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No.199:side・mako「飛行船建設中」

 燦々と照りつける太陽の元、蒼く輝く小さな波が、白い砂浜に寄せては返る。

 風は涼やかにビーチを駆け抜けていき、あたしの体を程よく冷やしてくれる。


「ふぅ……」


 ビーチチェアに体を横たえたあたしの姿は、大きく肌を露出した水着姿。元々は向こうでよく来ていた水着を、記憶を頼りに再構成したものだ。

 パラソルによって遮られたお日様の光の中で、ふと訪れたリゾートバカンスを、あたしは楽しんでいた。

 場所はヨーク。漁業で有名な領地だけど、ビーチの砂は白くて綺麗だし、海湖(ソルト・レイク)があるっていうのに乾燥した気候だ。バカンスにはもってこいね。

 しばらく眠るように体を横たえていると、サクサクと砂浜を踏みしめて誰かが近づく音がする。


「マコ様。お待たせしましたであります」


 聞こえてきたサンシターの声にそちらの方へと振り向くと、彼の手に持った盆の上に、トロピカルな彩色のジュースが満たされていたグラスを載せていた。


「ヨークでだけ作られている、特製ジュースであります。製法は秘密とかで、ここでしか作られていないものでありますよ」

「ありがとうサンシター」


 一言お礼を言って、あたしはグラスを手に取った。

 すると、驚くほどの冷たさが手に伝わってくる。


「つめたっ!? ……ひょっとして、これ、氷?」

「はいであります。なんでも、ジュースのおいしさを保つために、魔法で作った氷のグラスを利用しているらしいのであります」

「何とも幻想的で、合理的ねぇ」


 魔法を使えば、確かにこのジュースを飲みきる間くらいであれば、氷を溶けないままにしておくこともできる。

 しかも、物が氷であれば洗う必要もなく、水さえあればいくらでも作れる。ジュースも冷たいまま飲み干せるし、グラスの中に氷を浮かべない分、ジュースの量も増やせる。

 魔法のある世界ならではの素敵グッズよねぇ、と感心しながらグラスの縁に口をつける。

 ひんやりとした触感とともに、ジュースがあたしの口内を満たしていく。

 ヤシの実か何かか、すっきりした甘さがのどを通り、胃に落ち、あたしの心を満たしてくれた。


「……ああ、おいしい。ありがとうね、サンシター」

「どういたしまして、でありますよ」

「……何してんだ嬢ちゃん……」


 不意に、地獄の底から響いたような重低音が聞こえてくる。

 そちらに顔を向けてみると、顔面汗だくのギルベルトさんが、あたしのことを恨みがましい瞳で見つめているところだった。


「なにって……避暑?」

「年がら年中熱帯のヨークに来といて避暑も何もないだろうが!?」

「それをあたしにいわれてもなー」


 グラスをサンシターに反しつつ、あたしはギルベルトさんに向き直った。


「正直、ここであたしにできることってほとんどないしー」

「じゃあ、何しに来たんだホント!?」

「移動手段である、飛空艇の進捗状況を窺いに来たのでありますよ」


 荒ぶるギルベルトさんに適当に応対するあたしを見かねてか、サンシターが申し訳なさそうに頭を下げながら、あたしたちの本来の目的を明かしてくれた。


