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No.223:side・kota「二人きり」

 ……すべての話し合いを終えた僕は、あとのことを隆司に任せて、本当に久しぶりに礼美ちゃんと二人っきりになっていた。


「………」

「………」


 ゆっくりと、礼美ちゃんの隣に並びながら魔王城の中を歩いてゆく。

 もうすっかり日は暮れ、この世界特有の蒼い光を月が放ち、煌々とあたりを照らしていた。

 あの巨大スライムが湧いた割には濡れた様子のない魔王城は、人気がなくとても静かだった。


「………」

「………」


 礼美ちゃんとの間にも、特に会話がなく、あたりの音がまるで消えてしまったように感じる。

 ……礼美ちゃんに会ったら、言いたいこと、聞きたいこと、たくさんあったはずなんだけどなぁ。

 彼女と二人、並んで歩く。たったそれだけの行為で僕はとても満たされていた。

 今まで、意識したこともない感情で、心の中が満たされている。

 ちらりと、礼美ちゃんの横顔を見る。


「………」


 前に隆司が「美少女、ってのがいるなら礼美みたいなやつのことを言うんだろうな」と言っていたのをふと思い出す。

 確かに礼美ちゃんの顔立ちはとても整っていて、見るものを引きつける不思議な魅力のようなものを感じる。実際、彼女はとても人気者だ。たくさんの人たちに引っ張りだこで、人に囲まれていないときはないと感じたこともある。こちらの世界に来てからも、ヨハンさんを中心にした女神教団の人たちは礼美ちゃんを強く慕っているようだった。

 けれど、今の礼美ちゃんの表情から僕が感じたのはそういう感じではなかった。


「………」


 わずかに上がった口角。上気した頬。礼美ちゃんの表情はとても穏やかで、リラックスしているのを感じていた。

 そんな礼美ちゃんを見て、僕は胸の中が穏やかに熱を発するのを感じていた。

 姉さんたちや隆司と一緒に居る時や、大勢の人たちに囲まれているときなんかとは、全然違う……言葉で言い表すのが不思議な感覚。

 ……これが、隆司や真子ちゃんが感じている恋心(モノ)なのかな……?

