No.228:side・kota「駆け抜ける光」
「元始之一撃ッ!!」
アルト王子の号令と共に、本陣に陣取っていたフィーネ様が大きな声で魔法を唱え、敵陣に強大な一撃を叩きこんだ。
灼熱の業火が、声もなく敵陣の骨と、先頭に立っていたクロエさんの体を無慈悲に吹き飛ばした。
「うっ……!」
「おら、いくぞ!」
パッと見、凄惨にしか見えないその光景を見て思わずえづいてしまうが、隆司はそんなこともお構いなしで進み始める。
真子ちゃんも後に続き駆け出し、さらに後ろの皆も声高らかに敵陣に突っ込みはじめる。
十全な覇気の……力強さの籠った声に後押しされて、僕は頭を振って後ろを振り返り、彼女に声をかけた。
「……礼美ちゃん!」
「うん!」
強く頷いた礼美ちゃんの姿を見て、僕は前を向き走り始める。
隆司との差はかなり開いていたけれど、すぐに追いつけた。
隆司がかなりスローペースで走ってくれていたというのもあるけれど、それ以上に。
「この先にはいかせへん――」
「うすらやかましい、いなくなれ凡骨!!」
「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」」」」」
叫んで同時に、隆司が前方の空間を叩いて、前に立ちふさがっていた壁のような大量の骸骨たちを丸ごと粉砕する。
そのあまりの景気の良さにあんぐりと口を開けてしまう。
けれど、あっさり砕け散った骨たちはすぐに元通りのように治っていってしまう。
隆司や真子ちゃんから、再三告げられていた話を思い出す。
彼らはアンデット。僕らの世界でも不死者として有名だけれど、この世界に置いては核を持つが故に不死と呼ばれる不死者と違い、彼らは生きた魔法式だ。
火を消しても、火が付くという物理法則が存在する限り火は再び燃え盛るように、彼らを完全に滅するには彼らが存在するという魔法式を完全に粉砕しなければならない。
それをやるには源理の力で触れるのが一番手っ取り早いらしいんだけど、さすがにこれだけの数に一々干渉してたら日が暮れる……!
「ま、またんかいあほんだらぁ……!」
「すいません通ります!」
「ごめんなさい!」
「おぼぁ!?」
僕と礼美ちゃんは、再生しかけていた骸骨を踏み砕きながら、先を急ぐ。
とりあえず、彼らに対する対処は一つ。とにかく、全身をくまなく砕くこと。
そうすることによって、再生するまで行動不能にして少しでも僕たちが動きやすくするのが目的だ。
一応、粉末状になるまで砕けば再生は不可能らしいんだけれど……。
「そこまでやってる暇も、ないよね!」
「そういうこった! 先を急ぎなお二人さん!」
「ここは私たちが抑えます!」
進む僕らの背中に、フォルカ君とナージャさんの声が聞こえてくる。
そして、盛大に活躍しているらしい、騎士三人組の声も。
「Aラリアット!」
「Bソバットォ!」
「Cバックドロップゥ!」
「古傷をえぐる必殺技はやめてください!!」
前線に立っている骸骨たちの中を、皆の援護を受けながら突き進んでいく。
そもそも、この骸骨たちの実力自体は大したことがない。
数が多いのは驚異的だけれど、それも、隆司や真子ちゃんたちの前ではほとんど意味をなさない。
「っらぁ!!」
「風王結界!!」
隆司の拳が放つ覇気の一撃が。真子ちゃんの宝珠が放つ鋭い風が。
それぞれ戦場を駆け抜ける骸骨たちを吹き飛ばしていく。
「……っ!!」
僕はそんな隆司たちの戦果の中を目を凝らして睨みつける。
どこかに……彼女もいるはずだ……。
僕が……選ばなかった……彼女が……。
「まぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「あ?」
彼女を探す中で、鋭い叫びが僕たちの背後から聞こえてくる。
その声に反応して隆司が振り返ると同時に、一陣の黒い風が僕たちの前に立ちふさがった。
「ここから先には向かわせん……! 我らの大願成就はもはや目前なのだ……!」
「フン。すっかり三流が板についたな、クロエよぉ」
眼前立ちふさがる首なし騎士・クロエさんに、隆司は挑発的に鼻を鳴らして答えた。
僕は腰から剣を抜き、臨戦態勢を取る。
「そこをどいてください! 僕たちは、先に進まなきゃいけないんです!」
