No.210:side・Sophia「強襲」
「数が多い……! どこから湧いてくるのだ!」
「ぼやかないぼやかない! どうせ準備万端で出迎えてくれたってことなんだろ!?」
「そうかもしれんが……!」
ぼやく私にリュウジの軽口が突き刺さる。
今私がいるのはスカイ・シップの上の部分。プロペラという部位の下あたりだ。
吹き付ける風の勢いが凄まじいが、飛べないわけではない。
対し、隆司が立っているのは防護障壁の上。
空を飛べないからこちらの方が、収まりがいいとは本人も言っていたが……守りの上に立つとか。
「相変わらず貴様は破天荒というかなんというか……」
「いや、そもそも礼美が誘拐されてなきゃ、あいつが使う盾の上に立って戦う予定だったんだぜ?」
「レミの!? それはなんというか……」
言いつつ私は、手に持つレイピアに覇気を込める。
「想像の外の世界……だなっ!!」
呼気とともに何度もレイピアを振るい、薄く薄く研ぎ澄ました覇気の刃を解き放つ。
上空まで差し掛かっていた化け物たちの一団に、幾筋もの斬撃が走り、そのたびに奴らの翼が、腕が、足が、体が斬り裂かれ、ボトボトと谷底へ向かって落ちて行った。
「そう? 軽く練習でやってみたけど」
そう言いながら、背後に立つリュウジから覇気がほとばしり……。
「具合は良かったぜぇっ!!」
次の瞬間、横一文字に巨大な覇気の刃が解き放たれる。
鈍く光り輝く覇気の奔流が、その射線上に存在していた化け物たちを音もなく消し飛ばしていく。
「……今のワイルドじゃね?」
「ほざくな。奴らがどれほどいるかもわからないうちに、大技を打つ奴があるか」
「フ。嫁のデレにはまだ遠く……」
「誰が嫁か」
何やらずいぶん久しぶりなセリフを喋れたことに、内心喜びながら、私は見通しのきかない霧の向こうを睨みつける。
ヴァルト達の声を皮切りに始まった、この化け物たちの闘争は、終始我々の有利で進んでいる。
そもそも彼我の戦力差が大きい。我々は奴らを一撃で叩き落とす手段をごまんと持つが、連中には我々へと肉薄する手段はほとんどないのだ。これでどうやってガルガンドが我々を落とす気なのかが分からない。
「そもそもプロペラに取りつこうとしている連中は、肝心のプロペラに体を引き裂かれてるしなー」
「ブースターとやらの方も、体を突っ込もうにもその前に炭化してしまっては攻める意味もなさそうだ」
私とリュウジは次の一団が来るのに備えて覇気を高めながら、油断なく構える。
今のところ我々の仕事は、固まってやってくる化け物どもの掃討。
そして、甲板にいる皆の仕事は、我々の撃ち漏らしの撃退だ。
上から狙い撃ちにしているとはいえ、さすがにすべてを一撃で消し飛ばせるほど、敵も甘くはない。
魔導師たちは魔法を打ち出し、遠距離攻撃を持つ者たちはそれで化け物を打ち落とす。
それらを持たない者たちは、その弾幕を乗り越えて甲板に取りつこうとしたものたちを、水際で叩き落としている。
どちらにせよ、ほとんど鴨撃ちだ。あるいは、闘争というのもおこがましいかもしれない。
「……ガルガンドはどういうつもりなのだ。足止めであれば、もっと数か質をよこさねば意味がないはずだ」
「そりゃ同意だけど、遠慮も願いたいところだな」
私のつぶやきに、リュウジが苦笑しながら答える。
「確かに安定しちゃいるが、船を落っことされちゃ文字通り終わりだ。いくら真子でも、この覇気ん中じゃ全員を助けるなんて不可能だろうしな」
「……違いない」
リュウジの言葉にうなずきながら、それでも私は考える。
たったこれだけで、ガルガンドは我々を倒す気でいるのだろうか?
仮に、そうなのだとしたら見通しが甘すぎると言わざるを得ない。
こちらを過小評価しているというのであれば、好都合だが……。あのガルガンドが、そんな玉だろうか?
「っと、次来たぜ!」
「ああ……」
背後からの呼びかけに、我に返り、私は懸念を心の中にしまいこむ。
まあいい。奴にやる気がないなら、このまま先へ進むだけだ!
「はあっ!」
鋭く覇気を放ち、再びやってきた化け物どもを叩き落とす。
さて、これで大分落としたし、先にも進んだ。あと半刻もすれば向こう岸に……。
どくんっ。
「っ!?」
「っ! 今のは……?」
不意に感じた気配に、私はあたりを見回し、リュウジもまた油断なく周囲を警戒した。
今聞こえてきた大きな鼓動はなんだ……? いや、そもそも……突然生まれたように感じたぞ!?
