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No.204:side・Another「王子、決意の全域放送 ―アルト編―」

「魔王国との戦争は終わりましたが、問題の種はいまだ尽きていません。つい先頃も、元魔王軍の先兵であるガルガンドによって、王都に深い痛手を負いました」


 水晶球を通じ、私の声は王都全域へと響き渡っていきます。

 私が声を通す水晶球と同じものが、王都の各所に配置されている教会へと飛んでいき、拡声術式によって変換されるという仕組みです。

 この全域放送は、トランドとオーゼの発案です。

 今度の戦いは、いつ戻ってこれるかもわからない。ならばせめて、旅立つ前に王都の者たちにそのことを宣言してほしい……と。

 私はその提案を了承しました。曲がりなりにも国を空けるのであれば、国民の皆さんに挨拶をするのは最低限の礼儀です。


「さらにその戦いの最中において、多くの者たちが傷つき、あまつさえ勇者レミ様と、わが最愛の妹アンナ・アメリアが攫われてしまうという最悪の事態も起きてしまいました……」


 自然と、私の手に力がこもり、拳を握りしめました。

 レミさんとアンナの安否がわからない今、最悪の事態も想定しなければなりません。

 胸の内を去来する薄暗い感情を飲み込み、私は言葉を続けました。


「すべては私の不徳が招いた事態……。ならば、この一件の責を負うのが、今、私の為すべきことだと私は考えます」


 そばで私の放送を聞いていたオーゼが、私を咎めるような顔になります。

 ですが、私は前言を撤回することなくさらに言葉を重ねます。


「私、アルト・アメリアは宣言します。王女アンナ・アメリアを必ず救いだし、すべての騒動の元凶である、ガルガンドを必ず討伐すると」


 事の元凶が本当にガルガンドにあるかはわかりません。

 ですが、奴を止めなければこの一件は終わらない……。これは、この事件にかかわったすべての方々の共通認識でした。

 だからこそ、私は宣言します。王都の人たちが、安心して生活を送っていけるように。


「今、ガルガンドは攫った人々を連れ、魔王国へと逃げ延びました。故に私はそれを追い、彼奴を捕えに行かねばなりません」


 一方的な放送を聞かされている、王都の方々はどんなふうに私の声を聴いているのでしょうか。

 ふと、そんな疑問が湧き上がってきました。

 先の事件のことを思い、不安に思っているのでしょうか? あるいは、義憤に猛っているのでしょうか?

 アンナが攫われてしまったことを、嘆いているかもしれません。

 あるいは、無関心を装っているのかもしれません。

 ……きっと、そのすべてが正しいのでしょう。


「次の戦いは、間違いなく総力戦となるでしょう。少なくない被害や、あるいは死者すら出るかもしれません。王都を強襲したガルガンドは、それだけの相手となっているでしょう」


 王都の人たちにとって、我々王族とはどのような存在なのか。もっと言うのであれば、私はどんな存在なのか。この国のために、動けているのか……。

 一時期は、その答えを求めるあまりに自暴自棄に陥ったこともありました。

 ですが、答えはすでに出ていたのです。


「――今、私の胸の中には深い悲しみと怒りがあります。アンナを攫われてしまったという自責の悲しみ。そして、それを許してしまった自分への怒りです」


 リュウジさんの言葉が、すべてのきっかけでした。

 あの後、私は王都を出立するために、私がいなくとも何とかなるように王都の各所をめぐり、いろんな人と話をしました。

 アシ草を必要とする製紙工場の方々。ヨークから流れてくる海産物を必要とする飲食店の人々。獣肉を生産する重要拠点であるハンターズギルドに、一般家庭をまとめてくださっている各区の代表の方々……。

 すべての方々に会い、私が旅立つ旨を伝え、そして後の事がうまく回るように話をしました。

 そして、すべての方々が快く返事をしてくれました。まるで、私が来ることを予想していたように。


「今、私はそれを力に変え、魔王国へと向かいます。卑劣な悪漢、ガルガンドの魔の手から、アンナをはじめとするすべての民たちを救い出すために……!」


 リュウジさんのいうとおり、すべての人たちが、私の力になってくれると仰ってくださいました。

 ならば、私は信じて行動を起こすだけです。私がつむいできた、絆の力を……。


「……次に、皆様の前に私が現れたとき、私の隣には必ずアンナの姿があるでしょう。そして、その時こそ、アメリア王国に真の平和が訪れるのです!」


 私の声に、力がこもります。

 反応は返ってきませんが、それでも私は満足して占めの言葉で放送を括ります。

 ……言うべきこと、伝えるべきことは伝えました。あとは、それを実行して見せるだけです。


「……私は行きます。アメリア王国に、真の平和をもたらすために。王都に住むすべての人々よ。真の平和が訪れるその日を、健やかに待っていてください。それでは……皆様に女神さまの御加護があらんことを」


