No.194:side・mako「過去の記録の中に」
「む。相手にしてくれなくてむくれてたけど、下手につついて盛大に墓穴を掘り抜いた、かわいそうな魔竜姫の悲鳴が聞こえた!」
「なんでそんな具体的かつピンポイントなのでありますか?」
まあ、聞こえたもんはしょうがないのよ。
「それはともかくであります……。ここが、かんきょう、という場所でありますか?」
「うん。ブリッジ、っていう言い方もあるけど」
「そうなのでありますかー」
サンシターが物珍しそうに、ようやく到着した艦橋の中を見回した。
巨大な宇宙船の艦橋にふさわしく、かなりの広さを誇る。王城の会議室どころか、騎士団の訓練場すらしのぐほどの広さだ。百人単位で動き回って、艦内の状況をチェックしたり、航行状態を点検したりしてたんだろう。
「これは、いやあれは、もしやそっちは!?」
「ギル、落ち着きなさい。ギル……ギルってば!」
ギルベルトさんなんかは、艦橋内のあらゆるものが物珍しいのか、あっちこっちを走って飛んで見て回っている。
メイド長も、何とか彼を制御しようとしているけれど、さすがにテンション爆上がりの彼をとどめるのは至難の業のようだ。
彼を追いかけるのに疲れたメイド長さんが、あきらめてあたしの方へと近づいてきた。
「……申し訳ありません、マコ様」
「ああ、いいのよ。どうせ、今は何もしても動かないし」
「そうなのでありますか?」
「うん。っていうか、メインの動力が死んでるしねぇ」
そもそも、こんな位置に埋まってるような艦船の動力が、いつまでも生きているわけはないのだ。
……ただ、空気が新鮮なことを考えると、生命維持装置の類は生きているようだ。どういう理屈かは、ちょっとまだ理解しきれないけど。
「今のまんまじゃ、ちょっと情報を引き出すことはできないわねぇ」
「それは残念でありますねー」
「そういうことは早く言わんか!? 無駄に走り回ったわ!」
「自業自得でしょう」
あたしの言葉が聞こえたのか、ギルベルトさんが何やら憤慨しながら戻ってくる。
そんな彼を見ながら、あたしは頷いて見せる。
「まあ、ここを動かすだけなら何とかして見せるわよ」
「なに!? どうやって!?」
「具体的な説明は後回しにするとして、ここの動力ケーブルは……」
あたしは動力へとつながっているであろうケーブルを発見し……。
「……ギルベルトさん。ここの壁、引っぺがして」
「よしきたぁ!」
ギルベルトさんにお願いして、その部分の壁を引っぺがしてもらう。
おそらく合金製の壁を引っぺがした場所には、現代ではそこそこ見かけるであろう、ビニールらしいものに覆われたケーブルが大量に出てきた。
あたしはそれを何本か取出し、風王結界の応用の鎌鼬で叩っ斬る。
「ぬぉ!?」
「ああ、ごめんなさいね」
突然の出来事に驚くギルベルトさんに謝りつつ、あたしはむき出しのケーブルを紅玉に無造作に突き刺した。
すると、艦橋の中の電源が何かを思い出したように明滅し、艦橋の中が一気に息を吹き返した。
「ぬぉぉぉぉ!?」
「マコ様、これは?」
突然の出来事に悲鳴を上げるギルベルトさん。
不思議そうではあるけど、あまりビビッてないサンシターとは好対照ね。
「出でよ紅き霊王で生み出したこの紅玉は、万能物質だからね。この船、ブロック構造になってるから、この艦橋だけなら、独立させてエネルギーを回復させるくらいはできるのよ」
「そうなのでありますかー」
あたしの説明ともいえない説明を聞いて、何を納得したのか、とりあえず頷いてくれるサンシター。
まあ、詳しく説明しろと言われても、時間かかるからこっちも御免こうむるわけなんだけどね。
「エネルギーを回復、ということは、この艦橋という場所は使えるようになったのですか?」
「一応ね」
「なに!? それを早く言えい!!」
