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No.230:side・Sophia「乙女の逆鱗」

 リュウジたちを送り出した我々は、残った骨どもや混沌の獣たちが彼らの後を追わぬように、立ち回っていた。

 ……といったところで、混沌の獣たちには誰かを狙うというほどの知能もないらしく、目の前の敵を手当たり次第攻撃している。その中に骨どもも混ざっているのは……必然であり自業自得だろう。何らかの術法を駆使した程度で御せるのであれば、混沌などとは言わぬ。

 そして肝心の骨どもも、大した戦力ではない。というかそもそも、数くらいしか我々に勝っている点が見受けられない。もちろん数で抑え込まれたうえで、不死身利用で我々もろとも混沌の獣に攻撃させるという戦法もあるが、そう言った考え自体は向こうにはないようだ。

 むしろ向こうの頭にあるのは暴れることくらいしかないらしく、こっちに無謀に向かってきては。


「死に晒せおんどりゃ――」

「分を弁えよ、下郎が!!」

「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!??」」」」」


 一撃のもと、私の攻撃に吹き飛ばされていたりする。

 ……もう少し、戦術にのっとった動きをされていたら、さすがに苦しかったかもしれんな。

 ……ん?

 私はふと、見覚えのある剣士がこちらに向かって駈け寄ってくるのを発見した。


「アルト王子! 無事か!?」

「ええ、何とか――!」


 人魔、骨獣が入り乱れる戦場の中、さすがに無傷とはいかなかったのか端々に血をにじませたアルト王子。

 彼の剣の腕前は、コウタが太鼓判を押すほどだ。そんな彼が負傷する……。

 私は近寄ってきた混沌の獣を斬り裂きながら、アルト王子に問うた。


「相手は誰だ? 敵軍に、貴君を負傷させるほどの手練れがいるとも思えんが」

「それは買い被りすぎでしょう。貴方たちに比べれば、私など小兵もいいところです」


 そう言いながらも、アルト王子は手慣れた所作で近づいてきた混沌の獣の首をはねる。

 アメリア王国の王族は剣技を嗜み、その技を狩猟を行うという形で磨くと聞いていたが、彼の動きはその領域を超えているな……。


「相手は、死霊団の精鋭、首なし騎士(デュラハン)のクロエです」

「なるほど、あ奴か」


 アルト王子の口から聞こえた名に、私は納得して頷く。

 確かに奴なら、彼と互角かそれ以上だろう。死霊団の中では、唯一と言っていいほどの使い手だ。

 近寄ってくる骨どもを諸共吹き飛ばす。


「それで、決着は?」

「途中で、混沌の獣が大挙して寄ってきたせいで水入りです。今は、シュバルツが先頭で頑張ってくれていますが、本陣へと押し寄せてくるのは時間の問題かと」

「シュバルツ……が……?」


 アルト王子の言葉に、思わず首をかしげる。

 シュバルツ……確か、リュウジが騎乗していたという、あの黒馬のことか。

 馬というには巨大に過ぎ、凶暴過ぎ、そして強すぎる。

 あの馬もまた、ガルガンドの実験の一環で生み出されたものらしいことは分かっているのだが……。

 ……どうにもあの馬、賢すぎる気がするのだよな。

 人の意思をくみ取っている、というにはあまりにも明確にこちらの意図を察している気もするし……。

 ……まあ、信頼がおけるのは良いことだ。事実、そこいらの混沌の獣よりもはるかに強力だし。


「数はどの程度だ? シュバルツ一体で今のところは、抑え、込め……?」


 ……今まで生きてきて、初めてだな。

 目の前の光景に唖然として言葉を失うというのは……。


「……ちょっとあれは多すぎないかさすがに……?」

「いえ、あそこまで多くなかったのですけど……」


 私の隣で、アルト王子も冷や汗を流している。

 私たちが視線を向けた先、偽神が横たわっているそちら側から、それこそ大挙を為して混沌の獣が迫っているのが見えた。

 骨たちの数など問題にならないほど、大量に。しかも大中小と大きさもさまざまに取り揃えられている。まったくお得感がないが。

 ちらほら血しぶきを上げて倒れているのが見えるが、それと同時に黒い毛並みの大馬の姿も見える。

 どうやら、シュバルツは生きているらしい。まあ、この状況を前にしては何の慰めにもならないわけだが……。


「ここいらが正念場だろうか……?」

「かもしれませんね……」


