No.200:side・Another「王子の力 ―アルト編―」
突然後頭部に襲い掛かってきた衝撃に、私はなすすべなく気絶させられ。
次に私は目を覚ますと、そこは見覚えのある天井でした。
……より正確には、天井の材質に見覚えがあるのですが。
「ここは……」
私が体を起こして周りを見回すと、いくつも並んでおかれたベッドと、大量の薬品が収められた戸棚が見えました。
ここは、この城内に置いて、唯一ほとんど使用されない部屋、救護室です。
女神信仰が存在し、意志力の力によって人を癒すことのできる神官が存在するこの城では、わざわざベッドで横にならなければならないほどの重傷を負う者はいません。仮に病気にかかったのであれば、ごく普通に病院に搬送されます。
もしこの部屋を使うことがあるのであるとするのなら、それは王都付近まで魔王軍が攻め込み、大量の負傷兵が存在する場合だけだったでしょう。それほどまでに、この国は大量のけが人とは無縁だったわけですが……。
「おう、起きたかアルト」
「え?」
今日は珍しいことに、二人の患者が運び込まれているようでした。
一人は当然私。そしてもう一人は……。
「………………ええっと、リュウジ、さん?」
「なんで疑問形なんだよ。俺以外にだれがいるんだよ」
「いえ、顔にまで包帯巻かれては、判別する手段が……」
「言われてみりゃそうか」
全身に包帯を巻かれたリュウジさんでした。
ただ、傷自体はとっくに治っているらしく、リュウジさんはするすると身に着けた包帯を取り外していきます。
「しかし、俺はともかくアルトはどうした? 今はヨークで飛行船だか作ってたんだろ?」
「それが、後頭部に衝撃が走ったかと思えば、次の瞬間にはここに……」
「……そうか、まあ、深く考えない方がいいな」
「はあ」
私の言葉に、リュウジさんは何かを納得したように頷いてそう答えました。
……私にも、ある程度察しはついていますがそのことは無視して彼について尋ねることにしました。
「それで、リュウジさんは何故? 今のあなたを傷つけるのは生半なことではないと思いますけど……」
「いやぁ、これ実はソフィアにやられてなー」
「ソフィアさんに? いったい何故?」
魔竜姫と呼ばれる彼女ですが、普段はかなり温厚で冷静な性質なようで、城内においてもほとんど問題を起こしたことがないはずですが……。
「フフフ、久しぶりにソフィアの鱗と肌を堪能しようと、後ろから足の間にタックルを仕掛けたわけですよ。こう、膝の裏に肩が当たる感じで」
「………はあ」
もうなんかオチが見えたような。
「タッチダウンを決めたかのごとく倒れこむソフィア! そして俺は両の頬にあたる太ももの感触、両手で撫ぜる足の鱗の滑らかさ、背中にかかる尻尾の重みを耽溺していたわけです」
「………それで?」
「そして次の瞬間! ……ソフィアが恥じらう乙女のような悲鳴を上げながら全力で俺を城の外へと投げ飛ばし、とどめとばかりに口の中から拳大のボール型ブレスを吐いて、俺をアメリア城に輝く汚ねぇ花火へと変えてくれたわけです」
ああ、やっぱりそうですか。
「いやー、ソフィアってブレスも吐けたんだな。あれにはびっくり。まさかこの時間になるまで動けなくなるほどの威力とは」
「自業自得じゃないですか……。あまりやりすぎると、ソフィアさんがかわいそうですよ」
「意外と辛口じゃねぇかアルト。そういうお前はどうなんだよ」
「私? 私ですか……」
私は自分の身を顧みて……彼のことなど欠片も言及する資格がないことに気が付きます。
「……そうですね。私も、人のことは言えませんね……」
「いや、そっちもそうだが」
「え?」
しかしリュウジさんはそのことではないというように手を振って私を遮ると、ずいっと顔を寄せて秘密の話をするように声を落としました。
「例のパン屋の娘さんとはうまく言ってんのかって話だよ」
「な、は……!?」
突然の質問に、私は思わず狼狽してしまいます。
っというか何故その話に!?
「い、いえ、私はシャーロットさんのことを、そういう風には……というか何故今!?」
「だってよー。こんな風にお前と二人っきりになる機会なんてなかったし、これはもう男同士で恋バナをする機会かと」
「こ、コイバナ?」
「恋の話の略な」
「そうですか……って、いえいえ! そういうお話なら、他の勇者の方々となさったらよろしいじゃないですか!!」
確かに、リュウジさんと二人きりになる機会なんてほとんどありませんでしたが、だからと言って恋バナなんてしてる場合じゃ……いえ、そもそもシャーロットさんとは、そういう関係じゃないですし!
