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No.193:side・Sophia「お前に求める姿」

「ここにいたのか」


 奴のにおいと気配を辿り、到着したのはなぜか城内の中にある、ひときわ高い尖塔の上だった。

 眼下には、騎士団の訓練場と思しき広場が見える。そして、訓練する騎士たちの中に混じって魔王軍の戦士たちも鍛錬をしているのがわかった。

 落ちれば、ただの人間ならば一たまりもあるまい。まあ、この男が今更ただの人間の枠に収まるとも思えんが。


「……ん、ソフィアか?」

「ああ、私だ」


 私が現れてしばらくして、ようやく気が付いたようにリュウジがこちらを見上げた。


「どうかしたのか?」

「それはこちらのセリフだ。何を考えてこんなところに上ってるんだ」


 尖塔の上から落ちないように気を付けながら、奴を見下ろす。

 リュウジは一度私を見上げた後、すぐにどこか別の場所へと視線を向けてしまう。


「んー……。なんていうか、一人になりたい気分だったんだよ」

「……そうか」


 気の入らない返事に、イラッとくる。

 なんという覇気のこもらん返事だ……。


「……はぁ」


 私に聞こえないようにか、極力小さくため息をつくリュウジ。

 さらに私の苛立ちは募る

 何をため息をついているのだこの男は……。


「何か悩み事か? こんなところで考えたところで、考えがまとまるとも思えんが」

「あー、んー……そうなんだけどねぇ……」


 やはり気の入らない返事を返してくるリュウジ。


「……ずいぶん腑抜けてるな。そんなに仲間がさらわれたのがショックだったか?」

「……みたいだな。思ってたより、ダメージでかいわ」


 わざと棘のある言い方で奴を刺激してやるが、相変わらずの気のない返事が返って来た。

 私の中にたまっていく苛立ちを知ってか知らずか、リュウジは小さく苦笑して私を見上げた。


「……わりぃ、ソフィア。今の俺といてもつまんねぇだろ? ガオウとマナなら、下の訓練場で訓練してっから、そっちにいったほうが」


 私を気遣うような、そんなセリフに私の我慢の限界が来た。

 ……こいつっ……!

 なので。


「そぉい!」

「おぅあっ!?」


 リュウジのやつを尖塔から蹴り落としてやる。

 縁に捕まったりできないように、なるべく遠くに蹴り飛ばしてやると、リュウジはくるくる回転しながらも、何とか体勢を立て直そうとする。

 私はそれを追って、背中の翼を広げて飛び上がる。


「ちょ、何すんのソフィ」

「でりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「っだぁ!?」


 落下していくリュウジの腹に、もう一撃、蹴りを見舞う。

 腹を押さえながら、速度を上げて落ちるリュウジ。

 そのまま勢いよく、騎士団の訓練場へと落下していった。


「「「「「うぉぉぉぉぉ!!??」」」」」


 突然の出来事に、騎士たちと戦士たちが悲鳴を上げる。もちろん、リュウジをけり落とす際には誰もいない場所を選んで落としてやった。抜かりはない。

 そのまま私も追って訓練場に降り立つ。


「ソ、ソフィア様!? いったい、何事でございますか!?」

「私事だ。構うな」


 私の姿に即座に膝をつくガオウにそう言い放って、私はリュウジの落着地点へと近づいていく。


「さっさと出て来い。この程度で今更伸びるほど柔ではあるまい」

「いや、柔とかそういう問題ではなく……」


 落着の際にあいた穴から這い出してきたリュウジが、若干恨みがましい視線を私に向けてきた。

 相変わらずの無傷っぷりだ。服まで無傷なのは、覇気のおかげだろうか。


「ほんと、俺何かした……?」

「今まで何もしてこなかったとでもいうのか?」

「いやまあ、そうだけど」


 私が傲然と言い返すと、リュウジは気まずそうに視線を逸らす。

 が、すぐに気を取り直したようで私の方へと顔を向けた。


「いやでも、ホントどうしたのよ? なんつーか、ソフィアらしくないっつーか」

「貴様がそれを言うか……?」

「え?」

「なんでもない」


 らしくないのは貴様の方だろうが……!

