No.222:side・Another「魔竜姫とのガールズトーク? ―カレン編―」
「あの……食べ物と飲み物持ってきました」
「ああ、悪かったね。小間使いみたいなことさせて」
「いえ……今はみんな、大変ですから」
ちょっとしたお使いをたのんだマナが、かごいっぱいに果物や飲み物を持って、ソフィアの部屋にやってきてくれた。
いろいろ大変な話し合いが終わったとかで、ぶらぶらしていたところをとっ捕まえて、食べ物や飲み物を用意してもらうように頼んだんだ。
何しろ今夜は長い夜になりそうだしねぇ……。
あたいはため息をつきながら、ソフィアがいるベッドの方へと振り返る。
「おら、ソフィア! マナがいろいろ持ってきてくれたから食いな!」
「ぅ~………」
ベッドの上のソフィアは掛布団を頭からひっかぶり、団子か何かのように丸くなっていた。
全身しっかりくるまってるせいで、隙間から覗く二つの蒼い眼光がやたら不気味だ。
「ったく……。炊き付けたあたいも悪かったけど、自覚したくらいでリュウの顔が見れないとか……」
「うるさい……見れないものは見れないんだ……!」
「開き直るんじゃないよ! 布団引っぺがしてリュウの奴呼ぶよ!?」
「やめてー! 今、今それだけはやめてー!?」
あたいがぐっと掛布団を引っ張ると、ソフィアの奴も対抗して布団を掴んで堪える。
全力で引っ張っても、岩石でも包んでるんじゃないかってくらい微動だにしない。この子、重たいってレベルじゃないよ!? さすが竜族ってやつ……?
「仲いいんですね、お二人とも……」
「あ!? まあね、同じ男に惚れた仲だし」
「え?」
「ええええええ!?」
「あんたが驚くとこじゃないよそこ」
あたいの一言を聞いて、布団の中から出てくるソフィア。
その瞳は大きく見開かれて、あたいのことをじっと見つめてきた。
「いや、だって!? あれ冗談じゃなかったの!? 隆司のことを奪うとか何とか……!?」
「え、ええ!?」
「冗談に決まってんだろ!?」
「じゃあ、隆司が好きだっていうのは!?」
「それはマジだけど」
「どっちなんですか!?」
ギャーギャー喚きながら詰め寄ってくる二人を、あたいは力任せにベッドの上に放り投げる。
「えぇい、落ち着けぃ!!」
「うわ!」
「きゃ!」
「誰かに惚れるのが一人だなんて決まってないじゃないか! そもそも、あんないい男に惚れるなって方がおかしいだろ!?」
「そ、それは……確かに……!」
「え、ソフィア様、肯定しちゃうんですか!?」
ソフィアがあたいの言葉を肯定したのを聞いて、マナが驚きの声を上げる。
いや、あたいも驚いたけどさ。いくら自覚というか認めたからって、こうもすんなり好意を出せるようになるとは……。
「そ、ソフィア様今まで散々……」
「い、いやたしかにそうだけど! けど、今からいろいろ思い返してみると、その、ほら、なんていうか……いいじゃない!?」
マナにツッコみいれられて、しどろもどろになりながら叫ぶソフィア。
なんだろう。さっきの肯定、なんていうかあたいに負けたくないから勢いでそう言った感がヒシヒシと伝わってくるんだけど。いや、嘘でもなさそうなんだけどさ。
「っていうかさ。そういうマナはどうなんだい?」
「え? どうって……」
「ほら、ガオウってやつと。ちゃんと進展してんのかい?」
「え、へ!? なんでカレンさんが……!?」
「みんなリュウに聞いてるよ」
「リュウジさぁぁぁぁぁぁぁん!!??」
何故か悲痛な叫び声を上げるマナ。
そんな痛々しい声あげることないじゃないか。別に悪いことじゃないんだし。
「で? どうなんだい?」
「そ、そうだな、聞かせてくれマナ。出来れば、今後の参考に……」
「あ、あうぅぅ……」
今度はマナにじりじりと詰め寄るあたいたち。
そんなあたいたちに追い詰められたマナは、涙目になりながら俯いて、ポツリとつぶやいた。
「………ま、まだ手もつないだことないですぅ………」
「……ソフィア。こいつらって、そんな進展しにくい立場なの?」
「いや、私の親衛隊だから、四六時中一緒に行動しているはずだが」
真っ赤になりながらそう自白するマナの積極性のなさにまさかと思ってソフィアに聞いてみるけど、帰って来たのはリュウに聞いたとおりの言葉だった。
その立場で進展ゼロって、初心とかそういう話じゃないよ……?
