No.234:side・ryuzi「吸血鬼」
―い、今あいつの顔なんか見たら惚れ直してしまうだろーがぁ………!―
!!
「今嫁が俺に愛を叫ぶ声が聞こえブッ!?」
嬉恥ずかしソフィアの告白タイムが聞こえた気がしたが、横っ面をマルコの巨大な触腕にぶっ叩かれたおかげで、完全に聞き逃してしまった。
「ちくせう! 最後まで言わせろこのボケ殺しがぁ!!」
腹立ちまぎれにマルコに向かって叫んでやるが、奴は涼やかな冷笑を浮かべたまま触腕を元の腕へと戻した。
こっちのボケに対してマジで反応がないので、戦っててつまらないことこの上ねぇ。暖簾に腕押しとはこのことだな。
「………」
俺はちらりとガルガンドの神位創生の儀式を見る。
今どの程度まで儀式が進んでいるのかはちとわからんが、偽神の遺骸に絶え間なく注ぎ込まれる意志力の量からして、もうそれほど時間はなさそうだ。
俺は拳を構えた。
「さて。吸血鬼なんざあの戦いで全滅したと思ってたんだがな……」
一人ごちながら、俺は先代のさらに先代……つまり腐りトカゲの前の代の真古竜の記憶を掘り起こす。
吸血鬼……。俺たちの世界に置いては不死者の代名詞としても名高い怪物。鋭い牙を人間の首筋に突き立て、生き血を啜ることで糧を得、さらには吸い殺した人間を同族へと変貌させてしまうことができる。
その膂力は人間など比にならぬほど強力で、姿は変幻自在。一般的な武器は通じず、確実に殺すのであれば祝福された銀の武器か、生木の杭を心臓に突き立てる必要があるという。
強力な怪物である反面、行動を阻害する弱点も多く、流水の上を渡ることは敵わず、他人の家には招きがなければ入れず、日中に至っては行動できず、日を浴びると灰に還ってしまうらしい。もっとも、灰になったとしても、その灰を残らず集めて月光と血を浴びせれば復活するらしいが。
ことほど左様に、人間とは異質な怪物として俺たちの世界じゃ有名な吸血鬼であるが、この世界ではちと事情が変わってくる。
この世界における吸血鬼、それは……神位創生のなりそこないの事である。
「……シッ!!」
地面を蹴り、俺はマルコへと飛び掛かる。
そのまま、空中から跳び蹴りをかますが、ボフンと音を立ててマルコの体が霧へと変じる。
「ちっ! のらりくらりと……」
思わず舌打ちしてしまうが、言ってても仕方ない、着地しすぐにマルコの位置を探る。
周囲、三百六十度の方向には気配がなく。
「……上かっ!」
巨大な重りのような姿で降ってくるマルコの体を、全力で弾き飛ばす。
ゴォン!!とひたすら重たい音を立てて弾き飛ばされた巨大な重りはすぐに霞へと変じ、マルコの姿へと戻る。
「オォラァ!!」
その着地点に向け、足の先から覇気を飛ばす。
弧の形となり飛んでいく俺の覇気は途中で突き出した岩を斬り裂いて進むが、マルコは空中で背中から翼を広げて滞空し、俺の一撃をやり過ごした。
「……わかっちゃいたが、変幻自在だなオイ」
覇気はそのまま遠くの山に斬撃痕を穿ち、マルコは悠々と地面に着地した。その背中に生えた羽根はすぐに霧散していく。
記憶の通りの千変万化具合に、辟易してしまう。
……かつて、新たな世界を作ろうという幾度もの実験が繰り返された。
時には失敗し、時には成功し、数多くの実績を重ね、人類は、世界は一つの結論へと到達していく。
すなわち、源理の力こそ世界の根源なのだと。
それら三つを統合することが、新たな世界を作ることへとつながるのだと。
そうして始まった……倫理的には非合法と呼ぶべき人体実験。
