No.218:side・mako「三位一体の人身形成」
あたしは大きく深呼吸する。
……あのスライムの情報を解析した時に感じた、筆舌に尽くしがたい絶望感はもう存在しない。
あの瞬間は、礼美があんな姿にされていた絶望や自分がそれを元に戻すことができない無力感がないまぜになって全身を襲ってきたけれど……今は違う。
状況は変わった。今は、あたしたちが圧倒的に有利だ……!
「まあ、まさか隆司の奴が真古竜になって戻ってくるとは思わなかったけどさ……」
「相変わらず、予測不可能だよね、隆司は……!」
あたしの目の前で、嬉しそうにそう呟きながら光太が全身から意志力を発し、溜めていく。
「はぁぁぁ……!!」
相変わらず埒外の出力の意志力が、光太が持つ二振りの刃へと集束していく。
双方同じ形をした片刃の長剣で、剣の鍔が刃のついている方向にだけ飛び出している珍しい形をしていた。
あれは確か……。
「! マコ様!」
光太が手に持っている刃に思いを巡らせようとした瞬間、鋭いサンシターの呼びかけに顔を上げる。
すると、視線の先では巨大スライムがいくつもの光を灯し、こちらの方を見下ろしているのが見えた。
「……ああ、光太の意志力を察知したのね。そのくらいの感知能力はあるのか……」
「のんきに言ってる場合では……! あんなの喰らっては、我々は一たまりもないでありますよ!?」
サンシターのいうとおり。隆司じゃあるまいし、ただの人間である皆があんなの喰らっては、良くて全身やけど、最悪蒸発するだろう。
ラミレスやマナもあわてたように防御を張ろうとするし、降り注ぐ暴力に備え、各人が構えている。
「ああ、大丈夫よ」
そんなみんなを安心させるように、あたしは自信たっぷりに言って見せる。
……だからね、状況が変わったの。
「今更あんなの、あたしたちには当たらないわ」
「それはどういう――」
―ほらよっと―
サンシターが、あたしに対して質問を重ねるより早く、あたしたちの頭上で隆司がその腕を大きく振るう。
見上げるような巨体でありながら、目視不可能なほど高速で振るわれた隆司の巨腕の先から放たれた衝撃波が、一瞬にしてスライムが形成していた光弾をすべて斬り裂いた。
―おせぇおせぇって―
「は……はやい……!?」
魔王軍の誰かが驚愕の声を上げる。
普通であれば、体が大きければ大きくなるほど、実スピードでは相手を上回っても見た目の動作は鈍重になりがちだ。何しろ、体の移動距離も増えるのだ。
体が大きくなって、筋力が増え、速度が増えても、移動時間も増える。これは科学的にも正しい現象だ。
隆司ほどの巨体となれば、それは特に顕著となる。拳を握ってその先のスピードが普通の人間の二倍だったとしても、体が大きすぎるせいで拳の動きは普通の人間の何十倍もかかる。
けれど、隆司はそんな当たり前のことを無視して体を動かした。
「竜種……特に真古竜は物理法則なんかぶっちぎる生き物だからね。まともな生き物だって考えて当たると、下手すりゃ死ぬわよ?」
―ひでぇ言い草だな、オイ―
あたしの物言いに、隆司が苦笑の気配を見せる。けれどあたしはそれを無視。
音速を平然と超えて体を動かすような生き物の意見は聞き入れる必要はない。
そんな化け物と対峙することとなったスライムは、光弾を破壊され硬直するが、しばらくしてまた光弾を生み出そうとする。
―無駄無駄ぁ~―
隆司はのんびりと言いながら、再び腕を振るい、さらに吼えた。
光弾はまた一瞬で破壊され、隆司の咆哮の中に含まれた覇気に晒されたスライムは、体を構成している混沌言語をかき乱され、また体が崩れる。
「リュウ様、すごいであります……」
《すごいのはいいんだけど、余波だけでこうなんのは勘弁よ……》
隆司の桁……というか次元外れの強さを前に感心するサンシターの掌の中で、あたしは一人ごちる。
隆司の使う竜種言語……声を媒介に覇気を飛ばし、対象の肉体に干渉する力。使い方次第では、たった百人の人間に万の軍勢にも勝るような力を授けることも可能だ。
しかし、声を使うという性質上、音の聞こえる範囲全てが効果範囲となる。
魔法と違って、声そのものに力があるから、完全に防ぐには周りの空気を遮断して音を伝わらないようにするくらいしかない。
いちいちそんなことしていては魔力の無駄なので、スライムへの余波は甘んじて受けるしかない。まあ、サンシターに全身を包み込んでもらえると思えば役得かしら? ……混沌玉だけどさ!
