No.198:side・kota「自分の気持ち」
騎士団の訓練場に甲高い音が鳴り響く。
「はぁっ!!」
「ゼェィッ!」
音源は僕とガオウが振るう、四本の刃。
鋭く強い鋼の刃がぶつかり合うたびに、また甲高い金属音が響き渡った。
「おおおっ!!」
ガオウが一声吠えて、一歩鋭く踏み込んでくる。
僕もまた踏み込み、交差するような形でガオウの一刃を躱す。
「まだまだぁ!」
背中を向ける形になった僕に向かって、ガオウは追撃のために刃を振り上げた。
「フッ!」
僕は呼気を吐きながら、手に持っていた凍雪剣を投げつける。
「ちぃ!」
ガオウは飛んできた凍雪剣を煩わしそうに弾くと、僕に向かって歯をむき出しにして勝ち誇った。
「手にした武器を投擲するなど、愚の骨頂! 万策尽きたか!?」
「――……」
吠えるガオウには答えず、僕は意識を集中する。
全身の意志力が僕に答え、そして凍雪剣の中に満ちていた意志力と反応する。
あさっての方向へと飛んでいくはずだった凍雪剣は回転しながら中空で止まり……。
「……来いっ!」
僕の呼びかけに答え、一直線に飛んでくる。
狙うのはガオウの背中。もちろん、刃筋が立たないようには気を付ける。
「っ!? 馬鹿な!?」
僕の掛け声と、凍雪剣の上げる風切音を頼りに、飛んできた凍雪剣を弾き飛ばすガオウ。その顔には少なくない驚愕が浮かんでいる。
弾かれた凍雪剣は、また飛んでいく方向を変え再びガオウに躍り掛かる。
「くっ!?」
「はぁっ!」
誰も手に持っていない剣が襲い掛かってくるという状況に混乱するガオウに、すかさず切りかかる。
「うぉ!?」
両手に持った螺風剣に陣風を纏わせ、ガオウの剣を一振り弾き飛ばし……。
「はっ!」
返す刀で首筋に刃を突き付ける。宙を舞う凍雪剣もまた、ガオウの首にピタリと静止した。
二つの刃に首を挟み込まれたガオウは、一筋の汗を流してから、悔しそうに両手を上げた。
「……私の負けだ」
「……よしっ!」
ガオウの降参を聞いて、僕は剣を引く。
まず螺風剣を鞘に納めてから、宙を舞う凍雪剣を手元に呼び寄せる。
凍雪剣も鞘に納める僕を見て、ガオウが悔しそうにうめき声を上げた。
「よもや手放しで剣を操る術があったとは……いったいどういう理屈だ?」
「意志力の応用の一つ、かな? 意志力が空間に干渉する特性を利用して、凍雪剣の周りの空間に干渉してるんだ」
まず凍雪剣の中に意志力を満たす。前準備はこれでOK。
あとは手放した凍雪剣に僕の意志力で干渉して、周囲の空間に働きかければ、僕の意思に従って飛ぶ魔剣の出来上がり、って感じかな?