「う……い、いいじゃないですか、手すら繋いだことなくても!! ソフィア様なんか、面と向かってリュウジさんのお顔見れないくらいじゃないですか!?」
「ガハァ!?」
「ソフィアァァァ!! しっかりするんだよ、ソフィアァァァ!!」
容赦なく傷に塩を塗り込まれ、ソフィアが倒れ伏す。
慌ててソフィアを抱き起すけど、さらにマナの追撃が入る。
「あまつさえ今まで散々っぱらリュウジさんの事こき下ろしてきたせいで、気まずさの方が上回ってるくせに!! リュウジさんにどう接していいのか、そもそも好意をもって接していいのか迷ってるくせにぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「ガフ、ゲフゥ!? ま、マナ! 貴様エスパーか何かかぁ!?」
「ソフィア様と何年おつきあいしてると思ってるんですか!? そのくらい予想の範疇ですぅ!!」
「ぬぉぉぉぉ!! その口塞いで余計なこと言えなくしてくれるぅ!!」
「やれるもんならやってみてくださいぃ!!」
そして突然始まるキャットファイト。
もつれ合う二人の尻尾。舞い散る羽毛。何とも凄惨な光景だね。
「っていうか二人とも、思ってた以上に仲いいねぇ」
「キシャー!」
「フーッ!」
あたいのつぶやきも聞こえないくらい暴れる二人。
あたいはしばらくそんな二人を見つめていたけれど、そのうちいても立ってもいられなくなり。
「……あたいも混ぜやがれコンチクショーめがー!」
「ぎゃん!?」
「きゃいん!?」
勢いのままにフライングボディプレスを決めてやる。
下敷きにされた二人の悲鳴が聞こえてきたけれど知ったこっちゃないね!
その勢いのまま、しばらく押したり突いたり引っ張ったりしてたけれど、結局は疲れたマナが真っ先につぶれてそのまま終了となった。
「ぜー……はー……」
「思ってた以上に体力ないねこの子」
「まあ、だからこそ魔導師の道を選んだのだがな」
「どういうことだい?」
「マナのような肉食系の魔族は、大抵のものが軍に入る道を選ぶ。故に、マナは昔はしなくてもよい思いを感じたこともあった」
「でも……ガオウ君は……そういうのを……気にしませんでしたから……」
「あんたは息を整えてなって」
「それが……素直に、嬉しかったんです……」
息も絶え絶えといった様子で、自分の思いを吐露するマナ。
それがマナの始まりってわけだ。
「ソフィアは……まあ、聞く間でもないやね」
「すー……はー……。……そ、そうですね……」
「どういう意味だ貴様ら」
半目でソフィアが睨んでくるけれど、あたいはそれを無視して自分のことを思い出す。
「あたいの場合は……やっぱあれかねぇ」
「あれって?」
「一目惚れ」
「え、まさかの?」
「まあ、きっかけは別だけどさ。初めてあいつがギルドに来たとき、なんかいいなーっとは思ったんだよ」
だからこそ、あたいはあいつに声をかけた。
ハンターズギルドに所属している連中はほとんどが別に職業を持った、男だ。
だから、あたいみたいな小娘はなめられて当然、みたいな風潮があった。
けど、ある日突然やってきた同い年くらいの男の子の姿に、ときめきを覚えたんだ。
……その時は、ちょっとした好奇心ぐらいのつもりだったんだけど、気が付けばそれはおっきく膨らんでいて……。
「……まあ、でも最初っから望みはなかったわけだけどね」
「……あ」
はは、とあたいが自嘲気味に笑い声をあげると、ソフィアが小さく声を漏らした。
あたいがそちらの方に顔を向けると、ばつの悪そうな顔をしたソフィアと視線がぶつかった。
「なんだいソフィア。なんかあったのかい?」
「いや……」
あたいがそういうと、ソフィアはあたいから視線を逸らす。
……ははぁんさては……。
「……おりゃぁ!!」
「うひゃぅ!?」
あたいは視線を逸らしたソフィアの死角から近づき、いきなり胸を揉みしだいてやった。
