No.224:side・Another「騎士として・・・ ―サンシター編―」
明日へ向けてのあらかたの準備を終えた自分は、マコ様に呼ばれてあの方が体をお安めになっている部屋へと足を向けたのであります。
……まあ、準備と言っても小物を運んだり、ケモナー小隊の皆さんにお食事を運んだりが大半で、それらも、途中で戻ってきたメイドさんたちのおかげでなくなったのでありますが。
リュウ様の方をお手伝いしようにも、自分のような貧弱な坊やにはとてもではないけれど手伝えない所業で「むしろお前は真子んとこ行って来い、今すぐに」と指差して言われてしまったであります。
「ふぅ」
小さく息をつきながら、自分は何度か目の前の扉をノックしたであります。
「どーぞー」
「失礼するであります」
中から聞こえてきた返事を確認してから、自分は扉を開けたであります。
「遅かったわねぇ、サンシター」
中では、ベッドに腰掛けたマコ様が小さなコップを傾けているところでありました。
こちらの国では鉄が大量に手に入る関係か、鉄製の道具がたくさんあるであります。
マコ様が手にしているのは、まさにこちらの国の一品で鉄でできたコップでありました。
「申し訳ないであります。仕事が思ったより……」
「どうせ、あんたの事だから、仕事がないかどうか見て回ってからこっちまで来たんでしょう?」
「う……」
マコ様がじっとりとした眼差しで、核心をついたであります。
いやまあ、そのとおりでありますが……マコ様も「暇ができたらでいいから」って言っておられたので、つい甘えてしまったのでありますよ……。
「まあ、別にそれはいいのよ。それがあんただしね」
マコ様はそう言って少し笑い、コップの中身を呷られたであります。
そして空になったらしいコップに、テーブルの上の瓶から透明な液体を注いだであります。なんというか、水ではないようでありますが。
コップの中を満たしたらしいマコ様は、扉の前で立ちすくんでいる自分を見て、また少し笑ったであります。
「そんなところで突っ立ってないで、入ってきたら?」
「あ、はいであります」
マコ様に言われ、自分はようやく部屋の中へと足を踏み入れたであります。
なんていうか、マコ様、いやにリラックスしているというか……。
マコ様のお傍へと近づいていくと、つんとした、アルコール特有のにおいが漂ってきたであります。
「これは……?」
「お酒よお酒。とりあえず、駆け付け一杯」
「あ、はいであります」
マコ様にコップを手渡され、自分は中の液体……たぶんこの国のお酒を呷ったであります。
………んー、これは……?
「なんというか、飲みなれないお酒でありますね……?」
「向こうはどっちかっていうと果実酒が多いからねぇ」
マコ様はケラケラ笑いながら、瓶を揺らしたであります。
「あたしも驚いたんだけどさ。この国のお酒、元々あたしたちの世界というか国にある日本酒っていうのに近いのよ」
「ニホンシュ、でありますか?」
「うん。穀物を発行させて作るお酒で、透明なのが特徴なんだけどね」
マコ様は、何かを懐かしむようにご自身の手の中にあるコップの中身を見つめられたであります。
「お父さんが好きで、よく飲んでたのよねぇ。あの人は、熱燗っていうのが好きなんだけどね」
「アツカンでありますか?」
「うん。日本酒をお湯であっためて飲むんだけど、あれはどんな味がするのかしらね」
マコ様は笑顔のままコップを呷り、一息ついてぽつりとつぶやかれたであります。
「……もうあたしは酔えないからさ。酔ったふりはできても」
「あ……」
その言葉に、自分はマコ様のお体のことを思い出すであります。
確か、混沌言語でご自身の体を再現されているとか。
物体を透過したりするお姿ばかりに注目していたでありますが、やっぱり体の構造自体も……?