―シャァァァァ!!―
「これは……!?」
「蛇が出す威嚇音!? にしちゃ近くねぇか!?」
聞こえてきた音に、あたりを見回す。
確かにだいぶ近くに聞こえてきた……! だが、ここは中空。蛇がやってくるような余裕は――。
―シャァァァァァ!!―
だが、音源は我々の戸惑いなど無視し、勢いよくスカイ・シップへと体当たりをかました。
「うおっ!?」
「きゃぁっ!?」
思わず放り出されかけるリュウジに、やってきた衝撃波に体を揺さぶられてしまう私。
下を見れば、背中に大きな一対の翼をはやした蛇のような生き物が、素早い動きでスカイ・シップにまとわりつこうとしているところだった。
その胴の太さは人間など問題にならないほどであり、ちょっとした家位の大きさである。
「な、なんだこの生き物は!?」
「またずいぶん珍妙な姿だこと……!」
その奇妙な姿にリュウジも軽口を叩こうとするが、緊張のためか、いささか声色が固い。
そしてそんなことを言っている間にも、リュウジのそばを翼蛇が駆け抜け、スカイ・シップを破壊せんとその巨体を締め上げようとする。
「まずい!」
「んなことさせますかってんだ!!」
あわてて私とリュウジが刃を振り上げる。
だが、それよりも速く甲板の者たちが動いた。
「獅子王双牙ぁっ!!」
―シュァァッ!?―
ガオウの叫びが木霊するのと同時に、翼蛇の拘束がわずかに緩む。
見れば、翼蛇の胴体が半ば程から断ち切られていた。
続けざまに、木の葉のように舞い散る数多の符が翼蛇の体に張り付いてゆく。
「術式付与、刃は全てを斬り砕く!!」
―ジャァッ!?―
マナの叫びと同時に、張り付いた符が砕け、翼蛇の体の隅々が斬り裂かれていった。
そして砕けた翼蛇の肉体は、マコの風王結界によって吹き飛ばされていった。
「ヒュゥ、どっちもやるねぇ」
「当たり前だ。あの二人は、次期魔王軍四天王候補なのだからな」
《二人とも、無事ね?》
感嘆の域を漏らすリュウジに、誇りを持って答えていると、紅玉の一つが私たちの元まで飛んできて、そこからマコの声が聞こえてきた。
「ん、真子か。無事だぜ」
《そう……ところで、今の蛇だけど、何か気づいたことはある? 私には、いきなり出てきたように思えたんだけど……》
「……私もだ。奴の鼓動が、いきなり聞こえたような気がした」
マコの言葉に、私も同意する。
本来であればありえないが、転移か何かで飛ばしてきているのであればある程度納得はいく。
問題は……。
「……あんな化け物は、魔王国に存在しないということか」
《例の混沌の獣とやらは? あれのうち一匹がちょうどあんな感じだとか》
「かもしれないが、断定できない。混沌の獣に常識は存在しない」
「ついでにいや、何でもアリだ。形としては不安定だし、生物として破綻してることもあるって聞いたことあるぜ」
幾度か対峙したことがあるのか、リュウジが実感を交えながら口を挟んでくる。
「そう言う意味で言えば、さっきの蛇はまだ普通の生き物だ。混沌の獣と断定できるほど、生物止めてなかった」
《そう……》
「……マコ?」
黙り込んだ一瞬のマコのつぶやき。それは、ある種の確信を持ったものの響きだった。
「……なんかあたりがあんのか?」
マコの不信な様子に、私と同じ感想を抱いたらしいリュウジが、まるで詰問するようにマコに問いかけた。
そんなリュウジの様子に答えるように、マコがおずおずと話そうとした。
《……実は、ね?》
「「っ!」」
だが、それは間に合わなかった。
周囲に、先ほどの翼蛇が出現したような……突然に、鼓動が生まれたかのような感覚が複数。
「真子! 構えろ!」
「来るぞっ!!」
《え、え?》
鋭く吼える私とリュウジに戸惑う真子。
次の瞬間、夥しい量の生き物がスカイ・シップへと群がった。
その数は、さっきから私たちが撃ち落しつづけたあの化け物の比ではなく、しかもその種類も種々様々。
翼の生えた凶暴な獣のような輩もいれば、私のように鱗と皮膜の翼をもった翼竜のような生き物もいる。それらすべてに共通して言えるのは、私が見たこともないような生き物ばかりだということだった。
そしてそれらの生物たちは強さまでバラバラらしく、甲板にいる者たちの一撃であっさり落ちていくものもいれば、俊敏に一撃を回避し、そしてスカイ・シップに肉薄するものもいた。
《何よ、いつの間に……!?》
「こいつらもさっきと同じだ! ソフィア、右側よろしく!!」
「わかった!」
リュウジは叫んで、スカイ・シップの左舷側へと舞い降り、スカイ・シップに肉薄した生物のうち一匹の飛び乗る。
「おらぁっ!!」
そしてその首を一撃で斬りおとし、別の生物へと飛び掛かっていった。
私はそれを見送ってから、翼を広げ右舷に飛び交う生物たちへと躍り掛かった。