 アルト王子は覚悟を決めたように息を呑みながら、剣を構えた。

 私もその隣で剣を構える。

 後ろの方で戦っていた皆も、迫る混沌の獣に気づいたのか、骨たちとの戦いもそこそこに私たちの方へと近づいてくる。


「ソフィア様ー! 無事かニャー!?」

「ミミルか! そちらこそ無事か!?」

「あったりまえにゃ! 愛の力は無敵にゃん♪ ね、ダーリン!」

「チェストォ!!」


 腹立つことぬかすミミルにソバットをぶち込んでやるが、ひらりと軽やかに回避されてしまう。くっそぅ。


「おいおい、攻撃する相手間違えるなよ!?」

「ああ、大丈夫にゃよダーリン。どーせ、リュー君に素直になれなくてフラストレーション溜まってるだけなんだからにゃ」

「うすらやかましいわぁぁぁぁぁぁぁ!!! そういうお前はこんな戦場でも、自分に素直だなぁ、悔しいほどに!!」

「ミミルのそういうところは見習うべきだと思いますよ、ソフィア様……」

「まったくだねぇ。いつまでもこんなところで油売ってないで、リュウの援護に行きゃいいじゃないか」

「ぐぬ」


 続くマナとカレンの言葉に思わず声を詰まらせてしまう。

 た、確かにその通りなんだけれど……だ、だが、戦ってる時のリュウジの姿なんて見たら……。

 ………だ、だめだ。それだけは絶対に駄目だ!!

 私は首を振り、そして力強く頷く。


「い……いや。今のリュウジは私が援護するまでもなく、使命を果たしてくれるはずだ。私の役目は、ここでこうして皆の指揮を執り、全軍を無事にこの戦場から生き残らせること……」

「それは、元より我々の仕事でしょう」

「姫様が無理することないんだよ?」

「部下を信用するのも、上司の仕事だぞ?」

「ぐぬぬ……!」


 さらに追いついてきたヴァルトにラミレス、そしてゴルト団長にまで諭されて、私は進退窮まっていく。

 い、いかん……! このままでは、リュウジのところに行かされてしまう……!?


「あの、皆さん? 行きたくないと言っているのを無理に行かせようとするのもどうかと思いますが」

「アルト王子――!」


 思わず私はアルト王子を天の御使いか何かのように跪いて仰ぎ見た。

 ああ、彼の気遣いが心に温かい……!


「その通りだ貴様ら!! ソフィア様が今あの男にお会いしたくないというのであれば、それに従うのが道理だろうが!!」

「ガオウ……!」


 さらにガオウがアルト王子を援護するように大声を上げる。

 ああ、私は良い臣下を得たのだな……!


「どちらにせよ、終わったらまっすぐに帰ってくると思いますし」

「うむ! 今まで顔を合わせられなかった分、濃厚に接するとも言っていた! その時を待て!」

「え、ちょ!?」


 だが続く言葉は死刑宣告に近い。

 だから今は会えないんだって!?

 狼狽する私の肩を、ポンとカレンが叩く。


「そこまで嫌がることないじゃないか」

「だって……!」


 だって、だって……!


「い、今あいつの顔なんか見たら惚れ直してしまうだろーがぁ!!!!」


 私は声高らかに、心の奥底にしまっていた本音を口にする。

 えぇい、もう自棄じゃ!? 存分に聞くがいいわ、貴様ら!!


「た、ただでさえ今のあいつはかっこいいのに……! 今まっすぐにあいつの顔なんて見てみろ! もうそれだけで私はキュン死しかねんぞ!? いいのか!? でも見たいよ! 私だってリュウジの顔ちゃんとまっすぐみたいよぉ! でも顔が、体が言うこと聞かないんだよぉ……!」

「……ああ、うん。追いつめて御免よ。だから、少し落ち着こうか」


 カレンが、なんか私をかわいそうな子供を見る目で見つめてくる。

 そ、そんな目で私を見るなぁ……。


「グスン……」

「ああ、もう泣かないでってば……。あんたが今リュウにあったら本気でまずいのは分かったってば……。とりあえず、今はこの難局を乗り越えることを考えようか。煽ったあたしが言うのもなんだけど」


 ホントにお前が言うなだよ……。

 もう目前と迫ってきた混沌の獣の集団に、私は涙を拭きながら向き直る。

 かなり数が多いが、生まれたばかりなせいか大した脅威を感じない。

 とはいえ、押し込まれてしまっては元も子もない。本陣に踏み込まれぬように踏ん張らねば――。


―オオオォォォォォォォ!!!―


 瞬間。


「なん……!?」


 私の全身が、硬直する。

 これ、は……リュウジが言っていた……竜種言語(ドラゴン・スペル)……!?

