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No.214:side・Another「絶叫 ―カレン編―」

「う、ぐ……げぇぇぇ……」


 マコが、堪えきれなかったように胃の中のものを吐き出す。


「マコ様、しっかり……!」

「人の、意志って……」

「ノイズみたいなものがずいぶん混じると思ってたけど、まさかそれかい……!?」


 マコの様子を見て、マナとラミレスの顔が真っ青に染まる。

 あたいには詳しいことはよくわからないけど、状況が最悪だってのは分かる。

 何もされてないのに吐くなんて、尋常な状況じゃない……! 今のあたいに、あのデカスライムがどんだけ危険なのか察するだけの頭がないのを感謝すべきかな……?


「マコ、ちゃん」


 と、コウタがマコに近づいて、その両肩を掴みゆっくりと揺さぶる。


「礼美ちゃんを、助けるには……どうしたらいいんだ……」

「……」


 マコが弱弱しく首を横に振る。

 そんなマコの様子には一切かまわず、コウタはマコの肩を揺さぶり続ける。


「どうしたら、どうしたらいいんだ……なんでもする。礼美ちゃんを助けるためなら、何でもするから……!」

「コウタ様、落ち着いてください!」

「駄目です~! コウタ様~!」


 尋常じゃない様子のコウタに、大急ぎでサンシターとアルルの制止が入った。

 さらに周囲の人間も、コウタの体を取り押さえにかかる。

 けれど、それにもかまわずコウタは大きな声で叫んだ。


「お願いだ、真子ちゃん! 教えてくれ! 礼美ちゃんを、礼美ちゃんを助けるにはどうしたらいいんだぁ!!」

「………。………!」


 コウタの渾身の嘆願。強い悲しみを伴ったそれに対する、マコの答えは変わらなかった。

 ……つまり、現状打つ手なしってこととかい……。


「……ああ、くそっ」

「カレンさん?」


 あたいは舌打ち一つ突いて、弓と矢を構える。


「助けるにしろ見捨てるにしろ、あのまま放っては置けないだろう? とにかく足止めだよ」

「……ですね。動かなければ、状況は変わりませんし」


 比較的周りに比べて落ち着いて見えるナージャがそう言って、あたいに続いてくれる。

 それ以外にもばらばらとあたいたちに続いて巨大スライムの足止めを再開し始める人たちがいた。

 そのほとんどは、ケモナー小隊……リュウの部下だって連中だった。


「とりあえず、姫さんたちも含めてミミルに任せて、俺たちゃ足止めだな」

「ああ、そうだね。止まってくれりゃ御の字だけどねぇ……!」


 フォルカが拳に炎をともすのと同時に、あたいも弓につがえた矢に覇気を込める。

 いっそ、その顔面ぶち抜いてくれるよ……!!


「―――ッガァアァ!!??」

「ん!?」


 と、矢を離そうとした瞬間、獣のような方向とともに、一人の人間が吹っ飛ばされてきた。

 露店を一戸ぶち壊しながら大広場へとあらわれたのは、ヴァルト将軍と一緒に行動していたはずのガオウだった。


「が、ガオウ君!? どうしたの!?」

「ぐ、かまうなマナ! それよりも、あちらを何とかせねば……!」

「もー、次から次へとなんなんだい!?」


 あたいはガオウにかまわず、ぐるりと振り返る。

 そこにいたのは、腐った化け物だった。


「――ハッ。スライムの次は腐ライムってか。なかなかジョークが効いてんじゃないか」

「いや、欠片もうまくないですよ!? ひょっとしてカレンさんも壊れてません!?」


 失礼なことぬかすマオの顔面をナージャの胸元に叩き込みながら、あたいはさらに後方に現れた化け物を睨みつける。

 腐った化け物は巨大な両手をつきながら、ゆっくりとこちらに接近しているようだった。

 どろどろに腐りまくった頭部は、かろうじて鼻づららしいものが確認できる程度だ。パッと見……トカゲかね、あれは。

 両手をついているとは言ったけれど、足があるのかはわからない。何しろ下半身をずるずる引きずりながらの行進だ。手をつくたびに、全身が震え、腐った体がどろりと地面に落ちる。

