No.213:side・Another「続く、絶望 ―カレン編―」
「レミさまぁ!! なぜそのようなお姿に!? レミさまぁ!!」
「ヨハンさん、おちつ、落ち着いて……落ち着けぇ!!」
「ナージャさんも落ち着いてください!?」
「マオも落ち着きなよ……」
何故か神官コンビと狐の剣士とチームを組むことになったあたいは、暴走特急のごときヨハンを追いかけながら、突然お城からあふれ出したレミのような巨大スライムを見上げた。
見れば見るほどレミにしか見えないなー。でもあの娘、あんな巨大化するような特技はないはずだよね?
「しっかし、アレの足元に到着したとして、あたいらになんかできんのかね?」
「さ、さあ……? できるのであれば、足止めなんかじゃ……」
「止められんの? アレ」
あたいが指差す巨大スライムは、明らかに人知を超えた大きさだ。
正直な話、高位魔法とかで一息に消し飛ばさないとめんどくさいレベルだよ。
っても、あのレミみたいな顔が引っ掛かるんだよねぇ……。
もしガルガンドとかいうやつの呪いとかでスライムと一体化させられてる、とかだったら、マコもコウタもためらうだろうし……。
「「「ノォオオオオ!!!???」」」
「んー?」
「あ、あれって……?」
と、前の方からすげぇ勢いで駆け抜けてくる三人組の騎士の姿が見えた。
あれには見覚えがあるね。確か、リュウにABCって呼ばれてた騎士たちだ。
ずいぶん安易なネーミングだけど……リュウのやつ、今頃大丈夫なのかね……?
あたいは首を振って不安を押し込めると、こちらに向かって駆け抜けてくる騎士たちに手振りで合図を送った。
「おーい! あんたたちどうしたんだい!?」
「ん!? そこにおわすはカレンさんじゃないですか!?」
「ハハハ、いやぁ奇遇ですね!!」
「奇遇も何も、あたいら一緒に魔王国に入ったんだろうが……」
あの馬鹿でかいスライムに追いかけられてたにしては挙動不審な三人組の様子に、思わず眉根をひそめてしまう。
なんか……火事場泥棒を見咎められたコソ泥みたいな雰囲気だけど。
そんな三人の様子に、不審者を見る眼差しでマオが問いかける。
「あの、失礼ですが何故魔王城の方から逃げていらしたんですか? 確か、私たちは住宅地を調査する予定だったはずですが」
そんなマオの問いに、三人は何故かビシッと敬礼しながら答えてくれる。
「ハ! 実は我々、嫁となっていただけそうな方々が魔王城にお勤めと伺いまして!」
「それで、ヴァルト将軍に許可をいただいて、一足先に魔王城まで調査に向かっていたのです!」
「己の欲望に忠実である。これは人類のあるべき姿であると我々は思うわけで!!」
「そう言えばこいつらリュウの部下だったね」
「その一言で納得できてしまうのはどうなんでしょうか……」
そんな困った顔されても困る。
困り顔のマオキュンもかわいい!とか言ってマオを押し倒すナージャはさておいて、あたいは改めて三人組へと向き直った。
「ということはあんたたち、魔王城まで行ってたってことかい?」
「ええ、まあ」
「と言いましても、突入できたのは城門までで、いざ嫁を探さん!と意気込んだ辺りでお城の中からあれが飛び出してきまして」
「結局あれがなんなのかもよくわからずに、元来た道を逆走していたわけなのです」
「そうかい」
うーん、ひょっとしたらあれについて何かわかるかとも思ったけれど……。
「それで、どうします?」
「あ? 何が?」
「いえ、興奮のままヨハンさんは駆け抜けちゃいましたし」
「ナージャさんはなんか、マオ君をあられもない姿にする作業に忙しいようですが?」
「み、見てないで助けてー!?」
とりあえず、腰に括っておいたブラックジャックに砂をつめて、ナージャの後頭部をひっぱたき、マオをその下から引きずり出す。
「あーもー。アレをどうするかでいろいろ忙しいっていうのに……」
「す、すいません……」
「いやまあ、マオ君の愛らしさは犯罪級ですからな!」
「本来は清廉潔白である神官のナージャさんが乱れるのも致し方ないかと」
「いよ! にくいね!」
「やめてください!?」
続いてマオを煽る三バカの頭を、小石を詰め直したブラックジャックでぶっ叩いておく。