「進捗状況? 連絡用の水晶球で、逐一報告はしてるだろう」

「それでも、実際目にしないとわかんないこともあるのよ」


 怪訝そうなギルベルトさんに答え、あたしは立ち上がって腕を一振りする。

 途端、あたしが即席で作ったビーチバカンスセットが消滅し、あたしが着ているものも水着から魔族になった時に作ったローブ姿へと変じる。

 一瞬で仕事モードに切り替わったあたしの姿を見て、ギルベルトさんは呆れ半分関心半分といった様子で頷いた。


「……相変わらず見事なもんだな。混沌言語(カオス・ワード)で情報を構築する、か……」

「人間の脳じゃ不可能だけどね。それで、状況は?」

「ここからでも、見えるだろう? あんな感じだ」


 そういって、ギルベルトさんは後ろを指差した。

 あたしがそちらの方に顔を向けると、遠くの方で大きな船に大量の人間が群がっていろいろな機材をくくりつけている様子がうかがえた。


「頼んでおいてなんだけど、一週間で間に合いそう?」

「アルト王子のおかげで、船大工に関しては問題ないし、あの大きさの船も確保できた。技術面に関しては、犬面と触手女、それに他の魔族たちにも協力してもらってる」


 犬面はヴァルト将軍……触手女はラミレスよね。本人らが聞いたら、憤慨しそうなあだ名ね。


「本来なら、空を飛ぶのに一か月程度の試験期間が欲しかったんだがな……」

「時間がないからね……。あたしも協力するから、頑張ってね」

「ああ。一回の飛行程度なら、耐えられるように何とかするさ」


 真剣な表情で頷くギルベルトさん。

 メイド長が見たら、頬を染めてそっぽ向きそうな、いい顔ねー。


「……それで、マコ様?」

「何かしら、サンシター?」

「自分、例によってここで何が作られているのか知らないのでありますが」

「だからお前さん、もう少し自分の行動に疑問を持てというに……」

「まあまあ」


 残念な人を見る眼差しのギルベルトさんをなだめつつ、あたしはサンシターへの説明を始めた。


「ここで作ってもらってるのはね、さっきギルベルトさんが言った通りに空を飛ぶ船よ」

「空を飛ぶ船、でありますか?」

「そ。アメリア王国と魔王国の間にある竜の谷を越えるための手段ね」


 あたしは言いながら、中空にとある設計図を取り出す。


「これは確か、遺跡の中から引き揚げた……うちゅーせんの設計図でありますよね?」

「その通り。嬢ちゃんの調査によれば、遺跡の中にあるこいつはもう動かない。だから、この国の技術力を結集して、こいつを再現しようという話になったのさ」

「え、そんなことできるのでありますか!?」

「できるできない、じゃなくてしなきゃならないのよ。こいつが完成しないことには、ガルガンドに追いつくこともままならないしね」


 あたしは肩をすくめる。

 現状、完全に後手に回ってる状態だ。これ以上、奴に後れを取るわけにはいかない。

 竜の谷付近で魔法がうまく作用しない以上、魔法以外の方法で谷を渡らねばならないのだ。


「この国には飛行技術みたいなものはほとんどないんだけど……幸いなことにあたしの持ってる混沌玉(カオス・オーブ)にその手の技術はある。あとはそれとこの宇宙船の設計図とを利用して、ギルベルトさんにそれを再現したもらえばいいってわけ」

