No.206:side・mako「空を飛ぶ前に、懸念」
あたしはサンシターを伴ってヨークへと飛ぶ。
「転送術法」
混沌言語を利用した、転移術式の上位版。
通常の転移術式では不可能な超長距離の移動を可能とするものだ。
術構成の複雑さは転移術式以上だけれど、大軍を飛ばすこともできるので利便性も高い。
そうして飛んだ先では、手持無沙汰の隆司たちが何かの話をしているところだった。
「しかしどうやって飛ぶんだあの形状で……」
「船尾にブースターっぽいのは見えるけど、飛ぶための翼はないもんね……」
「む? マコが来たぞ。どうせなら彼女に聞いてはどうだ?」
「そうですね。マコさん、お帰りなさい」
「うん、ただいまみんな」
「ただ今戻りましたであります、皆様。それではマコ様。自分は一旦これで」
「ああ、うん。またねサンシター」
深々と頭を下げるサンシターは、そのまま騎士たちがいるほうへと駆けていった。
あたしがサンシターの背中に手を振っていると、隆司が意外そうな声を上げた。
「それにしても早かったな」
「え? だってこれから魔王国にいくのよ? さっさと戻ってくるに決まってるじゃない。それに、ただ迎えに行くだけでしょうが」
「いや。サンシターを落としに行くなら両親へのあいさつ済ませるついでに帰りすがら、誰も来ない物陰で大☆合☆体してくるものk」
「じゃあ、飛行船に乗りましょうか」
「あ、うん。そうだね」
大魔法連発により、ヨークの空のお星様へと変わった隆司を捨て置いてあたしたちは完成した飛行船へと向かう。
飛行船では、タラップを利用して残った物資を積み込んでいるところだった。
今回制作した飛行船、元々はヨークの観光向けにと作られた巨大遊覧船で、作ったはいいけれど結局は海湖での漁の方が収支の面で勝ってしまい、漁港の隅っこの方で埃をかぶっていたものを改造したものだ。
かなりの大きさで、普通に船として使った場合は騎士団と魔王軍の総員を載せても全然問題がないくらいだったんだけど、今では船の内部のほとんどが今回の飛行船の動力として改造されてしまっている。おかげで少数精鋭で挑まざるを得ないわけなんだけど、まあ今回は仕方ないわよね……。
これからのことを考えて少し憂鬱になっていると、光太があたしの肩を叩いた。
「……で、結局あれはどういう源理で飛ぶの? 主翼らしいものがない割には、ブースターは搭載されてるっぽいけど」
光太の質問に、あたしは小さく頷いて答える。
「そんなに難しい理屈じゃないわよ。船は水の上に浮くわよね? 理屈としてはそれと一緒よ」
そういってあたしは船首の方を指差す。
初めは女神さまっぽいなにかの胸像がくっついていたけれど、今回は邪魔だったのですっきりとした流線形が作られているのがよく見える。
「後ろのブースターで加速して、前面に受けた風を船首で受けて圧縮。そうしてできた高圧空気の壁の上を走ることで、普通の船のように進む仕組みよ」
「そんなことできるのか!?」
「普通は無理だけど、混沌言語で出来るようにしておいたわ」
「万能なのだな、混沌言語ワードは」
「そうでもないわ」
ソフィアの言葉にあたしは肩を竦める。
「混沌言語が干渉できるのは、あくまで世界の法則だけで、生物そのものへの干渉はほぼ不可能だし」
「え? そうなの?」
「うん。人間に限らず、生物のは潜在的に覇気が内在してるの。その覇気のおかげで、混沌言語での干渉はほぼ不可能ってわけ」
「ですが、隆司さんの話では、人間と機械を融合させられてしまったという話ですが……」
「そこなのよね……問題は」
王子の持ち出した話のことを思い出し、あたしは頭をガシガシとかきむしる。
「単純に無機物と有機物ってんならともかく、人間と機械の融合なんて混沌言語で出来るとは思えないんだけど……。仮にガルガンドの正体が、前世からの生き残りとかそういう類なら、あたしの持ってる混沌玉が知らない方法で混沌言語を利用しているかもしれないわね……」
「え? 真子ちゃんの混沌玉でもわからないことがあるの?」
「当然あるわよ。っていうか、基本的に魔族は引き籠りだから、自分の知りえない情報はどうしても知らないし、そもそも計算を繰り返すばっかりで実践がほとんど駄目だったみたいで、この中に残ってる情報のほとんどが理論値ばっかりなのよね……」
もっと言うのであれば、混沌玉の中に残っているのは基本的に情報のみであり、経験や感情といった記憶は残っていない……。
そのため、混沌玉だけでは応用なんかはできない。こればっかりはあたしが混沌言語の使い方に習熟していくしかない。
「そう言う観点で考えると、現状ガルガンドの有利は崩れないのよね」
「じゃあ、あと何があればガルガンド不利に崩せるんだ?」
「もう復活したか……」
舌打ちしながら振り返ると、服を絞りながらあたしたちについてきている隆司の姿が目に入る。
可能な限り遠洋へと吹っ飛ばしたはずなんだけどね……。
「……一番理想的なのは、神位創生の阻止かしら。結局のところ、ガルガンドの最大の手札なわけだし」
「参考までにお伺いしますが、神位創生がなされた場合、我々に勝ち目はあるのでしょうか?」
