No.187:side・Sophia「世界が忘れた禁忌」
「……ガルガンドは源理の力を狙って動いてたよな? それと命の定義と何か関係があんのか?」
「あんたのその察しの良さは助かるわ」
「待ってくれ。ガルガンドが源理の力を狙って動いていた、とは?」
マコが、ガルガンドが混沌玉を知っていたかのような発言をしたが、源理の力を狙っていた、というのは?
「そのままの意味よ。あいつはこの混沌玉をはじめとする、源理の力を狙って動いていたようなのよね」
「そうだったのか……。では、レミが誘拐されたのも、そのためか?」
レミ、の名前に、コウタがピクリと肩を揺らして顔を上げる。
「レミちゃんがさらわれたのは……レミちゃんが意志力の扱いに長けているから……だよね?」
「そうね。今にして思えば、あれだけ意志力をはっきりと発現させていたのって、かなり異常よね。もちろん、光太もだけどさ」
「そうなのか?」
私は首をかしげて、レミのことを思い出そうとするが……。
そういえば、私が出向いた戦いにおいて、レミがその力を発揮することはほとんどなかったような気がする。
大体はコウタの大技で回りがやられるか……マコの奇策で撤退させられるかのどちらかだった気がする。
……リュウジ? 奴とのことはノーカウントだ、ノーカウント。私の中であれは闘いとはカウントされていない。
つまり私はリュウジと真面目に戦ったことは一回もないわけだ。そうだろう?
「あんたは何一人で頷いてんのよ」
どこかへ向けた理論武装を終えた満足感が私の頭を動かしていたのか、怪訝そうな真子の言葉が私の耳に突き刺さる。
私はあわてて首を横に振り、ごまかすように問いかけた。
「き、気にしないでくれ。それはそれとして、レミの才覚が図抜けていたとは、どのくらいだ?」
「あー、そうねぇ……」
マコは考えるように中空を見つめ、しばらく悩んでいたかと思うと、こう口にした。
「……ソフィアがリュウジに対して愛を叫ぶくらいにはあり得ないことかしら」
「なんだと……!?」
マコが口にしたそのあまりのありえなさに、私は絶句する。
まさかそこまでありえないと……!
「いや、そんな未来予想図じゃわからないよ。もっと具体的に説明しておくれ」
「うん。私も自分で言っててかなり無理があるなって思ってたとこよ。ちょっと待ってね……」
「待て、貴様ら」
だが、ラミレスと当のマコがバッサリ否定して、思わず私は声に険を募らせる。
未来予想図ってなんだ未来予想図って。
大体私は愛を叫ぶようなことはしないぞ! 愛とはお互いにささやくことで――。
「……って、嫁じゃないぞ断じて! わかってるだろうな!?」
と、いつものようにリュウジが馬鹿な事を言い出す前に先手を打っておく。
以前は失敗したが、今回は目の前にいる。完璧なタイミングのはず!
「………」
が、当のリュウジは無反応。
じっとうつむいて考え事をしているようだった。
「………ていっ」
「あだっ!?」
なんかむかついたのでカップを投げつける。木だから割れたりしないだろう。
リュウジは突然飛来したカップに額を打たれて驚いたようだったが、投げたのが私とわかると、すぐに苦笑した。
「あー、ごめん。なんか空気読めなかった?」
「……いや、むしろ空気は読んでいた。すまない」
リュウジの謝罪に対し、私も謝罪を返す。
そうだよな。今は大事な会議の最中なのだ。この馬鹿がいつものように騒ぎ立てるほうがおかしいのであって、こいつの反応は、至極まっとうなものなのだ。
……その、はずなのだ。
「……ラブコメは終わった? 話を続けるけど」
「ラブコメってなんだ」
半目のマコの言葉に私もジト目で返すが、これ以上混ぜっ返すのもあれなので、おとなしくマコの話を聞く。
「例え話は置いとくにしても、レミの意志力の扱いは図抜けていたわね。ここでちょっと意志力の特性に関して説明入れるけど、意志力って本来は時間とか空間に作用する力なのよ」
「時間と空間?」
「そう。しかも干渉範囲はこれだけじゃなくて、もっと曖昧な、運命そのものに作用する場合もあるわ。普段意志力を利用した祈りによる回復とかは、あくまで副次的なものね。大量の覇気で熱を起こす、みたいな感じよ」
「意志力による回復は、本来の用途ではないと?」
「その辺は、覇気の領分だからね」
マコの説明に、私は首をかしげる。
時間と空間……? 意志力とは、精神に作用する力ではないのか?
