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No.192:side・kota「彼の望む……」

「あんたがなんか悩んでるように見えたのは、レミのことを考えてたからなんだろ?」


 黙り込んでしまった僕を見かねてか、ジョージ君が先を続ける。


「攫われちまったレミをどうやって助けるか、とか。助けるためにどれだけの力が必要なのか、とか。そういうのを考えてたんだろ?」

「………」

「も、もしそういうことを考えてたんなら、私たちも協力します!」

「……ありがとうございます、フィーネ様」


 顔を上げたフィーネ様が、勢い込んでそういってくれる。僕はそれに丁寧にお礼を言いながらも、うつむいた。


「僕にとってのレミちゃん……か……」


 ジョージ君に指摘されて、改めて考えてみる。

 ……僕と礼美ちゃんの付き合いは、高校に上がってからだ。一年にも満たない短い時間だ。その短い時間の中で、彼女の存在はいつの間にか大きくなっていた。彼女を救えなかったことを、強く深く後悔するほどに。……なぜだろう……。


「……わからない、よ」

「わからない、ってどういうことだよ?」

「わからないんだ、本当に」


 僕はジョージ君にそう答えながら、首を横に振る。


「気が付いたら、礼美ちゃんのことが、僕の中ではずっと大きくなってたんだ。別に、礼美ちゃんが特別だったわけじゃない。僕にとっては真子ちゃんやクラスメイトのみんなと同じ位の存在だったはずなのに……」

「……不思議な話ですね」


 僕の告白を聞いて、フィーネ様が小さく首をかしげる。


「普通、人を好きになるのって、何かきっかけがあるものだと思うんですけど……」

「そうですよね……。いや、そもそも僕は礼美ちゃんのことが好きなのかな……?」

「え?」

「ただ、目の前で助けることができなかったから、その後悔から、僕は礼美ちゃんのことを気にかけているだけなのかもしれない……」


 ……これは、隆司にも話していない昔の話。隆司と喧嘩ばかりしていた頃、僕は一人の女の子を助けたことがあった。いじめられっ子だったその子をいじめっ子から助けた僕は、しばらくの間その子のことをずっと気にかけていた。その子も僕のことを気にかけてくれて、しばらくしてその子の誕生日があるとその子から聞いた。僕はその話を聞き、けれどすぐに忘れてしまった。

 その頃の僕にとって、誰かの誕生日を祝うことよりも隆司にちょっかいをかけることや、姉さん達のいうことを聞く方が大事だったのだ。

 ……けれど、その子にとってその話は精一杯の勇気を振り絞った告白だったんだ。

 その日を境に、その子の姿を見なくなった僕は、少しだけ気になってその子の家に遊びに行った。そこで僕を迎えたのは、涙で顔がドロドロになったその女の、激しい罵倒だった。

