No.233:side・Another「狂戦士の宴 ―カレン編―」
ドグシャァ!!
「……ッ!!」
やけに痛々しい音が響いて、リュウにそっくりな顔をした腐りトカゲが吹き飛んでいく。
悲鳴を上げる間もなく、その体は地面にたたきつけられた。
その姿を追って、狂戦士が音を超えて迫る。
腐りトカゲは慌てた様子で体を起こすけど、それは悪手だった。
何しろ、無防備に体を晒してしまったのだ。
ガシュァア!!
狂戦士の爪撃によって、わき腹を抉り取られる。
噴き出す大量の鮮血。狂戦士は抉り取った肉片をそのあたりに捨て、追撃とばかりに回り込んだ背中に蹴りを叩き込む。
ベキィッ!!
遠慮も呵責もない一撃によって、背骨の折れる嫌な音が周辺に響き渡った。
「ァ、ガァ!!??」
そこで初めて腐りトカゲの悲鳴が聞こえてきた。
あの腐りトカゲが嬲られ始めてもう五分くらい。声一つ上げられずに嬲られるってのもなかなかすごい話だね。
「グ……! イクラヤッテモ無駄ダ!!」
腐りトカゲは声を上げながら振り返り、狂戦士に向かって一撃を奮う。
覇気を伴った一撃は空間を歪ませ、衝撃波となって狂戦士に迫る。
狂戦士は防御する様子もなく、その衝撃波を全身に受ける。余波を受けた地面が土煙を上げ、狂戦士の姿を覆い隠してしまった。
その間に、腐りトカゲは自身の傷をあっという間に回復してしまう。体の内側から肉が盛り上がったみたいで、何とも気味が悪い。
「我ガ肉体ハ常ニ最善ヲ保チ続ケル! 世界最強デアリ、世界ノ守護者タル真古竜デアルカラダ! 故ニ、イクラ傷ツケヨウトモコノ肉体ハ死ニハ届カン!!」
「そうか、ならば……」
腐りトカゲの言葉と攻撃を受け、狂戦士がポツリとつぶやく。
「死ぬまで殺すまでだ」
ゴウッと大きな音を立てて、土煙が晴れ狂戦士の姿をさらす。
肌どころか鎧に傷すらなく、見るものすべてを圧する気配を漂わせた狂戦士……魔竜姫、ソフィアの姿を。
いつもは蒼いその瞳は、いかな理屈か真っ赤に染まり、全身からは刃のような鋭い覇気が漂っているのがわかる。
狂戦士ソフィアは、背中の翼を大きく躍動させ、跳躍の態勢を取る。
「カァッ!!」
腐りトカゲはソフィアが飛ぼうとした瞬間、口の中から大きな炎の塊を吐き出した。
飛び上がる瞬間の無防備な態勢を狙った、いい一撃だったろう。
……相手がソフィアでなけりゃ。
爆炎をまき散らして、ソフィアが立っていた場所に着弾する炎弾。
炎は辺り一面に燃え広がり、煌々と周囲を照らす。
そこに、ソフィアの姿はなかった。
「!?」
腐りトカゲは慌てて周囲を見回し、そしてすぐに自分に影が差しているのに気が付く。
「……上カッ!」
すぐさま上空に向けて攻撃を仕掛けようと、腕を上げる。
けれど、何かすることすら許さず、ソフィアは腐りトカゲを踏みつぶした。
「グゲァッ!?」
誇張でもなんでもなく、ソフィアの足で踏みつぶされた腐りトカゲの気持ち悪い悲鳴が聞こえてくる。
ソフィアは無言のまま腰に納めたままだったレイピアを引き抜き、大きく振り上げた。
「ナ、ナニヲ、グゲァ!?」
そして、そのまま力任せにレイピアを腐りトカゲに叩き付けた。
叩き付けるたびに、腐りトカゲの汚らしい悲鳴が上がる。
そしてそのたびに鮮血が舞い、ソフィアの姿が紅々と染まりあがっていく。
無言で刃を奮い、血に染まっていくその姿は、まさしく魔竜姫だった……。
「……というか、前に見た時よりずっと安定してないかい? あたいが王都で見たときは、もっと荒々しかったけど」
「あの時は、ガルガンドの魔法で感情を増幅させられてましたから……」
あたいの隣で並んで立ってソフィアの戦いを観戦していたマナがポツリとつぶやいた。
