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No.190:side・kota「ささやかなお茶会」

 会議が終わり、次の日になり……。

 僕は、当てもなくお城の中を歩き回っていた。

 いつもなら、騎士団の訓練の中で混じって自分を鍛えているはずだけど、騎士団長が僕の参加を認めてくれなかった。


「せめて、気持ちくらいは切り換えろ。……今のお前じゃ、何しても身にはいらねぇ」


 そういって、団長は厳しい表情で僕を訓練場から追い返した。

 ……騎士団長の言いたいことは、わかっているつもりだ。けれど、そう簡単に気持ちが切り換えられるはずもなく、僕はただあてどもなく城の中を練り歩いていた。

 頭の中をめぐるのは、礼美ちゃんがさらわれた時の事ばかりだ。


「……あの時」


 ギリッ、と音がするほどに拳を握りしめる。


「あの時、僕がアスカさんの様子に気が付いていれば……」


 この思考に意味はない。それでも、思わずにはいられなかった……。


「あの瞬間、連れ去られそうな礼美ちゃんを助けられれば……隆司が倒れるのを防げていれば……!」


 あの時、少しでも違った行動をとれていれば、きっと礼美ちゃんは連れ去られることはなかったし、アンナ王女だってそうだ。隆司の心臓に穴が開くことだってなかったはずだ。


「あの時、僕が……!」


 悔しさが、口からにじみ出る。

 ひたすらに、後悔の念ばかりが頭の中を駆け巡る。

 僕は……勇者なのに……!


「……何、暗い顔してんだよ?」

「ジョージ、その言い方はないと思うよ?」

「いや、ほかに言葉が思い浮かばなくて……」

「え?」


 後悔に胸が引き裂かれそうな僕の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 顔を上げると、そこにはフィーネ様とジョージ君が立っていた。