 混沌言語(カオス・ワード)と違い、これは命令言語。より、上位の生命体から、その強い覇気を伴った声を叩きつけられることで、肉体へと強制介入する言語。

 リュウジはその応用で、皆の覇気を活性化させたりしたが、これはそれとは逆……! こちらを委縮させることで、行動不能にするもの……!


「今の……咆哮は……!?」


 全身の毛を逆立てたヴァルトが、絞り出すように声を上げる。

 竜種言語(ドラゴン・スペル)を使えるものは、今の世にはたった一人、リュウジだけのはず……!

 いったい、だれが……!?


「ぐ……! くそ……!」

「にゃ、にゃにゃにゃ……!?」

「こいつは、どういう、カラクリだい……!?」


 私の周りにいた者たちも、ほとんど動けなくなっている。

 幸いにして、先ほどの竜種言語(ドラゴン・スペル)のおかげで混沌の獣の動きも止まっているが、いつまでこの状態が続くのか……!?

 そんな矢先、私たちの前に一つの影が躍り出た。


「な、なんだい……!?」


 跳躍によって、前へと出たその生き物は、体の節々を鋼の鱗で覆った、リザードマンのような姿をしていた。

 しなやかな筋肉で覆われたその体は、一目見て只者ではないことを我々に知らしめる。

 そして、その者がゆっくりと顔を上げた。


「な――」


 黒い頭髪と鋭い角を備えたそいつの顔は……リュウジによく似ていた。だが、欠片もリュウジらしくはない。

 どこまでも無機質で無表情。あいつにある、感情のようなものが欠片も感じられない。


「なん、だい、そりゃ……!? いったい、どこのどいつだい……!?」

―奴ガ真古竜エンシェント・ドラゴンノ記憶を奪ッタトイウノデアレバ、我モマタ奴ノ記憶ヲ吸収シテ然リト思ワンカ?―


 カレンの問いに、そいつは……巨竜であった時のリュウジのような発音で答えた。

 ガラガラとした耳障りな声であったが……それが、雄弁にそいつの正体を答えた。


「あの時の……腐りトカゲかい……!?」

―否、我コソガ真ノ真古竜エンシェント・ドラゴン也―


 目の前の偽リュウジはそう答え、こきりと首を鳴らした。


―彼奴ハカツテコノ世界ヲ破滅ヘト導コウトシタ輩ダガ、コウシテ我ヲ復活サセタコトハ評価デキル―

「しぶ、っといねぇ……!」


 動かぬ体を何とか動かそうとするカレン。

 そんなカレンの隣で、私はただ、じっと偽リュウジを見つめていた。

 ……いや。


―コノ世界ニ、真古竜エンシェント・ドラゴンハ二頭モイラヌ。奴ガ目的トヤラヲ達成シタラ、アノ男モ諸共―

―ルゥオォォォォォォォォォォォ!!!!―


 目の前の不愉快な存在がそれ以上何かしゃべらないように、腹の底に一瞬で溜まった怒りごと、喉から咆哮を解き放った。


「うぁ!? ……あれ?」

「体が、動く?」

―何!?―


 次の瞬間には、私の咆哮を受けた者たちが動けるようになったようだが、今重要なのはそこではない。

 私は全身から怒りを迸らせながら、一歩前に出た。


「それ以上喋るな……」

―ナ、何……?―

「リュウジの似姿で、それ以上喋るなと言っているのだ下郎……!!」


 これほどまでに……これほどまでに不愉快だとは思わなかったな……。

 愛しい者の似姿で、まったく違う人格が動いてしゃべることが………!


「そこを動くな……! 今、その全身をバラバラに引き裂いてやろう……!!」


 全身から迸る怒気のままに、私は翼を大きく広げる。

 無様に死を晒せ、下郎が……!




 乙女の逆鱗を逆撫でした腐りトカゲの命運は置いておいて。

 アスカと光太たちの戦いもまた、白熱の境地へと向かう。

 以下、次回。


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