……そう、クロエは思っているはずであります。
「違うというのであれば、反論してみせよ。今、この場で」
「ぐ……!?」
クロエの、気圧されたように一歩下がったであります。
……そんな彼女に気づかれないように、自分はラミレス様に耳打ちしたであります。
「本当に足止め出来たでありますね……」
「ああ。半信半疑だったけど、うまく行ったね、悪魔の証明って奴」
悪魔の証明とはすなわち「この事柄に関して反論できないなら、この事柄が正しい」とごり押す論法の事であるらしいであります。
ガルガンドの性格からして、本当の意味で信頼されてるとは言い難いと考えたマコ様が、クロエの足止めのために自分たちに授けてくださった秘策の一つであります。
こうして足止めしておけば……。
「少なくとも、ここにだれがいるかということを、把握されずに済むでありますからね……」
「ああ。あとは、リュウジたちの時間稼ぎが完了すれば、〆に入れる」
自分たちの役割、それは本陣を守ること。そして。
「……フィーネ様、どうか御無事で……」
ここにフィーネ様がおられないということを、悟られないこと。
世界を守るための最後の作戦の始動の時が、少しずつ迫っているであります……。
フィーネの不在とガルガンドの真意。
その二つが意味することとは、いったい?
以下、次回。