「マコ。その説明だと、意志力で攻撃された時の状態に説明がつかないのだが」
「そう不思議なことでもないわよ? 物理現象に代わる覇気や、法則現象に変換される魔力と違って、意志力は通常意志力としてしか顕現しないってだけ。自分の意志力を相手の意志力にぶつけて、相手の意志力を減衰させてるのよ」
「……なるほど」
マコの説明に、とりあえず頷いておく。……もっとも、半分くらいしか理解できなかったのだが。
私が頷いたのを確認してから、ヴァルトが横から口を挟んできた。
「そこまでは知識として知っている。そして、カスガは意志力で空間に干渉し、防壁を生み出していたな」
「そう。あの子の防御は、空間に干渉して壁を作ることで発生していた。防御自体は普通の人でもできなくはないけど、干渉不可能なほどの防壁となると、人間一人じゃ不可能ね」
「参考までに、レミレベルの防御はどのくらいの人数がいれば可能なんだ?」
「意志力は特に発現が難しい力なのよねぇ……。あの子の防御レベルとなると、ざっと王都に住む人間半分くらいかしら」
「な……!?」
マコが口にしたその桁外れの力に、私は唖然となる。
なんなのだそれは!? 法外にもほどがある!
「それは本当なのか!? 冗談でも誇張でもなく!?」
「ええ。……というか、ホントにあの子の意志力の運用レベルがおかしいのよ。あの硬さの防壁って、本来災害を防御するために、町の周りに構築する結界レベルの硬さなのよ」
「つまり……人間一人で運用するレベルじゃない?」
「そういうこと。そう考えると、ガルガンドがあの子を初めから狙ってたのは自明の理ね……」
マコはため息をついた。
どうしてそんな単純なことに気が付かなかったのか……そう考え、自身を責めているように見える。
「……レミの能力が法外なのはわかった。だが、現状ガルガンドはそれしか手にしていないのではないか? 源理の力を狙っているなら、覇気も混沌言語も手にしていないと思うのだが」
「そうでもないわ。混沌言語自体は、少し構造に触れることができれば、あとは自分で何とかできるはず……。魔術言語に長じていれば、人間でも再現可能だもの。時間さえあれば、いくらでも法則変換に必要なものを開発できるはず」
マコの言葉から察するに、ガルガンドはすでに混沌言語に触れたこと自体はあるということか……。
「で、覇気に関してだけど……確かに今一番大量の覇気を持ってるであろう人物はあたしたちのところにいるけど……ぶっちゃけ、覇気って源理の力の中じゃ一番集めやすいのよね……」
「ど、どういうことだ? 源理の力だろう? 集めやすいなんてことはないのでは……」
源理の力、と呼ばれるからにはそれなりに発現には熟練を要するはずだ。第一、私も覇気は使えるが、それほど深く利用できるわけじゃない。せいぜい剣風に織り交ぜて遠距離攻撃に使う程度だ。ヴァルトなどは、自身の魔力などと混ぜて多数の狼のように形を変えて攻撃したりするが、それでも修練は並大抵ではない。
そんな力がたやすく集められるなど……。
「……その覇気の特性だけど、基本的に生きている人間すべてが覇気を習得しているって言えるの」
「……どういうことだ?」
「覇気っていうのは、生命活動に使用するエネルギーのことなのよ。確かに恣意的に使うには、相当の熟練が必要になるけど、覇気そのものを集めたいなら、とにかく生きている生物をとっ捕まえてくればいいの」
「せいめい、かつどう……?」
その、せいめいかつどう、とやらが何を指しているのかはわからないが、つまり生きている生物がいるのであれば好きなだけ集めることができるということか……。
「そして、対象の生物は強ければ強いほどいいわ」
「……だとすると、まずい。魔王国の周辺には、この国では考えられんほど凶悪な生物が山ほどいるぞ……!」
「でしょうね。前にそんなこと言ってたし。じゃあ、ガルガンドの次の目的地はほぼ決まりでいいわね」
マコが頷く。
ガルガンドの次の目的地……まさか!?
