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No.205:side・Another「帰郷のサンシター ―サンシター編―」

 自分がわがままを言って王都を離れ、里帰りして数日が経ったであります。

 久しぶりの故郷は、やっぱり何もなくてさみしいところでありましたが、それ以上に懐かしさと心が温まるような感覚が自分の胸の中を満たしたであります。


「ふぅ……」


 そんな気持ちのまま、ゆったりと数日過ごした自分は、いつものようにリビングで暖かなお茶を啜り……。


「……ん?」


 たくさんある椅子の背もたれの一つに、無造作にシャツが引っ掛かっているのを発見したであります。

 柄と大きさから、たぶん下の弟のものだろうと思うでありますが……。


「片づけてあげるでありますかねー」


 そんな風に兄心を出しながら席を立ち、引っかかったシャツに手を伸ばした瞬間。


「あー!!」


 といきなり大声を出されて、心臓が止まるかと思ったであります。

 体を硬直させてしまう自分の背後から、ドタドタと騒々しい音を立てながら、十ほど離れた妹が駈け寄ってきてシャツを奪ったであります。


「またこんなところに置き去りにして……! あとおにいちゃん! 今家の事しようとしたでしょう!?」

「い、いや、自分、ただシャツを片付けようと……」

「嘘ばっかり! ちょっと目を離すとすぐに家事やろうとして……!」


 ものすごい剣幕で詰め寄る妹の姿に思わず後ずさってしまったであります。

 妹はシャツを広げて、虫食い痕を発見すると、再び金切声をあげたであります。


「あー!? また穴開けて……! 危うくお兄ちゃんが糸と針かまえるところじゃないの! ちょっと!?」


 そのまま妹は勢いよくリビングを飛び出し、しばらく間をおいてから、兄弟たちの住んでいる部屋の方からドタバタという凄まじい騒音が響き渡ったであります。

 ここ数日ですっかり慣れたとはいえ、さすがに近所迷惑になりはしないでありますかね……?