「ガルガンドは、感情を操作する系列の魔法を特に得意としていまして、私が覚えている鎮静っていう魔法もガルガンドからもたらされたものなんです」
「ふーん。そういえばあんときは、リュウが外行っててほとんど姿を見なかったね。そりゃ荒れるわなー」
「貴様ら、仮にも魔竜姫様が戦っておられるのに、のんきに世間話に興じるとは……」
「そうは言うけどにゃん、ガオちん」
あたいたちの会話を横で聞きながら、ソフィアのためにいつでも飛び出せるように構えているガオウに、ミミルが呆れたように周囲を示して見せた。
「肝心の腐りトカゲはソフィア様が相手してるし、こっちに迫ってた混沌の獣も、その余波で結構死んじゃってるにゃん?」
ミミルのいうとおり、目の前まで迫っていた混沌の獣の大群は、ソフィアの怒りの一撃を喰らって、二割くらい消し飛んでいた。
残った八割も、ソフィアの覇気を感じたのか、完全に混乱し周りの味方に襲い掛かる始末だ。あたいらはその混乱の隙をつけばよかった。
「閃空斬撃!!」
「加護の一撃、喰らいなさい!!」
「Aラリアット!!」
「Bソバット!!」
「Cバックドロップ!!」
「あなたがた大概にしなさいませぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「ちょ、ナージャさん落ち着いてください!?」
他の皆も今はバラバラに散って、混沌の獣に対処している。
幸いにして、本陣に向かって抜けて行った混沌の獣は今のところいないみたいだね。
ちなみにあたいたちは、ソフィアの援護と一応やりすぎたときのための対処を行うためにこうして待機してるところなんだけど……。
「ぶっちゃけ、ソフィアの援護なんていらないよねぇ」
「クッソォォォォォォォォ!!??」
あたいがため息をつくのと同時に、腐りトカゲがなんとかなけなしの反撃を試みた。
右腕が異様に膨れ上がり、ソフィアの体をぶち砕こうと振るう。
けれど、ソフィアは軽い動作でその腕を踏んで飛び上がり、腕の射程距離外に着地する。
その瞳は、迸る怒りを宿らせながらも、極めて冷静に相手の動作を観察している。
……こんな状況だけど、惚れ惚れとする色っぽさだね。今この場にリュウがいたら、狂喜乱舞すること間違いなしだよ。全身から滴る血が、妙に扇情的に感じちまう。
ソフィアは顎に滴った血を、汚らしいものを拭うような動作で振り払う。
「ク……! 魔王ゴトキガ生ミ出シタ出来ソコナイガ……! 我ヲ誰ダト思ッテイルノダ……!」
腐りトカゲは異形化した右腕を元に戻しながら、悪態をつく。
リュウの奴なら絶対しそうにない、悔しさや憎悪にまみれた醜い表情でソフィアを睨みつけた。
「我ハ真古竜ダゾ……! コノ、世界ノ守護者タル存在ナノダゾ! ダトイウノニ、デキソコナイノ竜種モドキガ、我ニ何ヲシタ……!!」
ゴキッゴキッ、と痛々しい音を立てながら、その全身が変化していく。
その肌は鎧のように。その腕は刃のように。その足は鋼のように。
顔をのぞいたすべての部位が、今の戦闘に耐えうるように変化していく。
「貴様ニコノヨウナコトガデキルカ!? 出来ヌデアロウ! コレコソ、竜種ノミニ許サレタ肉体変異技術!! コレモマタ、竜種言語ノ応用ノヒトツダ!!」
さらに肉体は巨大化していき、ソフィアと同じくらいだった背丈も、今やソフィアを見下ろすほどの大きさに変貌していた。
「ソウ! 竜種コソ、コノ世ニ栄エルベキ、絶対ノ存在! 無駄ニ増エルコトシカデキヌ人間デモ、考エルコトシカ能ノナイ魔族デモナイ!! 竜種コソガ、コノ世ノ王トナルベキ存在ダッタノダ!!」
……けど、威圧的な外見とは裏腹に、言ってることは幼稚なうえに陳腐だね。
竜種こそが、この世の王となるべき存在だった、ね。
あたいは竜種なんて見たことないから何とも言えないけど、これだけははっきりしてる。