「奴は……本国に帰ったというのか!?」
「混沌言語による魔力の法則変換運用……レミを中心とした、アメリア王国人を利用した意志力の搾取……そして、魔王国周辺の生物からの覇気蒐集。これだけそろえば、奴が……あるいは奴の背後にいるやつが目的としている事柄は十分達成できるはずよ」
マコの言葉に、私は頭を抱える。
つまり奴が私によくわからない術をかけて、王都騒乱を引き起こしたのは、そうするための隠れ蓑にするためも含まれているということか……!
こうなると、こちらへの移動のために連れてきていた翼竜たちも奴に持って行かれたと考えるべきか。
竜の墓場を乗り越えるには……正確には全軍で超えるにはあの子たちの力が必要不可欠なのに……!
「……ところでマコ」
「なにかしら?」
そうして頭を抱える私の耳に、ラミレスの嫌に硬い声が聞こえてくる。
彼女の声は、何かを危惧しているようだった。
「あんた、ガルガンドの目的に当りがついているのかい?」
「ええまあ。そういうあんたも、何かに気が付いている様子ね」
「……魔王様から授かった知識の奥底に、こういうのがあるのさ」
ラミレスはごくりとつばを飲み込み、その言葉を口にした。
「“三つの源理の力を、合わせてはならない”……ってね」
「魔王がどこまで知っているのか、気になるところね」
マコは鷹揚に頷いて、詩のような何かを諳んじた。
「“世の大地は、世界の体。世の理は世界の言葉。そして世の運命は世界の意思也”」
「……それは?」
「この混沌玉の持ち主がたどりついた、最終的な答えの一つよ。要するに、世界を一つの人格として捉え、大地、法則、運命をそれぞれ体、言葉、意志であると考えたのよ」
マコは手のひらを組み、それに顎を乗せ、こういった。
「なら、この三つを組み合わせれば……それは世界を作ったといえるんじゃないかしら?」
「……すまない。何を言っているのかさっぱりなのだが」
あまりにも突拍子もない言葉に、私はそう口にする。
だが、手のひらがジンワリと嫌な汗をかくのが止められない。
――頭の片隅では理解しているのだ。彼女が何を言わんとしているのか。
「もちろん、人間一人程度の力で世界を作ったとは言えないわ。世界の最小単位は人間だって話はあるけれども、世界そのものと比べるにはあまりにも矮小に過ぎるものね」
マコは私の言葉を無視して続ける。
その先にある答えを目指して。
「けれど……すべて自身の思いのままであるという法則、一切傷つかないような究極の肉体、過酷な運命を物ともしない強い意志……これを一か所に押し固めたとしましょう」
マコは手のひらを打ち、それをゆっくりと開く。
「その場に現れるであろう一個の生命体を……なんと呼称するべきかしら?」
マコの言葉にこたえる者はいない。
「人はかつて……それを“神”と呼んだわ」
会議室の中が、しん、と静まり返る。
……我々魔族にとって、神とは信ずるものではない。
そもそも、そういったものを信奉するという習慣はない。
我々は、魔王様より生み出されたものだ。
故に、我々は、神を恐れる。
……魔王様が唯一恐れたとされる、その存在を。
「……つまり、ガルガンドの目的は?」
リュウジが問い、マコは答えた。
「三つの源理の力の一極集中による、神位創生。世界からその記録すら抹消された、最大の禁忌を犯すこと……それがガルガンドの目的でしょうね」
私は、言葉を失ってしまう。
もしそれが事実であるならば……我々は、急がなくてはならない。
何故ならば――。
「ちなみに、なんでそれが禁忌なんだ? 神の一人くらい、世界にいてもおかしくないんじゃね?」
「単純な理由よ」
マコは一拍置いて、はっきりと告げた。
「同じ場所に、世界は二つ存在できないからよ」
神位創生は……今ある世界の崩壊と意味を同じくするのだから………。
真子の予想によって明かされた、ガルガンドの目的。
はたしてそれは真実なのか?
それを知る者は今、魔王国へと向かっていた。
以下、次回。