「……やはり、飲食はできても……?」
「うん。一応、消化とかはできるようにしてるんだけど、別に必須ではないのよね。疑似的に腹痛になったり、酔っぱらったりはできるけれど、無駄だしねぇ」
マコ様は笑いながら、またコップの中にお酒を注いだであります。
……それは……。
「なんていうか……さびしいでありますね」
「まあねー。生命維持に必要な行動が、今や嗜好品だもんねぇ」
マコ様は気丈に笑われるでありますが、自分は笑えなかったであります。
……マコ様……。
「……ッ!」
「お! サンシター、いくわねぇ」
自分はコップの中に残っていたニホンシュを呑み干し、マコ様の手から瓶を受け取ったであります。
「今宵は飲むでありますよ! 自分が、マコ様の分まで酒に酔うであります!!」
「あんたウワバミとかザルって人種じゃない」
マコ様は自分の滑稽な様子に笑い声をあげたであります。
まるで道化のような自分の姿に、それでも自分はそうせずにはいられなかったであります。
「それでも飲むであります! さすがに量があれば、自分でも酔えるはずであります……!」
「無駄に気迫ださないでよー、もー」
もう、人とは異なる身の上へとなられてしまったマコ様。
そうなったきっかけは、自分たちが弱かったからであります。
自分たちが弱くなければ、マコ様が人の身を止めることなど、なかったはずなのであります……。
これは、いうなれば贖罪。
もうそうなることができないマコ様に代わり、自分が無様を演じるのであります……!
「まあ、限界酒量を超えても、あたしがなんとかできるでしょ」
「それは反則でありますよマコ様……」
「それを言ったら、隆司なんかはじめっから酔えないわけだけどねぇ?」
「リュウ様は……なんというか酔うイメージがないでありますから」
「あー、それは分かるわぁ。あのバカ、どんだけ酒、かっ喰らってもゲラゲラ笑って追加頼みそうだもんねぇ」
「アリアリと思い浮かんでしまったでありますね……」
自分たちは、そんな感じで夜を過ごしていったであります。
「そういえば、あんたの故郷の兄弟たち、今はどうしてるのかしらね?」
「時期としては、そろそろ繁忙期でありますから、皆忙しくしているのではないでありますかね」
「どこでも農家には繁忙期があるのねぇ」
それは、他愛のない話であったであります。
明日、世界の命運を左右するような重要な戦いが巻き起こるなどと、とても思えない……そんな、穏やかな夜だったであります。
「そう言うマコ様に、ご兄弟は?」
「あたしも礼美も一人っ子だからねぇ。その代り、光太と隆司には姉妹がいるんだけどね」
「コウタ様のお話は聞いたことがあるでありますが、リュウ様にも?」
「うん。あいつに似てなくて、すごいかわいい子なんだけどねー」
そう語る間にも、自分はコップの中身をどんどん飲んでいったであります。
マコ様が手に持たれる瓶からは、湧水のようにニホンシュが溢れ決して尽きることがなかったであります。
「――それでねぇ?」
「そうなのでありますか――」
そのことを不思議に思いながらも、自分はニホンシュを呷り続けたであります。
不思議とその味に飽きることなく、自分はいつも以上にその身に酒を取り込んでいったであります。
「――っと?」
くらりと、体が揺れたのはどのくらい時間が経ってからでありましょうか。
「あらら、飲みすぎた? サンシター、大丈夫かしら?」
「え、ええ、大丈夫であります。ただ、さすがにこれだけ飲んだのは初めてでありますから、少し驚いているでありますよ」
「へぇ、そうなんだ」
マコ様はそう言いながら、やはり自分の身を心配してくださっているのか、ニホンシュの湧き出る瓶をテーブルに置いたであります。
「少し、やめときましょうか。さすがに、ペースが速すぎたかもね」
「……かもしれないでありますね」
マコ様のご厚意を無にするのもどうかと思われ、自分はおとなしくコップをテーブルの上に置いたであります。
故に、自分は気づくことができなかったであります。
「そう言えばサンシター」
マコ様の瞳が、剣呑な輝きを放たれたのを。
「あんた、大分無理してるらしいわね」
「……? マコ様?」
「隆司に聞いたわ。あんたの体、あとだいたい五年かそこらしか持たないそうね?」
「……!?」
マコ様の口から出てきた、あまりにも的確な指摘。