「はあ……」

「はっはっはっ。まぁた、怒鳴られてたねぇ、サンシター」

「ああ、おかあちゃん」


 今度は空になった洗濯籠を抱えた母がリビングに現れたであります。

 母は楽しそうに笑い声をあげて、空の洗濯籠を部屋の隅に置いて自分の対面に腰かけたであります。


「まあ、許してやんな。あの子、あんたのことが好きで仕方ないんだよ」

「兄として好かれるのは言いでありますが、ああも過保護だとさすがにどうかと思うでありますよ」


 はあ、と自分は一つため息をついたであります。

 ここ数日、あの子は自分の代わりに家事を取り仕切ろうと奮闘し、自分には洗濯籠ひとつ預けようとしないであります。

 自分としては、せっかく帰って来たのだから久しぶりに母の手伝いをしたかったのでありますが……。


「何しろ、普段は言ってもやろうとしない洗濯まで、自分でやろうとするんだからね。どうせだから、もう少し家にいてくれないかい? 洗濯が楽で仕方ないよ」

「あの子に洗濯させるためだけに家に留まるのはさすがに良心が咎めるでありますよ……」


 本気とも冗談とも取れない母の言葉に、自分は再びため息をついたであります。


「……やっぱり王都は忙しいのかい?」


 そんな自分の様子をどう受け取ったのか、母は不意に真剣な表情になり、自分の顔をまっすぐに見つめてきたであります。


「はいであります。もうじき……最後の戦いが始まろうとしているであります」


 自分は一つ頷いて、もう一口お茶を啜ったであります。


「たぶん、今頃は向こうへ向かうための飛行船というものが完成して、最後の準備に追われているはずであります」

「……あんたは、それについていくのかい?」

「まだわからないでありますが、ついていくつもりであります」

「そうかい……」


 自分の言葉に、母は少し気落ちしたように肩を落としたであります。

 やはり、戦いに赴くと聞いて穏やかならざる気持ちになっているでありますね……。

 自分はそんな母の気持ちをごまかすために、努めて明るい声と上げるであります。


「大丈夫でありますよ! 王都へやってきた勇者様たちはとてもお強いですし、極端な話、自分なんて戦力としてはお呼びでないでありますし――」

「……王都の、魔導師様はなんていってたんだい?」


 自分の空元気を遮るように、投げかけられた問いに、自分は言葉を詰まらせたであります。

 その言葉が指す内容はただ一つ。


「………」


 自分は少し間を置き、カップの中のお茶を飲みほして、正直に話したであります。


「――あと五年。それだけの時間は確実に大丈夫と太鼓判を押されたであります」

「……五年、経ったら? あんたの体は、どうなるんだい?」

「………それは、次の検診になってみないと、わからないそうであります」

「…………そう、かい」


 自分の言葉に、母は色が白くなるほど、きつく手を握りしめたであります。

 そしてギュッと目を瞑り、唇をかみしめ、意を決したように顔を上げたであります。


「……ねえ、サンシター。まだ、遅くないんだろう? あんたの体の中の魔法を解いてもらって、少しでも……!」

「その話は、何度もしたであります」


 自分は努めて冷静な声を出しながら、母の言葉の先を遮ったであります。


「自分は、これから先もこの魔法を解くつもりはないであります」

「……!」


 自分の言葉に、母はつらそうに顔を俯けてしまったであります。

 ……かつての自分は、十五の盛りになるまで決してベッドの上から動けなくなるほどの虚弱体質だったであります。

 長男であったのに、家の手伝いすらできず、ただいるだけしかできなかった自分を、懸命に励まし支えてきてくれた母や家族たち。

 自分はそんなみんなになんとか恩返しがしたくて、王都まで伝手のある親友の魔導師に頼み、自分の体をどうにかする方法を探してもらっていたであります。

 そして、自分の歳が二十を数えるころになったとき、その親友が一つの魔法薬を持って自分の元へとやってきたであります。

 ――その薬とは、身体凝縮薬と呼ばれるものでありました。

 曰く、身体能力を疑似的に凝縮し、本来は発揮できないほどの能力を発揮するために開発された……研究中の劇薬。

 実験では、正常なトンガラネズミに希釈なしで投与した場合、数時間は通常の十倍に比する身体能力を発揮したでありますが、その後は体力が尽きたことによって息絶えたという曰くつきのものであったであります。

 魔導師団においても、そろそろ人体実験に突入しようとしていたけれど、効果が効果だけに誰もが二の足を踏んでいたのを、その親友が聞きつけて自分のために持って帰って来たのであります。

 ――これを使えば、お前も普通に生活できるようになるかもしれない、と。

 話を聞いた母は、当然反対したであります。ネズミによる実験でも、かなり危険な効果が出た薬であります。最悪、自分が死亡する可能性もあったであります。

 ですが、自分は母を説得したであります。自分は親友を信じていたというのもありますし、それ以上に親友が持ち帰ってきたその薬があまりにも魅力的でありました。

 その薬さえあれば、自分も人並みに立って歩けるようになるかもしれない……と。

 自分の必死の説得に、母も結局は折れ、親友が薬を持ち帰って一年後、自分は王都へと向かったであります。

 慎重に慎重を重ねた実験は、当時の宮廷魔導師であったグリモ様や、オーゼ様の指導のもと行われたであります。

 その結果……自分は普通の人と同程度の身体能力を発揮できるほどの体を手に入れることが出きたであります。

 ただ、元々の筋力の関係からか、腕力等は特別伸びなかったでありますし、教養もなかったでありますので魔法の才能もなかったであります。

 その代り、元々の最大値の関係からなのか体力の回復は異様に早く、さらに傷などの治りも非常に早かったであります。

 自分は待ちわびていた瞬間を前に、とても興奮したであります。

 これで、ようやく自分も働ける。母や家族に恩返しができる!と、沸き立っていたであります。

 しかし、投薬と実験を続けてしばらくして、身体凝縮薬の副作用が判明したであります。

 それは……寿命。

 身体凝縮薬が凝縮してくれるのは、身体能力ばかりではなく、投与された人物の寿命までも縮めてしまったのであります。

 たとえば自分の場合、ベッドからほとんど動かずに、薬などを飲んでいれば100歳までは生きられるはずだったでありますが、身体凝縮薬を投与し続けた場合、今のところ30歳を超えて生きられる保証はないと言われたであります。