 と、そんな腐ったトカゲの足元にチョロチョロと何かが動き回ってるのが見える。


「あれは……」


 目を細めて見てみれば、ヴァルト将軍が率いる魔王軍の連中だ。

 どうも、こっちと同じであの馬鹿でかい腐りトカゲを止めようとしてるみたいだけど……絶望的みたいだね。

 ヴァルトも、なんか大量に狼みたいなのだして応戦してるけど……。あ、一人弾き飛ばされた。

 実にゆっくりとした動作だったけれど、弾き飛ばされた魔族っぽい男はすごい勢いで吹き飛んでいく。どこまでいって止まるのかは、ちょっとあたいにはわからない。


「あんた、良く生きてたねぇ……」

「なんとでもいうがいい! あの化け物だけは止めねば……!!」


 ガオウは歯を食いしばりながら立ち上がり、両手に剣を握って高く吼えた。


「――タツノミヤリュウジに、この魔王国を破壊させるわけにはいかんのだ!!!」

「――え?」


 自らの無力に打ち震えていたソフィアが、リュウの名を聞いて顔を上げた。

 その時、風に乗って腐りトカゲの匂いがあたいたちのところまで漂ってきた。


「う……!?」


 思わず鼻を覆う。それはまさに、腐臭、と呼ぶべきものだ。当たり前の表現だけれど……そうとしか表現ができない。

 時間が経ち、長く放置され、ぐちゃぐちゃと、あるべき姿からおぞましく変貌していく様子さえ、脳裡に鮮明と想像させる……そんな匂いだ。

 その匂いに、多くの人たちがあたいと同じように鼻を覆ったり顔を背けたりする中、ソフィアの顔が歪に歪む。

 気づいてはいけない真実……そんなものがあるのであれば、まさにそれに気が付いたというような顔だ。


「リュウ、ジ……!?」

「なんだって?」

「リュウジの、匂い、だ……!」


 ソフィアが、ふらふらと腐りトカゲの方へと近づく。

 あわてて肩を掴む。


「ちょっと待ちな! リュウの匂いって、どういうことだよ!?」

「わから、ない。でも、リュウジの匂いがした!!」

「……ソフィア様。理由は分かりませぬが、あのオオトカゲはタツノミヤリュウジである可能性が高い」


 ガオウはソフィアに向かって膝をつき、頭を垂れながら自分の考えを述べる。


「ソフィア様と同じように、自分やヴァルト将軍、そして多くの同胞たちがあの化け物にタツノミヤの匂いを感じ取りました」

「な、なんで……?」

「わかりませぬ。ですが……」


 ガオウは剣を手に立ち上がり、ソフィアに背を向ける。


「今は、止めねばなりません! タツノミヤの手で、この町を破壊させないために! 御免!!」


 そういって駆け出すガオウ。止める間すらなかった。

 あのガオウの様子に加えて、魂すら抜けてしまったようなソフィアの姿を見て、あたしはあれが、リュウが変じたものであるとしか思えなくなる。

 ……そのうえで、あたしは頭を抱えてしまった。


「……なんなんだよ、どうしたらいいんだよ……」


 八方手づまりとはこのことだ。

 ただでさえ、巨大スライムと腐りオオトカゲが現れてお手上げだってのに、そのどっちも知り合いが変じてしまったものだと来ている。おかげで、マコ達が半分くらい壊れちまった。

 止めるにしたって、どっちもデカすぎる。かといって、殺すのはだめだろう。そんなことしたら、マコ達が立ち直れなくなっちまう。

 ああ、もう……! こんな時、親父ならどうするんだ……!?