その指摘に、自分の体が硬直してしまったであります。
その硬直を肯定ととらえたのか、マコ様の目が吊り上ったであります。
「そうなんだ……」
「な、何故そのことを……!?」
「今の隆司は、真古竜が生きた経験をそのまま自分に反映できる。その経験が、あんたの体の状況を明確に教えてくれたそうよ? さっきまでは、半信半疑だったけどね」
マコ様は、明確に声の中に怒気を込めながら自分を睨んだであります。
「なんでそんな無理をするの?」
「………」
「そうまでして、得たいものがあった?」
「……はいであります」
自分は、正直に頷いたであります。
「それはなに?」
「それは……」
さらに問い詰めてくるマコ様に、自分は包み隠さず答えたであります。
「マコ様の、笑顔であります」
「……あたしの?」
「はいであります」
自分は頷き、ゆっくりと話したであります。
「マコ様とは、そう長いお付き合いではないであります。けれど、マコ様はずいぶんと無理をなさる方であるというのが、自分のマコ様への印象であります」
「あんたが言うかそれを……」
「言うでありますよー? 王都で誰よりも無理をしている人間のひとりであります。無理をすることに関しては一家言持ちでありますよ?」
「変なとこで威張るな……」
マコ様は気勢が削がれたというように、肩を落としたであります。
そんなマコ様を見ながら、自分は話を続けたであります。
「そんなマコ様を見て、自分はこの方を守らねばと思ったのでありますよ」
「……あんたより強いあたしを?」
「はいであります。お体をお守りできずとも、その御心は守らねばと思ったでありますよ」
うつむくマコ様の肩を、自分は優しく叩いたであります。
「人の心は、体よりも脆く、そして傷の治りも遅いであります。手遅れになるより前に……その御心を守れればと自分は思ったのでありますよ」
「サンシター……」
マコ様は潤む瞳で、自分を見上げてきたであります。
そんなマコ様の瞳を見つめながら、自分は微笑んだであります。
「大丈夫でありますよマコ様。確かに自分は無理をしているであります。けれど、最後まできちんとマコ様のお傍で、その御心を守らせていただくでありますよ」
「……それは、騎士として?」
「はい、騎士として、であります」
自分は頷き、そう答えたであります。
そんな自分の答えに、マコ様は柔らかく微笑み。
「―――でも、あたしが欲しいのはその答えじゃないんだなぁ」
「え゛」
思わず口から変な声が出たであります。
というか今気づいたでありますが、マコ様……。
「あたしのため、って答えてくれたのはうれしいけど、男としてじゃなくて騎士として、かぁ……フ、フフ……」
顔は笑顔でありますが、目が全然笑ってないであります!?
思わず後ずさる自分の前で、マコ様は立ち上がり、その御召し物を足元へと脱ぎ捨てたであります。
「ま、マコ様!?」
「いやぁ、隆司にあんたの寿命の話をされたときは無理にでも魔法解除してやろうかと思ったけど、そうするとこんなことできなくなるわよね……」
マコ様はゆらりと笑いながら自分へと近づいてくるであります。
「ま、マコ様、お気を確かに……!?」
「サンシター。あたし、言い忘れたんだけどさ」
マコ様は笑いながら、その事実を口にしたであります。
「あたし、子供は作れるから」
「―――え」
「相手の遺伝子情報を保管して、取り込んだ食物を原子変換して、あたしの情報と組み合わせて……まあ、平たく言えば錬金術の応用ね?」
そう言って笑うマコ様には一かけらも冗談を言ってる気配がなく。
自分は即座に立ち上がり、部屋の出入り口へと向かったであります。
このままでは自分は……!
「――って、ドアが!? 鍵がいつの間に!?」
「もう遅い脱出不可能よ」
ガチャガチャとむなしい音を立てるドアノブに絶望する自分の腰に、マコ様が手を回されたであります。
「……サンシター、あんたはやってはいけないことをしたのよ?」
「あ、ああ……!」
耳元で聞こえるマコ様の声は、まさに死刑宣告のそれでありました………。
「……あんたはあたしを怒らせた……♪」
―アーーーーーーーーーッ!?―
サンシター、南無……(まだ死んでねぇよ)
こうしてまた一人、純潔を散らすものが現れる中、隆司は男だらけの中でむさくるしく明日の準備をしていたのでした……。
以下、次回。