「動きはいいが、速さはどうかな……!」
私はニヤリと笑い、覇気を滾らせ、翼を御して、生物たちの間をすり抜けていく。
そして生物たちを追い抜きざま、そのそっ首を斬りおとしていく。
それらはまさに瞬き一つの出来事。次の瞬間には私に斬り殺された生き物たちが次々と谷底へと落ちて行った。
《――ソフィア! あと三十秒! 粘ってもらっていい!? それで、何とかするから!》
「三十秒でいいのだな!? 容易いことだ!!」
私に追いついてきた紅玉にそう叫び返しながら、私は再び霧の中を舞い飛ぶ。
先ほどまでとは打って変わって、スカイ・シップ周辺は俄かに騒がしくなった。
「舞い飛べ四剣!! 敵を貫けぇ!!」
「ぬぅん!!」
「ちっ! 障壁を突き抜けやがるか……!」
すべてのものがほぼ全力を投じ、スカイ・シップに取りつこうとする生物たちを叩き落としていく。
「雷炎豪球~!!」
「豪炎拳ッ!! っとべぇい!!」
「覇気の籠った、矢を喰らいなぁ!!」
先ほど強さがばらばらだと断じたが、やはり弱い個体もいれば強い個体もいる。
強い個体の中には、防護障壁に干渉し、突き破ろうとする者すらいた。
「にゃにゃー! まずいにゃ、取りつかれ」
「元始之光ッ!!」
今、そう言ったもののうちの一体がラミレスの放った一条の閃光の中にのまれて消えた。
見れば、防護障壁が明滅を繰り返し、今にも消滅してしまいそうだ。
もとより急ごしらえの品。長くはもたんか……!
「容易いと吼えはしたが、このままでは……!」
私は翼に込める覇気を強め、周辺を一息に斬滅すべく、力を溜める。
この一瞬で、こちらの半数は落とす……! そののち、リュウジ側の援護に……!
だが、それがいけなかった。
《――ソフィア!!》
切羽詰まったマコの言葉に、一瞬反応が遅れ。
私の体を掴み潰そうとする巨大な腕への反応もまた、遅れた。
「……なっ」
その腕もまた、唐突に表れた。真下から伸びた巨大なそれは、鱗と鉤爪を備えたもので、到底人のものではありえない。指の長さだけでも、私の身長をはるかに上回った。
私はあわてて、その腕から逃れようとするが、私が離脱するより早く指が閉じようとする。
「間に合わ――!!??」
「俺にNTR属性はねぇっつんだボケがぁ!!」
不意に、私の背中に衝撃が走る。
息を詰まらせ、障壁へと吹き飛び、私の体は甲板へと叩きつけられた。
「がっ、はぁ!?」
「ソフィア様!?」
マナが駆け寄ってくれるが、それより先に私はさっきまで私がいた方へと振り向く。
握られた拳が一瞬にして下へと消える寸前。
その隙間から伸びた小さな腕には、見覚えのある骨剣が握られていた。
「リュ……!?」
「風王結界!!」
だが、私が飛び立つよりも早く、マコの魔法が私を縛り付ける。
「うぐっ!? マコ、何を……!?」
「これからこっから強制離脱するわ! これ以上は障壁が持たない!!」
「なっ!?」
マコの言葉に、激昂しかける。
マコはつまり、リュウジを見捨ててこの場を離れろと言っているのだ。
体から覇気がほとばしり、自信を縛る風の縄を引き千切ろうとする。
けれど、それを察したマコがより強く私を縛り付けた。
「やめなさい!!」
「あぐっ!? ……マコ、貴様ぁ!!」
「駄目なのよ!! 今のあたしたちは少数精鋭! さっきまでの人モドキならともかく、こんな風な混合編成相手にできるだけの戦力はない!! 確かにリュウジを助けに行かなきゃだけど、それができるあんたが抜けたら間違いなくこの船は落ちるのよ!!」
血を吐き出すように叫ぶマコ。
そうしている間にも、多くの生物が障壁へととりつき、なおそれを打ち破ろうとする。
「誰か一人を助けるために、みんな死んでちゃ意味ないのよ……! 堪えろとは言わない! あとで好きなだけ怨みなさい!! いつまでだって、付き合ってやるわよ!」
「マコ……!」
動力炉が、私にもわかるほどに唸りを上げる中、マコの瞳から一滴涙が零れた。
「あたしだって……こんな……!」
《動力炉、臨界!! ロケットブースター点火!! 浮上用プロペラ切り離し!!》
「こんな判断……したか、ないわよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
ブリッジの者たちの宣言と同時に、船体を浮かしていたプロペラが吹っ飛び、スカイ・シップが勢いよく突き進む。まとわりついていた生物たちは、その勢いに吹き飛ばされ、砕かれ、散っていく。
そしてマコの悲痛な叫びだけが、竜の墓場の中へと木霊していった………。
ソフィアを助けるために、一人竜の墓場の底へと引きずり込まれたリュウジ。
彼はそこで、歴史の欠片を垣間見る。
ガルガンドの姿も、何故かそこにはあった。
以下、次回……。