「させんといったぞ! 私は……私を認めてくれる世界へ……!」
「そのセリフは世界を認めた人にだけ許されるセリフでしょう!!」
「!? 誰――」
クロエさんが叫ぶと同時に、轟音を立ててアルト王子をその背に乗せたシュバルツが空から降ってきた。
「――秘技! 黒○殺!!」
「北○無双!? どこまでホントなの隆司!?」
思わずといった様子でガッツポーズをとる隆司に、思わずツッコミを入れてしまう。
さ、さすがにないよね? シュバルツの自由召喚とか……。
「全部うそに決まってんだろ。つーか、思い切った方法でこっち来たな、アルト」
「ええ。クロエが復活して、すぐに皆さんを追ったのが見えましたので……」
アルト王子はそう言いながら、ひらりとシュバルツから舞い降りる。
そして剣を引き抜きながら、僕たちへと振り返る。
「皆さんはお先へ。彼女は私が押さえておきましょう」
「そうしてくれると助かる。じゃ!」
隆司はそれだけ言うと、一目散に駆け出す。真子ちゃんも無言でそれに続く。
「それじゃあ、ここは任せます王子!」
「絶対、生き残ってくださいね!!」
「ええ。またあとで」
僕と礼美ちゃんも二人の後に続き、アルト王子も笑顔で僕たちに答えてくれる。
数瞬後、獣のような咆哮を放つクロエとアルト王子が剣劇を交え始めるのが聞こえてきた。
「アルト王子……大丈夫だよね?」
「大丈夫さ。剣の腕前は……アスカさん仕込みだ」
不安そうな声を出す礼美ちゃんにそう答え、僕は前へと走り続ける。
アスカさん……どこで出てくる……?
物思いにふけりながら進む僕らの前に、次の相手――混沌の獣が現れた。
―ギュルルルルルル!!―
「回転しだしそうな鳴き声してんじゃねぇぞおらぁ!!」
鳴き声の通り渦巻きながら現れた筒のような化け物を、隆司は自身の爪でバラバラにする。
―ケロロロロロ!!―
「炎王結界!!」
けたたましく泣き喚く、鳥とカエルの融合できそこないみたいな生き物を、真子ちゃんは灰の欠片すら残さず焼き尽くす。
―ぴぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!―
「光太君! 今!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
頭の中で嫌に響く声で叫ぶ痩せこけた猿のような化け物を、礼美ちゃんに止めてもらい、僕は
揺ぎ無き双光の刃で斬り裂いた。
……隆司の言った通り、混沌の獣には源理の力がよく効くようだ。刃に意志力を通すだけで、紙か何かのように、容易く引き裂ける。
「ち! お代わりが来たか!」
けれど、一撃で倒せても、次々と敵が現れるのでは終わりがない。
さっき倒した三体の、三倍くらいの数の混沌の獣が僕たちの眼前に現れる。
そもそも、混沌の獣は偽神の遺骸が生み出す瘴気からあふれ出る獣……。当然、偽神に近づけば近づくほど、その数は増えていく。
けれど、ここで引くわけにはいかない!
僕は自身を奮い立たせて、両手に握る双剣を勢い良く振るう。
「何度来ても同じだよ! 立ちふさがるなら、斬り散らすのみだ!!」
「ああ、それでこそです、コウタさまぁ……♪」
「っ!?」
威勢よく啖呵を切った僕の耳に、声が聞こえてきた。
よく聞き、知り、この場で出会うことを渇望したのに。
粘っこく、あるいは腐臭すら漂うような、怖気を感じさせる狂気を孕んだ、彼女の声が。
「フフフ……コウタ様ぁ……」
僕を呼ばわる声と同時に、混沌の獣たちがまるで道を譲るように左右に割れる。
その間から現れたのは……僕たちが知り、そして見たこともない、彼女……アスカさんの姿だった。
「アスカさん……っ!」
「お久しぶりです、コウタ様……♪」
僕の姿を認め……いや、僕だけを見てアスカさんが蕩けたような微笑みを浮かべる。
恋する幼い少女のようなそれを浮かべた彼女は……まるでそんな表情にそぐわない異形へと変貌を遂げていた。
その左半身は、かつてジョージ君を取り込んでいたあの触手の化け物に覆われ、彼女の体を支えている。肩にはギョロつく大きな目玉があり、その触手にもまた意志のようなものが備わっていることを窺わせる。
そして、彼女の左腕であった場所は、すでにその形を成しておらず、ただ一振りの刃となっていた。
