No.225:side・ryuzi「準備を終え、決意」
「サンシター爆発……しなくていいやサンシターだし」
俺は明日の準備を進めつつ、ため息をつく。
真子にサンシターの体の状態伝えただけでこれとか。あいつどんだけサンシターの事好きだったんだよ。涼しい顔してまったく。
俺は真子とサンシターの情事が立てる音から意識を外し、それ以外に意識を向ける。
………………………。
「だがそれ以外は爆発しろすべからく」
「さっきからぶつぶつなんなのだ一体!?」
心の底からの呪詛を吐き出すと、俺の作業を手伝ってくれているガオウが苛立たしげな声を上げる。
なので俺も負けじとストレスを声にして出す。
「だってお前、城の中がほとんど愛をささやき合う舞台になってんだぞ!? 一部なんて合☆体してるし! これを呪わず何を呪えと!?」
「知るかぁぁぁぁぁぁぁ!! そもそも、なぜ城の中の状態を、城の敷地の外に居ながら把握できるのだ!?」
ガオウのいうとおり、今いる場所は城の敷地の外で、城の裏手側に位置する広場だ。
元々は魔王軍の訓練場に使われているらしいが、準備がそこそこ大がかりだったので都合よく使わせてもらっている。
そして、俺はそんな場所に居ながら城の中の様子を完全に把握できていた。
なぜなら。
「竜の聴力なめんなぁ!! ネズミの足音から恋人同士の心音までばっちり聞き分けられるんだよぉ!! この体になって初めて損した気分だわ!!」
「それは凄まじいな!? 本当にすべての場所を把握できるのか!?」
「おうさ! 例えば!!」
俺は少しだけ黙り、城の中で最も熱く激しい場所を一つ上げて見せた。
「……ヴァルトとラミレスの部屋とかすごいことになってるなこれ……」
「ああ、うむ。あのお二方は魔王軍の中でも特に激しく燃えるような恋をなさっている方々だからな」
「お前の口から恋とか、光太たちとは違う意味で驚きだな……」
「どういう意味だ貴様」
「あの、作業を続けませんか? とりあえず、夜明けまでには終わらせないと……」
「あ、わりぃ」
「う、すまぬ」
俺とガオウが睨み合いを始めると、作業を一緒に手伝ってくれていたアルトが恐る恐るといった様子で仲裁に入ってくれる。
本来であれば、アルトは休むべきなんだろう。けれど、眠れないのとほとんど手持無沙汰なのが重なって、裏で作業していた俺たちのところまでやってきてしまったというわけだ。
「……つっても、もうやることねぇけどな」
「そうなのですか?」
「ここから何かせんでよいのか?」
「何かしようにも、それだけの知識のある奴がいねぇよ。あとは現地でぶっつけの予定だ」
俺はそう言いながら、魔王城の中から運び出したものの一つに腰かける。
なんでも四天王のリアラの研究所とかいうものから持ち出したもので、魔力なんかの増幅用のアンプだ。
それ以外にもゴロゴロと魔王城の中から使えるものをすべて持ち出し、荷台に積んである。
それらを眺め、ガオウが怪訝そうな顔になる。
「しかし……これで本当にうまくゆくのか?」
「さあな。成功例なんざ一回もねぇよ。何しろ、誰もやったことねぇからな」
「………」
不安そうな顔で唇を引き絞るアルト。
その不安も当然だろう。何しろ、明日で世界の命運が決まる。
俺たちにとっての決定的な切り札は、俺たちが運び出したものを使うが、それとて絶対成功するかどうかわからない代物だ。
だが、それでもやらにゃならん。
「禍根は一切のこさねぇ。アレを相手取るなら、この機会にすべてを根こそぎ消しておきたい。……もう、五百年も何も食わねぇのは御免だからな」
「……はい、その通りですね。すべてを、終わらせて……国に、帰らねば……」
アルトは強く決意したように、拳を握り胸元を叩く。
そんなアルトの様子を見て、思わず俺はつぶやいた。
「……そこにお守りでも入ってんのか?」
「……え? はい? お守り、ですか?」
「ん、おお。例のパン屋の娘、出立の直前に会ってるんだろ?」
「ええ、まあ」
俺の言葉に、アルトが怪訝そうな顔になる。
シャーロットさんに会うのとお守りとどんな関係が?とでも言いたげだ。
「いや、ないならないでいいんだ。俺たちの世界じゃ、無事を祈るのにお守りを渡す、ってな風習があるからな」
「そういうことでしたか」