「フィーネ様に、ジョージ君……?」

「大丈夫ですか、コウタさん? 何だか、今にも泣きだしそうな顔してますけど……」

「……ここ、は……」

「魔導師団の詰所の前だよ」


 ジョージ君の言うとおり、いつの間にか僕は魔導師団の詰所の前まで来ていたようだった。

 呆然と詰所の扉を見つめる僕の手を、フィーネ様が不意につかんだ。


「コウタさん。少し、休んでいってください。大したものはないですけど、お茶くらい出しますから」

「淹れるのは俺だけどな。飲むか?」

「……うん、いただいていくよ」


 僕を労わるようなフィーネ様とジョージ君の言葉に甘え、僕は二人に導かれるままに詰所の中に足を踏み入れていく。

 詰所の中には、魔導師が何人かいて、それぞれに魔導書をめくりながら研究に没頭していた。

 でも、いつもよりずっと少ない気がする。


「……他の魔導師の人たちは?」

「地下に、化け物が現れましたよね? あれの後処理に向かっています」

「王都は広いし、地下洞窟も長いしで、取りこぼしがないように調べるだけでかなり手間なんだってさ」

「そっか……」


 昨日の化け物は、王都中に現れたんだ……その後始末に奔走する人だって、いるよね。

 フィーネ様は僕の手を引いて、詰所の奥にある休憩室のような場所へと連れてきてくれた。


「そこに座っててください。すぐに、お茶を入れますから」

「俺がな」

「うん、ありがとうございます」


 フィーネ様の勧めに従い席に着き、二人の動きを視線で追う。

 ジョージ君は片手で器用に茶葉やティーポットを取出し、その間にフィーネ様がお湯を沸かす。


「沸騰させてよかったんだっけ、ジョージ?」

「ああ、頼む」


 てきぱきと二人でお茶の準備を進めているのを見て、ふと僕は一つの事に気が付いた。


「そういえばフィーネ様……」

「あ、はい。なんですか?」

「いえ、口調が普通になってますけど、どうしたんですか?」


 フィーネ様はもっとこう、尊大というかなんというか……もっとお年寄りっぽい口調だったはずだ。

 そういえば、少し前くらいから口調が普通になってたっけ。

 そのことを指摘すると、フィーネ様は恥ずかしそうにうつむいた。


「? えっと……」

「……ほら、少し前に混沌玉(カオス・オーブ)の中に入ってばあさんが戻ってきただろ?」

「あ、うん」


 うつむいて黙り込んでしまったフィーネ様に代わり、ジョージ君が口を開いた。

 ばあさんとは、先代の宮廷魔導師様の事だろう。二人にとっては、魔法の先生にあたるらしい。

 沸かしたお湯で温めたポットの中に茶葉を掬い入れながら、ジョージ君は肩をすくめた。


「こっちに来てからの事をフィーネが報告したとき、例の口調だったんだけど……ばあさんそれ聞いて大爆笑したんだよ」

「うぅ~……」


 その時のことを思い出したのか、フィーネ様が両手をこねくり合わせる。


「ばあさん曰く、無理して背伸びしてるようにしか見えなかったってな。それ言われてからは、前の口調に戻したんだよ」

「だ、だって! 宮廷魔導師っていえば、おばあ様みたいな人を言うじゃない! だから、少しでもそれらしくしようと、頑張ったのにー!」

「似合ってないんだからしょうがないだろ。むしろその口調を始めたときに噴出さなかった俺を誉めろ」

「ひどいー!?」


 ポカポカと両手を振り上げてジョージ君を叩くフィーネ様。

 蒸らし作業中だから、危なくないと言えばないけれど……見ててハラハラするなぁ。


「……そういえば、そのおばあさん……グリモさんはどうなったんだっけ?」


 少し気になり、僕はそのことを尋ねてみた。

 確か、貴族の反乱を制圧に向かった時にはグリモさんの意識があったけれど、真子ちゃんの中に埋まって戻ってきたときにはそんな気配はなかった。

 僕の質問を聞いて、フィーネ様とジョージ君の顔が暗くなる。

 ……まさかとは、思うけれど……。


「……混沌玉(カオス・オーブ)ってのは、混沌言語(カオス・ワード)をはじめとした情報を蓄積するためのものだって、マコは言ってたな」

「うん……」


 フィーネ様が小さく頷き、ポロリと涙をこぼす。


「けど、その情報を引き出すために必要な人格は、一つまでしか保存できない、ってマコは言ってたの……」

「それは……つまり……」

「ああ。今、混沌玉(カオス・オーブ)の中にばあさんの意識はねぇ。マコの意識で、上書きしちまったんだってさ」


 淡々とつぶやきながら、ジョージ君が紅茶をカップに注いでいく。

 ……そう、だったのか……。


「……その、意識の上書きに関して、グリモさんは……?」

「……知ってたって、マコは言ってた……」

「もっと言うと、死んじまう前にやった予言で一通りのことは知ってたんだってさ。自分が混沌玉(カオス・オーブ)の中に意識を閉じ込められちまうのも、マコやあんたたちがこっちに来るのも」

「予言?」


 ジョージ君が僕の前にカップを置いてくれる。

 白く湯気を上げる紅茶の香りが鼻孔をくすぐるけれど、僕はそれには目もくれずにジョージ君を見つめる。


「予言って、そんなに細かくわかるものなの……?」

「さーな。少なくとも、マコに聞いた話じゃばあさんは混沌言語(カオス・ワード)を利用した予言で、あんたたち勇者が来てからこっちのことをある程度正確に知ってたんだってさ」

「マコは、言ってました……。おばあ様が私を宮廷魔導師に指名したのは、その未来を知ったからだって」

「どういうことですか?」


 僕たちのやってくる未来を知って、だからフィーネ様を宮廷魔導師に……?

 その相関関係がいまいちよくわからない。

 グリモさんは、いったい何を考えていたんだ?


「ばあさん曰く、フィーネを次の混沌玉(カオス・オーブ)の継承者にしたかったんだってさ。そのための成長を促すために、わざと宮廷魔導師にフィーネを押したんだって」

混沌玉(カオス・オーブ)を継承するというのは、すなわち人を止めるということです。異世界から来た、本来はこの世界と関係ないはずのマコにそんな運命を背負わせたくなかった……らしいです」

「……そうだったのか……」


 フィーネ様くらいの年頃の子に、ずいぶん過酷な運命を背負わせるものだと、一時期憤りを感じたりもしたけれど……それは真子ちゃんのためだったのか……。

 ただ、だからと言って幼いフィーネ様に宮廷魔導師という、過酷な役割を課したことには違いない。

 たぶん、わざとフィーネ様の実力よりも高い役職に就けることで、フィーネ様がそこまでたどり着けるように努力するようにしたかったのだろうけれど……。

 もちろん、真子ちゃんが人間を止めたのをよしとするわけじゃない……どっちが、正しいわけじゃないんだ……。ただ、結果的にそうなった、というだけで……。

 しん、とあたりに静寂が訪れる。

 聞こえてくるのは、詰所の中で研究を続ける魔導師たちの、ペンを動かす音だけだ。

 ……間が、持たなくなって僕は口を開いた。


「……二人にとって、グリモさんってどんな人だったのか、聞いてもいい?」

「んあ?」

「おばあ様の、こと?」

「うん。よかったら、でいいんだけど」


 なんとなく、本当になんとなく気になってそう聞いた。

 僕はほとんどグリモさんのことを知らない。真子ちゃんも、グリモさんに対してあまりいい感情を覚えていなかったみたいだ。

 けれど、二人にとっては大切な家族だ。一方的に決めつけないためにも、二人にとってのグリモさんを知りたくなった。


「……おばあ様は、私にとって目標でした」


 フィーネ様がポツリとつぶやく。


「本当に、遠い人で……。いつまでたっても、本当に追いつけなくて……」


 ぽつぽつとつぶやくフィーネ様の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ始める。


「いつか、きっと追いつきたいと思ってて……ずっと、そばに、いてほしかったのにぃ……」

「……」


 とうとう顔を伏せて涙するフィーネ様の頭を、ジョージ君がポンポンと撫でた。

 ……彼女にとっては、二度目の別離だ。もう一度、会えたと思ったのに、また、会えなくなった……。その悲しみは、僕には測れないほど強いんだろう……。


「フィーネ様にとっては……本当に、大切な人だったんだね」

「そーだな。前に一回死んだときも、一晩中泣きわめいてたしな」


 顔を伏せたまま嗚咽を漏らすフィーネ様に代わり、ジョージ君が小さく頷く。


「フィーネにとってばあさんは、本当に唯一無二の存在だったんだよ。目標だし、親だし、時には姉妹だったりしたしな」

「そうだったんだね……」


 ジョージ君の言葉に、僕は頷いた。

 ……大切な人を失った悲しみに、フィーネ様は懸命に耐えようとしている。

 フィーネ様は小さいけれど、とても強い。

 その強さが、僕には少しだけ――。


「で、あんたは?」

「……え?」

「あんたにとって、レミってどんな存在なんだよ?」


 僕の思考に、ジョージ君の言葉がするりと割り込んできた。


「僕にとって、礼美ちゃんが……?」

「ああ。せっかくだし、聞かせてくれよ」


 ジョージ君のその質問に、僕は言葉を詰まらせるだけだった……。




 幼い子供であるが故の、遠慮ない質問。

 光太は、それに対する答えがあるのか?

 ところ変わって魔竜姫様。何やらとっても退屈している模様です。

 以下、次回。


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