 どうして来てくれなかったのか。そう叫んで泣く彼女の言葉を、僕は理解できなかった。

 懸命に彼女をあやすその子のお母さんが、子供のわがままに困った様子で数日前にその子の誕生日が過ぎ、そして僕が来るのをずっと待っていたのだと伝えてくれる。

 僕は、その言葉の意味が理解できず、しかし泣き叫ぶ女の子に小さく謝罪し、そのまま家に帰ってしまった。

 ……それ以来、その子と顔を合わせることはなかった。

 月日が流れ、いろいろな経験を重ね、ある日、僕は在りし日の少女の気持ちを数年越しに悟った。

 湧き上がったのは、かつての僕の行動への後悔。そして……自分の気持ちというものへの、疑念。

 どんな小さな子供にだって、恋心はある。あの日の彼女は当然だし、今、僕の目の前に座るジョージ君だってその気持ちを持っている。

 けれど僕はそれに気が付けなかった。彼女の気持ちを踏みにじってしまったと言ってもいい。

 人間に備わっている喜怒哀楽という感情は、僕にもわかる。僕もそれは知っているから。

 けれど、恋心は僕にはわからない。どれがそれに当たるのか、僕にはわからない……。


「おかしな話だよね? まだ二十年も生きてないけど、二人よりは生きてるはずなのに……けれど僕は自分の気持ちに自信が持てないんだ」


 自嘲するように笑って、僕は下を向く。

 すっかり冷めてしまった紅茶の水面に、暗いまなざしをした自分の顔が見えた。


「僕は礼美ちゃんのことが……好きなのか。それとも、自分の失敗に責任を感じているだけなのか……。どうしても、はっきりしないんだよ……」

「……あのリュウジ兄ちゃんの友達とは思えねーな」

「ハハハ、そうだね……」


 ジョージ君の言葉に、僕は力なく笑った。

 隆司の数ある美点の一つが、あのはっきりした感情表現だ。

 泣いたり笑ったり怒ったり悲しんだり……隆司は僕よりもはっきりと、自分の感情を露わにする。

 特に顕著なのが……ソフィアさんへの愛情だ。いまだかつてないほどはっきりと、彼女への愛を口にし、そのために数多くの努力を重ねてきた。

 僕は、そんな隆司がすごくうらやましい。

 僕はあんなにはっきりと自分を表現することはできないから……。


「本当に、隆司はすごいよね……。だってあんなに、はっきりと自分の気持ちを口にできるんだから」

「いやまあ、話に聞いただけでも相当だけどさ。あんただって、負けず劣らずじゃねーの?」

「え?」


 ジョージ君の言葉に、思わず顔を上げる。

 ジョージ君はまっすぐに僕を見つめながら、したり顔で頷いた。


「なんか問題があって、それが自分になんとかできるんなら、何とかしようとするんだろ? 俺がレミを捕まえちまった時や……俺を助けてくれたときみてーに」

「……それは」


 まっすぐにそう口にするジョージ君を、僕もまっすぐに見つめ返す。


「確かに感情とかとは違うかもしれねーけどさ。そうやって行動できる意志の強さはすげーって思うぜ。……きっと、レミもそんな部分に惹かれてんじゃねーかな?」

「……礼美ちゃんが?」

「ああ」


 ジョージ君は小さく頷いて、照れたように頬を掻いた。


「……なんていうかさ。あんたを目の敵にするきっかけになったのが、前にあんたのことを聞いたからなんだけどさ。その時レミはこう言ってたんだよ。「放っておけない」って」