多くの志願者が声を上げ、実験を繰り返され、帰らぬ者となり。
その中で、たった一人の成功例が誕生した。
それが、吸血鬼と呼ばれる、神様のなりそこないだった。
「っとぉ!!」
触腕が勢いよく伸び、俺が立っていた場所を砕く。
それを神一重で回避すると、目の前に鋏が現れ、俺の首を真っ二つにしようと迫る。
「ちぇい!!」
迫るそれを手刀で砕き、返す刀で触腕に拳を打ち込む。
途端、風船が割れるような音を立てて触腕が破裂する。
中から飛び出したのは匂いからするに……有毒ガスの類。
「はぁっ!」
腕を振るい、覇気を使って風を起こす。
吸い込んだところでどうってことぁないが、さすがに長いこと嗅いでいたい匂いじゃねぇな。
続いて、気配は背後に現れる。
「フッ!!」
鋭く呼気を吐きながら、肘をそちらに打ち込む。
覇気も込めたそれは、薄い掌に遮られ大きな音を立てた。
軽く振り返ると、冷笑を浮かべたままのマルコの姿が見える。
先ほどから、一ミリもその表情は動かない。
「気味、悪ぃな」
隠すことなくそう言い捨てて、勢いよく腕を払いながら距離を取る。
腕を弾かれながら、マルコも同様に距離を取った。
……生まれた神様のなりそこないは、新たな世界の基盤とはなりえなかったものの、その力は限りなく神のそれに近いと言えた。
無尽ともいえる力強さ。息を吐くように行う法則変換。さらに、空間や、時間にさえ干渉して見せる意志力の強さ……。
その神様のなりそこないは、まさに完全無欠と言える能力を備えていた。たった一つの欠点……大量の血液を必要とするという点をのぞいて。
神様のなりそこないの、強靭ともいえる能力。それを支えるために彼らは人間の血液を……魂の銀貨を必要としたのだ。
源理の力の……さらに源。それが、魂であり、源理の力を駆使する神様のなりそこないが動くにはそれが大量に必要だったのだ。
故に、その生き物は吸血鬼と呼ばれる。血を吸う鬼、と。
「ハッ!!」
一気に接近し、ラッシュをかける。
いくつもの拳が分身して見える俺の攻撃に対し、マルコは実際に腕を増やすことで対抗。
「おぉら!!」
俺の攻撃は、マルコが生み出した偽腕を粉砕する。
止めとばかりに顔面に拳を突き入れるが、再びマルコは霧散する。
「ああ、もううっとうしい!!」
まとわりつくように漂う霧を吹き飛ばし、その場を離れる。
マルコはすぐに、俺から離れた場所に姿を現した。
「突いては離れ、突いては離れ……。効果的な戦術ほどうっとうしいものもねぇな」
吐き捨てるように呟く俺に対して、マルコはやはり冷笑のまま立っていた。
もう気味が悪いのを通り越して感心するレベルだ。
ぶっ壊れた狂人ってのは、みんなこうなのかね。
「混沌言語と人体改造を駆使し、それを強靭な意志力で制御する……人が人を弄り倒した末に生まれた化け物。それが、吸血鬼」
俺は掘り起こした記憶の総括を口にし、改めてマルコを見る。
……繰り返し、繰り返し変身を行ってるってのに、力が減ってる様子がねぇな。
この分だと、相当量の血を取り込んでやがる……。
「……アメリア王国から攫われてきた人間は、テメェの腹ん中か」
「はい。覇気を抽出した後の、絞りかすでしたが」
マルコは冷笑を浮かべたまま、ようやく俺の言葉に反応を返した。吐き気を催すような内容だったが。
腹の底が冷えるのを感じる。が、今はそれを破裂させるときじゃねぇ。
「……そうか。助ける対象が減っちまったな」
「残念でしたか?」
「もちろん」
マルコの言葉に頷き、俺は偽神を見上げる。