 〆の言葉を受け、中継を行っていたフィーネが水晶球の魔力を消し、一息つきました。

 私もまた一息ついていると、オーゼがゆっくりと近づいてきて私を労ってくれました。


「お疲れ様です、アルト王子」

「はい……これで心置きなく魔王国へと向かえます」


 実際の出発は明日……。十全な準備を整え、ヨークへとマコさんの魔法で飛び、そして飛行船でまっすぐに魔王国へと向かう。

 これが、明日以降の行動予定となります。


「明日の出立人員の準備は、整っていますか?」

「先ほど、騎士団長より準備は終わっているとの連絡が入りました。それから……」


 オーゼはちらりとフィーネの方を見やり、それから少しだけ残念そうな顔をしてため息をつきます。


「フィーネたちの準備も、整ってございます」

「はい、王子様。私たちも、お供させていただきます」

「ありがとうフィーネ」


 真剣な表情でそういってくれるフィーネの頭を軽く撫でつつも、私は言わずにはいられませんでした。


「……しかしフィーネ。無理に我々についてくる必要はないのですよ? 君たちは、この王都で待っていてくれても……」

「いいえ、王子様! 私もジョージも、ガルガンドには借りがあるんです! 一矢も報いず、ただのうのうと王都で待っているなんて、耐えられません!」


 私の言葉に心外だというように、フィーネは吼え猛ります。

 ……ジョージが片腕を失う原因となったのはガルガンドです。ジョージの怒りはもっともですが、フィーネもそれに追随するのは……やはり、想うが故でしょうか。


「……わかりました。決意が深いというのであれば、私からはもう何も言いません。アメリア王国宮廷魔導師の力、存分に見せてください」

「はい!」


 力強く頷くフィーネの姿に、頼もしさを覚えながら、私は放送室を後にしようとします。


「アルト王子。少しよろしいでしょうか?」


 そんな私を、メイド長が呼び止めました。


「はい? なんでしょうか?」

「王子への謁見を希望する方が、お見えになっております」

「謁見を?」

「はい」


 メイド長の言葉に、思わず首をかしげてしまいました。

 何しろ、王国と直接のつながりがある関係各所との折衝はすでに終わっていますし、先ほどの放送を聞いてやってきたのだとすればいささか早すぎるように感じます。

 いったい誰が来てくださったというのでしょうか……?


「今は、謁見の間にてお待ちです。お忙しいようであれば、そちらを優先していただいても構わないと仰られていますが……」

「いえ、来てくださった以上、応対しないわけにはいきません」


 私はメイド長の言葉に首を振って応え、そのまま謁見の間へと向かいます。

 果たして、謁見の間で待っていたのは。


「お? 来たね、王子様!」

「お、お久しぶりです」

「シャーロットさん!? と、確か、カレンさん……?」


 シャーロットさんと、ティーガさんの娘であるカレンさんでした。


「シャルだけじゃなくて、あたいの事も覚えてるなんて、嬉しいじゃないかい」

「ティーガさんにはお世話になりましたし、何度かお会いもしてますからね」


 カラカラと快活に笑い声を上げるカレンさん。以前お会いした時よりも、ずっと気力に満ち溢れているように見受けられました。

 それから私は、シャーロットさんの方へと振り向いて、軽く頭を下げました。


「シャーロットさん、お久しぶりです。先日いただきましたパン、とてもおいしかったです。ありがとうございます」

「いえ、いいんです。少しでも、王子様のお役にたてれば……」


 私の言葉に、シャーロットさんは柔らかく微笑んでくれました。

 私も彼女の笑顔に笑顔で返し、それから改めてお二人へと向き直りました。


「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「ああ、そのことだけどさ。今日放送であった魔王国行き、あたいもついて行っていいかい?」

