No.20:side・mako「魔王軍、撤退」
今考えうる中で最大威力の魔法を受け、平然と突っ込んでくるヴァルトの姿に呆然とするあたし。
そんなあたしのすぐそばを、一陣の風が薙いだ。
いや……そこまで強烈なものじゃない。本当に僅か、風が動いたように感じただけだ。
でも次の瞬間、ヴァルトと団長さんがお互いの武器をぶつけ合っていた。
「何か用かな、ゴルト!? 今、私は勇者たちと戦っていたのだが……!」
「作戦タイムだとよ。せっかちは嫌われるぜ?」
興奮のままに声を荒げるヴァルトに対しても、涼しい調子で答える団長さん。
そのまま二人は一歩も譲らず攻防を開始した。
離れたここからでも風切音が聞こえてくるほどのスピードで動く、ヴァルトの斧。
でも団長さんはそれを何ら問題にしていない……どころか、確かに当たっているように見えて実は当たってないという感じに見える。っていうか残像? なにあれ。
隆司だったらもうとっくにバラバラになってそうな斧の勢いだけど、団長さんは涼しい顔で全部避けている。ただ、さすがに手は出せないようだ。手に持った棒は斧の軌跡をいなすのに使われている。
光太も礼美も、さらに隆司すらも目の前の光景の驚き固まっている。っていうか団長さん、こんなに強かったんだ……。
「勇者様!」
あたしたちを呼ばわる声に振り返ると、確かアスカとか呼ばれていた女騎士がこちらに駆けてきていた。付いてきてたんだ。
「大丈夫ですか……!?」
「今、この状況が大丈夫に見えるんなら、医者に行きなさい」
「も、申し訳ございません!」
「ま、真子ちゃん……」
刺々しさどころか悪意すら感じられるあたしの言葉に、勢いよく頭を下げるアスカ。
礼美があたしを諌めようと声をかけてくるが、我慢できるわけがない。
だって……。
「アスカ、こうなることを知って、いえ、わかってたわね?」
「……はい」
アスカの返答に、光太と礼美が目を丸くする。そして光太が信じられないという様子でアスカを見つめた。
「……以前、魔導師団の方々に協力を願い、高位魔法による魔王軍将校の打倒を試みたことがあったのですが、その一切が無力化されてしまい……」
「無力化?」
「はい。おそらく、敵側の魔導師の手腕と思われます。それだけでなく、マコ様のように直撃した高位魔法も、あのように……」
アスカの示す先には元気よく団長と戦うヴァルトの姿が。
つまり、ただの高位魔法は通用しないってことね?
「どんなチートスペックよ……!」
「お前が言うな」
「いや、隆司も言えないからね?」
うめくあたしに、ボケとツッコミが突き刺さる。
たわごとぬかすバカを一発殴ってやろうとか振り返るが、意外と筋肉質な肉体に傷の跡一つないのを見て思わず目を丸くした。
「……あんた本当に大丈夫なの? あれだけやって傷一つないって……」
「ないんじゃなくて治ってんだけどな」
自嘲するように笑う隆司。魔術言語が読めるから魔族云々で悩んでたのが馬鹿馬鹿しくなるくらいの化け物っぷりね。どういうことだろう。
ただまあ、それに関しては後で悩もう。今は、あの猛将をどうにかするのが先だ。
「勇者様、撤退いたしましょう」
だけど、そんなあたしに水を差すようにアスカがそんなことを言い始めた。
「もう、十分です。今回は時間だって足りませんでした。団長が殿を務めることになっています。急いで、戻りましょう」
痛ましい様子のアスカに、光太が悔しそうに眉根を寄せた。
まあ、正しい判断ではあるわね。召喚されてたった一週間でまさか将校に勝てるわけもないわ。
あたしだって、怖い。向けられる視線にただ闘争の意志を込められただけで、足がすくみそうになるんだ。格が違いすぎると思う。
でも。それでもね。やられっぱなしってのは性に合わないのよ……!