私の切り返しに、リュウジさんは渋面を作るとバシバシと枕を叩き始めました。
「だってお前、ケモナー小隊の連中はすでにラブラブなせいでのろけ話にしかならんし、真子に話を振ろうもんなら阿修羅もかくやっておっかねぇ顔になるし、光太も礼美もそういう話には疎いし、他の誰とも俺が今抱いている気持を共有できねぇんだよ!!」
「はあ……」
いえ、そもそもリュウジさんがソフィアさんに対して抱いている感情を共有できる方は、この国にはいないと思いますが……。
「もっとこう! 思いが実を結ぶまでの苦労を分かち合える相手が欲しいんだよ! というわけで、アルトとシャーロットさん、今んとこどうなのよ」
「いえ、その……と言いますかね。そもそも、どうしてあなたがシャーロットさんの事をご存じなのかと」
どうにもごり押しで押し切られそうな雰囲気を感じ、私はあわててそう返します。
何とか話題を変えられそうな個所を見つけて、全力で話を逸らさないと……。
「いや、そもそもシャーロットさんのパン屋は王都でも結構有名だし、お前の微妙な変装は割と公然の秘密っぽかったし」
「……え? 今、なんと……?」
「いやだから。お前がシャーロットさんに会いにパン屋に足しげく通ってたのは、割と公然の秘密だったと」
「え、ええ~……」
リュウジさんから告げられた衝撃の事実に、私はパタリとベッドの上に倒れてしまいました。
そ、そんな……。なるべく公務もきちんと片づけて、しかも誰にも言わないよう、見つからないように気を付けながら出てきたというのに……!
「少なくとも騎士団長と神官長。あとトランドさんとかメイド長辺りは知ってるぞ」
「そ、そうですか……」
「まあ、大半は俺がバラしたんだけど」
「何やってるんですか!? っていうかなにしてくれてるんですかー!!」
リュウジさんの非道な行為に、思わず私は彼へと飛び掛かります。
私が、私が何のためにこっそりお城から抜け出したと思ってるんですかぁー!
「公然の秘密って、あなたがばらしてくれてるせいで秘密にすらなってないじゃないですかー!」
「お、落ち着けって! 話をしたのは、いざって時にお前の所在がはっきりしてた方がいいと思ったからだよ! それ以外に他意はねぇし、無為にばらしてもねぇっつの!!」
「だからって、だからってぇー!」
私はひとしきりリュウジさんの肩を揺さぶってから、そのまま精根尽き果てたように彼のベッドの上へとへたり込みました。
「ああ、もう、最悪ですよぅ……。騎士団長とか、特に知られたくなかったのに……」
「アンナにばらした時の反応は微笑ましかったなぁ。「お兄様にも、ついに想い人が! これはお祝いして差し上げませんと!」っつって、メイド長さんと必死に引き止めたっけ」
「アンナまで知ってるんですか!?」
「おうよ。だからまあ、心配すんな」
「何をですか!?」
リュウジさんはぽんと私の肩を叩くと、真剣な眼差しで私の瞳を見つめてきました。
「アンナは絶対無事に助け出すさ。向こうだって、そうそう無茶もしねぇよ。お前とシャーロットさんの恋バナの結末は、見逃せねぇだろうしな」
「え、あ……」
リュウジさんの言葉に、私は今、アンナが置かれている状況を思い出します。
そうだ、あの子は……。
「そもそも、あいつが攫われたのは、お前さんの落ち度じゃねぇんだ。どっちかっつぅと俺たちの落ち度だ。勝手に人の責任背負い込んでるんじゃねぇぞ?」
「ですが、私が……騎士団のほぼ全軍を反乱鎮圧に投入すると決めたのです。もしもっと騎士たちが残っていれば、アンナも……」
自らの判断ミスとふがいなさに、私は下を向いてしまいます。
もし、もう少し……もっと言えばアンナを十分に護衛できるだけの騎士を残していれば、あの子を連れ去られることは……。
「だから気に病むなっての。誰のせいとか、そういうのを考えて落ち込むより、先にやることあるんだろうが」
リュウジさんはそういうと、うつむいた私の顔を思いっきり上にあげます。
「きっちりアンナを助けるための準備が先決。違うか?」
「……違い、ません。その通りです」
リュウジさんの言葉に、私は頷き、しかしすぐに彼から視線を逸らしてしまいます。
「ですが、私にできることなど、たかが知れて……」
「何言ってんだ。向こうに赴くのに、旅支度もしねぇで行くつもりかよ?」
「え?」
今、まるで私も魔王国への遠征に連れて行くというような……?