……体表に、色が戻り始めてる。もうすぐ、か。
「……そうまでして、叶えたかったか」
「ええ、何にも代えがたい願いですので」
マルコの冷笑が、わずかに揺れる。
だが、それは動揺じゃない。どちらかと言えば、愉悦。
もうすぐ、自身の目的が達成される。それを確信しているが故の、喜色の笑みへとその表情は変わっていった。
「もうすぐ、私の願いが叶うのです……。もうすぐ、会える……」
「………」
ゆっくりと、まるで目の前の男の口元が裂けていくような錯覚を覚える。
深い笑みを浮かべたマルコが、大きく両腕を上げる。
「もうすぐ……もうすぐあのお方に会え――!!」
そんなマルコの真上から、黒くひび割れた巨大な腕が振りかかった。
肉が砕け、骨がつぶれる嫌な音が響き渡った。
周囲に、赤黒い飛沫が飛び散る。
偽神の叩き付けた腕の破壊はそれだけでは済まず、大地を割り、俺の後ろにいる連中にも届いているであろう深い亀裂を刻み込んだ。
その腕の下から、黒い霧状のものが立ち上るが、黒い霧は腕の中へと飲み込まれてしまう。
……その下から、マルコが出てくることはなかった。
「………動き出したか」
哀れに過ぎるマルコの最期にわずかな憐憫を覚えながら、俺は腕を見上げる。
黒くひび割れた巨碗からは、焦げ付いた皮膚がバラバラと落下して落ちてくる。
地面にあたり砕け散り、塵と還る偽神の肉体。
見れば、皮膚が落ちてきた部分からはすでに新しい肌が……まるで竜種の鱗のようなものが生えてきた。
「……まさか、腐りトカゲの覇気も利用してんのか?」
思わず顔をしかめる。
あの時、意識の外にはじき出したはずなんだが、それをガルガンド辺りに回収されたか……?
見ている間に、偽神は少しずつ自分の体を起こしていく。
「クク……クハハハハハハハハハ!!!!」
その偽神の姿を見上げながら、ガルガンドが哄笑を上げていた。
「ようやく……ようやくだ!! ようやくこの世のすべてが我が手中に収まるのだぁ!!!」
叫び、ガルガンドは飛び上がる。
いまだ、中空に漂ったままのアンナを抱え、そして偽神へと突進していった。
そして、偽神の体……その中央付近にある水晶のようなひび割れの中へとその身を飛びこませていった。
「ひぃーひゃはははははははははは…………!!!」
ガルガンドの笑い声が遠くなっていく。
ガルガンドが水晶へと飛び込んだ瞬間、胸のひび割れが溶けてなくなってしまった。
「……」
俺は二、三歩飛びのき、偽神の全景を視界に納める。
立ち上がった偽神の肉体からは、もう黒く焦げたような部分はほとんどなくなっていた。
まっさらな、竜鱗を全身に備えた、新たな肉体を得た、偽神。顔以外のほとんどの部分がもうすでに新たな肉体へと変わっていた。
……さて、いよいよこれからがほんば――。
―……クヒ! ヒャァハハハハハハハハハ!!!―
「あえっ!?」
響き渡ったしわがれた爺の声。
それが響き渡ると同時に、顔の黒い部分がはがれ。
―ついに! ついにぃィィィィィ!!!―
その下から現れたのは、巨大なガルガンドの顔。
ただし、皺だらけの死霊術師のものではなく、まるで生きた人間のような若々しい顔だった。
―ついに世界のすべてが我が手にぃィィィィィィィィ!!!!―
「いまだかつてないほどキメェ………」
超絶パワーアップを経たガルガンドの姿を見て、俺はげんなりとつぶやいた。
これからこんなの相手にせにゃならんの……?
ついに復活してしまった偽神。単身挑む隆司。
偽神の復活を前に、俄かに本陣が騒がしくなっていった。
以下、次回。