「さあ、コウタ様……♪ 私を、私だけを見てください……♪」
「………」
「こうして、ガルガンド様に体を弄られてしまいました……♪ もう、人の身に戻ることも叶わないかもしれません……♪ そんな哀れな女に、最後の慈悲をください……♪」
誘うように、踊るように。アスカさんは言葉を紡ぐ。
色香のようなものさえ見え隠れするそれを聞き、僕は瞑目し。
「――みんな、先に行って」
「……おう。こいつは任せた」
「言ったからには、きっちり決めてみなさいよ」
隆司と真子ちゃんが、混沌の獣を乗り越えて駆け出す。
それを見届けて、そして僕は礼美ちゃんの背中を軽く叩く。
「さ。礼美ちゃんも」
「光太君!? でも……!」
僕の言葉に、礼美ちゃんは驚いたような声を上げる。
そう。本来なら、僕と礼美ちゃんでアスカさんを助ける手筈だ。
けれど……。
「でも、礼美ちゃんは真子ちゃんが心配でしょう?」
「っ」
僕の指摘に、礼美ちゃんは唇を引き結ぶ。
そう、礼美ちゃんは真子ちゃんが心配なんだ。今の真子ちゃんのお腹には、サンシターさんと真子ちゃんの子供がいる……。
けれど、その子はすぐにでも消えてしまうすごく不安定な存在だ。誰かが、彼女を守らなければならない。
縦横無尽に飛び舞われる彼女を守れるのは……やっぱり彼女のことをよくわかってる礼美ちゃん以外いない。
そもそも、隆司は真子ちゃんのことを守る気はないだろうしね。
「僕は大丈夫。だから、行って」
「でも……!」
僕の言葉に、礼美ちゃんは迷う。
自身の口にした言葉を嘘にしたくないという思いと、大切な親友の中に生まれた尊い命を守りたいという思いの間で。
だから、僕は少しズルくなることにした。
迷って、そして縋るように僕を見上げた礼美ちゃんの唇を。
「ん――」
自分の唇で、奪う。
礼美ちゃんが、体を硬直させたのが、触れあった部分から伝わってくる。
熱が伝播し、胸の中に彼女への愛おしさが溢れる。
「――!」
「きゃ!?」
瞬間、僕は彼女の体を突き飛ばし、刃を振り下ろしたアスカさんの一撃を受け止めた。
「コウタサマコウタサマコウタサマコウタサマコウタサマコウタサマコウタサマコウタサマ……!!」
「――礼美ちゃんの想いは、きちんと受け取ったよ! だから、行って!」
「え、あ、う、あ~~~!!??」
そのまま僕の名を呟きながら怒涛の連撃を放つアスカさんをいなしながら、僕は礼美ちゃんに言い放つ。
混乱したように頭を掻き毟った礼美ちゃんは、顔を真っ赤にしたままビシッと僕を指差した。
「こ、光太君……! い、今の、今のは……その、ず、ズルいと思います!!」
「ハハハ! なんの事かな!?」
礼美ちゃんの言葉にすっとぼける僕。
そんな僕に、礼美ちゃんは悔しそうに地団太を踏んで、駆けだした。
「こ、今度復讐してあげるんだからねぇ~~!!」
「何その捨て台詞」
礼美ちゃんらしくないそんな言葉に、思わずプッと吹き出す。
なんだろうこれ。僕たちって、実はバカなのかな?
そんなことを思いつつ、僕は腰のポケットから二つ、光輝石を取り出してアスカさんに向かって放る。
アスカさんは軽い動作でそれを回避。
「コウタサマコウタサマコウタサマコウタサマコウタサマコウタサマコウタサマコウタサマ…………何故、私を見てくださらないんです……?」
「残念ながら、大事の前の小事に関わっている暇がないだけですよ。それに……」
言いながら、僕はアスカさんの向こうに落着した光輝石に、意志力を通じて魔力を送る。
「あなたを救いたいという人は、僕らだけじゃない」
「縛土蛇~!!」
「女神様の加護を!!」
僕の魔力を通じて転移術式の起点となった光輝石から、アルルさんとヨハンさんが現れる。
「コウタ様~意外と~早い~お呼びでしたね~!」
「ええ。みんなとはぐれちゃいまして。でも、アスカさんは見つけましたから」
「了解です。レミ様の願いは我が大願。神に代わって、成就いたしましょう!!」
力強く応えてくれるアルルさんとヨハンさんの心強さに感謝しつつ、僕は揺ぎ無き双光の刃を組み合わせる。
「すぐに、終わらせますよ……!」
「………」
僕の宣言に、アスカさんは冷然と僕を睨みつけるばかりだった……。
光太を残し、駆け抜ける三人。
そんな彼らに残った四天王が立ちふさがる。
以下、次回。