「はい、ガオウ君」
「すまない、マナ。……それは、私にも可能な技術か?」
「……たぶん、無理だと思う。こういう言い方はあれだけど、僕だからこれはできるんだと思う」
マナちゃんが持ってきてくれた剣を見つめながら問いかけてきたガオウに、僕はそう答える。
この技術を使うには、少なくとも空間に十分な干渉が行えるだけの意志力が必要になってくる。
神官の人たちによると、一般的には意志力を使った防壁とかは複数人が集まって展開するらしいものだから、普通は一人の人間が空間に干渉できるだけの意志力を持つことはないんだろう。
それを考えると、普通の人は多分この戦い方はできないと思う。
「むむむ……! そうなのか」
「残念だったね、ガオウ君……」
「うむ……」
悔しそうにうめき声を上げるガオウを慰めるように、マナちゃんが寄り添う。
そんな二人を見て、僕はふと気になったことを聞いてみることにする。
「そういえば、二人って付き合ってるの?」
「なに?」
「え、えぇっ!!??」
僕の質問に、ガオウは怪訝そうな顔になり、マナちゃんは火が付いたかと思うほどの勢いで顔を真っ赤にした。あ、うん。これは僕にもわかるかな。
「そそそそ、そんな、私とガオウ君はそもそも同僚って関係で、あでもでも確かにそういう風にみられるのはやぶさかではないというか、けどけど告白もまだなのにそういう風にいわれちゃうとなんだかきはずかしいです、だけどだけどいつかはきちんとそういう関係に――」
「マ、マナ!? いったいどうしたというのだ!?」
動揺のあまり言わなくてもいいことを口走るマナちゃんの姿が奇異に映ったのか、ガオウが若干引いている。
そんな彼の姿に、思わず僕は口走ってしまった。
「ガオウ……鈍感なのは罪だと、僕は思うよ?」
「なに? それはどういう意味だ」
「「「っていうか、そもそもあなたが言うな」」」
また怪訝そうな顔になるガオウに代わって、騎士のABCさんたちからトリプルツッコミが入った。
ああ、うん。隆司がいたら、間違いなくそういうね……。
「……なんでみなさんが?」
「いえ、隊長なら間違いなくこういったかと思いまして」
信頼……なのかな……。
「まあ、それはそれとして、気づいてあげるのも殿方の仕事だと思いますぞ、ガオウ殿」
「何の話だ?」
「まったまたー。そんな野暮を犯せと我々にいうんですか? この色男がっ!!」
「だから何の話だ!?」
「こんなに愛らしい方がそばにいて何もしないとかそれでも漢か、この不能が!!」
「意味は分からんが愚弄とみなすぞ貴様ぁ!!」
口々に責められて、ガオウが両手の剣を構える。
怒ったガオウを前にしても引かないABCさんも大概だけど、確かに気付いてあげられないガオウにも非はあるかなぁ。
「………」
ちらりと見やると、混乱から抜け出したマナちゃんが、はらはらした様子でガオウ君の背中を見つめている。
ガオウ君が怒っているのを見て心配しているみたいだけれど、ABCさんの言葉が気になって声をかけづらいのかもしれない。
そんな彼女を見ていると、きっと自分の気持ちに気づいてもらいたいんだろうな、っていうのがヒシヒシと伝わってきた。
自分の気持ち、かぁ……。
「………人を好きになるって、どういう感じなんだろうなぁ……」
「「「え゛?」」」
「なんだ貴様ら天変地異の前触れのような顔して」
「いえ、コウタ様の口からそんな言葉が飛び出るとか予想外すぎまして……」
「それはともかくとして、いかがなさいましたコウタ様!?」
「……ん。少しだけ、気になってね。真面目に考えてみようかと思って」
「隊長が聞いたら、感涙のあまりむせび泣くか、コウタ様の正体を疑いそうなセリフですね……」
なんかすごく失礼なことを言われた気がする……。
けれど、ABCさんたちはすぐに真面目な表情になって腕を組んで、僕の疑問について考え始めてくれた。
「人を好きになる感覚、ですかぁ……」
「ぶっちゃけますと、人それぞれって感じですからなぁ……」
「マナさんのような方もいれば、当然隊長みたいな人もいますし」
「私を引き合いに出さないでください!?」
話の流れで出てきたので、マナさんの方を見てみる。
するとマナさんは、困ったように視線を右往左往させ、しかし周りの視線が集中しているのに気が付き、進退窮まったように顔を伏せて、小さな声で答えてくれた。
「………あの、その……す、すごく幸せな気分に、なると、思います………」