 だが、今はそんなことはどうでもいいのだ。


「……暴走した私を止めてくれたのは、確かお前だろう? その礼がまだだったと思ってな」

「……礼の代わりにあそこから蹴落とすのが魔族流なん……?」

「そこは重要じゃない。忘れろ」

「えぇー……」


 のっそり出てきたリュウジは不服そうではあったが、それでも話を聞く態勢を作る。

 それを確認し、私は小さく頷く。


「で、だ……聞くところによれば、貴様、暴走した私を一撃のもとに打ち倒したそうじゃないか」

「あー、うん、まー……顔面に一発で?」

「貴様ぁ!! ソフィア様のお顔に拳を叩きこむとは、何様のつもりだぁ!!」

「落ち着けよ、ワンコロ」


 吠えるガオウを押しとめてくれる騎士団長に感謝しつつ、私はリュウジを睨みつける。


「感謝する、リュウジ。お前のおかげで無用な被害を出さずに済んだ」

「それほどでも」


 リュウジは軽く肩をすくめて答える。

 そんなリュウジに、私はこう言い放った。


「なので、私と訓練を行う権利をやろう。光栄に思え」

「…………あの。まったくもって理解できないのですが。それがお礼?」

「私が相手では不満か? ん?」


 ギリッと見せつけるように拳を握ってみせると、リュウジはジリジリと後退しながら首を横に振った。


「いや、正直今はそういう気分じゃないっていうか」

「ならばその性根叩き直してくれるわ!」

「何その理屈!?」


 叫んで私は大きく翼を広げる。

 リュウジはあわててその場から飛び退くが、私にしてみれば遅すぎる。

 一瞬で回り込んで、三度蹴りを叩きこむ。


「ぜぇい!」

「っとぉ!」


 が、さすがに、三度も食らってくれるほど甘くはないらしい。

 腕を盾にリュウジはガードし、私から距離を取ろうとする。


「逃がさん!!」


 私は奴が離れた分だけ距離を詰め、拳を振るう。


「ぬぉ!」


 リュウジは悲鳴こそ上げるが、冷静に腕を円のように回して私の拳を受け流した。


「フン! 貴様やはり、素手の方が強いようだな……!」

「そういうソフィアも、心なしか動きよくない?」

「ぬかせっ!」


 リュウジの声の中にわずかに余裕や笑いが含まれていることに安堵しながら、私は後ろ回し蹴りを放つ。

 リュウジはこれを大きく飛びのいて回避。

 かかった!

 私はさらに体を捻り、尻尾を勢いよく打ち付けた。


「おぶっ!?」

「ふん! 前に尻尾に抱き着かれた借りはこれで返したぞ!」

「意外と根に持つのね……」


 脇腹を押さえながらうめくリュウジは、地面を蹴る私に向かって、前蹴りを放ってくる。

 私はそれに手をついて、勢いよく上へと飛び上がり。


「せぇい!」


 そのまま宙を回って、回転の勢いと重力を味方につけた踵落としをお見舞いしてやる。


「っと!」


 リュウジはそれを片腕で受け止める。

 ズン!ととんでもない音が響き渡り、リュウジの足が地面にわずかに埋まる。


「んぬぅぅぅ……!」


 だがそれだけでは済まさん!

