No.216:side・Another「起きる、希望? ―マナ編―」
……私たちが巨大スライムの足止めを行おうとした瞬間放たれた、一条の光線。
止める間もないそれはまっすぐに進む、大きなトカゲの心臓を貫きました。
誰かが、息を呑む声が聞こえ、次の瞬間にはソフィア様の悲鳴がその場に響き渡りました。
「そ、そんな……!?」
「まだだよ! まだ、あのオオトカゲがリュウジだと決まったわけじゃ……!」
突然の出来事に戸惑う私たちを、ラミレス様が鼓舞しようとしてくれましたが、巨大スライムが口元に再び光を溜め始めました。
「っ! えぇい!!」
ラミレス様が舌打ちとともに、魔法を唱えますが間に合いません。
再び放たれる光線。その一撃は狙いたがわずオオトカゲの顔面へと突き進み。
ガシュゥ!!
……大きな音を立てて、白銀の鱗が輝く大きな腕に遮られました。
「――は?」
その白銀の腕は、乾いたオオトカゲの体の中から生えているようでした。
その衝撃か、所々にひびの入ったオオトカゲの顔面から、紅い瞳が覗いているのが見えました。
―……ゴォォォォォ……!―
オオトカゲの体をからに纏った何かは、大きく深呼吸をしたようです。
大気が震えるような低い音が響き渡り、地面が微かに揺れているようにさえ感じました。
「な、なに……?」
私は、本能で察します。今、オオトカゲの中から出てこようとしているのは、巨大な力を持った何かなのだと……。
―オオオオオォォォォォォォォォォォォ!!―
咆哮と同時に、オオトカゲの肉体が破壊され、中から巨大な竜が姿を現しました。
大きな翼を背中に携え、全身に鈍い輝きを持つ白銀の鱗を纏っていました。
人のように二本の足で立ち、両の拳を力強く握り、私たちの体なんて一発で潰せてしまうような太い尾は今、天を向いてそそり立っています。
圧さえ伴った、その咆哮は私たちの体に突き刺さり、小さな産毛すらそそり立たせるような威圧感を感じさせました。
あまりの力の強大さに、腰が砕けそうになりましたが、目に映る巨大な白銀の竜の姿がそれを許しません。
許可が出るとか、出ないとか、そういう問題ですらなく、アレは無為に膝をつくことを許さない。そう、感じました。
―ォォォォォォォ…………!!―
長い咆哮が終わり、音が終息していきました。
誰かが息を呑む音がいやに響き渡ります。
―………―
白銀の竜は、天を向いていた顔をゆっくりと下し、こちらを見据えました。
「……っ」
朱い、炎のように燃えてさえ見えるその瞳に、呑まれそうになってしまいました。
白銀の竜はじっと私たちの方を見つめ、そしてゆっくりと口を開きました。
い、いったい何を………。
―……ソーーーフィーーーアーーーー!!!!!―
第一声、いきなりの人名。
白銀の竜はソフィア様の名前を呼びながら、地響きを立て、その振動で周囲の家屋を倒壊させながらこちらへと駈け寄ってきたのです。
「退避!! 退避ィィィィィィィ!!!!」
ラミレス様が素早く叫んで、みんなが急いで逃げ出します。
けれど白銀の竜は逃げ惑うこちらにかまうことなく、膝立ちになりながら滑ってソフィア様の元まで駈け寄りました。
―大丈夫か!? 痛くないか!? すまねぇ、時差ボケした腐れトカゲに捕まってて、出てくるのが遅れちまって……!!―
何やら必死にソフィア様に語りかける白銀の竜。
涙を流しているソフィア様を前に、何やらおろおろと戸惑っているように見えるその姿はなんだか滑稽ですらあり………。
……っていうか、今更ですけれど、あの声って。
「……リュウジ?」
私が聞こえてきた声の主に思い当たるのと同時に、ソフィア様がその名前を呼びました。
そうです。白銀の竜の口から聞こえてきた声は、間違いなくリュウジさんのものでした。
竜の墓場に落ちたはずの彼が、何故白銀の竜の姿となって舞い戻って来たのか? いったい腐りオオトカゲの正体はなんだったのか? ソフィア様の名前を呼ぶのが一番先なんですね!