「まあ、共通見解としては、こんな感じでしょうかね?」
「かなり特殊なものとしては、例があちらにありますが」
「あっちって?」
示された方向へと顔を向けると、そこには訓練を続けるマオ君を応援するナージャさんの姿があった。
「マオくーん! がんばってねー!」
「はぁ、ありがとうございま……って、ナージャさん血が! なんか大量に鼻血が!?」
「あふれる愛が止まらないんですー!」
「止めてください今すぐ!? 死にますよ、愛におぼれて!!」
「本望です!!」
「やめてっ!?」
ぼたぼたと大量の鼻血があふれるナージャさんの姿に、あわてて駆け寄るマオ君。
……っていうか大丈夫なのかなあれ。あんまりに凄惨な光景にマナちゃんの顔色が真っ青だし。
「……まあ、あれはかなり特殊な例ですが、誰かを好きになるとどういう風になるかっていうのは分かりやすいと思います」
「んー……その人の事で頭がいっぱいになるってこと?」
「はい、そうですね。……振っといてなんですけど、よくあれでわかりましたね……」
それが、好きになること、かぁ……。
「まあ、恋や愛の形は一つではありません。というか、この場合無形であることがすべてと言えるかもしれません」
「当然、恋愛にも定型くらいはあるでしょうけれど、それがすべてでもありません」
「いちいち型に拘っているようじゃ、それは恋愛の形をした何かかもしれませんよ?」
「……そうですね」
ABCさんの言葉に、僕は小さく頷く。
そうだね……。礼美ちゃんに抱いている気持がなんなのかははっきりしないけれど……。
これが僕らしい気持、ってやつなのかもしれないね……。
「……という一連の話を聞いて居方でしたガオウ殿?」
「? 感心して聴いてはいたが、なぜ私に振る」
「駄目だこの人、無知なうえに無関心だ……」
「これはもう、夜這いをかけるくらいしないと駄目かもしれんですね、マナさん?」
「だ、だめです!? そ、そういうのは、きちんとした手順を踏んで……!」
「まあ、そんなことより訓練を続けるぞコウタ! 次は私が勝つ!!」
「そんなことってガオウ……」
自分の気持ちをそんなこと呼ばわりされちゃったマナちゃんが、がっくりうなだれちゃったじゃないか……。
いやまあ、ガオウの場合は何も知らないし気づいてないからなんだろうけど……。
「ガルガンドが相手では、生半なことでは収まるまい。可能な限り、自らを鍛え上げねば……!」
「……そうだね。ガオウの言うとおりだ!」
僕はため息をつきながらも、ガオウの言葉に同意して剣を抜く。
確かにガルガンドに相対するのであれば、今までのやり方じゃダメなんだ。
もっと、強くならないと……!
「それにしてもコウタ様、手放しで剣を使えるようになったんですねー」
「え? ええ、まあ。訓練を始めたばっかりなんで、まだまだですけど……」
「それなら、二本と言わず何本も使って戦えばスゲー有利になりそうですねー」
「ハハハ、お前そんな大道芸人みたいな」
「………………それだっ!!」
「「「え?」」」
ABCさんの言葉に、僕は天啓を得たように閃いた。
そうだ、その通りじゃないか……! なんで気が付かなかったんだろう!
「剣を使うのに手が必要ないなら、別に二本以上持ったって問題ないじゃないか!!」
「ええー……。自分で申し上げてなんですが、そんなのいけるんですか……?」
「いけます! いや、できるようにします! その方がきっとかっこいいし!」
「え、そこ重要なんですか!?」
「いや、使える武器が多いに越したことはないぞ! 今すぐ鍛錬だ!!」
「相手するはずの人もなんかやる気だし!?」
ガオウの同意も得られたところで、さっそく武器を見繕わなくちゃ……!
「よし、武器庫に行こう! まだ何本か、使えそうな武器があるかもしれない……!」
「付き合おう! マナ、お前も来てくれ! 魔法武器もあると聞いている、お前の知識も頼りだ!」
「あ……うん!」
「「「いってらっしゃいませー」」」
ガオウとマナちゃんを伴って、僕は一目散に騎士団の武器庫へと駆け出して行った。
ああ、次に使う剣の名前、決めておかないとなぁ……。
光太君、さらなる厨二病の扉を開く様子です。もうだめかもしれんね。
その一方で、自分が抱いている気持に名前を付けようともしている様子。ゆっくりがんばれ。
その頃の真子ちゃん。移動手段の進捗状況を確認に、ヨークへ向かったようです。
以下、次回ー。