「! カレンさん! レミ様の様子が!」

「あ!?」


 ナージャの声に、レミの方へと振り返れば、ずっと閉じられていたはずの両目が開かれていた。

 濁ったスライムの体液で満たされたそこは、じっとリュウが変わったらしい腐りオオトカゲを見つめる。


―……―


 そして、ゆっくりと口が開かれ、そこに光が点る。


「え? ちょ――」


 止める間もあればこそ、そこから一条の光線が放たれた。


 ギュゴッ!!


 空を刳り貫く音を立てながら、まっすぐに進んだ光が腐りトカゲの肩を撃ち抜いた。


「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」

―ォォォォォォォォ……!!―


 腐りオオトカゲが、苦悶の遠吠えを上げる。

 続けざまに、巨大スライムが光を放とうとするより早く、トカゲも口から何かを吐き出した。

 赤く、激しく点った、大きな炎の球だ。

 轟音を響かせ、空気を焼きながら突き進んでいく。

 いくつも放たれたそれが、巨大スライムにぶつかり、その体を蒸発させていく。


「!! やめろ!! やめてくれ、隆司ぃぃぃぃぃぃ!!!」


 その光景を見て、コウタが発狂したように叫んだ。

 下手をすれば、レミが無事では済まない。そう考えたんだろう。

 けれど、その叫び声はむなしく大広場に響き渡るばかりだった。


―………―

―ォォォォォ………!!―


 二体の化け物は、壮絶な撃ち合いを始める。

 スライムは光線を口から撃ちだし、腐りトカゲは何発も炎の球をぶっ放す。

 どちらも、人間程度がぶつけられたら即死してしまいそうだ。


「ちょ、やめ、やめぇぇぇぇぇぇぇ!!??」


 頭上を通り過ぎる凶悪な攻撃に、思わずそう叫ぶけど、化け物たちは足元に這いつくばるあたいらの事なんか知ったこっちゃないとでもいうように、何度も攻撃を繰り返す。

 そう。何度も。何度でも。


「やめろぉぉぉぉぉぉ!!! やめてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 その光景を見て、コウタが叫ぶ。

 喉が傷つき、血を吐きながらも、叫び続ける。見ていて、痛々しいほどだ。だけど、やめろとも言えない。

 マコは、さっきのショックからまだ立ち直りきれてないみたいだ。人間が、生きたままスライムになってるのを直接感じ取って大丈夫なわけもないか……。

 ソフィアは信じられないというような眼差しで腐りトカゲを見つめてる。他の二人より傷が浅そうに見えるけど、元々深手を負ってるところへの一撃だ。

 もうどうしたらいいんだよ……!


