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No.22:side・ryuzi「そうだ、服を買おう」

 ヴァルトの襲撃から三日。

 俺たちはそれぞれ力をつけるための修業を始めていた。

 光太は以前にも増して剣の稽古に励むようになった。

 礼美も、自分の祈りの汎用性を上げようといろんな人から話を聞いている。

 真子は様々な魔法のアレンジに余念がないようだ。

 そして俺は。


「なあ、服買いに行かね?」

「あ゛?」


 なんてことを提案して真子にスゲェ形相で睨まれているところだった。

 いや、マジメに修行もしてるよ? 最近では団長さんに効果的な体の使い方とか教わってるし、その復習も兼ねて難易度の高い狩猟対象の依頼を受けたりしてるし。

 ただ、だからこそ気になる部分が出てきたっつーか。


「いや、お前らはいいけど、俺は今このマント一枚じゃん?」


 そう、この間の戦いで元の世界から持ってきた俺のシャツは塵も残さず消滅しちまった。

 城には用意された衣服もあるけど、さすがに借り物を血で汚したりズタ袋みたいにするのは気が引けるから、俺はサンシターから借りたマント一枚羽織って生活している。

 なに? サンシターの持ち物はいいのかって? いいんだよサンシターなんだから。

 しかし昨日この格好でハンターズギルドまで行ったら、カレンに真っ赤な顔で猛抗議された。

 曰く「そんな変態くさい格好で表に出る奴があるか!?」だそうだ。意外とウブよのぅ、じゃなくてもっともな指摘だ。全裸に靴下ネクタイよりましとはいえ、ズボンと裸マントは紳士スタイルの一つな気がする。

 その指摘を素直に受け、俺は昨日の分のギルドの依頼の報酬は換金し、ついでにこいつらの衣服も買ってやろうと思いついたわけだ。


「それにいつまでもお前ら、着たきり雀ってわけにもいかねぇだろ?」


 俺の言葉に、真子はドロンとした昏い眼差しで自分の格好を見下ろす。

 こっちに来た時の学校の制服姿のままだ。一日おきに用意されている服を着ているとはいえ、この格好の方が圧倒的に多い。光太と礼美にも言えることだ。


「……まあね」

「それによ」


 真子の同意を得られたところで、俺は顔を寄せてひそひそ声で真子につぶやく。


「服屋でお互いの服を選んでみるって、それなりのイベントじゃね? やっておいて損はねぇと思うんだが」

「……あんた一応、そのこと忘れてはいなかったのね」


 俺の言葉に真子が驚いたように目を丸くした。

 どういう意味だこの野郎。


「いや、だってあんた。ハンターズギルドに登録したり、敵将校を嫁って呼んだり、こっちに骨を埋める気だとしか思えなかったからさ」


 安心したようにため息をつく真子を、俺はジト目で睨みつける。

 さすがの俺も当初の目的忘れるほどアホじゃねぇよ。光太と礼美がくっつかねぇと安心して浄土にいかれねぇし。


「まあ、こっちに骨埋める気満々ではあるけどな」

「満々なんだ」


 あたりめぇよ。嫁がいない世界なんて今更考えられないね!