 いつまでも礼美ちゃんの表情に見とれているわけにもいかず、僕は少し気まずくなって視線を逸らす。

 そうして逸らし続けていくと、地上を見下ろす月に視線が向かった。

 ……今夜は、満月なんだ。


「……月が綺麗だ……」


 ふと、僕の口からそんな言葉が零れる。

 僕の言葉に礼美ちゃんも顔を上げ。


「……本当だね」


 僕に同意するように微笑んでくれる。

 そんな彼女の様子がうれしくて、僕も自然と微笑んだ。


「……無事で、良かったよ」


 言いたくて、でもずっと言えなかった一言。


「……うん、ありがとう」


 礼美ちゃんはゆっくりと受け止めてくれる。

 彼女が隣にいて、ごく自然に受け答えしてくれる。

 その現実に、途方もなく幸せを感じる。

 ……そのままじっと見つめ合っていると、なんとなく気恥ずかしさを感じる。僕はそれをごまかすように口を開いた。


「……もうすぐ、全部終わらせられるね」

「……うん、そうだね」

「長かった、この世界での戦いも、もうすぐ終わりなんだ……」

「そうだね……」


 口から出てきたのは、今最も重要なこと。

 これから起こるであろう、最後の戦いについて。


「……次の戦い、負けるわけにはいかないよね……」

「うん、そうだね」


 同じ返事を繰り返す礼美ちゃんに、やっぱり話題の選択間違ったかな、と慌てて彼女の顔色を窺うけれど、それは杞憂だった。


「……絶対に、次で終わりにしないとね……」


 礼美ちゃんの顔は、今まで見たことがないくらい真剣で、次の戦いに強い思いを抱いているのをすぐに察することができた。

 礼美ちゃん……。


「ガルガンドのやってること、やろうとしていること……それは絶対許すことができないことだもんね」

「うん、それもあるんだけれど……」


 僕の言葉に、礼美ちゃんは首を振り、わずかに逡巡してこう言った。


「……マルコさんの事が、すごく気になってて……」

「マルコさんの事が?」


 礼美ちゃんの口から聞こえてきた意外な人物の名前に驚いてしまう。

 そんな僕の様子を見て、礼美ちゃんはあわてて首を横に振った。


「あ、気になるって言っても、深い意味があるんじゃなくて」

「じゃなくて?」

「……なんだろう、まるで……」


 礼美ちゃんは、自身の考えを断定しきれないように迷いながらも、そのことを口にした。


「まるで……親を見失って迷う子供みたいな感じだったんだ……」

「親を……?」


 礼美ちゃんの話で出てきた宰相マルコは、姿の見えない魔王の言葉を求めるあまり、世界のすべてを敵に回そうとしている掛け値なしの狂人だ。

 けれど……礼美ちゃんのいうことを反芻すると確かにそう考えることができなくもない。

 親を見失った子供は、不安を覚え、そしてすぐに泣きだす。

 そうすることで自分の存在を周りにアピールし、そして親に知らせようとするからだ。

 ……マルコのこれまでの行動、そういう風に見れないわけでもない。規模があまりにも違いすぎるけれど。


「もちろん、やってることを肯定するわけじゃないよ? けれど、マルコさんはガルガンドに騙されてるだけなんじゃないかって、ふと思って……」

「……僕は、そのマルコさんに会ったことがないから、何とも言えない」


 礼美ちゃんの言葉を受けて、僕は僕の思うことを語る。


「……でも、礼美ちゃんがそういうなら信じるよ」

「光太君……ありがとう」


 自身の考えを肯定してもらえるとは思っていなかったのか、礼美ちゃんは少し驚いたように目を見開いてから、嬉しそうにはにかみながら微笑んだ。


「……どうなるにせよ、なんでだったかにしろ……明日だね」

「うん、明日だね……」


 僕らは明日への決意を固め、頷き合う。

 明日……それですべてが終わるんだ……。

 すべてが終わって、そして……。

 ふと、僕はそれからのことを考える。

 今まではずっと、目の前の事に対処しようとがむしゃらに動いてきたから、全部が終わってからの事なんて考えてなかったっけ……。


「礼美ちゃんは、明日の戦いが終わったらどうする?」

「え?」


 僕の言葉に、礼美ちゃんが驚いたような声を上げる。

 そういえばまるで明日が無事に終わるような言い方だよね……。

 とはいえ、一度出した言葉を引っ込めるのもおかしいと思って、礼美ちゃんの言葉を待つ。


「明日が終わったら……」


 礼美ちゃんは少しだけ考えるように唸り、それから顔を上げて笑顔になる。


「やっぱり、おうちに帰ってただいまっていいたいかな?」

「ああ、そうだねぇ……」


 その言葉に、僕は少しだけ遠い目になる。