「おおっ!」


 驚きの声を上げるサンシターの様子に気をよくしたのか、ギルベルトさんが満足そうにうなずいた。


「ふふん。どうだ、すごかろう!」

「すごいであります! でも、なんで船を改造しているでありますか?」

「いちいち船体を一から作っているだけの余裕はないからな……」


 ギルベルトさんは渋い顔になりながら、改造中の飛行船を睨みつける。


「しかも、ほとんどの素材を木材で作らにゃならん。強度の問題から考えても、まともに飛べるかどうかが不安で仕方ないが……」

「そのあたりは、あたしがなんとかするわ。混沌言語(カオス・ワード)を埋め込んでおけば、多少はましになるでしょうし」

「え? 竜の谷付近で魔法は……」


 あたしの発言に、サンシターが不思議そうな顔になった。


「ないよりはましよ。それに、あれだけ大きなものに流れる魔力だもの。竜の谷に充満した覇気にだって負けはしない! ……と頑なに信じてみるわ」

「大丈夫なのでありますか!? そこはかとなく不安でありますよ!?」


 サンシターは叫ぶけれど、実際問題そうするしかないから仕方ない。


「ガルガンドに、必要以上の時間を与えないためにも、こっちは急がなくちゃならないのよ。たとえ不確定な技術だろうとも、使えるものは何でも使うしかないの」

「そうなのでありますか……」

「まあ、そう不安がるな。嬢ちゃんが提供してくれた技術のおかげで、それなりに信頼できそうなものは出来上がる。問題は、ほとんど素材的なことだけなんだ」


 ギルベルトさんは深くため息をつきながら、ガシガシと頭をかきむしる。


「今から急いで国中から鉄をかき集めたところで、精錬や加工にかかる時間を考えると、どう考えたって一週間じゃ間に合わん」

「そうねぇ」


 もっと言うと、この国の鉄産出量を考えると、全部かき集めても動力部どころか、片翼にも間に合うかどうかわからない。

 しょうがないけど、今回は……。


「おかげで、船底の半分以上が動力炉だ。載せられる人数もだいぶ絞られちまうぞ」

「え、それはマジで?」

「ああ。念のための食糧やら修理用の道具やら機材やらを考えると……」


 ギルベルトさんは中空を見つめ、指折り数えて。


「……大体二、三小隊で限界か」

「二……二、三小隊……」


 想像以上の搭乗員数の少なさに、思わずめまいがする。

 たったそれだけで、魔王国へ戻ったガルガンドを相手にしなけりゃならないとか……。


「だ、大丈夫でありますよ! マコ様をはじめ、リュウ様にコウタ様。さらに魔王軍四天王のうちお二方やソフィア様に、その親衛隊もいるのでありますよ! これらの戦力が集えば、十小隊……いえ、それ以上の力になるに違いないであります!」

「サンシター……うん、ありがとう」


 サンシターの励ましに、あたしは小さく頷いて答える。

 そうよね、その通りだわ。戦争の基本は数だけれど、これはもはや戦争じゃない……。

 ガルガンド一人を止められればいいんだ。むしろ人数をそろえちゃ、機動力に欠けて向こうを取り逃がすかもしれない……。


「とりあえず、二、三小隊ですね? 戻って、誰を連れていくか選出しとかないと……何か他には問題起きてますか?」

「目立った問題らしい問題はないが……」


 ギルベルトさんはわずかに言いよどむと、困ったような表情でこういった。


「しいて言うなら、アルト王子がな……」

「? なんかやらかしたんですか?」

「やらかしたというより、やりすぎって感じだな。ほぼ不休であちらこちらとの折衝や、人手の確保に奔走している。……正直、見ていて痛々しすぎる」

「ああー……」


 なるほど。アンナ王女を連れ去られた影響、やっぱり出ちゃってるかー……。

 周りに当たり散らすよか全然ましだけど……。


「倒れられてもことよねぇ……」

「ああ。こっちがなんとか止めようとしても、言うこと聞いてくれないんだ。もしなんとかできるんなら、嬢ちゃんにどうにかしてもらいたいんだが」

「ふぅむ」


 困った様子のギルベルトさんに、あたしは腕組みして頷いて見せる。


「……じゃあ、お聞きしますけど、アルト王子が今いなくなったら困ります?」

「いや特別。折衝周りはもう終わってるし、人手にしても過剰なくらいだ」

「わかりました。何とかします」

「そうしてくれるとありがたい……。それじゃあ、某は仕事に戻る。アルト王子は……どこかその辺で走り回ってるだろう。それじゃあな!」


 ギルベルトさんはそういうと、飛行船に向かって駆け出した。

 あたしはその背中に手を振って見送り。


「……さて、アルト王子を探して、休ませるとしますか」

「それはよいでありますがマコ様、いきなり取り出したそのハンマーはいったい……」

「んー?」


 サンシターの言葉に、あたしは手にした“10t”と書かれた金槌っぽいハンマーを見て、それからなんてことないように頷いた。


「対アルト王子用強制休憩魔法具?」

「それを魔法具と言い張るでありますか……」


 あたしの言葉に、サンシターは処置なしとでもいうように無言で首を横に振った。






 そしてその後、あたしたちに発見されたアルト王子に向けて振るわれた強制休憩魔法具は、つつがなくその効果を発揮したのでした。まる。

 ……っていうか、幽鬼みたいな表情してんだから、誰か強制的に休ませなさいっての……。




 飛行船は順調に作成中。……一週間で作るとか言ってますけど、世の中には一晩で火力船を飛行船に改造する爺さんがいるんで、見逃してくだちぃ。

 そして今回、強制休暇を取らされたアルト王子は、自分のベッドの上で目を覚まします。

 以下、次回。


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