 私はそのまま力を込めて、リュウジを地面にたたきつけようと踏ん張る。

 が、リュウジはあわてず騒がずもう一方の手で私の足を掴み、態勢を低くし……。


「そい!」

「うわっ!?」


 私の足を勢いよく透かした。

 受け止めていたリュウジの手が突然無くなった私は、頭から落ちそうになり、あわてて態勢を立て直そうと、体を反転させ。


「ホイ捕まえた」

「あっ!?」


 落下寸前に滑り込んできたリュウジによって、そのまま捕まってしまう。

 後ろから羽交い絞めにするような感じで、私の腰に腕を回したリュウジはそのまま地面に座り込む。

 なすすべなく奴の胡坐の上に座らされた形になってしまい、私は暴れる。


「ぬ、このぉ……! 離せ!」

「いやいや、離さないって。っていうか、どうしたのマジで。こんな風に暴れるのはソフィアのキャラじゃなくね?」

「何を言う。これが私だ!」


 困惑したような声を上げるリュウジに言って、私は頭を大きく振り。


「フン!」

「あぶねっ」


 後頭部を奴の顔面にたたきつけてやろうとするが、あっさり回避されてしまう。しかも腰に回された手はがっちり固定されたままだし。くっそぅ。


「はーなーせー!」

「いや、だから……はぁ」


 リュウジはあきらめたようにため息をつくと、こつんと私の後頭部に自分の額を押し当てた。


「ホントどうしたんだって……。こっちはいろいろ考えることが多いっていうのに」

「……貴様が何を考えることがあるというのだ。ばかばかしい」


 疲れた様子の奴の態度に、心外だという風に言ってやる。


「それをやるのはマコの仕事だろう。貴様が気に病むようなことではあるまい」

「……まあ、そうだけどさ。あの場で一番やらかしてんのは俺だしなぁ」


 ……事の顛末は、会議の場で私も聞いた。

 ガルガンドに意思を乗っ取られたらしいアスカと呼ばれる剣士が、不意を打ってリュウジに大怪我をさせ、その命を盾にしたのだという。

 こいつの胸に残っていた大きな傷跡が、その痕だそうだ。

 確かに、やらかしたと言えばそうなのだろう。


「だが、あの場でそんなことが起きるなどとだれが想像する。貴様には非も責もあるまい」

「まあな。けど、後悔はあとからあとから湧いてくるもんだよ……」


 自嘲するような声色。深い後悔の念が、奴を覆っているのが分かった。

 ……。


「ふぬけがっ」

「ぬががががが!?」


 私は奴の胴体に尻尾を巻きつけ、勢いよく締め上げる。

 さすがのリュウジも、突然内臓を締め上げられて悲鳴を上げる。それでも私の腰から手を離さないのはあっぱれというべきか。


「聞け、リュウジ」

「き、聞く……聞きますから、腹に巻いてる尻尾を緩めて……」

「誰もそんなの、貴様に求めておらん」


 リュウジの懇願を流し、私ははっきりといってやる。


「貴様に求められているのは、己の目的に向かって邁進するその姿だ。常に人々の前へと立ち、力強く行く先へと引っ張っていくその姿こそ……勇者として求められる貴様の姿なのだ」

「………」


 私の言葉に、リュウジが沈黙する。

 ……もちろん、実際に聞いたわけではない。アメリア王国のものたちが、そういう姿と姿勢を実際に求めているかは定かではない。

 だが、少なくとも……少なくとも私は、何かに悩むこの男など見たくない。


「悩むな。悩めば悩むほど、人々は怯え戸惑う。そうなれば、あとに待つのは混乱と恐怖だ。そのことを、貴様は自覚せねばならんのだ」


 黙ったままのリュウジに、私はそう言い切る。

 そして、言いきってから自己嫌悪に陥る。

 ……何を偉そうにほざいているのかな、私は。仲間を囚われ、動揺しない人間なんていない。だというのに、私は……自分のわがままで、こやつに……。


「……わかった」

「え……」


 だが、リュウジははっきりとそう口にした。強い決意とともに。

 そうする義理などないはずなのに、リュウジはそう言って。


「これからは、真剣にソフィアを愛でることに傾注することにします」

「え」


 ギュッと私の腰に回した手をさらに強く抱きしめ、さらに私のつむじあたりに顔を押し付け、何やら鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ始めってやめんか!?


「貴様何をするか!?」

「ああ、久しぶりの嫁成分……。礼美が攫われってっから自重しようかと思ったけど、ソフィアが公認してくれんなら誰も文句言わないよね……」

「言うわ! 私が! えぇい、離せ!!」


 叫んで私も何とか抵抗しようとするが、すぐにあきらめて好きなようにさせる。

 やれやれ……ようやく元に戻ったか……まあ、少しくらいなら、こういう不作法も……。


「ひ、姫様っ……」

「………あ」


 呼ばわる声に顔を向けると、訓練をしていたガオウのためにか盆の上に飲み物を乗せたマナが私の方をじっと見つめていた。

 その顔は真っ赤で、手に持った盆はぶるぶると震えている。

 ……そういえば、今の私の態勢……。

 はたから見ると、かなりまずいことになってるんじゃ……?


「は、破廉恥です姫様ー!!」

「い、いや違うのだぞマナ! マナー!」


 マナはそう叫んで、明後日の方向に向けて駆け出した。手にした盆に乗ったコップから中身がこぼれださないのは実に器用なことだ。

 だが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。

 あわてて周囲を確認すると、そこかしこから生暖かい視線が向けられていた。


「……魔竜姫様って、そういう趣味が……」

「見せつけてくれるなー。なあ、お前ら?」

「ええ、まったくですね!」

「この上なく妬まし、もとい羨ましい!」

「隊長も念願かなってよかったですね! あ、しばらくそのままで!」


 騎士団ばかりではなく、魔王軍のものたちまでなんか微笑ましいものを見る目でこっちを見よるし、しかもなんか騎士の一人が私たちの姿を写生してるし!


「み、見るな! 見るなぁ!」

「見るなと言われても、訓練場のど真ん中でそんなことしてる方が悪いだろ」


 あきれたような団長の足元には気絶させられたガオウの姿が……。

 お、お前が無事であればこんなことにはならなかったかもしれんのに……!


「は、離せ! 離してぇ!!」

「あと一時間はこのままで」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 私は叫んで大暴れするが、腕ばかりではなく覇気まで使って拘束されて、リュウジの上から脱出できず……。

 結局宣言通り、一時間はがっちり固定されたままでしたとさ……。

 うわーん!? リュウジのけだものー!!




 リュウジも、魔竜姫様のおかげで元通り! まあ、魔竜姫様はご愁傷様でしたが。

 そして、地下ではマコがかなり重要な場所に到達した模様です。

 以下、次回。


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