「え?」


 突然の申し出に驚いていると、カレンさんはニヤリと獰猛な笑みを見せます。


「なあ、頼むよ王子様。あたいも、そこそこ役に立つぜ?」

「カレンさんの弓術の腕は知っていますし、申し出はうれしいのですけれど……よろしいのですか? ティーガさんの許しは?」

「もちろん得てるさ。気張っていって来いって、お墨付きでね。それにね」


 カレンさんはそこでちらりとシャーロットさんの方へと向いて、笑みを深めました。

 どこか、面白そうと言いますか、私をからかうような雰囲気の笑みへと。


「シャルが王子様についていくって、聞かないからね。その代りさ」

「え……?」


 その言葉に驚く私。

 そんな私の視線を受け、シャーロットさんは気恥ずかしそうに私から顔を逸らしてしまいます。


「……その、カレンさんや、リュウさんという方に、ここ最近の王子様についてお話しいただく機会があったんです」

「そ、そうですか」


 リュウさん、と聞いて私の脳裏に浮かぶ人物は一人。

 何か余計なことを言ったのでしょうか……。いや、リュウジさんに限ってそんな……。


「それで……王子様が、魔王国へ向かわれてしまうとお伺いしたんです」

「……はい。先ほどの放送で言いました通りです」


 シャーロットさんの言葉にうなずく私。

 そんな私を見て、シャーロットさんは震える声でこう言いました。


「それを聞いて、私、いても立ってもいられなくなって……!」

「落ち着いてください、シャーロットさん。大丈夫です」


 不安に駆られるシャーロットさんをなだめるように、私は彼女の両肩に手を置きます。


「何も、私ひとりで向かうわけではありません。勇者の方々や、魔王軍の将校の皆さん、それに、リュウさんやカレンさんの御助力も得られます」

「でも……!」


 ……どうやら、シャーロットさんはアンナの行く末に不安を抱いている様子。

 最愛の妹の未来を案じてくれる方の存在に、私は安堵しながらさらに言葉を続けようとしました。


「大丈夫です、シャーロットさん。アンナは必ず――」

「いいえ、違うんです王子様! 私……!」


 シャーロットさんはよろめくように私の腕をつかみ、涙で揺れる瞳で私をじっと覗き込んできました。

 思ってもみなかった事態に、思わず私の心臓は過剰反応してしまいました。


「しゃ、シャーロットさん!? いったい、どうし――」

「私、王子様がもう戻ってこない気がして……! それで……!」


 ……そして、シャーロットさんのその言葉に痛みさえ伴いながら、私の心臓が凍りつきました。


「……な、何を言ってるんです、シャーロットさん」


 動揺を隠しきれず、声が揺れてしまいます。

 ……確かに、いざというときは我が身を捨ててでも、アンナを救うつもりでした。

 いろいろと根回しをしたのも、私亡き後、アンナがこの国を盛り立てることができるようにという準備でもあります。

 しかし、私は――。


「大丈夫です。先ほども、申し上げましたように、私は必ず……」

「でも、でも……!」

「ああ、はいはい、落ち着く落ち着く」


 今にも涙がこぼれそうなシャーロットさんをなだめようとすると、カレンさんが大きく音を立てながら手のひらを叩きます。

 その音に我に返ると、カレンさんが呆れたようなまなざしで私たちを見つめていました。


「どっちも落ち着いたかい? じゃあ、ちょいと離れた離れた」

「あ……は、はい」


 カレンさんの言葉に、いつの間にかシャーロットさんとの距離がかなり縮まっていたことに気づき、私はあわてて体を離します。

 そんな私をじっとりとした視線で睨みつつ、カレンさんがシャーロットさんへと振り返りました。


「落ち着きなってシャル。そうならないために、あたいがついていくんだからさ」

「は、はい……申し訳ありません、王子様。私ってば、とんだ粗相を……」

「い、いえ。そんなめっそうもないです」


 深く頭を下げるシャーロットさんに、私も頭を下げます。

 そして私が頭を上げると同時に、カレンさんの視線が私を射すくめました。


「……王子。シャルが不安がってんのはね。ここ最近のあんたの行動のせいさ」

「ここ最近……?」

「ああ、そうさ。いろいろ動き回ってるらしいけど、結構噂になってるんだよ? 王子は、アンナ王女を助けるために、捨て身で挑むんじゃないかってね」


 そういってカレンさんが口にした噂は、“王子が不在の間でも国が回るように動いているのは、自分が死んでもいいようにするためだ”というようなものでした。


「……それは、ただの噂では……」

「そうかい? あたいはそんなずれた話じゃないと思ってるんだけどね」


 そういって油断なく私を睨みつけるカレンさん。


「リュウから聞いてんだよ。アンナ王女が攫われて、いろいろ自棄になってたそうじゃないか」

「ええ、まあ……」

「そこへきて、王都でのあの動きよう……。事情を知らなくても、あんたって人間を知ってりゃうたがいたくもなるさ」


 肩を竦めたカレンさんは、恐ろしい顔のまま私の胸をドンと叩きました。


「だから、あたいもついて行かせてもらうのさ。不安がるシャルのためにね」

「シャーロットさんの……」

「そうさ。罪な男じゃないか、王子も。女ひとり、ばっちり不安がらせるなんてさ」


 カレンさんはおどけていいますが、私にとっては冗談ではありません。


「シャーロットさん……」

「……」


 私をじっと見つめるシャーロットさんの瞳は変わらず不安に揺れ、私を貫きます。

 そんな彼女の瞳に耐え切れず、私は目を閉じ……。


「……すいません、シャーロットさん」

「王子……えっ?」


 思わず、彼女の体を抱きしめてしまいます。

 ……今の私が彼女の不安を取り除く方法は、このくらいしか思いつきませんでした。

 突然の出来事に驚き、すくむ彼女の耳元で、私は囁き声を上げました。


「……しばらく、このままで……」

「……はい、王子様」


 私の言葉にシャーロットさんはそう言って、おずおずとその手を背中に回してくれました。

 暖かな彼女の体を抱きしめながら、私は心の中で謝罪しました。

 すみません、シャーロットさん……。

 あなたの不安をぬぐえない、愚かな私を許してください……。




 大胆な王子の行動に、少女の心は和らぐが、王子の心は変わらない。

 果たしてカレンは無事に王子をシャーロットの元へと返せるのか?

 それはさておき、帰郷中のサンシター。彼は彼なりに、決意を固めようとしていた。

 以下、次回。


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