「……あの。お三方とも、頭から噴水みたいに血を吹き出して動かなくなったんですけど……」
「ほっといてもいいかと思いますよ? マコ様印の強化シャツのおかげで、回復力もアップするみたいですし」
「正気に戻ったかい?」
「ええ、私は正気に戻りました!」
「そうかい。とりあえず、鼻から漏れてる紅い液体は拭いときな」
「あ、申し訳ありません」
あたいが渡した布で鼻の下を拭き始めるナージャ。
すると、その腰に括られた水晶が輝きだした。
これは通信用にと各チームに手渡された水晶だ。魔力さえあれば使えるようにマコが調整した一品で、呼びかけたい対象の名前を呼ぶだけでそこにつながる便利な品だ。
「ナージャ、通信きてるよ」
「この状況であれば当然かと思いますけど……」
顔を拭き終えたナージャが水晶を手に取る。
途端、水晶の上の部分に向けて光が投射され、そこにマコの姿が映し出された。
《――みんな、聞こえる!?》
「聞こえてるよー」
「あ、これ一方的な通信ですね。こちらの声は聞こえませんよ」
「そう言うのは早く言っておくれよ……」
《あの馬鹿でかいスライムみたいなのは見えるわね!? アレをどうにかするから、住宅地中央付近の大広場に全員集合!》
マコはそれだけがなると、すぐに通信を断ってしまう。
表情と声の調子から、相当にあわてているのがわかる。
まあ、友達があんな姿にされたのかもしれないって考えたら、居ても立っても居られないよねぇ。
「マオ。大広場の場所ってわかるかい?」
「はい。それなら、このまままっすぐに進んだ先にある開けた場所です」
そういってマオが指差すのは三バカがこちらに向かってかけてきた道の先。
見れば、確かにだいぶ広がった場所があるように見え、さらにそこから散発的にではあるけれど魔法での攻撃がスライムに向けて放たれてるっぽかった。
「っと、もう始まってるみたいだね」
「でも、マコさんどうにかするっていってらっしゃいましたけど、どうにかできるんでしょうか……?」
「……そこは、マコ様を信じるしかありませんね」
あたいたちは、三者三様にうなずき、大広場へと駆け出していく。
「あ、待ってくださいよー!」
「けが人放置とかカレンさん鬼畜!」
「おに! アクマ! ペタン娘!!」
「うるせぇ! 置いてかれたくなきゃさっさとついてきな!!」
いらんこと叫ぶ三バカに叫び返す。
その間にも、パラパラと魔法による攻撃がスライムへと降り注いでるけど……。
「なんていうか、しょぼくないかい?」
「ええ。なんだか、遠慮しているように見えますね……?」
「……ヨハンさん辺りが味方に静止を呼び掛けてたりして」
ナージャの冗談に聞こえない一言に、あたいは黙って頭を振る。
ありえなくないから困るんだよね……。
そうしてしばらく駆けていると、いきなり広い広場に出た。
「うお。ここが大広場かい?」
「はい。普段は、多くの露天商が店を構えているので、大変賑わっているのですけど……」
マオのいうとおり、確かに多くの露天商が店を構えているのが分かった。
何しろ、ここも店を構えたまま、誰もいなくなったように見えるからだ。
広大な敷地のあちらこちらに様々な店が並んでいるさまを見ると、王都で開かれる豊作祭を思い出すね。
中には天井まで着いた豪華な露店まであるけれど、今はそのしっかりとした屋根の上を足場に、魔導師が魔法を巨大スライムに向けてぶっ放してるところだった。
「電撃槍~!!」
「貴様、アルルゥゥゥゥゥゥ!! そのような一撃を見舞われたレミ様がどのようなことになるかわかっているのかぁぁぁぁぁぁ!!」
「だからそれを確認するための攻撃でしょうが! ちょっと黙ってなさいレミコン!!」
ああ、やっぱりヨハンさんが横槍入れてるねぇ……。
想像通りの光景に頭痛を覚えながらも、一際大きな露店の上で、くるくると自分を中心に紅玉を回転させながらレミ顔スライムを睨みつけるマコを見つけ、あたいはその足元へと駈け寄った。
「マコ! あれがなにかわかるのかい!?」
「まだわかんないわ……! ラミレスや、マナにも協力してもらってるけど、とりあえず見た目通りのスライムってのは分かってる……!」
見れば、攻撃を繰り返す魔導師の中に混じって、露店の上に載ったラミレスとマナの姿が見える。