……こいつは、王なんて器でもなければ、真古竜と呼ばれるべき存在でもない。
こいつは、ただのバカな腐りトカゲだよ。頭の中まで腐っちまってるせいで、言ってることもよくわかんないや。
「おぉーい、ソフィアー!」
「ん? どうかしたか、カレン」
あたいが大きな声で呼びかけると、ソフィアはあっさり振り返ってくれた。
相変わらず目は紅いままだけれど、表情は腐りトカゲの相手をしているときと違って、いつもみたいに穏やかなものに変わった。
そのことに安堵しながら、あたいは続ける。
「いい加減、決着つけなよ! そろそろ飽きてきちまったよ!!」
「ん? ああ、すまない。確かに、見ていて面白い相手ではなかったな」
「貴様ラ……!!」
自らから視線を外し、あたいと会話するソフィアの姿に、腐りトカゲの表情がまた一段と歪む。
「我ヲナンダト思ッテイルノダァァァァァァァァァァ!!!!」
腐りトカゲの咆哮と共に、覇気の波動が周辺に拡散していく。
それを浴びた途端、あたいたちの体が動かなくなる。
「っく……!?」
「またこれかニャ!?」
「い、今はまずいんじゃ……!」
「ぬあぁぁぁぁ!!!!」
ガオウの奴が叫びながら拘束から脱しようとするけれどもそれは敵わず、混沌の獣と戦っていたみんなも、腐りトカゲのせいで動きが止ま――。
―オァ!!!!―
「うあ!?」
瞬間、ソフィアの口から発せられた短い音が、あたしたちの体の拘束を解いた。
「ナァッ……!?」
「……ふむ。これが、竜種言語という奴か。慣れれば、存外簡単に使えるのだな」
喉をさすりながら、少しだけ嬉しそうにソフィアがそう呟いた。
竜種言語……。リュウの奴が少し使ってたけど、ソフィアもやっぱり使えるんだねぇ。
これでリュウとお揃い……だねぇ。
「バ、バカナ……!? 突発的ニナラトモカク、竜種言語ヲ意識シテ使ウナド、真ノ竜種以外ニデキルハズガ……!?」
「――現実を、今を見よ。この世界に貴様の居場所などない」
ソフィアは腐りトカゲを見ないままにそう言い、レイピアを構える。
「引導を渡してやろう。今度こそ、素直に逝け」
「フザ、フザケルナァァァァァァァァァァ!!!!」
ソフィアの言葉に激高し、腐りトカゲがソフィアに襲い掛かってくる。
……けどさぁ、腐りトカゲ。
そもそもスピードで負けてる奴相手に、巨大化してどうするんだい。
「クアァァァァァァァァァ!!!!」
「―――」
それじゃ、いい的だよ。
ソフィアはまるで鼻歌でも歌っているかのような気軽さで、襲い掛かってくる腐りトカゲの横を抜けて行った。
「ガ、カ……?」
ゆっくりと抜けて行ったソフィアの姿に、拍子抜けしたように振り返る腐りトカゲ。
けれどソフィアはそんな腐りトカゲの様子にもかまわず、レイピアを収めた。
「――終わりだ。前世界の負の遺産」
ズルリ、と音を立てて腐りトカゲの腕が落ちる。
それを皮切りに、腐りトカゲの全身の至る所に斬り傷が現れる。
「ナ、ガ……!?」
「塵と砕けて、逝くがよい」
斬られていない場所がない。そう断言できるほど細切れにされた腐りトカゲの体が、風に吹かれて散っていく。
「ナァァァァァ………―――!!??」
ソフィアの宣言通りに、塵と消えていく腐りトカゲ。
すべてが終わり、ソフィアは一息ついた。
「……やっと、不愉快な生き物が消えて失せたな」
「まったくだね」
ソフィアの言葉に、笑顔で同意してやる。
その瞬間、大地が揺れ、地面にひびが入った。
「なっ!?」
「うぇ!?」
あたいたちは慌ててひびが走ってきた方へと顔を向ける。
そこには、腕を立てて、わずかに立ち上がりかけた偽神の遺骸の姿があった……。
腐りトカゲに止めを刺したものの、偽神の遺骸が立ち上がる。
隆司はいったい何をしていたのか?
以下、次回。