「ともあれ、俺は光太に伝えてくるから、お前は礼美に頼むな」

「わかった。いつ行くの?」

「どうせなら今日行っちまうか? 今は朝だし、この三日、光太は根詰め過ぎな気がするし」

「そうねぇ……」


 真子が呟きながらあらぬ方に視線を向けた。

 その視線を追ってみると、必死な様子で何かに祈りを捧げる礼美の姿が。額には汗の玉が見え、しっかりと握られた両手は血の気をなくして真っ白になっている。

 そばに立つ……ヨハン?だっけ? ともあれ、神官の兄ちゃんも必死の形相で礼美にエールを送っていた。


「……礼美もあの調子だしね。息抜きにはちょうどいいかしら」

「じゃあ、今日でいいな?」

「そうねー」


 俺は一つ頷いて、修練場にいる光太を呼びに向かった。

 さて、どういって納得させるかねー。




 なんやかんやで意外と光太の説得に時間がかかり、そろそろお昼なんじゃないかなーというくらい太陽が昇ったあたり。

 やむなく俺たちは、料理長に無理を言って早めの昼食を取り、服を買いに城下町へと繰り出していった。


「それはよいのでありますが」

「なんだよ?」

「何故自分も一緒なのでありますか!?」


 俺と肩を組んだサンシターが恐れおののくような悲鳴を上げた。

 その隣には光太が、その反対側、つまり俺側には真子と礼美がいるんだから当然か。

 とはいえ、いい加減慣れてくれてもいいんじゃね? 俺と二人きりの時はリラックスするくせに。


「何故って、お前がいなきゃ服屋の場所がわかんねぇじゃん」

「他の方に聞くという選択肢は!?」

「ごみ箱に捨てておいたから安心しろ」

「それは安心の要素ではありません!」


 こんな扱いではあるが、サンシターの利便性はこんなもんじゃない。

 その雑学知識の多さ、俺の知らないこっちの世界の常識を聞いたとしても素直に教えてくれるその優しさ。

 なにより、打てば響くようなツッコミが魅力的だ!


「というわけで、サンシター。そこそこ丈夫でそれなりに安く、なおかつ種類が豊富な服屋へと案内するがいい」

「条件が細かい上に難度高いでありますよ!?」


 いろいろぐちぐち言っていたものの、心当たり自体はあるらしいサンシター。

 さっそく俺たちを伴って城下町を歩き始めた。


「時にリュウ様。ご予算の方は?」

「昨日アイティス倒した分の、五十万アメリオン」

「服を買うだけで!? あの、ブランドものじゃないでありますよね?」

「そりゃ、こっちでの生活に必要な分まとめて買うつもりだし」

「はあ……」

「ところで」


 バッサバッサと札束を仰ぐ俺とサンシターの間に、ずいっと割り込んでくる真子。

 なんだなんだ、いきなり。


「そのアメリオン、ってあたしの感覚でどんくらいになるのよ?」

「んー? ああ、そういえばお前だけか。城下に来たことないのは」


 半目の真子の顔を見て、俺は思い出す。

 俺はハンターズギルドに顔を出す関係でちょくちょくこっちに来てサンシターがなんか買ってるのを見てるし、光太と礼美は一回アルトに案内してもらってたか。


「だいたい俺たちの世界と同じ感覚でいいんじゃね? その辺の屋台で売ってる軽食が確か五百アメリオン位だし」

「つまり五十万も服買うつもりなの!? 何考えてんのよ!?」

「いや、頭割りだから、一人十二万ちょっとだぞ?」

「それでも着れない服が出てくるわよ……」


 何やらゲンナリしてるけど、そんなに大量になるかね? 上下で一万前後で揃えたら、十着くらいじゃね?

 そんな俺の顔を見て光太が苦笑する。


「なんていうか、その辺は大ざっぱだよね隆司って」

「そうかぁ? まあ、そうかもな」


 俺は服なんて着れればいいって感覚だからなー。

 などと思っていると、礼美が苦笑しながら俺に教えてくれた。


「隆司君、女の子にとって服を買うって結構大事なことなんだよ?」

「そうなのか?」

「うん。だって、たくさん服を買ったけど、一度も袖を通さない服って結構あるもん」

「……そりゃ、もったいなくねぇか?」

「うん、もったいないよ? だから私と真子ちゃんは、一回のお買いもので服を買うときは一着だけって決めてるもん」


 礼美の言葉に、俺は首を傾げる。

 あー、あれか? 表紙買いした漫画がはずれで、結局積んじまうとかそんな感じか?

 女の感覚はよくわからねぇなぁ。

 ……でも礼美と真子って確か頻繁に出かけてるはずだから、結局服は増える一方なんじゃねぇの?