「放って、おけない……?」

「ああ」


 放っておけないって……。それは、僕のセリフだよ。

 ジョージ君の言葉を聞いて、僕の中……ずっとずっと奥の方から怒りにも似た感情が湧き上がってきた。

 礼美ちゃんは女の子なのに、いつも無理しようとして……。傷つくことも厭おうとしない。

 肌が傷つこうとも、顔が傷つこうとも、全然かまわないで、真子ちゃんにも怒られて……。

 礼美ちゃんは、自覚があるのかな? 自分が、周りの人にひどく心配をかけているっていうことに。

 ただでさえ礼美ちゃんは、優しくて、周りの頼みごとを断ろうとしないんだから……。


「お前が言うなー」

「え?」

「いや、なんかそういわなきゃいけない気がして」

「何の話なの……」


 ジョージ君の言葉に、僕は我に返る。

 じっとりとした眼差しで、僕を見つめるジョージ君の顔がはっきりと見えた。


「まあ、なんだ。あんたの気持ちはよくわかった」

「え」

「そのうえで、もう一回聞く。あんた、レミのことどう思ってるんだ?」

「どう……」


 ジョージ君の再びの問いに、僕は考える。

 さっきまでは、彼女がさらわれてしまった悔恨が強かった。

 今でも、はっきりとよくわかってるわけじゃない。けど……。


「礼美ちゃんは……放っておけない人、かな?」

「どうして?」

「どうして……」


 ジョージ君が問いを重ねる。

 僕はそれに対する言葉を吟味した。


「礼美ちゃんを、どうして、僕は、放っておけないのか……」


 一言ずつ、口にして、そして思い返す。

 今まで、礼美ちゃんと過ごしてきた日々を。

 初めて会って、ご飯を一緒に食べて……。

 学校の帰りに、商店街を冷やかしたりして……。

 休みの日には、ゲームセンターや、連休には遊園地に遊びに行ったりして……。

 そして、困っている友達を助けようとして、町中を一緒に駆け巡ったりして……。

 ごく、当たり前にそこに、礼美ちゃんの姿があった。

 僕はそこにあてはまる何故を考える。

 考えて、考えて、考えて……。


「………………理由は、ない、かな」

「理由はない?」


 けれど、答えは出なかった。


「理由はないって……そんなこと」

「ないんです。本当に」


 フィーネ様の言葉に首を横に振って、僕は答える。


「僕は、礼美ちゃんを放っておきたくない」

「………」

「………」

「そこに、感情も理屈もなかったんです。ただ、僕がそうしたいってだけであって……」


 僕はただ、礼美ちゃんがそばにいる日々が、大切で。

 ずっとそうあってほしいって、今心の底から思っているのに気が付いた。

 特別なことは、何もなくてよかったんだ。ただ当たり前のように、一緒に過ごせればそれでよかったんだ……。


「僕は、礼美ちゃんに、そばにいてほしかったんだ。ただ、それだけだったんだ……」


 ようやく気が付いた。これが僕の気持ち。

 いつものように彼女の隣で、今日を迎えて、明日へ向かって、昨日を想って……。

 ただ、それだけでよかったんだ。


「それだけで、よかったのに……」


 もう、昨日には戻れない。今日、僕の隣に彼女はいない。そして、明日も。

 僕は、どうして、あのとき……。


「―――クソッ!!」

「ヒッ……!?」


 机がたわむほど、強く机を叩く。

 その勢いに、フィーネ様が怯えてしまったけれど、今の僕にそれを気遣うだけの余裕はなかった。


「何をしてたんだ、あの時の僕は……! ガルガンドを遮る手段は、いくらでもあったはずなのに……!」


 過ぎたことを悔やむだけでは意味がない。それでも、僕は叫ばずにはいられなかった。

 自覚してしまったから。何よりも、彼女と共に過ごす明日が大切だったから。


「あの時僕が、しっかりしていれ――あいたっ!?」

「落ち着けって」


 不意に頭に木のカップがぶつかる。

 ジョージ君が投げつけたものだ。


「い、痛いよジョージ君……」

「そりゃ痛くしてんだからな。それより、フィーネがビビッてるだろ」

「い、いやびっくりしてないよ? してないから!」

「あ……」


 涙目でぶんぶんと首を横に振るフィーネ様を見て、僕の頭がわずかに冷える。


「すいません……。みっともないところを見せてしまいましたね」

「あ、ううん! 気にしないで! コウタの気持ち、私にも、わかるから……」


 フィーネ様はそう言って、うつむく。


「ジョージにひどいことをしたガルガンドは……絶対に許せないから。私も……!」

「お前までヒートアップすんなって」

「いた!? 痛いよジョージ!?」


 わずかにほの暗い感情を見せるフィーネ様の頭を、ジョージ君がぺちんとはたく。

 そうしてから、僕の方へと振り返った。


「まあ、自覚ができたならいいんじゃねーの? これから何をするのかはっきりするわけだし」

「……うん。ガルガンドから、礼美ちゃんを取り返す……!」


 僕は強い決意を込めてはっきりと宣言する。

 たとえどれだけの時間がかかっても……どんな方法をとることになっても……。

 必ず礼美ちゃんを……彼女といるただの日常を取り戻す……!


「……OK。なら、できることからやろうぜ?」

「……コウタ、これを」

「これは……?」


 僕の宣言を聞いたジョージ君とフィーネ様が、一冊のノートらしいものを取り出した。

 手にとって、その表紙を見てみる。

 そこには「意志力(マナ)の有効活用に関して」と書かれていた。


「それは、ばあさんが俺たちに命じて書き写させた意志力(マナ)に関する論文だ」

「あまり時間がなかったから、必要最低限の事しか書かれてないけれど……きっとコウタの力になってくれるはずだよ」

「……二人とも、ありがとう」


 ジョージ君とフィーネ様にお礼を言って、僕はノートを開く。

 彼らの師であるグリモさんは、混沌玉(カオス・オーブ)と同化していた……。真子ちゃん曰く、混沌玉(カオス・オーブ)との融合は世界に現存する情報との同化に等しい。当然、意志力(マナ)の有効活用に関しても、わかるはずだ。

 少しでも、強くなって……必ず礼美ちゃんを取り戻す……!

 ノートの中に書かれている文字を追いながら、僕は意志を滾らせた。今度は、決して失敗しないように……!




 光太がいろいろと淡白だったのは、特別な何かが欲しいのではなく、ごく当たり前を続けたかったから。……恋愛観としては、異端ですね。

 ごく当たり前の恋愛観を持っている魔竜姫様は、とりあえずもう一人の異端者の元へとたどり着き……。

 以下、次回。


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