「って、あたいの両手でも余る!? これか!? この胸がリュウの奴をたぶらかしたんかぁ!?」
「ちょ、いや、やめ!? っていうかむしろあいつは私のふとももんぅ!?」
「ふとももぉ!? それだったらあたいだって自信あるわ! 山野をかけるハンターなめんなぁ!」
「いやぁ!?」
そのまま思うさまソフィアの胸を堪能し、ぐったりし始めたあたりで手を離す。
「も……だめぇ……」
「あー、くそ腹立つ……っていうかマナもよく見ると結構でかいね……魔族ってみんなこうなのかい……?」
「か、カレンさん、目が怖いです……!?」
あたいが藪睨みでその胸を睨むと、じりじりと後退するマナ。
……まあ、ないものねだりしてもしょうがないよね。あたいはため息を吐いた。
「……まあ、冗談はともかく」
「じょ、冗談であんな揉み方するな……」
息も絶え絶えなソフィアを見やりつつ、あたいはもう一つため息をついた。
「揉み方に関しては謝るけど、リュウに関してあんたが謝る必要はないんだよ」
「……それは」
「だって、あんたに惚れたのはリュウの方が先だろう? その後、リュウはあたいに会った。これはあたいが勝手に横恋慕しただけじゃないか。元々あたいの入る余地なんかなかったんだよ」
「……だが……」
「それ以上しつこく言うようなら、あんたの胸を余さず揉みつくして、その弱点をリュウに伝えてやるよ?」
「ヒッ!? そ、それはやめて!?」
脅すように指をワキワキさせてやると、ソフィアが胸を庇いながらずりずりと下がる。よく見ると、尻尾の先がフルフルと震えている。よっぽど怖いみたいだね。
「……まあ、とにかく! あたいの恋はあたいのひとり相撲で終わったわけ! わかったかい?」
「ま、まあ……」
「……でも、カレンさんはそれでいいんですか……?」
あたいがそう言って締めくくろうとすると、悲しそうな顔になったマナがそう呟いた。
「ん? 何が?」
「だって……私は、ガオウ君のことをあきらめきれません……。ガオウ君が、誰かのことを好きでも、ガオウ君の事、簡単にあきらめられません……」
「………」
さすが魔導師、変なところで鋭いねぇ。
「カレンさんは……本当にそれで、いいんですか……?」
「……良いも悪いもないよ。リュウはソフィアを選んだ。それがすべてさ」
「でも……!」
今にも泣きだしそうな顔であたいに詰め寄るマナを、あたいは押し止める。
ったく、別にあんたがつらいわけじゃないんだろうに……。
「なんであんたが泣くのさ。ここはあたいが泣く場面だろう? 別にいいけどさ」
「ご、ごめんなさい……」
「それに! 別に、選ばれなかったからって好きであることを止めなきゃいけないなんてことはないだろう?」
「……どういう意味だ?」
あたいは成る丈穏やかに見えるように微笑んで、はっきりとこう言った。
「あたいはあたいなりに愛おしいと思えるやつができるまで、リュウに恋をし続けるよ。失恋、ってのは亡くしたり捨てたりするからそうなるんだろ? なら、リュウに恋し続ければ、失恋じゃなくなるわけだ」
「……カレン」
あたいの言葉に、ソフィアは目を見開いて、それからやっと笑顔になった。
「お前ってやつは……ホントにたくましい奴だな」
「フフン。それがこのカレンさんのいいところだからねぇ。この戦争が終わったら、こっちにうちの喫茶店作らせてもらうよ。あたいが店長やるからさ」
「フフ、了解だ。その時は、私が個人的に支援させてもらうよ」
「魔竜姫公認かい? ありがたいねぇ、そいつは話題になるだろうさ」
「そ、その時は、私もお手伝いさせてもらいますね……!」
そのままあたいたちは、アメリアの泉魔王国支店のメニューや、外見を話し合い始める。
……けれど、やっぱりあたいの胸ん中にぽっかり空いた、しくしくと痛む傷がふさがることはなかった。
薄ぺったい胸なのに、忌々しいねまったく……。
夜中のガールズトークが盛り上がる中、光太と礼美は二人で話をしていた。
久しぶりに、二人っきりで。
以下、次回。