 もし仮に、こっちで過ごした時間が向こうでも同じだけ過ぎてるんだとしたら……姉さんたち心配してるどころの話じゃないんだろうなぁ……。


「それから……真子ちゃんと一緒に学校に行って……」


 学校にももう長いことずっと行ってないよね。


「それで、それで……」


 礼美ちゃんはちらりと僕の方を見ると、恥ずかしそうに小さな声でこう言った。


「光太君と……ずっと一緒に居られたらいいな……」

「礼美ちゃん……」


 その言葉に、僕は礼美ちゃんをじっと見つめる。

 礼美ちゃんは恥ずかしそうに笑いながら、僕の方を見つめ返してくれる。


「あ、あはは。なんていうか、その……ずっと、寂しかったの」

「……うん」

「初めは、周りにみんなが……真子ちゃんがいないからだと思ったんだ」

「うん」

「でも、違ったんだ」

「うん?」

「真子ちゃんがいなくて、寂しいって感じることはあったの。でも、そういう風に感じたのとは少し違ってて」

「……うん」

「……気が付くと、光太君の姿を探してたんだ」

「………」

「自分でも、よくわからなかったんだ……。でも、今日、その理由がわかったんだ」


 そういって、礼美ちゃんはクルリと背中を向ける。


「……あのスライムの中に取り込まれていた時に、声が聞こえてきたの」

「声が……?」

「うん……光太君の声が」


 僕の声……。

 礼美ちゃんを助け出したあの時、だろうか。


「その声が聞こえたから、こうして私は戻ってこれた。……それから、寂しさの正体にも気が付けた」

「え?」


 礼美ちゃんはそう言って、振り返る。

 満面の笑みを浮かべて。


「光太君の声が聞こえてきたときに、胸がぽかぽか暖かくなったんだ。それから、寂しさもなくなった」

「礼美ちゃん……」

「私、光太君がいないと、だめな子になっちゃったみたいなんだ」


 そういって恥ずかしそうな笑みを浮かべる礼美ちゃんの姿を見たとき、僕の中に衝動が駆け巡り、気が付けば彼女の体を抱きしめていた。


「………………光太君?」

「………………ごめん」


 びっくりしたような礼美ちゃんの声が、耳元で聞こえてきた。

 自分でも、自分の行動に驚いて礼美ちゃんを抱きしめたまま体が動かない。


「………」

「………」


 しばらくそのままでいた僕は、そっと礼美ちゃんの体を離す。

 礼美ちゃんの顔は、今まで見たことがないくらい赤くなっていた。

 きっと、今の僕も似たような顔をしてるんだろう。


「………」

「………」


 どちらともなく、お互いから視線を逸らして立ち尽くす。

 ど、どうしよう……。


「………そ、そう! 向こうへ帰ったら、私、喫茶店をやりたいって思ってるんだ!」


 どうすべきか迷っていると、突然礼美ちゃんがそんなことを大声で叫んだ。

 裏返った声が彼女の動揺を明確に伝えてくる。

 が、それを指摘するほどの余裕は今の僕にはない。


「そ、そうなんだ!?」


 だって僕も動揺しているから。

 僕の口から飛び出る声もまた、裏返っていた。うー、恥ずかしい!


「今いる街の街角に、小さな喫茶店作って、そこで一生過ごしてみたいと思ってるんだ!」

「そ、そうなんだ!」

「隆司君や、真子ちゃんなんか呼んで、毎日楽しく過ごせたらいいなって思ってるんだよ!?」

「そ、そっか! そこに、僕がいてもいいかな!?」

「も、もちろんだよ!!」


 僕は思わずそう叫んで、礼美ちゃんも同様に叫び返してくれる。

 ………なんか今、割ととんでもないこと叫んだような。


「………」

「………」


 僕たちはお互いの顔を見つめ、プッ、とどちらからともなく噴き出した。


「フ、フフ……」

「ア、アハハ……」


 なんとなくおかしくなって、お互いの笑い声が止まらなくなる。

 なんていうか……これからも、よろしくね。礼美……。






「……………」

「……………」

「……あ~あ~、やっぱり~、コウタ様は~レミ様と~お似合い~ってわけですね~」

「ああ、レミ様……どうか末永くお幸せに……」

「………あなたは~それで~いいんですか~ヨハンさん~?」

「あなたこそ、よろしいのですか? アルルさん」

「いい女は~、引き際が~肝心~なんですよ~」

「レミ様を信奉するものとして、あのお方の幸せを願うのは当然ですから」

「……………」

「……………」

「……私は~部屋に~行きますね~」

「では、私も。デバガメも、ほどほどにしませんと、ね……」




 お互いの想いを確認し合った二人。

 そしてまた一人、自らの想いを成就しようとする少女が一人……。

 以下、次回。


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