アルトは俺の言葉に一つ頷き、瞳を閉じて、それから自分の胸に手を当てた。
「……お守りは、不要でしたよ」
「不要?」
「ええ」
そして瞳を開けたアルトの瞳の中に点っていたのは、強い決意の炎だった。
「それよりもずっと強い……値千金の言葉をいただきました」
「へぇ」
「それに……女性を不安にさせたまま死んでしまっては、先に待っているであろう父上に合わせる顔がありませんから」
「ちげぇねぇ」
アルトの言葉に俺は笑って、それからガオウの方に顔を向けた。
「で? お前は?」
「ぬ? 何がだ?」
「明日の戦いになんか意気込みとかねぇのかよ? 例えば……死ねねぇ理由とか」
「妙なことを聞くな。我らは負けに行くのではない……勝ちに行くのだ」
そういって、ガオウは全身から覇気を滾らせる。
それなりに長い労働に晒されたってのに陰る様子もないそれをほとばしらせ、ガオウは歯をむき出しにして叫ぶ。
「なれば死ぬ理由などありはしない。我らは、勝つのだから!!」
「あー、うん。まあ、そうなんだけどよ」
ガオウの返答に俺は思わず頬を掻く。
迂遠に過ぎたぜ。こういう手合いにゃどストレートに聞くべきだったよな。
「そうじゃなくてな。お前には、俺にとってのソフィアみたいな存在はいねぇのかってことだよ」
「ぬ?」
「たとえばマナとか。そういやお前、マナのことどう思ってんだよ?」
言ってから、さすがにストレートすぎたかと反省する。
どうせこいつの事だから「マナ? 同じソフィア様親衛隊だろう」とかある意味期待通りの返しをしてくれるに違いねぇ。
「……マナは……そうだな。私が一生をかけて守りたい存在……だろうか」
「「え゛」」
「なんだ貴様らその顔は」
「「いや、その……」」
あまりにも意外すぎる回答に、俺とアルトは思わず顔を見合わせる。
え、なに? この朴念仁に何があったの?
「えーっとその……ガオウさん。あなたの剣は、ソフィア様に捧げたものだと人伝に聞いていたのですが」
「…そうだ。今までは、そうであった」
慎重なアルトの質問に、ガオウは瞑目しながら答える。
「確かに我が剣は、ソフィア様のための刃であり、その身をお守りするためのものであった。だが……」
そこで言葉を切り、俺の方を見つめるガオウ。
その視線の込められたのは、嫉妬とも羨望ともとれる、複雑な感情が入り混じったものだった。
「貴様が……タツノミヤ・リュウジが現れた」
「俺が?」
「うむ。貴様が現れてからのソフィア様は、日々の気力に満ち溢れ、生き生きとしておられた。……あのお方にお仕えしてもう五年になるが、あのようなソフィア様は今まで見たこともなかった……あれほどに、荒れてしまわれたのも初めてだった」
荒れたソフィアと聞いて、俺はいつの日かの暴走したソフィアを思い出す。
ガルガンドに、おそらくストレスか何かを増幅されたんだろう。理性も何もかも吹っ飛んだソフィアは、それはそれでかわいらしかったし美しかったけど……長く見ていられないほどに痛々しくもあった。
「我らにとっては、恐怖でしかないあのお姿のソフィア様を……貴様は受け入れた」
「ったりめーよ。荒れるソフィたんもまたかわゆし!」
「だまって聞け」
「はい」
「……その時、私は確信した。ソフィア様をお守りするのは私ではなく、タツノミヤ・リュウジなのだと」
ガオウが拳を握りしめる。
「……純粋に悔しかったよ。私にできなかったことを、あっさり遂げてしまったお前の事が。親衛隊たる者、ソフィア様の事を尊敬こそすれ、恐怖するなど許されぬというのに」
「……単純に生物の格が違うせいだろ。恥じ入るこたぁねぇよ。あのソフィアに恐怖するのは、生き物として当たり前だ」
「それでも! ……それでも、私はその恐怖を乗り越えるだけの強さが欲しかったのだ……! あのお方と、並びたてるだけの強さが……!」
叫び、うつむくガオウ。
ただでさえ低い背が、さらに小さく見えてしまうほどに、今の彼は落ち込んでいた。
……よほど悔しかったんだろうな。自分で、そう認めざるを得なかったってのが。
俺は一つため息をついて、話を戻す。
「……で? それとなんでマナを一生守ることにつながるんだ? ソフィアから鞍替えか?」
「引き裂くぞ貴様。……いや、その通りかもしれんな」
自嘲するようにガオウがつぶやく。