などといった言葉が脳裏に浮かんでは消え、消えては浮かびます。
そんな私を置いて、ソフィア様が差しのべられたリュウジさんの大きな手にすがりつきます。
「リュウジ……リュウジ! リュウジ、リュウジ、リュウジ、リュウジィ~!!!」
―………―
繰り返し、彼の名を呼びながら、変わり果ててしまったその手にすがりつきます。
涙を流しながらも満面の笑みですがりつくそのお姿は、リュウジさんの生還を心の底から喜ばれているのがよくわかって……。
―……誰か―
と、そこでリュウジさんが叫びました。
―誰かぁ!! 今、俺たちを記録に残して!! ソフィアの初デレを、永遠の記録として残してぇぇぇぇぇぇ!!!!―
「言うに事欠いて言うのがそれかい」
あきれたようなラミレス様の声が聞こえてきますが、むしろらしいというか。
あんまりにも切実な叫びだったので、私は一歩前に出ました。
「あ、じゃあ、私が……」
―マジで!? よろしく!!―
「あ、はい」
かなり距離があったはずなのに、リュウジさんは私の声が聞こえたようで、本当にうれしそうに叫びました。
私は懐から、風景を転写するための魔法をかけた巻物を取り出しました。
本当は偵察とか、地形調査とかに使う術式なんですけど、まあ、こういう用途に使わないわけじゃないですし……。
私は巻物を広げ、リュウジさんとソフィア様の姿が映るように紙を掲げて……。
「あ……」
うまく映らないことに気が付きました。
そもそも、リュウジさんの体が大きすぎて、彼を捉えようとするとソフィア様の姿がほとんど映らなくなってしまうのです。
―どったの!? 早く撮って!!―
「いえ、リュウジさんの体が大きすぎて、二人が一緒に……」
―俺なんかどうでもいいじゃん!! ソフィアを!! ソフィアの可愛い姿を記録に!!―
「あ、はい……」
言われるがままに、私はなるべくソフィア様に近づいて、リュウジさんにすがりついて嬉し泣くソフィア様の姿を巻物に転写しました。
「……はい、映せましたよー」
―おおおっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! ありがとうマナ!! 一生どころか、家宝にするわ!! 子子孫孫、代々祀り上げるわぁ!!!!―
「そうですかー」
私は思考を捨てて、とにかくひたすら頷きました。
ツッコミは、私には無理です。
そんな私の肩を、ポンとラミレス様が叩いてくれました。
「あんたはよくやったと思うよ」
「はい、ありがとうございます」
「そんなわけあるかぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「きゃおん!?」
咆哮と同時に、私の頭に蹴りが決まりました。
私に蹴りを決めたのは、息を荒げたカレンさんだった。
涙目のままに、カレンさんはビシリと私を指差し、さらに吼えます。
「あんたらまで思考停止すんなよ!! どうすんだよこの始末!?」
「いや、どうするとか言われても……」
困ったように眉根をひそめるラミレス様。
いえ、実際どうするか決めかねる場面ではあります。
リュウジさんの復活に、ソフィア様は壊れたように喜び、コウタさんは魂消たのか彼の姿をぽかんと見上げ、マコさんに至っては死んだ魚のような眼差しで彼を見つめていました。
事態が急すぎて、きっと頭が追い付いてないんだと思います。
正直、まだ正気を保っていた私たちだってこの状況についていけ――。
キュォン!!
「「「「「あ」」」」」
いえ、一人……というか一体だけ我関せずと動いたものがいました。
レミさんの姿を模した、巨大スライムです。
巨大スライムは再び光を溜め、リュウジさんに向かって光線を放ちました。
一直線に進んだ光線は、今度こそ狙いたがわずリュウジさんの顔面に突き刺さってしまいます。
耳障りな爆音が響き渡り、リュウジさんの表情が爆炎の中に消えてしまいます。
―……おいおい、礼美よ―
煙の中から聞こえてきたのは、いつものように軽い調子のリュウジさんの声でした。
―いつからそんな積極的になったんだよ? どうせなら、光太の方にその積極性を発揮してくれよ―
軽口を叩くリュウジさんの顔の鱗には、傷どころか沁みひとつなく、とても巨大スライムの光線が突き刺さったとは思えません。
それどころか、完全な不意打ちだったにもかかわらず、手のひらをソフィア様の上にかざし爆発の影響がないように庇ってすらいました。
―……っても、今は声も聞こえねぇか……真子も、光太もいまいちな調子みてぇだな―
「いまいちどころな話か!! あんたがいなくなってから、いろいろ大変だったんだぞぉ!!!」
―ああ、悪かったよ―
カレンさんが涙声で叫ぶと、リュウジさんは苦笑しながら頬を掻きました。
―そっちも、いろいろ頑張ってくれたみたいだな。サンキュー、カレン―
「別に、いいさっ……!」
カレンさんは強気に笑おうとして、けれど涙で崩れてしまったのか、すぐにうつむいて表情を隠してしまいました。
そんなカレンさんを見つめて、リュウジさんが苦笑を深めたように見えた瞬間、再びリュウジさんの顔に光線が突き刺さります。
―……おいおい。空気位読めよ―
リュウジさんがそう呟いた瞬間、周りの温度が数度下がったように感じました。
リュウジさんが、あのオオトカゲの体の中から現れた時の威圧感……それが、彼の周りに蘇ったのです。
―あまり調子に乗ってると、病人食暮らしが始まるって、偉い騎士も言ってるんだぜ?―
声の調子こそ、いつものような感じではありますが、その中にこもった怒気は、かつてガルガンドにしてやられたソフィア様を前にした時のそれに通ずるものがありました。
巨大スライムは、そんなリュウジさんの様子にもかまうことなく再び光を溜め始めました。
瞬間。
―ッルゥオオオオオォォォォォォォォォォ!!!!!―
リュウジさんの喉から、咆哮が放たれました。
全身を貫くような感覚がまた私たちを包み込みましたが、さっきの威圧感を伴ったものとはまるで違います。
「あ――!?」
体が、熱い。
リュウジさんの咆哮を浴びた瞬間に感じたのは、熱でした。
体の芯からあふれ出てくる、力。熱を伴ったそれが、私の全身を包み込んでいきます。
すごい、なにこれ……。今なら、何でもできそうな気がしてきた……!
周りの皆も、同じように感じているようで、ガオウ君なんかは雄たけびを上げていました。
先ほどまで呆然としていたコウタさんも、目が覚めたようにはっとなりその瞳の中に光が点りました。
「う、うわぁ!? マコ様!?」
けれど、全員がそうではなかったようで、マコさんだけは彼女の体を構成している混沌玉の姿へと戻ってしまいました。
サンシターさんが、心配そうに混沌玉を抱えますが、それに答える声はありません。
あわててラミレス様もマコさんに駈け寄る中、リュウジさんの不敵な微笑みが聞こえてきました。
―さぁて、やろうか……!―
いや、やろうかじゃないですって!?
ツッコミ不在のシナリオの末路。ツッコミって実に重要ですね。
竜となり、力を得た隆司。
彼は仲間を救うために、その力を振るう!
以下、次回。