No.232:side・remi「四天王リアラの届かぬ想い」
「リッキーちゃん……パァンチィ!!」
コックピットにいるリアラさんが叫ぶと同時に、背中に生えている腕が私たちのいる場所に向かって飛んできます。
「守って!!」
私は素早く盾を形成し、リッキーちゃんの一撃を受け止めました。
空気を震わせる轟音と共に、リッキーちゃんの腕が盾に隔てられて動きを止めます。
「ムキー! そんなちっぽけな盾一枚、なんで破れないかなぁ!?」
「そりゃ、空間そのものに作用してるからよ」
私が動きを止めている間に、背後へと回った真子ちゃんが紅の宝珠を片手に魔法を唱えます。
「地王結界!!」
「うわわ!?」
大きな音を立て、リッキーちゃんが立っている地面が大きく隆起し、リッキーちゃんの体を持ち上げます。
そのまままっさかさまに落下し、あわや激突しそうになる寸前、リッキーちゃんは腕四本を使って器用に態勢を変えました。
「甘いよ! ガオンちゃんを作ったときの姿勢制御技術の応用、甘く見ないでよね!!」
叫び、リッキーちゃんが肩につながっている腕を前にだし、その中に仕込まれていた砲身を展開しました。
「ファーイヤー!!」
リアラさんの声に応じるように、その砲身から赤い炎の塊が飛び出し、真子ちゃんへと向かっていきました。
けれど、真子ちゃんはあわてず周囲に浮かぶ宝玉を前方に展開しました。
宝珠は真子ちゃんの前で回転し、真子ちゃんの前の空間が歪んだように景色をぼやかせていきます。
「反射」
真子ちゃんが呪文を唱えると、宝珠の円の中へと飛び込んでいった炎の球は、その勢いのまま宝珠の円の中から飛び出していきました。
行先は、リッキーちゃんの方。
「え!? なんでー!?」
リアラさんは驚愕しながらリッキーちゃんの装甲を飛ばし、炎の球を防ぎます。
リッキーちゃんから剥離した装甲は正六角形で、私が呼び出す盾のように空間で止まって炎の塊を防ぎ、そして真子ちゃんが操る宝珠のように周りを飛び回りました。
「フ……ふふふ! この程度ではびくともしないよ! この日の決戦のため、私のすべてをつぎ込んだんだもん!」
「チッ。うっとうしいわね」
「真子ちゃん、穏便にね……」
忌々しそうに舌打ちする真子ちゃんを宥めながら、私はリアラさんの方へと向き直ります。
何度も突っぱねられた降伏勧告を、私は何度でも繰り返します。
「リアラさん! 何度でもいいますけれど、ガルガンドはやろうとしていることは、とっても危険なんです!!」
「何度も言うけれど!!」
リアラさんは私に叫び返しながら、リッキーちゃんの武装を展開しました。
「私は! あなたたちに降伏するつもりはないんだからね!!」
「……何度も言うけどさ。力でねじ伏せた方が早いって、絶対」
「だ、だめだよ真子ちゃん。それはテロリストの考え方だよ」
いい加減イライラしている真子ちゃんを宥めつつ、私はリアラさんに次に語りかける言葉を考えます。
「最低限文化的であるためにも、お話しできる間は、何とか説得できないか挑戦しないと……!」
「……にしたって限度もあるでしょうが」
「おりゃー!!」
真子ちゃんは私の言葉にため息をつきながら、素早い動作で近づいてくるリッキーちゃんに魔法を放ちました。
「風王結界」
「んにゃー!?」
もはや巨大な龍とでもいうべき風の奔流がリッキーちゃんの巨体を吹き飛ばしてしまいます。
あわわ、大丈夫かな!?