「あるいは私は、身近な存在で、放っておけないとそれだけの理由で、マナにこの剣を捧げようとしているのかもしれん……。そのような行為、戦士の風上にも――」
「馬鹿だろお前」
ガオウの言葉を遮る。
アルトが息を呑むが、かまわずガオウを睨みつける。
ガオウは俺の視線にひるみながらも、皮肉げな笑みを浮かべた。
「馬鹿、か。そうだな、その通――」
「誰かを守るのに理由がいるかよ。ソフィアを俺に任せて、一番最初に守りたい、って思ったのがマナなんだろうが」
俺の言葉に、ガオウが目を見開く。
そんなガオウに、俺は牙を見せて笑ってやる。
「ならそれでいいじゃねぇか。ソフィアを守れなかったことに負い目を感じることも、マナを守るって誓いに迷いを覚える必要もねぇ。ただお前は、お前の剣を、牙を、爪を……マナを守るために一生捧げてやればいいんだ」
「……応!!」
俺の言葉に、何かを吹っ切ったようにガオウが応える。
なんのこたぁねぇ。ガオウが迷ってるように見えたのは、誓いに確たる自信がなかったからだ。なら、ソフィアじゃなくマナを守るって誓いを誰かが聞いて、そんでもって肯定してやればいいだけだ。
一番最初の誓いを放棄し、そして新たな誓いを立てる……別に戦士じゃなくても、自尊心が揺らぐ行為だろう。俺で言えば、ソフィアが好きであるということを捨てて、別の誰かに鞍替えするってことだ。考えるだけでも肝が冷える。
だが、ガオウはあえてそれを行った。身近な誰かを守りたいと思ったから。
種類は違うが……ガオウは、自分が欲しかった強さを、もう身に付けてる。
あとは、時間が解決してくれるだろう。先が楽しみじゃねぇか。
ニヤニヤとガオウの成長をヴァルトに先駆け楽しんでいると、不意にガオウが顔を上げた。
「そう言うお前はどうなのだ、リュウジ?」
「おん? なにがよ」
「ソフィア様だ。その後、きちんと話はしたのか?」
「………………………」
……ああ、そういえば今度は俺の番ですよね。
ガオウの言葉に、アルトも興味ありますというように顔を向けてきた。
「ああ、私も気になってました。ソフィアさんとは、どうなってるのです?」
「……聞きたい?」
俺の言葉に怪訝そうな顔になりながら頷く二人に、俺は泣きそうな笑顔になりながら答えた。
「俺の名前が出るだけで、ソフィアの心拍数が三倍くらいに跳ね上がってるから、とてもじゃねぇけど話ができる状態じゃねぇのよ」
「……それは、今、か?」
「うん、今まさに」
「うわぁ……」
実際、今部屋でカレンやマナとといろいろ話してる最中なんだけど、俺の名前が出るだけで、明らかに狼狽えてるし……。
みてぇ、超みてぇ。俺の事で狼狽えるソフィアとか超みてぇ……!
が、おかげでまともに話すらできねぇ。様子から見るに、自惚れてんじゃなければソフィアも俺のことを憎からず思ってくれてんだろうけど……。
「今が平和ならともかく、明日に決戦備えてる身の上で、これ以上ソフィアのメンタル乱すわけにもいかねぇだろ、常識的に考えて……」
「お前に常識というものがあるとはな……」
「失礼ですけど、私も同じ意見です……」
「はったおすぞお前ら」
なんなの? 俺の周りの人は何でみんな俺に冷たいの? あれなの? 流行か何かなの?
ったく……。
「まあ、そういうわけだ。話は、これが全部終わってからゆっくりするよ」
俺がそう締めくくると、二人は思い思いに頷いてくれた。
「……そうだな。そうするといい」
「そのためにも、明日は……必ず勝ちましょう」
「ったりめーよ。真古竜舐めんな? かつて偽神に打ち勝った功績見せてやらぁよ」
そういって俺は魔王城の背後にそびえ立つ山脈……その向こう側に存在する偽神の遺骸の方を睨みつける。
次はねぇぞ、ガルガンド……その魂、余さず砕いてやんよ。
胸の中でつぶやき、俺は城の中へと戻ることにした。
明日に備えて、ゆっくり休む。それが今俺にできる最良の……。
「……やっぱ爆ぜろリア充。粉みじんに砕け散れ」
「お願いですから呪詛吐かないでください」
遮るもののない耳の中に入ってくる城内の睦言の様子にそう吐き出す。
そしてアルトのツッコミを受けつつ、俺は袖を涙でぬらすのであった。くすん。
それぞれの決意を固め、朝を迎える。
最後の戦いのときは、来た。
以下、次回。