――コォウ!!
と、光太の方から意志力を伴った風が吹く。
《ん……》
そちらの方に感覚を向けると、瞳を閉じた光太を中心に、光の渦が立ち上っていた。
ある種の神々しさすら伴ったその光景に、ヨハンさんが反射的に膝をつき、涙を流した。
「おお……!」
他の皆も、光太を中心に吹き上げる意志力の奔流を見て、畏敬の念を抱いているようだ。
……十分な量溜まったわね。
「……礼美ちゃん、今助けるね」
光太は瞳を閉じたまま、剣の鍔を持ち、剣を掲げ上げゆっくりと組み合わせる。
ギャリィ……!と甲高い音を立てながら二つの剣が一つに組み合わさり、光太がため込んだ莫大意志力を刀身から解放する。
「エクス……カリバァァァァァァァ!!!!」
「「「「「オオオォォォォォォ!!??」」」」」
―またベタな……―
《その剣、確か正式な銘は“揺ぎ無き双光の刃”っていうんだけど》
ノリに乗った光太の叫びに、周りの皆は驚きの声を上げ、あたしと隆司は呆れたように呟いた。
まあ、光太がそれっぽい名前を作るのは今に始まったことじゃないし……。
光太は巨大な光を形成した刃を振るいながら、跳躍に備えて構え、そして叫んだ。
「四つの刃よ! 僕に翼を!!」
次の瞬間、光太が背負った刃が飛び出し、翼か何かのように光太の背中に止まり、勢いよく空へと跳んだ。
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」」」」」
―おー、すげー―
《背中の魔剣を空飛ぶ力場の発振器代わりにしてんのねー》
巨大な意志力を制御し、さらに空まで飛んで見せた光太の姿に、その場にいたほぼ全員のテンションが有頂天になる。
……服である程度補助してるとはいえ、意志力で空を飛ぶとはねぇ。
―覇気と違って、金属には意志力が通りやすいからな。光太自身の意志の強さもあるんだろうが、見事なもんだぜ―
《つっても、燃費最悪だし出力も過剰だし、非効率の極みね……》
豆粒ほどの大きさとなった光太の姿を見上げながら、あたしは紅玉を呼び出す。
《さてと……。サンシター、しばらくあたしの体よろしくね》
「………あ。はいであります!」
光太の姿に見惚れていたサンシターが、あたしの声で我に返り、大きく頷いた。
サンシターの返事に満足し、あたしは紅玉を通じて一つの術式を編み上げる。
……スライムの魔法の構成を崩し、中にいるみんなを助ける魔法を。
《………》
サンシターを中心に唸りを上げて回転していた紅玉は、やがてあたしの指示に従い飛び、そしてスライムを覆い囲う。
《……混沌檻!!》
あたしの呪文が完成するのと同時に、スライムの全身を縛るように混沌言語の帯が現れる。
―………―
無言ではあるが、苦しむスライム。
やがてその全身に混沌言語が浮かび上がり、それが全身を覆い尽くした瞬間、すべてが一度に砕け散る。
途端、礼美の顔を維持していたスライムの全身がどろりと溶け、ただの液体へとなり果てる。
《隆司!!》
―ルォォォォォォォォォォォォ!!!!―
続けて、国中の大気を震わせるように隆司が吠え、覇気の籠ったその声を受けてただの液体に光が点る。
その液体が何らかの形を取り戻そうとした瞬間。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
真上から降ってきた光太が、手にした意志力の刃を勢いよく液体に突き立てた。
意志力の光はそのまま柱のように立ち上り、あたしたちの視界をふさぐ。
光は視界をふさぐばかりではなく、あたしたちの全身を貫くように広がっていった。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
《んぐ……!》
っと……! 思ってた以上に、重たいわね……!