メイド長の確認を聞いて、ギルベルトさんが蘇って、手近なコンソールに近づいて適当にボタンを押し始める。
「これか!? これか!? こっちか!?」
「……適当にやっても動かないわよ? 起動認証に、特定人物の指紋が必要になるから」
「ノォー!?」
「……それだと、自分たちには動かせないのではないでありませんか?」
動かない、の一言にギルベルトさんの表情が絶望に染まる。
そしてサンシターの言葉はその通りなんだけど……。
「あたしが今どういう状況なのか、忘れたわけじゃないでしょうね?」
あたしは言いながら、無造作に指紋認証用のスキャナーに手のひらを押し付ける。
当然、警告音が鳴り響くけれど、そんなものを無視してあたしは手のひらから直接プログラムの中へと侵入する。
……十進法でも二進法でもないけれど……混沌玉の中にある情報ね。これなら、すぐに終わりそう。
ォン。
「うわ!? なんか目の前におっきな板が出てきたであります!?」
「ぬぉ!? 面妖な!?」
起動に成功し、空間投影型のモニターディスプレイを呼び出した途端、悲鳴が上がる。
サンシターとギルベルトさんはもとより、いつもは冷静なメイド長さんすら息を呑む様子がうかがえた。さすがに、何もないところにこんなものが出てきたらビビるわよねー。
「心配しなくていいわよー。情報を呼び出すための水晶球みたいなものだから」
「そ、そうか」
あたしの説明に、とりあえず納得して頷くギルベルトさん。
サンシターはびっくりしたままだけど、とりあえずかわいいから放置して、あたしはコンソールを叩く。
何度か画面が切り替わり、この船全体の構造を映し出すことに成功した。
「? これは?」
「この船の全景ね」
「船!? これがか!?」
「船といっても、ギルベルトさんが想像するようなものとは違うわ。えーっと……海湖の中を進む船、っていう感じかしら」
「海湖の中をか!? いや、そういわれてみれば、この構造は理にかなっているのか……? だが、この形は――」
あたしの説明に何やら自分の世界に入り始めたギルベルトさんは置いといて……あたしはさらに細かい情報を引き出す。
巨大な艦船のブロックがそれぞれに表示され、あたしは欲しかった情報……この船に搭載されている艦載機の情報を引き出した。
「あー、あったあった……大きさも手頃っぽいわね」
「これが、マコ様が欲しがっていた情報でありますか?」
「うん。グリモさんから、この船のことを聞いてから、絶対にあると思ってたから」
サンシターに頷いて見せる。
この手の船は、小回りが利かないことがわかりきってるから、何かの調査に使うための艦載機は絶対にあると思ってたのだ。
大きさの方も、十分な人員を運ぶためにかなりの大きさがある。アメリア王国騎士団と、魔王軍を運ぶには十分っぽいわね。
ただ、さすがに単体で動かすことはできないみたいね……。本来は、この船の主動力からエネルギーをもらって、それを充電することで動かす機体みたい。
「うーん……これ一個で動かすには多少改造がいるわねぇ」
「改造でありますか……時間、かかりそうでありますか?」
「どうかしら……ものがものだし、大きさも結構あるからなぁ……」
そもそも技術的に、この世界と十世代くらい違いすぎるからなぁ……。
構造だけコピッて、この世界の技術で改めて作り直した方が早いかも……。
「それにしても、不思議でありますね。これって、魔法なのでありますか?」
「ううん、これは魔法じゃなくて……って、サンシター、適当に触ったりしたら」
とりあえず、改めて出した紅玉の中に艦載機のデータをコピーしていると、サンシターが、コンソールの一部に触れる。
途端、別のウィンドウが出現し、大量の文字が羅列された。
「うわぁ!? 何か変な絵が出てきたであります!? も、申し訳ありませんマコ様ぁ!!」