「撤退はなしよ」
「しかし……!」
「っさいわね! もし仮にあれが癇癪起こして、団長ぶっとばして王都まで来たらどうすんのよ!? あんたたちだけであれが止められんの!?」
「……ッ!!」
激昂したあたしの言葉に、アスカは悔しそうに唇を噛んだ。
……やっぱり、今のところあれに対抗、というか拮抗できるのは今回避に専念してる団長さんだけか。今までの一騎打ちとやらも、隙をついて強力な一撃を撃ち込むとかそんな感じで進めてきたのね。
「……確かに、無理かもしれません……ですが!」
「まあ、このまま逃げるってのもなんか悔しいよなぁ。せめて手傷の一つは負わせて帰りてぇ」
アスカの反論にかぶせるように、隆司が口を開いた。
その眼はいつになく真剣だ。いや、暗さのような物すら見え隠れする。
「僕も、真子ちゃんに賛成だ」
「コウタ様まで……」
光太も言って、手に持った風の魔剣を握りしめる。
使命感に燃えてる顔だ。あたしが行った、あれが王都に攻め込むという状況を考えてしまったのかもしれないわね。
「アスカさん、心配してくれてありがとうございます」
「レミ様……」
「でも、私たちは勇者なんです。だから、逃げちゃダメなんだと思います」
理屈にならない理屈を、笑顔で言い切る礼美。
いや、三文ロープレの主人公だって逃げると思うけどね。
でも、これからは逃げられない。いつかはやりあう。
「もう一度言うわ。撤退はしない」
「……」
「逃げるときは、あたしたちが倒れた時よ。そん時は引きずるなりなんなりで、持って帰って頂戴」
「……はい、わかりました」
梃子でも引こうとしないあたしたちの様子を見て、自分の無力をかみしめるように声を絞り出し、そのまま引き下がっていくアスカ。
あたしたちはすぐに円陣を組んで、今団長さんがひきつけてくれているヴァルトをどう倒すかを話し合い始める。
「で、あれをどうするかなんだけど……」
「その前に、一ついいか?」
だが、隆司が片手をあげてあたしを制止した。
「なによ一体?」
「そろそろ限界……」
「隆司!?」
わずらわしくてほっとこうかと思ったが、すぐ隣でいきなり膝をつかれたらそうもいかない。
隆司の様子に驚いた光太があわてて隆司のそばにしゃがみ込んだ。
っていうかちょっと待ってよぉ!?
「ちょ!? あんたが今んとこ最大攻撃力なのよ!? もう限界なの!?」
「無茶言うなって……。さっきから体治したり吹っ飛ばされたりだぜ? 向こうでだったら十回は死んでる……」
げっそりしながら声を出す隆司の顔色は、確かに戦えるような人間の顔色じゃない。
しかし元の世界で十回は死ぬような攻撃受けて、今まで限界来てなかったって……。アドレナリンのおかげ?
「隆司、大丈夫だよ。隆司の代わりに僕が……」
「隆司以上のスピードで動けるんならそれでいいんでしょうけどね……」
隆司を安心させるように口を開く光太だが、実際問題一番ダメージを期待できる隆司がこうでは、どうしようもない気がしてくる。
えぇい、仕方ない。
あたしは光太のしゃがみこんでいる反対側にしゃがみ、魔術言語を唱える。
「体力強化」
あたしの体が光り、その光がゆっくりと隆司の体を包み込んでいく。
するとどんどん隆司の顔色がよくなっていく。
しばらくすると、光も収まり。
「……お?」
隆司が驚いたように立ち上がった。
「りゅ、隆司?」
「すげぇ、体力が回復した! 真子、こんなこともできんのか!?」
「最後の手段よ、最後の……」
喜ぶ隆司の隣で、今度はあたしがへたり込む。
今の魔法は、いわゆる強化の魔法。対象に魔力を流し込むことで強化を図る魔法なんだけど、少しアレンジしてあたしの体力を移し替えることで対象の体力を回復させるものにしている。
おかげで隆司は回復したけど、こっちは立ち上がるのも億劫なほど体力を消耗したわけ。
「真子ちゃん、大丈夫!?」
「礼美……。できれば今度、体力回復の祈りでも覚えて頂戴……」
「が、頑張る!」
グッと拳を握る礼美。きっとこの子なら何とかしてくれるでしょ……。
「で、何か作戦はあるのか真子?」
「もうこうなったら一発勝負でしょ……」
あたしはぜいぜい荒い呼吸をしながらまた魔法を唱え始める。
こんなところで使う羽目になるとは思わなかったわ……。出来ればもっと後になってから使いたかったんだけど。
あたしの呪文が完成すると同時に、三人はいぶかしげな顔になる。
「なにもなってねぇけど?」
「失敗、したの?」
「礼美ちゃん?」
「心配しなくても失敗はしてないわよ」