信じられないというようにリュウジさんを見ると、彼はむしろ呆れたような顔で首を横に振りました。
「なんだ? まさかついてこないつもりだったのか?」
「わ、私など、皆さんについて行っても足手まといになるばかりじゃないですか!?」
私は思わず悲鳴じみた情けない声を上げてしまいます。
私の偽らざる本心を前に、リュウジさんは諭すように語りかけてきました。
「何も前線に立てってんじゃねぇんだ。お前さんがいるだけでも、十分士気高揚にはつながる」
「しかし!」
「それに、だ。……自分の手で、アンナを助け出したいとは思わねぇのか?」
「それ、は……」
ささやくような彼の言葉に、私は息を呑みます。
確かに、私の手で助け出したいという思いはあります。
しかし……私ごときの力では、どうしようも……。
「私では……私だけの力では、どうしようも……」
「お前の力? お前の力ってなんだ?」
ですが、リュウジさんはあきらめずに私の肩に手を置いて、私の目を見て語り続けます。
「剣の腕か? 単純な腕力か? それとも意志力を使うとかそういうことか?」
「………」
「違うよな? どれでもねぇ。何よりも、国を引っ張っていくのがお前の力のはずだろうが」
「それは……私個人の力では……」
リュウジさんの瞳の中に強い光がともります。
「いいや違う、お前の力だ。魔王軍との戦争になって、今の今までこの国を支えてきたのは紛れもなくお前だ。お前の力ってのは腕力でも知力でも魔力でもない。目には見えず、けれども確たるものとして存在するもの……いうなれば、絆の力だ」
「きず、な……?」
「ああ、そうだ」
彼の力強い言葉に、私の中で何かに光がともったのを感じます。
「年若いお前が国を引っ張るとなって、誰もが不安や不満を覚えたかもしれない。だがそれでも、今この国は存在する。それは何故だ?」
「それは……」
「それは、何よりもお前が努力を続け、この国を続けようとしてきたからだろう?」
リュウジさんは怒涛のような勢いでしゃべり続けました。
「誰にでも公平にすべてがいきわたるように苦心し、それでもどうにもならなければ必死に頭を下げ。王も臣もなく、ひたむきに努力するお前の姿は、きちんと国民だって見てきたんだ」
「そう、でしょうか……」
「そうさ。そうでなきゃ、この国が今も存在してるわけがねぇ。とっくの昔に、魔王国に併合されてたさ」
ありえたかもしれない未来に、私はブルリと体を振りわせました。
「……けれど、確かにこの国は今も存在している……」
「そうさ。それは、お前さんの行動が糸となり、互いに結びつき、そして絆としてしっかりと残してきた結果さ」
リュウジさんは、強い確信を持って頷きました。
「みんな、お前の努力を、意志を見てきた。誰のためにも必死になって頑張るお前の姿を見て、そんなお前だからこそこの国を任せられると頑張って来たんだ。そんなお前の、たった一人のかわいい妹の危機に、誰も立ち上がらねぇわけがねぇだろう」
「………そう、でしょうか」
「そうさ! お前が声をかけ、そして必死に立ち向かえばみんなもきっと立ち上がる! そうして生まれた力が、この国で何よりも強い、お前の力になるんだ」
バシン!とリュウジさんはひときわ強く私の肩を叩きました。
「だから、自信を持って、アンナを助けに行くんだぜ? 助けに来たお前が湿気た面してるようじゃ、アンナだって不安がるに違いねぇんだ」
「………」
私は、返す言葉が見つからずに黙り込んでしまいました。
彼の言葉には、光が強すぎるように感じてしまったのです。
私には、到底似合わぬような、そんな強い光に……。
「失礼します」
と、その時。メイド長が部屋の中に入ってきました。
その手には、小さなかごが握られていて……その中にはパンが詰まっていました。
「パン屋のシャーロット、という方から王子への差し入れです」
「え、シャーロットさんから……?」
「はい、言伝とともに。……“どうか、負けないでください”と」
「……!!」
メイド長から語られたのはたった一言でしたが、それは何よりも強い力となって、私の胸の中を押しました。
言葉に詰まる私を見てにやりと笑いながら、リュウジさんはベッドの上からひらりと降ります。
「いつだって、男の背中を押すのは女の役目、だな」
「………っ!」
リュウジさんは外へ向かって歩きつつ、かごの中のパンを一つ取り上げると、振り向きざまにひとこと言いました。
「それに応える応えないはお前の自由、だ。好きにしな」
それだけ言って、パンを咥えて立ち去る彼の背中を、私はきっと睨みつけて見送りました。
……その時には、もう私の心は決まっていました。
「……そう、ですね、リュウジさん……!」
「アルト王子。パンはこちらに」
「ありがとう、ございます……!」
メイド長が手渡してくれたパンかごを手に取り、私は勢いよくその中のパンを貪りました。
これを食べて、もう一眠りした後……。
アンナを助けるために、覚悟を決めることとしましょう……!
そして王子は、がむしゃらに進む。再び、彼女に応えるために……。
で、発破をかけるだけかけた隆司は、ぶらりと歩いて子供たちにエンカウント。
以下、次回ー。