「ま、真子ちゃん!!」
「たぶんだけど、あいつ絶対折れたりしないわよ」
私が非難しようとすると、真子ちゃんは真剣な表情で見つめ返してきました。
その中には、確信を抱いた人間だけが放つ強い光が込められていました。
「あいつ、確かに言ってることは子供っぽいけど、その裏に強い意志を感じるわ」
「それは……」
真子ちゃんの言葉に、私は声を濁らせます。
……立ち会ってからしばらく経ちますが、私もそれは感じていました。
「うっがー!!」
叫びながら、立ち直り、すぐに仕掛けてくるリアラさん。
放たれる炎弾を防ぎながら、私は彼女の表情を観察します。
「これ以上……マルコの邪魔はさせないんだからぁ!!」
その顔にあるのは、焦りと……もう一つ。
マルコさんの名前を呼ぶたびに、顔をのぞかせる、仄かな感情。
それは……。
「……でも、何とか説得しないと……!」
「……まあ、それはその通りではあるんだけどね」
私はリアラさんから感じる感情の正体には一旦目をつぶり、炎弾を防ぎます。
私の言葉に、真子ちゃんもいささかめんどくさそうに頭を掻きました。
「めんどくさいわね……。偽神を何とかするためとはいえ……」
「いろいろ言ってられないよ!!」
「何をする気か知らないけれど……!!」
最接近したリッキーちゃんの背中の腕が組まれ、大きなハンマーのように私たちのいる場所へと振り下ろされます。
「私はあなた達のいうことなんか聞かないもん!!」
「盾よ!!」
私の言葉に応え、意志力の力によって顕現した盾がリッキーちゃんの一撃を防ぎます。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
リアラさんが、叫び声をあげ、リッキーちゃんの背中の腕が大きく軋みを上げます。
「もうすぐなんだ! もうすぐ、マルコの願いがかなうんだ!! だから……」
一瞬言葉を詰まらせたリアラさんの体から……意志力が迸ります。
「邪魔……しないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
爆発的な意志力と共に、私の盾にひびが入り、砕け散り、リッキーちゃんの拳が地面を砕きました。
爆煙と砕けた地面の欠片が宙に舞います。
「っはぁ、っはぁ、っはぁ……!!」
リアラさんが、大きく息を吐き、リッキーちゃんの体がズシャンと膝をつきました。
「っは、っは、っは……。や、やったの……?」
「いいえ、そのセリフはフラグよ」
「っえ!?」
盾にひびが入った瞬間に、真子ちゃんの意思一つでリッキーちゃんの背後へとワープしていた私たちは、そのまま一気にリッキーちゃんを拘束しにかかります。
「水王結界!!」
真子ちゃんの言葉に応じ、リッキーちゃんの体を縛り、関節の動きを封じるように水の縄がまとわりつき、リッキーちゃんの動きを封じます。
「こ、こんなの……!!」
「守護の鎖よっ!!」
続き、私の意志力を水の縄の中に通し、強度を強めます。
リッキーちゃんの動力が唸りを上げて縄を引き千切ろうとしますけど、それが叶わずただ空回りするだけとなりました。
「く、くぬ! くぬぅぅぅぅぅぅ!!!」
「何べんやっても同じよ。これで終わり」
「リアラさん……!!」
リッキーちゃんが動かなくなってしまっても、涙目で何とか拘束を脱しようとするリアラさんの前へと回り、私は声をかけます。
「もう、やめましょう……。マルコさんが目的を達成しても、リアラさんの想いは届きませんよ……」
「ぐ、うぐ……! そんなの……わかってるわよぉ!!」
ついにぼろぼろと涙を流し始めるリアラさんが、大きな声で叫びました。
「わた、私の作ったもの……誰も、誰も必要としてくれなくて……! でも、マルコだ、だけは、そんな私を見捨てないでいてくれで……!!」
「………」
涙を流すリアラさんが、苦痛を覚えたように顔を歪ませました。
「し、城の皆も、わ、私の事、道楽者だって、バカにする中で、マルコだけは、話、私の事、見捨てないでくれたんだもん!! で、でも、マルコにお返しできるもの、もう、もう何もなくて……!!」
絞り出すような、リアラさんの胸の中の想い。
それにわずかでも触れ、私の胸も痛みました。
……そうだ、この人は、マルコさんの事が……。
「こうするしか、マルコにしてあげられること、何もなかったんだもん!!!」
「そんなことないです!!!」
叫び声を上げるリアラさんに、私も声を上げました。
キッとリアラさんは私を睨みつけます。
「なによ!? あんたに何がわかるのさ!? 私の……マルコの事、何も知らないくせに!!」