「あ、いや、別にいいわよ。今やってることに影響はないし」
一瞬、構造図が切断されるかと焦ったけれど、別のウィンドウで出てきてくれたわね……。
一糸乱れぬ土下座の態勢に移行したサンシターをなだめつつ、あたしはサンシターが絵と表現したモニターを眺める。
「あれ、これ……日記かしら?」
「え? 日記なのでありますか?」
「うん。いや、サンシターには読めない文字よ? 混沌玉の中に残ってた情報だと……公用語ってことになってるわね」
「公用語ですか。しかし、この国にこんな文字は存在しませんが」
「まあね」
メイド長さんの言葉にうなずきつつ、あたしはかつてからの疑問の核心に触れていることを悟った。
王都周辺の城壁の存在と、それらに対する情報がないことから、ひょっとしてと思っていたけど……。
あたしは日記の中身に目を通しながら、口に出して読み上げることにした。
「……“ついに、偽神が最後の大陸へと上陸してきた。他の大陸は法則変換に巻き込まれて完全に消滅したのが、観測データから判明している”……」
「偽神とは……?」
「これは多分だけど……神位創生で誕生した、新しい神の事じゃないかしら」
偽神のフレーズからするに、元来の神様とは違うということでしょうし……法則変換に巻き込まれて、ってことは間違いなく新たな世界を作ろうとしたってことでしょうし。
「他の大陸が消滅……ということは、アメリア王国の外洋には何の大陸もない、ということでありますか?」
「調べたわけじゃないけど……この記録を信じるなら、そういうことじゃないかしら……?」
この世界にアメリア王国と魔王国しかなく、互いにほとんどほかの国との交流がないのも、これで納得がいる。
交流がないんじゃなくて、できなかったわけね。
これらの内容から類推するに……。
「やっぱりこの世界、一度崩壊寸前にまで追い詰められてるわけね」
「ええ!? 崩壊寸前まで!?」
「マコ様、やはり、ということは以前から疑っておいでだったのですか?」
「まあね。あれだけの城壁を作っておきながら、その由来に関する情報が何一つ残されていなかったからね」
メイド長の言葉にうなずく。
城壁建築に関する由来が残されていなかったのは……間違いなく偽神の存在を抹消するためね。
本来、情報しか収納されない混沌玉の中にも、わざわざ残すべきではない、なんて注釈が後付で残されるほどだ。出現しただけで世界が崩壊しかねないというのは誇張でもなんでもないのね……。
「……“たった一人の人間の魔導師によって、世界が滅亡するなどとだれが想像しただろうか……。この移民船に避難した人々も、日々を絶望に濡れて過ごしている”……。もしもの時は、この船に乗って外宇宙に脱出する算段だったんでしょうね」
「そうならなかったということは……少なくとも、危機は脱したということでしょうか?」
「たぶんね。ただこの日記、これが最後のページみたいね。もうこれ以上のデータは……っ!?」
あたしは日記を読み進めていき、聞きなれた名にぶつかって体を硬直させた。
「マコ様?」
「どうしたのでありますか?」
メイド長とサンシターの声に押されるように、あたしはその名が乗った一文を読み上げる。
「……“我々は決して忘れないだろう。これほどの未曾有の災害を引き起こした張本人である、最悪の犯罪者であるあの男……もはや名を呼ぶことさえおぞましい、魔導師ガルガンド・ガルベスターの名を”……」
「「……え?」」
どういうこと……? どうして、過去の人間の日記に、ガルガンドの名前があるの!? これは、偶然なの……!?
新たに浮き上がった謎を前に、あたしは動揺を感じずにはいられなかった……。
ようやく向こうにわたる手段を確保したが、新たな謎も浮上した。
ガルガンドの名が、なぜこの遺跡の中に……?
以下、次回。