……そう感じるのはこの体だからなんでしょうね……。
光の奔流は、やがてその威容を収めていき。
「……こ、コウタ様は……!?」
あたしたちの視界が回復するころには、すべてが終わっていた。
「礼美ちゃん! 礼美ちゃん……!」
「んぅ……」
たくさんの人が倒れている真ん中あたりで、光太が涙を流しながら礼美の体を抱きしめている。
小さなうめき声をあげているあたり、礼美も無事のようだ……。
あたしは二人が無事なのを確認し、体を再構成すると周りに声をかけた。
「ほら、全員ぼっとしてないで、皆を救出!」
「「「「「う……うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
あたしの言葉に、何かを思い出したようにみんなが慌ただしく動き始める。
医術の心得のあるものが倒れているたくさんの人たちに駈け寄り、体の大きなものや力の強いものが、折り重なった人たちの体を運んでいく。
他にも家屋の中から濡れている人たちの体を拭くための布を探しに行くものなどもいた。
……やれやれ。何とか、なったわねぇ。
―一件落着だな―
「……それはいいけど、あんたさっさと人間サイズになりなさいよ。うっとうしいわよ」
―さり気にひでぇな―
後ろの方で隆司がぼやきながら、口の中で竜種言語を唱え体のつくりを変えていく。
全身光で覆われたかと思うと、あっという間に人間大にまでその光は縮まり、次の瞬間には砕け散って中からいつもの隆司が現れた。
「っあー、肩こるー。やっぱり慣れた人間の体が一番だなぁ」
「でしょうねぇー」
……いや、いつも通りというのは正確じゃなかった。
竜としての証なのか、耳の後ろ辺りからアンテナみたいにまっすぐに一本ずつ角が生えているし、何より髪の色は銀色で瞳の色は赤色だ。服装こそいつも通りだけれど、そのせいで余計に髪と瞳の色の変化が際立って見える。
厨二病全開な隆司の見た目に、思わずフスーッと空気が漏れる音みたいな変な笑いが湧き上がる。
「ちょっとあんたまで厨二病にならないでよ」
「厨二病ちげぇよ!! これはあれだ……シルバー○ルだよ!! 銀レ○スだよ」
「その理屈はソフィアが金レ○アにならなきゃダメでしょうが」
「俺の心ん中じゃ、ソフィアはいつでも金色なんだよ……! 宝物なんだよ!」
「ああ、はいはいごちそうさま」
グッと拳を握りしめるいつもの隆司にハタハタと手を振りながら、あたしは礼美へと近づいて行った。
「光太。礼美の様子は?」
「あ、真子ちゃん……!」
光太はあたしの接近に気が付き、涙をぬぐって満面の笑みで答えてくれた。
「今気が付いて……! もう、大丈夫だよ!」
「真子、ちゃん……?」
光太の腕の中の礼美は、まだ意識がもうろうとしているのか、焦点の合わない眼であたしの方を見上げた。
……礼美の確かな無事を確認し、あたしは笑みを浮かべてこういってあげる。
「……お帰り、礼美」
「……ただいま、真子ちゃん」
光太の腕の中で、礼美はそう言って、本当にうれしそうに笑った。
スライムから何とか人たちを、礼美を救出した隆司たち。
そんな彼らに、シュバルツに乗ったフィーネが伝言にやってくる。
以下、次回。