三人が気づいていない変化をしっかりと目におさめつつ、あたしはほくそ笑んで次の呪文を唱える。
「竜巻」
完成した呪文は、本来竜巻を特定の地点に発生させるものだけど、これもアレンジで隆司の右手に巻きつくような形で竜巻が発生する。
「おお!」
「いい? 作戦を伝えるわよ……」
あたしが伝えた作戦内容に、光太が抗議の声を上げる。
「そんな! 危険だよ!」
「そんなもん誰だって一緒でしょう……。これ以外になんかあるの……?」
「それは……! えっと……」
「光太君」
あたしに反論しようとする光太の両手を、礼美がそっと両手で包み込んだ。たぶん
「大丈夫だよ。私、怖くないよ? 真子ちゃんが任せてくれて、光太君と隆司君も一緒だもん。だから、大丈夫だよ」
「礼美ちゃん……」
あああああ超いいシーンなのに! こんな場面じゃなけりゃ、跳ねて喜ぶのにぃぃぃぃぃぃぃ!!
「じゃあ、二人の意志が一つになったところでー」
二人の様子をにやけ面で眺めている隆司が光太と礼美の注意を引いたと思われる。
「――ヴァルトに一泡吹かせに行こうじゃねぇか」
で、獰猛な笑みを浮かべたような声を上げた。
「「……うん!」」
二人は力強く返事をして、礼美を先頭に光太と隆司がその背中にぴったり張り付いて団長とヴァルトの戦いに近づいていってるはずだ。
これでうまくいけば御の字。でも、失敗すれば……。
親友を最も危険な役割に配置した作戦。あたしは唇の内側を噛んで耐える。
うまくいきなさいよ、お願いだから……!
「団長! 避けろ!」
隆司の怒鳴り声に反応したわけじゃないだろうけど、大上段から振り下ろされようとしているヴァルトの斧を横っ飛びに避ける団長さん。
ヴァルトはそれにかまわず勢いよく斧を振りおろし。
「光よっ!」
「なにぃっ!?」
聞こえた礼美の声と、突然現れた光の盾に、目を見開いて驚愕する。
そして、バリンと何かが割れる音がして礼美の姿が現れる。
同時に。
「「ダブルストーム……」」
打ち合わせでもしていたのか、声を合わせた男どもの必殺技の名前が響き渡る。
「「ブリンガァァァァァァァァァァ!!!」」
姿は見えずとも渦巻いた竜巻は礼美の両脇から現れ、お互いの体を喰らい、その身を強大にして目の前の猛将を飲み込んだ。
光太単独で放った時の数倍に比する大きさの竜巻はヴァルトを飲み込んでまっすぐに突き進んでいった。
またもバリンと音がして、礼美の両脇から拳と刃を突き出した隆司と光太の姿が現れる。
そんな三人の姿に、何かに納得したような団長さんがうなずいた。
「ははぁん? 姿隠しか」
その通り。一番最初に三人にかけた魔法は姿隠し。魔法をかけた対象の姿を完全に見えなくする魔法だ。同じ魔法をかけられた者同士の姿は認識できるし、何かに触れると魔法は消える。こういった戦闘行為にはほとんど意味のない魔法。魔術言語が見えるあたしからも、体中を文字で覆い隠した人形の姿が見えてしまう。
だけどほかの連中にはそこに誰もいないように見えなくなっていたはずだ。
あたしが建てた作戦は、そうして姿を隠した三人が特攻し、ヴァルトの攻撃を礼美がガード。しかる後、最大威力まで溜めた光太の竜巻をあたしが隆司にかけた魔法で強化してヴァルトを攻撃するというものだ。
この作戦最大の肝は、礼美がヴァルトの攻撃をガードしきれるかどうか。下手をすれば礼美の防御力が足りず、縦に真っ二つになる可能性だってあったのだ。
作戦が終わり、安心したのか腰が抜けたのか、ペタンと女の子座りになる礼美。
そんな彼女を安心させるように、光太がその両肩に手を置いた。
「礼美ちゃん、ありがとう。おかげで、全力で撃てたよ」
「あ、あはは……。役に立てて、よかった……」
うーむ、これがフラグになってくれれば楽なんだけどなぁ……。
あたしが隆司に目を向けると、油断なくヴァルトが吹っ飛んで行った方向を睨んでいた。
まあ、炎風乱舞食らっても平然としていた奴が、これしきでぶっ倒れるとも思えないわよね。
あたしが完全に脱力した体に活を入れて立ち上がろうとすると。
「やれやれ。これまた、手ひどくやられたねぇ」
耳にしたことのない、女の声が聞こえてきた。
慌てて聞こえてきた声のする方に目を向ける。すると、土煙が晴れた向こう側に、倒れたヴァルトとそのすぐそばに立つ魔族の女の姿が見えた。
妖艶、という言葉がよく似合う凄味のある美女だ。上半身は踊り子のような露出の多い衣服で身を覆い、下半身には下着すらつけてない。いや、必要ないというべきなのかしら?