「まあ、下着なんかも含めて考えりゃいいんじゃねぇか? せっかくだし、上下も中身も揃えちまおうぜ」

「中身って、隆司……」


 俺の言葉に、さすがに呆れたような顔つきになる光太。まあ、普通は異性との買い物で下着なんか買わんわな。

 俺だってわかってるよ。でもお前、平然と礼美の下着選びに付き合いそうだから逆に釘を刺すためのセリフだかんな?


「………!? きゃぁぁぁぁぁぁっ!!??」

「ぎゅぇっ」


 光太をジトッと睨んでいると、何やらそんな女の子っぽい悲鳴が聞こえてきた。同時に聞こえてくるサンシターのうめき声。

 そちらの方を見やると、ギュッと目をつぶった真子が、サンシターに体ごと抱き着いていた。その両手はがっちりサンシターの気道を極めている。


「なんだよ、どうしたんだ?」

「あ、あれ! あれぇ!!」


 相変わらずサンシターの気道を極めたまま指差す先にいたのは、結構デカい茶色のドブネズミだった。


「チュ?」


 ネズミは何故指差されたのか分からない、といった風に首を傾げてこちらをじっと見つめている。

 ただし普通のネズミに比べて二、三倍くらいデカいせいか、可愛らしさより気持ち悪さの方が先立っている。

 真子は顔をネズミの方に向けないようにしながら、必死に手を振ってネズミをどこかに追い払おうとしている。


「あれぇ! なんとかしてよぉ!!」

「なんとかって」


 まさかの腹黒軍師の弱点に若干驚きつつも、早急に対策を立てることにする。

 でなけりゃ、どっかの猫型ロボットのように街中だってのに魔法使いかねん。

 さしあたって足先で突いて追い返すかと、一歩二歩とネズミの方に歩み寄る。

 すると、ネズミの方が危険を察知したのか素早く身をひるがえし、建物と建物の間へと駆けこんでいった。


「……おい、もう行ったぞ」

「ホントに!? 本当に!?」

「ホントだよ」

「嘘じゃないわよね!? 嘘だったら、ここで消し炭にするわよ!?」

「嘘ついてもなんも得ねぇじゃねぇか。だから……」


 俺は一つため息をついて、サンシターの惨状を説明してやった。


「いい加減、サンシターの首から手を離してやれよ。顔色変わってきてんぞ」

「………………え?」


 俺の言葉に真子が目を開ければ、その眼の前ではサンシターが紫色の顔色で泡を吹いているところだった。




 慌てた真子が礼美に蘇生を頼んでしばらく。


「ホントごめん、サンシター……」


 珍しく本気でしょげ返っている真子が、サンシターに謝っていた。


「い、いえいえ。誰にでも苦手なものはあるであります。自分なんかは、爬虫類なんかちょっと苦手で……」


 顔色の方は紫色から青色へと変化しているが、割と平気そうな声でサンシターが真子をなだめた。っていうかお前、爬虫類苦手だったんか。俺が狩ってるのって、結構爬虫類が多い気がするんだけど。