どちらも集中しながら巨大スライムを睨みつけている。たぶん、あのスライムを解析してるんだろう。
「それじゃあ、あたいたちに手伝えることってあるかい!?」
「今のところはないわ……! なんなら、そこで我慢してる光太の相手でもしてて!」
そうあたいに乱暴に捨て置いて、集中し始めるマコ。
よっぽど切羽詰まってるね……。いろいろまずいよこれは……。
あたいが視線を下せば、いつもの柔和な表情が嘘のように消え、険しい表情でレミの顔をしたスライムを見つめる光太と、ぎゅっと拳を握ってうつむいたままのソフィアの姿が目に入った。
「……あんたたち、なんて顔してんだい」
「…………」
「…………」
あたいがそう呼びかけても、二人ともロクな反応を返してくれなかった。
コウタの方はかなり切羽詰まった顔つきだ。決意すべきかせざるべきか……なんか途方もないことを迷ってるって感じだ。
そしてソフィアの方は……かなり思いつめてる。住宅地にだれもいないばかりか、王城からあんなものまで飛び出して、気が気じゃないんだろうね。……きっと、リュウの事も重なってる。
相当やばいね……。リュウ、頼むからさっさと帰ってきてくれよ……?
「……こっち、解析終わりました!」
「こっちもだよ!」
「わかった!!」
マナとラミレスが解析を終えたのを聞き、二人に向けてマコは紅玉を飛ばす。
二人が手のひらを当てて、解析した何某かを紅玉へと送り込み、それをマコが回収。
そして、マコがそれをさらに分析を初め……。
「……結果、出たわ……」
……マコが、ひどく絶望的な表情で口を開いた。
「真子ちゃん……結果は……!?」
「……結論から言えば、あれは液状化した人間の集合体よ」
「……どういうことだい?」
あまりにも突拍子もない単語に、あたいが首をかしげると、マコはゆっくりと説明してくれた。
「……覇気を抽出するときには、大体二つの方法がある。一つは、覇気を持つ人間が能動的に放出する方法。これは、覇気を提供する人間にリスクがないメリットがあるけど、提供する側に覇気を使う知識や技術がないといけない」
ああ、それは知ってるね。確か、スカイ・シップの動力に火をつけるのに、リュウとソフィアが気張ってたものね。
「……で、もう一つってのは?」
「……もう一つが……」
マコが唇を引き絞り、その方法とやらを震える声で告げた。
「……生きている生物を、液状にする、って方法……」
「え、液状……?」
「そう。……一度に大量の覇気を捻出する場合、最も効率がいい方法として過去に開発されていた方法よ。大勢の生物を生きたまま、スライム状に変化させ、大きな一個の生物へと変化させて、そこから漏れ出る覇気を抽出することでそれをエネルギーとする方法……」
「そんな方法、我々は知りませんよ……!?」
「ガルガンドの奴だろうさ。あいつなら、そんな方法研究しててもおかしくないからね……!」
マコの口から語られる、衝撃的な事実。それは極めておぞましい邪法。
けれど、マコの口から語られる絶望はそれではなかった。
あたいは、それに気づいてしまった。
「……ちょい待ち、マコ。あんた、さっき人間、って言ったね? 人間だって、断定した根拠はなんだい?」
「「「「「…………!?」」」」」
マコの説明ならば、あの巨大スライムは魔王国周辺にいるという混沌の獣とやらでもおかしくはない。
けれど彼女は、人間だといった。詳しくあの生き物に関して、解析したうえで。
「……それ、は……」
マコの震えは声ばかりではなく、全身にまでおよび、そして彼女は涙声ではっきりと告げた。
「あの中に、まだ人の意思があるからよ……!」
「「「「「な………」」」」」
「あの中に、まだ、たくさんの人の意思が、あって……! 漠然とではあっても、今の自分を、意識してて……!! その中に、礼美も……!!」
「なん……」
崩れ落ちるマコ。それを支えるようにサンシターが体を抱きしめる。
礼美の言葉に、光太の体もよろめく。
……多くの人間を練り合わせた巨大スライムは、少しずつこちらへと近づいてきていた。
真子の口から語られた事実に、心を折られかける一同。
そんな彼らの元へ、また一つ影が現れる。
大きな大きな、腐った影が。
以下、次回。