「そうです、私はマルコさんの事、何も知りません!!」
リアラさんの言葉に、私は頷きます。
そんな私を見て、リアラさんの瞳が吊り上ります。
彼女の口から罵倒の言葉が出るより早く、私は叫びました。
「でも、あなたはマルコさんの事、よく知ってたんでしょう!? なら、どうして、マルコさんの事を止めてあげられなかったんですか!?」
「っ!?」
私の言葉に、リアラさんが言葉を詰まらせます。
「マルコさんが、あんな凶行に走った原因は分からないです! でも、マルコさんと相対して感じたことは、彼が誰かを必要としていたってことです!! だから彼は魔王様を呼ぶために、こんなことをしようとしたんです!!」
幾度となく相対し、彼から感じた狂気。
その根底にあったのは、満たされない思いだと、私は感じた。
彼は何かが満たされず、その満たされない何かのために、魔王様を頼ろうとしたのだと。
けど、それはきっと。
「でも……でもきっと、それは魔王様でなくても満たしてあげられたはずなんです!! 誰かが……その気持ちを満たしてあげられれば、それで!!」
「そんなことなんであんたにわかるのさぁ!!!」
大きな声で、リアラさんが叫びます。
顔はぐちゃぐちゃに汚れ、それでも私をギンと睨み付け、言葉を重ねました。
「あんたなんかに……あんたなんかにマルコの気持ちなんてわかるもんか!! わ、私にだって……よくわからなかったんだ!!」
リアラさんは叫びます。血を吐くように。
己の悔恨を吐き出します。懺悔するように。
「私だって、どうにかしたかったよ……! でも、けど、マルコの気持ちは、私にはわからなかったんだよ……!!」
「それは……!」
「……ホントに、理解しようとしたの?」
ポツリとつぶやいた真子ちゃんの言葉に、リアラさんが声を荒げました。
「ど、どういう意味だぁ!?」
「さっきから聞いてれば、認められただの、できることはこれだけだの……」
真子ちゃんはそう言いながら、リアラさんを睨みつけました。
「ちゃんと聞いたの? どうして魔王を呼び出そうとしているのか?」
「……聞いた。けど、答えてくれなかった……!」
真子ちゃんはリアラさんの返答にうなずき、もう一度問いかけました。
「何度も聞いた? しつこく、食い下がって?」
「………」
リアラさんの沈黙に、真子ちゃんは呆れたようにため息をつきました。
「ひょっとして、ビビったの? その一言で、マルコがあんたを見放すかと思って?」
「それは……!」
真子ちゃんの言葉に、虚を突かれたように狼狽えるリアラさん。
その態度こそが、彼女の考えを如実に表していました。
「そう。ビビったわけだ。見捨てられるのが怖くて、現状維持に……マルコに認められているだけの自分に甘んじたわけだ」
「ち、ちが……!!」
「違うの? マルコの内面に踏み込むのが怖くて、二の足を踏んだのに? 何が違うの? 言って御覧なさい!!」
強く激しい真子ちゃんの言葉に、リアラさんは黙り込んでしまいます。
そんな二人の応酬を見ながら、私はゆっくり言葉を紡ぎます。
「……リアラさん。そう、思ってしまったのは、きっと間違いじゃありません。みんな、怖いです。拒絶されるのは」
「………」
「でも、想いを繋ぐには……その恐怖を、乗り越えないといけないんです。ずっと一緒に居たいと想うなら、なおさら」
「う、うぐ……」
「マルコさんの事が……好きなのなら……その恐怖を、乗り越えないといけなかったんです……!」
「う、うう……!!」
リアラさんは、静かに大粒の涙を流します。リッキーちゃんの体は、もう動きませんでした。
「……あんたも怖い?」
「え?」
「光太の事」
真子ちゃんの短い問いかけに、私は答えます。
「……うん。光太君、油断するといなくなっちゃいそうだし……私の事、どう思われるのかわからないし……」
私は昨日の夜のことを思い出しながら、真子ちゃんの言葉に答えます。
夢を話したことや、光太君に抱きしめられたこと。
それらを想い、顔が赤くなるのを自覚しながら、私は笑いました。
「けど、私……光太君がいないともうダメな子だし……」
「なら、首輪でもつけときなさい。いなくならないように」
「真子ちゃんそれはひどいよ……」
なんだか吐き捨てるようにそう言った真子ちゃんは、ラミレスさんへと連絡を始めました。
最後の仕上げに取り掛かるためです。
私はそんな真子ちゃんを見ながら、胸の前で腕を組みました。
「光太君……」
どうか、無事で……。
想いを手放してしまった少女が一人、地に伏せる。
一方その頃。
狂戦士による、ドラゴン解体ショーが行われていた(ゑ
以下、次回。