「にしても、真子がネズミ嫌いとはな」

「……子供の頃見た、トラウマ物のパニックホラー映画がネズミ主題の奴だったのよ……」


 若干笑いを含んだ俺の言葉に、ばつが悪そうにそう弁解する真子。とはいえ、サンシターは映画がなんなのか理解できずに首を傾げているけどな。


「大量発生したネズミが一つの街を喰い尽くすって話なんだけど、その描写が変にリアルで人間を足元から……」


 そこまで言って、真子はブルリと体を震わせた。


「……それを五歳くらいの時に一人で見たせいでトラウマになってて……。以来ネズミ系はみんなダメ。ハムスターも無理」

「真子ちゃん、小学校の時、クラスで飼ってたハムスターに絶対近づこうとしなかったもんね」


 何とも微笑ましそうなエピソードじゃねぇか。クラスの中にいじめっ子がいたら、絶対無理やり近づけようとするだろうな。

 見えるなー。ガキ大将に無理やりハムスターのところに連れて行かれそうになって、礼美の奴に助けてもらうか、そのガキ大将を泣くまで張り倒す真子の姿が。

 真子は思わぬ思い出話に顔を赤くし、みんなにその姿が見えないように背を向けてしまう。


「ああ、もうその話はなしなし。ネズミの話もこれでおしまい!」

「ああ、ちょい待ち。そのネズミのことなんだけどな」

「なによ一体!?」


 終わらせようとしたトラウマ話題を蒸し返されて、鬼の形相で俺を睨む真子。

 そんな顔すんなよ、そこそこ重要な話なんだからよ。


「なあ、サンシター」

「なんでありますか?」

「茶色のネズミなんか、この国にいたか?」

「は?」


 俺の言葉の意味が解らず、間抜けな顔をする真子。

 まあ、普通そうだよな。俺たちの常識で言えばネズミは茶色い生き物だ。

 だけど、忘れるなよ? ここは異世界だぜ?


「いいえ、いないはずであります。そもそも街中でネズミを見かけるなんてことさえあり得ないはずであります」

「なんですって!? じゃあ、今のネズミはなんなのよ!?」


 真子はサンシターの言葉に目を剥いた。

 サンシターはそんな真子をなだめるように、ゆっくりと説明を始めた。


「ええっと、順を追って説明するであります。まずこの国近辺で確認される主なネズミは、トンガラネズミといって、全身が真っ赤な色に染まったネズミなのであります」

「赤い……ネズミ? なにそれ」


 自分で想像して怖くなったのか、顔面蒼白になる真子。

 ネズミの話題になると面白いくらいキョドるなこいつ。


「なんでも、大型の捕食生物に食われないように、毛から肉から血に至るまで全部が辛いんだとよ。唐辛子が赤いのと同じ理屈だな」

「大きさも五センルから十センル程度。先ほど見かけました子猫ほどの大きさの個体はめったに見かけないであります」


 センルは向こうで言うセンチの単位。さらに真子には内緒の余談だが、トンガラネズミは一般的な香辛料として、この国に普及してる代物だ。昨日の晩飯の味付けにもしっかり出てる。

 聞いたら気絶しかねんなー、とか思いつつサンシターの先を促す。


「……そしてこの王都にネズミが出ない理由でありますが、単純に城下町を守るための城壁全体にネズミをはじめとした害獣除けの魔法をかけられているからであります。この魔法は、王都で暮らす人間の魔力を利用する魔法陣によって発動していますので、王都から一定数の人間が出ていかない限り、ネズミはこの王都には自分から入ってこれないのであります」

「……元々この王都に存在していた個体は?」

「害獣除けの魔法をかけたのがだいたい百年くらい前で、その当時に大掛かりなネズミなどの害獣駆除を行ったと聞いているであります。その後も、ネズミは見たら駆除、と言われているでありますし、王都に生き残りのネズミがいる確率はかなり低いと思うであります」


 そう、だからおかしいのだ。

 さっきのドブネズミが、この王都に存在していること自体が。


「……どういうことよ一体」

「さてね。案外、真子をビビらすために魔王がこっちに投げてよこしたのかもよ?」

「やめてよ、ちょっと」


 唸って考え出す真子に冗談めかしてそう言ってやる。途端に真っ青になるんだから、本気で苦手なんだなネズミのことが。

 とはいえ、無視しきれる存在でもないな。


「後で、ハンターズギルドに寄っておくか。もし、新種のネズミだってんなら、なんかの形で討伐依頼が出てるかもしれねぇし」

「出てなかったらあたしが出すわ。依頼の出し方、今から教えて頂戴」

「はいはい」


 怖いくらいに真剣な真子に肩をすくめて返事をしつつ、俺はサンシターを突いて服屋へと急がせた。




 そんなわけで、某猫型ロボットと同じくネズミが弱点の真子ちゃんでしたー。普通ならサンシター得イベントなんでしょうけど、触れるものがないんじゃ(ry

 しかし動物の説明が某冒食漫画っぽくなってるな……。一応危険な生物の方が多い設定なのですが。

 次回はようやく服屋へー。久しぶりに日を股がないな。


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