何しろ、彼女の下半身は数多の蛇の尾で構成されているのだ。腰辺りに巻いている一枚の布が唯一の防御かも知れない。
「スキュラキタァァァァァァァァァ!!??」
「おや? どうしてあたしの名前、知ってるんだい?」
何かに驚愕するアホに首を傾げて答えながら、美女は改めて妖しい笑みを浮かべて自らの名を名乗った。
「改めて自己紹介しておくよ。あたしの名前は、ラミレス・スキュール。そっちの坊やの言うとおりスキュラで、魔王軍四天王の一人さ」
四天王の二人目とか……この状況で相手にできないわよ……。
睨みつけるあたしの様子に、ラミレスはおもしろそうにコロコロと笑い声をあげた。
「心配しなくても、今日はもう帰るさね。このバカの治療もあるしねぇ」
そういって、ラミレスは足の一本を使ってヴァルトの巨体を持ち上げた。
その体は節々が乱雑に斬り刻まれたように傷つき、来ている鎧もボロボロだ。唯一無事なのは、その手に握りしめた斧だけだった。
「すまぬ、ラミレス……」
「本当だよ。この後、覚悟しておきなよ」
妖しい笑みを浮かべ、舌なめずりをしながらヴァルトの顔をなでるラミレス。ヴァルトは何かに怯えるようにうめき声をあげた。
「じゃあね、勇者様方。次会うときを楽しみにしてるよ」
「ちょ、ま……!」
ラミレスは一方的に言い放って、あたしが質問する間もなく姿を消した。
その瞬間にラミレスたちの体を覆った魔術言語が、ラミレスの使った魔法の正体を告げる。
転移を無詠唱発動って……。さすが四天王……。
「おう、お疲れー」
気だるげに棒を担いだ団長さんが、あたしたちに声をかけてくる。
あたしはキッと団長さんを睨みつけて、声を荒げた。
「団長さん! あいつがこんなに強いなら、先にそう言ってくれてもいいじゃないですか!」
「ん? ああ……」
団長さんは礼美を立ち上がらせてあげている光太と、石剣を回収に行っている隆司の背中を見てからあたしの方に顔を向けた。
「一回、あの二人の全力が見ておきたくてな。敵の将軍なら遠慮なく全力が出せるだろ?」
「なにそれ……」
「今後の修練の方向性を一回定めときたかったんでな。悪かったよ」
団長さんの言葉にがっくりと倒れ伏すあたし。
つまりあれか? あの二人の修業のために一切の情報なく、あんなチートと戦わせられたっての?
わ、割に合わねー……。
「ま、真子ちゃん!? 大丈夫!?」
最後の一線もぷっつり切れ、意識が途切れるあたしの耳に、礼美の心配そうな声が聞こえてきた。
そんなわけで魔王軍最強、ヴァルト・ルガールが撤退しました。体力低下で撤退イベントは基本だよね!
なんで炎風乱舞が無傷で、ダブルストームブリンガーでズタボロにされたのかは、次回説明いたします。
魔王軍軍勢側の回でなぁ!