「………」
王子の質問に、あたしは瞑目して考える。
仮に、神位創生が完了して、あたしたちの戦力がこれ以上増強されなかった場合……。
「……勝率は1%未満、かしら」
「そ、そこまで低いのか……!?」
「うん……」
ソフィアの驚愕に、あたしは頷いて答える。
「こっちで神位創生に相当するだけの源理の力が使えるのは、あたしだけ……。仮に創生された神位が現状法則を崩してあたしたちに攻撃しかけてきた場合、あたしはみんなを守るために全能力使わなきゃいけないのよね」
「そうなった場合、こっちの攻撃は通んのか?」
「隆司とソフィア、それに光太が全力で攻撃して……かろうじて通るかもしれない、ってところかしら……」
「うわ、そりゃきっついな……」
顔をしかめる隆司に、腕を組むソフィア。
「それでかろうじて……。他の者の場合はどうだ?」
「どうかしら。あんたら二人が持ってる以上の覇気か、光太が捻出できる以上の意志力があれば確実なんだけど」
「……それは無理ですね。覇気は未開拓の分野ですし、複数人の意志力を捻出できればコウタさんを上回れるかもしれませんが、それには時間がかかります。ガルガンドがそれを待ってくれるとは思えませんし……」
「よねぇ……」
あたしは一つため息をついた。
「せめて真古竜がいればね……」
「真古竜? って確か……」
「我が国では、かつて竜の谷と呼ばれる場所にいたとされる存在ですね。そこへ到達した時点では、確認されてはいませんが……」
「魔王国においてはすでに死亡したものとされているな……。竜の墓場は、その最後を過ごした場所と言われている。いったいどのような存在だ?」
その質問に、あたしは端的に答えた。
「世界最強の生物」
「………」
「………」
「………」
それ以上何も言わないあたしを見て、光太がおずおずと口を開いた。
「……えっと、それで……?」
「それだけ」
「端的すぎる!? もっと何か説明ないの!?」
なかなかのリアクションを見せてくれる光太とソフィアの二人に、さすがに説明不足を反省し、あたしは真古竜について話し始める。
「……真古竜は、その名前の通り竜の一種なんだけど、その竜の中でも極めて強力な個体に与えられる称号よ」
「どのくらい強力なんだ?」
「さっき言った通り、世界で最も強いと断言しても過言じゃないわね。あらゆる環境に適応し、人間が放つ混沌言語の魔法なんか鱗で跳ね返し、覇気の一撃でさえその肉を傷つけることさえ叶わない。たとえ天変地異で世界が滅ぼうとも、普通に次の日を迎えることができる生物。それが、真古竜よ」
「……凄まじい生き物ですね」
あたしの説明に感嘆を受けたらしい王子は、けどすぐに首をかしげた。
「しかし、そんな生物であれば死亡するということはあり得ないのでは?」
「そうでもないわ。真古竜を外的要因によって傷つけることは極めて難しいけれど、生物である以上寿命が存在するのよ。個体差によって、1000年から5000年くらいのばらつきがあるわね」
「それでも1000年は生きるのな」
「通常の竜の寿命が500年くらいであることを考えると、驚異的でしょ」
「まあ、確かに」
隆司が一つ頷く。
「……で、どうして真古竜にいてほしかったんだ?」
「流れ的にわかるでしょうが……。真古竜の覇気は何よりも強く、巨大なの。攻撃力は当然、その場にいるだけで世界の土台が安定するくらい強い影響力があるから、いてくれるだけで、あたしもオフェンスに参加できるようになるのよ」
「マジか。いるだけってことは、当然真古竜も攻撃に参加できるんだよな?」
「ええ。ただまあ、それでも勝率三割くらいかしら……」
「そ、それでも三割なんだね……」
「ええ……。しかも礼美を取り返すことができても、真古竜の存在と合わせて大体五割くらいにしか勝率上がらないのよね……」
「それでも五割!? どうなっているのだ、神位創生とは!?」
「落ち着いてくださいソフィアさん。早い話、神位創生と同等の力を集めてぶつけている、という話なのでしょう」
「そういうこと」
さすがにアルト王子は理解が早いわね。
「……どれだけ戦力を集めようと、最大でも五分にしか持っていけないところが痛いのよね。繰り返すけれど、神位創生を阻止するのが、もっともベストな選択肢なの。今から言って間に合うかどうかは……向こうの進捗状況次第なんだけど」
「まあ、意志力やら混沌言語やらはともかく、覇気の宿る究極の肉体なんて一朝一夕にはできねぇだろ。今は祈ろうぜ。ガルガンドのやつの研究がうまく行ってねぇのをさ」
「……そうね」
「皆様ー! 物資の積み込みが全部終わったでありますよー!」
サンシターの声を聴き、みんなが顔を見合わせ一つ頷く。
「それじゃあ、出発と行きますか」
「だな」
あたしたちは、飛行船のタラップに向かって歩き始める。
願わくば、礼美が向こうで神位創生の阻止に成功していますように……というのは高望みしすぎよね……。
礼美、どうか無事で……。
いよいよ魔王国へと旅立つ一向。
さて、魔王国までどれほどかかる?
以下、次回。