 自分は選択を迫られたであります。薬を飲み続けるか、否か。

 飲み続ければ、自分は30歳を超えて生きられない可能性が高いであります。おそらく、妹の花嫁姿は見られても、甥っ子の姿を満足にみられるかどうか……。

 そして、飲まなければ妹どころか一番下の弟の子の顔も見られるでありましょうが、引き換えにベッドの上から動くことはままならないでありましょう。

 その二つの選択を用意され、自分は飲み続けるほうを選択したであります。


「……おかあちゃん。顔を上げてほしいであります」


 自分は立ち上がり、母の背中をポンポンと叩いたであります。


「自分は、今とても幸せであります。あの薬に出会わなければ、こうしておかあちゃんの背中を撫でることもできなかったであります」


 今自分の目の前にある背中は、とても小さくて、とても細くて……そしてとても暖かかったであります。


「自分はずっと、こんな風に過ごしたかったであります」

「サンシター……」


 顔を上げてくれた母に、自分は精一杯の笑顔を見せたであります。


「だから、泣かないでほしいであります。親不孝者の自分が逝ける先などないかもしれないでありますが、それでも自分はまっすぐに立って歩いていきたいでありますから」

「さんしたぁ……」


 鼻声になった母が、顔を覆って静かに泣き始めてしまったであります。

 そんな母の頭を抱きしめ、ゆっくりと頭を撫でていると、上の方の弟の一人がリビングにやってきたであります。


「兄ちゃん! お客さん来てるよ!」

「え? お客? 誰でありますか?」

「えっと、マコさんって人!」

「マコ様が!?」


 弟の思わぬ言葉に、驚きの声を上げると、鼻を啜りながら母が顔を上げたであります。


「グスッ……マコさん、ってあんたが言ってた勇者様かい?」

「は、はいであります。いったい何が……」


 自分は驚きのあまり動転しながら弟の導きのままに玄関へと向かうと、そこには確かにマコ様が立っていたであります。


「マコ様? いかがしたでありますか?」

「あー、うん……いろいろ準備が終わったから、迎えに来たんだけど……」


 落ち着かなさげのマコ様は、自分や自分の後ろに立つ母の姿を見ながらもじもじと体を揺らしたであります。


「……やっぱり、邪魔だった?」

「邪魔だなんて! 出立でありますね? すぐに準備を――」

「兄ちゃん、はい!」


 整えて、と言おうとした自分の後ろから、下の弟たちが自分の旅行鞄を抱えてやってきたであります。


「お仕事行くんでしょ? がんばってね!」

「あ、ああ。ありがとうでありますよ」

「おにいちゃん……」


 礼を言いながら鞄を受け取る自分の前に、いつの間にか家族が全員集合していたであります。

 妹の一人が前に出て、自分のことを不安げに見上げたであります。


「もう、行っちゃうの?」

「……すまないでありますよ。また、お土産を買って帰ってくるでありますから、元気で待っていてほしいでありますよ」

「……っ」


 わずかに涙ぐむ妹。

 そんな妹の姿を見てか、マコ様がこんなことを言ったであります。


「……ねえ、サンシター。残るってのもありよ?」

「え?」


 振り返った自分の目に飛び込んできたのは、罪悪感に押しつぶされそうな顔をなさっているマコ様でありました。


「だって、今度の戦いが危険なのはわかりきってるじゃない。あなたがいなくても、きっとみんなで何とかしてくるし……だから」

「そうはいかないであります、マコ様」


 マコ様の言葉を遮り、自分は力強く宣言するであります。


「王国どころか世界の一大事に、のうのうと王都に引き籠って何が騎士でありますか。自分も、アメリア王国騎士団の端くれ……皆様の旅路に、しっかりお供させていただくでありますよ!」

「サンシター……」


 ……それに。

 自分は、今目の前で折れそうになっている少女をほおっておけるほど、男を捨てているわけではないでありますよ。

 まあ、サンシターを縦に二つに割ったら美少女が入ってるに違いないとかたまに言われるでありますが。


「……それじゃあ、みんな。行ってくるでありますよ!」


 自分は家族に向けてそう言って、マコ様の方へと向き直ったであります。


「さあ、まいりましょう、マコ様!」

「うん、ありがとう、サンシター」


 小さく頷き微笑んだマコ様のお背中を追い、そして隣に並んだ時、自分の耳に小さな声が聞こえてきたであります。


「………ごめんね」


 風に攫われそうなその小さな声を、自分は聞かなかったことにしたであります。

 しかし、胸の中にはとどめ、自分は決意するであります。

 たとえ何があろうとも、このお方をお守りするのだ、と……。




 サンシターの意外すぎる秘密が……! ……いや、意外でもないのか? サンシター美少女説は(え?)

 サンシターを伴って真子はヨークへ飛ぶ。さあ、いよいよ魔王国へ……。

 以下、次回。


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