「………ラミレス!!」


 あたいは半ばやけっぱちになって、ラミレスの名を呼ぶ。


「……なんだい?」

「動けるの集めて、スライム足止めして!!」


 あたいの唐突な頼みに、ラミレスは訝しげに眉根を寄せた。


「そりゃいいけど……どうするんだい?」

「いいから早く! 全員だ! さあ、ケツを上げな!!」

「いや、ちょ、どうしたんだい!!??」


 突然周りに対して当たり散らし始めたあたいを見て、ラミレスが驚愕の顔つきになり、みんなを連れてスライムの足止めへと向かった。

 最後まであたいを不審そうな目で見つめてたけど、結局はスライムの方へと向かってくれた。

 そしてその場に残ったのは、立ち直れていないマコとそれについているサンシター。

 届かない叫びを叫び続けるコウタ。

 そして、呆然とトカゲを見つめるソフィアとあたいとなった。


「………」


 あたいは息を荒げながら、ソフィアの方へと振り返る。

 ……これからあたいがやろうとしてるのは、策でもなんでもない、ただの自棄だ。

 けど、それでも、我慢ならなくなった。


「――ソフィア、あんた、いいのかい?」


 あたいはソフィアに向かって、そう言い放つ。

 聞いているのかいないのか、ソフィアはピクリとも動かない。

 それでも、あたいは続ける。


「あんた、このままでいいのかい!? 自分の気持ち、リュウに言わないで!!」

「……――」


 ソフィアの肩が、ピクリと動き、少しだけあたいの方へと向く。


「気持ち……?」

「そうだよ!! 好きなんだろ! リュウの事!!」


 ソフィアに近づき、肩を強く掴む。

 鱗のついた手足からは想像もできないほどに華奢で、柔らかい肩だった。


「今こんな状況で何をバカなって思ってんだろ!! 今だからだよバカ!! このままじゃ、一生リュウに自分の気持ち伝える機会なんて回ってこないよ!!??」


 あたしは一方的にがなる。

 支離滅裂だ。自分でもいやになる。

 今の状況でそんなことしたって、何の意味もないのだから。

 それでも、言わずにはいられなかった。


「何もなかったら、それでも良かったさ! ゆっくりと、あんたが言う気になるまで逃げ回ってりゃよかった! でも、状況が変わっちまった! 変わりすぎちまったんだよ! わかってんだろ、なぁ……!」


 あたいはギリッと歯を食いしばり、吠える。


「泣いちまうほどなんだからよぉ!!!!」

「―――」


 ぽろり、ぽろりと。

 大粒の、透明な涙がソフィアの頬を伝っていく。


「なあ、いいのかよ、ソフィア……! リュウは言ったぞ! あんたのことが好きって! なのに、あんたは何も言わなくていいのかよ……!」


 あたいもまた、とめどなく両の目から雫を零しながら、ソフィアに訴える。

 ……あたいから見ても、二人はお似合いだった。嫉妬心なんか、欠片も出てこないくらいに。

 なんのかんのいいながら、ソフィアはリュウに惹かれてる。同じ男に、恋をしたからそれがよくわかった。

 だからこそ、どうしていいのかわからなくて戸惑っているのもわかった。まっすぐに、むき出しの心を向けてくるリュウに、なんて返せばいいのか、ソフィアにはわからなかったんだ。

 気づくまで、放っておいてやろうと思ってた。戸惑っているソフィアは可愛かったし、自分で気が付くのが一番いいって、想ったから。

 でも、もうそんなこと言ってられない。


「一言、言えばいいんだよ!! 名前を、呼んで!!」


 このままじゃ、ずっとずっと言えなくなっちまう。

 ソフィアの、本当の気持ちを、リュウに、伝えられなくなっちまう……!


「リュウの名前を呼んで……好きだって、言えばいいだけなんだよぉ……!!」

「……リュウ、ジ……」


 あたいの必死の叫びに答えてくれたのか、ソフィアが一言つぶやいた。

 腐りトカゲを見つめていた眼の中に、わずかに光が戻る。


「リュウ、ジ……」

「! そう、そうだよ!!」


 あたいはそれに気が付いて、急いでソフィアの背中を押すように、彼女の背後に回った。


「腹の底に力を込めて!! あの、腐りトカゲになっちまってるリュウに、届くように!!」

「リュウ、ジ……リュウジ……」


 虚ろに繰り返すばかりだった、ソフィアの体に力が戻り、後ろからでもわかるほどにたくさんの涙が瞳から流れていく。


「リュウ……ジィ………!!」


 大きくしゃくりあげるように体を震わせ、ソフィアが体の奥底からその名を呼んだ。


「リュウジィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!」


 瞬間、一条の光線が腐りトカゲの心臓辺りを貫いた。


「「―――あ」」


 思わず、あたいとソフィアの口から声が零れる。

 腐りトカゲが吐いていた炎は、すぐにその勢いを失い、その全身は一瞬にして干からびて。


―ォ、ォォ……―


 その瞳から、光が消えた。


「あ、ああ……」

「嘘だろ……!?」


 腐りトカゲの体が、わずかに崩れ始める。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 ソフィアが、泣き崩れる。

 いやってほど、痛々しい悲鳴が、あたりに木霊した――。




 少女の悲鳴が木霊する中、隆司は少し旅をしていた。

 永い、永い、永い旅を。

 以下、次回。


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